「あー、重たい！！　重たかった！！」

「くく、味山さん。流石の膂力。なんとか運搬完了……！！」

獲の前腳と後腳を一本の棒で吊るし、それを2人で抱えて味山とタテガミはなんとかセーフハウスまで帰還していた。

白い皮に黒のタテジマ。太い健腳に鋭い爪。

カスミトラを見事仕留めた探索者たちは獲を慎重に地面に下ろして大きくびをする。

タテガミの準、そして味山のTIPSによる的確な攻略により霧をまとい霞をる化けはすでに、解を待つ獲となっていた。

「よお、味山ぁ、タテガミさん。お互い生きててめでてえなあ、オイ」

セーフハウスのり口近くで焚き火をしていた鮫島が手を振る。

「おー、鮫島。さすが、ベテランは生き汚いな」

「うるせえ、したたかと言え、したたかと。おーおー、さすがはタテガミさん。獲の狀態が綺麗だなあ、おい」

「くくく、これも全てはアジヤマさんの的確な警告と念な追跡あってもの。さすが、初期の探索者といったところですかな」

「それ言ったらタテガミさんも3年前からの初期探索者でしょ。つーかそれより鮫島、お前タテガミさんが準所持者って知ってたか？」

「あー？　前飲みの席で聞いたことがあるよーな…… え、マジだったのかあ？」

男3人、花のない連中が火を囲み語り合う。

化けに殺されかけ、殺した直後というのにどこかその様子は、子どもが休み時間にはしゃいでいる姿にも似ていた。

「あ、それより鮫島。お前んとこに來たカスミトラは？」

「あー、悪ぃ。剝ぎ取りとか考える余裕なかったからよおー、破しちまってこれしか殘ってねえや」

鮫島が傍に置いていたナップザックから取り出したのはカスミトラの頭部だ。酷く損傷していて剝ぎ取れる部分は無いように見える。

「oh…… あのお前が仕掛けてたえげつない破トラップか。自立型のクモ型弾が地面から湧き出るとか、怪に同するわ」

「ばっか、オメーえよお、同してしいのは俺の財布だぁ。あのトラップで一本は吹き飛ぶんだぞお……」

「10萬？」

「100萬だぁ…… あー、やべ。姪と姉貴に口座見られたら殺される。でも使わなければ怪に殺されるしよぉ……」

がっくり肩を落とす鮫島、しかしそこに救いの神が現れた。

「くくく、杞憂っ！　……杞憂ですよ、鮫島さん。今回の依頼、このタテガミ、組合から経費負擔の約を実は既に、獲得済みっ……！　使用報告書と、領収書さえ頂ければ補填が可能っ！」

タテガミの言葉に味山と鮫島が固まる。

そして靜かに差し出す手のひら。い握手と厚い福利厚生による友がここにはあった。

「さて、そろそろ解を進めますかな。味山さん、鮫島さんし手伝って頂いても？」

「了解です」

「了解だぜ。食倶楽部の料理長の手捌きを間近で見れるたぁ、金取れるんじゃあねえか？」

「くくく、恐悅。ではまずはセーフハウスの貯水タンクからの放水っ……！　皮についている蟲や、汚れを大雑把に取ると同時にを冷やしていきます」

洗車場にある高圧水洗機のような勢いでホースから水が放たれる。

「おお、すげえ、みるみる間に綺麗になるな」

「普段はこんなデカイの狩った後は組合のサポートチーム呼んで回収してもらうもんなあ…… この場で解っつーのはなかなか見られねえ」

「くく、本來であれば、吊るしながら捌いていきたいところですが今回は立地的に不可能。そんな時は手早く、を仰向けにし、門からナイフを突き刺し手早く腹を裂く！　あ、味山さんそっち持ってもらっても？」

「ういーす。うわ、すげえな、カスミトラ。皮がすげえしっとり。そしてこの分厚さ」

味山はタテガミの補助で獲を仰向けにしようと前腳を引っ張る。

革手袋ごしにじる皮の厚さ、その裏にある皮の頑健さ、筋と骨の強固さ。

改めて己の敵であった怪種の生命としての力に目を丸くした。

「おーおー、こりゃあすげえなぁ。なに食ったらこんなふうに…… あ、いや、大予想がつくから答えなくていいぜえ」

鮫島も同様の想を持ったらしい。タテガミの手伝いをしながらしみじみと怪の皮をでる。

ちゅど。

タテガミが躊躇いなく仰向けになり手足を開かれた獲の門に剝ぎ取りナイフを突き刺す、そこから一気に首元まで縦に皮とを裂いた。

タチバサミで畫用紙を斷つかの如く、簡単に裂かれる怪の腹。

デロリと臓が湧き出る。

「よっと、くくく、食の獣の臓は臭くて食べられないのが定石、しかし怪種は別……！　この臓は水につけて抜きを…… あらかた解が終われば、バーベキュー、いかがですかな？」

「賛！」

「賛！」

異論はない。

味山と鮫島はタテガミの蕓的な解を間近で眺める。

皮は足の先を殘して全て剝がれ、は部位ごとに解されていく。

あれほど恐ろしかった化けが資材へと変わっていく様子から味山と鮫島は決して目を離さない。

探索者。

この世でもっとも、生命を軽く扱い、生命を傷付け、そして生命に最も近い職種。

気付けば、味山はタテガミの解に無意識に手を合わせていた。

カスミトラの為ではない。これもきっと自分の為のはずだ。祈りとはつまるところ生き殘った者たちの為のものなのだろう。

「強かったなぁ」

焚き火のそばに座った鮫島が火に木を投げれて呟く。

「ああ、強かった。強くて恐ろしくて厄介でうざくて、それで、綺麗だった」

味山は手を合わせながら、その言葉に答えた。

「……業の深い仕事ですね、探索者とは。ある意味狩る必要のない生命すら自分たちのしいというのもと、狩ってしまうのですから……」

タテガミはしみじみと呟く。呟きながらもその手が止まることはない。

「なんだぁ？　タテガミさんもそんなセンチメンタルになることがあんのかぁ？」

「くく、こうして自分で狩った生命を解してるとね、々考えることもあるのです」

「ははっ、高尚なモンだなぁ。俺にゃぁそんな余裕ねえからなあ。今日も生き殘ってハッピーぐらいだ」

「それでいいんですよ、鮫島さん。そう我々は生き殘った。それが重要なことなのですから。よし、分けが完了。くくく、そして発見、目當ての膽石……っ、たしかに頂いた」

「おお、それが膽石。これであの調理が出來るって訳ですね」

「くく、その通り。構想と準備で、そうですな。3日ほど頂ければすぐにでもご提供出來るでしょう」

「あー、腹減ったなあ…… なあ、タテガミさん。あの洗ってる食ってもいいか？」

「くく、何を言うかと思えば…… 愚問。獲った怪種をその場で食うのは探索者の特権……！　怪種のホルモン炒め……！　し手伝って頂ければすぐにでも出せます」

「マジ？！　タテガミさんが作ってくれんのかぁ？」

「え？　いいんですか！？　タテガミさん」

「くく、私の準、鉄火大鍋の真骨頂はむしろここから……！　まずは水につけて抜きしていた臓を裂き、中を洗います」

「食獣の臓など本來であれば悪食の極み…… しかし怪種は別……っ！　まるで食べられる為にあるかと思わんばかりに、臭みもなく甘く旨い」

「すげえ、まな板もねえのに」

「空中であの人、臓捌いてんぞぉ、料理漫畫の達人かよぉ」

「そして、ここはシンプルに調理。脂も臓から皮の裏にわずかについているものを利用っ！　くく、薫る！　まるで高級な牛のような香り……っ！」

タテガミの持つ鉄鍋からじゅうぅ、と腹の減る良い音がする。

火にかけずとも任意に熱を帯びるのは確かにクラスの品なのだろう。

TIPS€　＊アイテム報解＊

「お？」

耳鳴りと同時にヒントが屆いた。

TIPS€準　"鉄火大鍋"現所有者　立神英明　所有者の任意により加熱されていく大鍋。解析不明、現時點では確認されていない金屬で形されている。タテガミは初めての探索で怪種に殺されかけ、丸呑みにされる寸前にこの準と運命的な出會いを果たした。は常に、危機に瀕する人の前にその姿を表すという。まるで何かの意思に従うように。

「へえ……」

耳に屆く味山にしか聞こえないヒントが鍋を振るうタテガミの報を伝える。

大鍋が前後に振るわれるたびに、ホルモンが踴るように舞う。の脂の食を擽る香りが広がりテンションが上がっていく。

「クク、お二人とも、しばしお待ちを……っ。焚き火のそばでくつろいでいてください」

てか準を使って食べるホルモン炒めってすげえなんか勿ないような、罰當たりなような。

味山はあまりにも自然にクラスの品で料理してるタテガミを見る。

「ほらよ、味山ぁ。セーフハウスの冷蔵庫にれといたトニック。お前好きだろお？」

「お、サンキュ。やっぱ探索中の水分補給はこれだよな」

「酒を割る以外に飲むやつは珍しいんじゃねえかぁ？　まあ、味いけどよお」

鮫島から投げられたペットボトルを味山がキャッチする。冷たい水滴が手のひらに心地よい。

「にしてもよお、まさか二頭同時の狩りになるとはなあ。最近、こういうの多いよなあ。予定になかった獲とかよお」

「そうなのか？」

「そうなんだよ。なんだよ、らしくねえなあ、味山。お前こういう報には耳が早いと思ってたのによお。どーもこの秋ぐらいからバベルの大の環境がし変わってるって噂だぜえ」

「環境が？」

焚き火越しに鮫島が話始める。

「ああ、生息域じゃねえ筈の場所に進出する怪種。今まで確認されたことのねえ行を取る怪種、記録された事のねえ大群を作る怪種とかなあ。バベルん中は常に怪種によって生態系が作られてる。そのきがなーんかきな臭いんだよなあ……」

「それ組合は把握してんのか？」

「してるだろうよお。俺ら末端の探索者がでじてるほどだ。端末やらドローン、軍の調査チームから報を収集してる組合なら尚更だぁ。原因は皆目見當もつかねえがなあ」

「それなんか嫌な話だな。カスミトラの縄張り重複なんて聞いたことねえし、今回のもその異変の一例ってわけか？」

「無関係じゃねえかもなあ。ああ、そうだ。それと関係あるんだけどよお、味山。あの"耳"の撃退と発見、あれお前も噛んでたってマジ話なのか？　ネットのまとめサイトで見たんだけどよお」

「耳、う、おお、一応な。ん？　待って、まとめサイト？ まとめられてんの？」

「おお、知らねえのかぁ？　お前のアンチを名乗る1がこの前の會見の後にスレ立てしてよお、まとめられてたぜ。[味山只人とかいう勘違い探索者wwwww]っつータイトルで」

「煽り全開かよ。エゴサしてみようかな」

「まあ、アンチとか言ってたけど、ほとんどありゃファンだな。お前の事詳しすぎて引いたわ。52番目の星と組んだのもそれがきっかけなんだろ？　んでよお、その耳もあれだけ発見報告が多かったのに、ここ最近は一切姿を見せねえらしい」

「"耳"が？　あー……」

味山はあの日を思い出す。アレフチーム撤退戦、アレタのの力により耳を撃退した時のことを。

だが、あれであの"耳"が死んだとは到底思えない。

「まあとにかくよお、お互いこれからの探索は気をつけた方がいいっつー話だ。探索者は死ぬ時は死ぬからなあ」

元から取り出したタバコに火をつけた鮫島が深く煙を吸い、ゆっくりと紫煙を吐く。

「そだな、気をつけるわ。まだ死にたくねえからな」

「ああ、互いにな。たのしい探索者ライフのために頑張ろーぜえ」

にかりと笑う鮫島に味山も頷く。

「クク、お待たせっ……！　即席、探索ホルモン炒め、完！」

「おっ、まってましたぁ！　ほら、タテガミさん、そこ座ってくれえ。マット敷いてるから痛くねえぜえ」

「クク、これはありがたい。年のせいか膝が結構辛くてですね」

タテガミが鍋の中を紙皿に移していく。

「どうぞ、味山さん。熱いうちに賞味あれ……っ！」

「あ、どうも。うわ、旨そう……」

紙皿をけとった手にしっかりとホルモンに通った熱をじる。香り高く、それでいて臭みがない。

「タテガミさん、これどうやって味付けしたんですか？」

「塩と醤油のみです。後は怪種の素材本來の味だけ、というやつですな」

「へえー」

脂したたる、プルプルのホルモンを枝を削った箸でつまむ。

テラテラにコーティングされているように見えるのは脂が富なのだろうか。焦がし醤油と脂の混じる匂いがたまらない。

「いただきます！」

口に運ぶ。ああ、もう、もう味い。口にれて舌に運んだ途端に広がるの脂、その脂のなんと潤なことか。

焦された醤油の風味、まばらに散らばされた塩がガツンと存在を出すが、脂が全てそれらをまろやかに調整する。

「うめえ…… フォースにバランスをもたらす者ってのは、このことだったのかぁ？」

鮫島も同じ想らしい。陶酔したような顔でうっとりとよく分からない獨り言を呟いている。

「くく、よく火がってますね…… そして特筆すべきはやはりこのの味わい深さ…… どうして食の獣の臓がこれほど味いのか…… まるで、人に喰われる事を前提として調整されているのではないかとばかりの風味……！」

タテガミもホルモンを口に運び、ぶつぶつと呟く。

しばらく焚き火を囲んだささやかな食卓には、おっさんのうっとりしたため息と、味えというき聲だけになる。

「ヤベえ、味え。とまらねえ。あー、白いご飯しい」

味山がホルモンをひょいひょいと口に運び、噛み潰す。噛めば噛むほど味が染み出し、その弾力は増していく。

ぺき、ペットボトルの蓋を開け、一気にそれを呷る。ホルモンをトニックの炭酸の刺激とともにに流し込む。

爽やかな炭酸の風味が、かな脂を流し込みさらりと口の中をリセットしてくれた。

あー、最高。もう友達とかいらねー。

「あー、最高。探索者やっててよかったー」

ふう、と味山が人心地つく。気付けば、皿に盛られたホルモンは全てなくなっていた。

TIPS€ カスミトラのホルモン炒めを摂取した。経験點50を得る。お前が食ったのはあるカスミトラの家族の父だ。伴を得て、家族を作ったカスミトラには3匹のこどもがいる。こどもは親を待っている、今日も當たり前に強い父と母が獲を持って帰ってくれると信じて。夢にも思わないだろう、自分達が狩られる対象になるなどと。

TIPS€ 警告　獲はまだ殘っている。狩りを完遂しなければならない。

「……まじかよ」

味いものを食った余韻もそこそこ。

聞きたくもない厄介なヒントに味山は眉間を押さえた。

「あ？　どうしたぁ？　味山」

「おや、味山さん。もしや、お口に合わなかった、ですかな……？」

「いや、このホルモンは最高なんですが…… まだ仕事が終わってないみたいで」

空っぽになった紙皿を焚き火に放り込む。ぱき、ぱき、と音を出しながらあっという間に紙皿は炎に舐められて真っ黒になる。

「通常なら有り得ないカスミトラの二頭同時の出現…… その理由がわかりました。家族だ、こいつら群れを作りつつあったみたいです」

「ほう……」

「なんでお前にそれが分かる、味山ぁ」

「……悪い、狀況と経験から來る勘だ。だけど絶対にまだ仲間が、最低でもこいつらカスミトラのがいるはずだ。それをほっとくとまずい。あいつら頭がいいからな、人間を知っている怪種になりかねん」

ヒントを勘と言い直し味山は、頭を切り替える。まだ仕事は終わっていない。

「……」

「……」

味山をじっと見つめるタテガミと鮫島。

流石に無理があるか、最悪1人でもやらないといけないな、味山は2人に信じてもらえない可能も加味して意識を切り替えようとーー

ぱちり。

薪が、弾けた。

「ふむ、鮫島さん。事前に依頼していたこの地帯の分布調査、確か生息數値が規定値とだいぶ差がありましたね」

「ああ、その通りだぜえ、タテガミさん。組合に確認したら大湖畔地帯だけじゃなく、バベルの大全域で、怪種の生息分布がしづつ変化していってらぁ」

「ふむ、ふむふむ。単獨で行するカスミトラ。味山さんと私を襲った個と、鮫島さんのトラップにかかった個…… 重ならないはずの縄張りに、數値のズレ…… くく、これはもういくしかないでしょう」

「え？」

タテガミと鮫島がぱちりと、膝を叩いて立ち上がる。味山はその様子に目を丸くした。

「まあ、味山が探索で適當なこと言う訳はねえだろうしなぁ。化けは叩ける時に叩いとかねえと。番いやを殺した探索者を覚えている怪もいるんだろ？　ソフィ・M・クラークのエクスプローラーチャンネルで見たぜえ」

「お、あ、いいんすか？　理由が勘とか、そんななのに」

自分でも言っていておかしいことだとは思う。そんな味山にタテガミがニヤリと笑う。

「くく、良い探索者の勘というのはそれだけで有益な判斷報です。加えてここ最近のバベルの大の生態系の異変…… 充分行する価値はあるかと」

「まあ、そう言うこったよお、味山ぁ。タテガミさんが今回のチームのリーダーだしよお、俺ぁ多數決にゃ従うぜえ」

「……鮫島、悪い。ありがとう、心強いよ」

味山は素直に頭を下げた。信じてくれるとは思っていなかった。

これでもう失敗は許されない。

「くく、ではどこからとりかかりますかな？　やはり先程の巡回ルートを？」

「一応よお、余ったトラップを辺りに仕掛けとくか？　二頭いるんなら、三頭いてもおかしくねえよなぁ？」

2人の探索者がそれぞれの役割を果たそうとき出す。

味山は小さく首を振ってそれらを制した。

「いえ、もう場所は分かってます。それと鮫島、罠は大丈夫だ、もう戦える奴はいねえよ」

焚き火越しに怪訝な顔をするタテガミと鮫島。味山は脳裏に屆くヒントを聞き流しつつ、彼らの顔を見ていた。

TIPS 殘りの獲は3匹。いずれも生まれて間もない子だ。容易に縊り殺せるだろう。巣は近くの蔵。歩いて數分もかからない

「気分の良い仕事じゃ、ないかもしれませんけど」

……

…

〜獲達、蔵にて〜

彼は今日も當たり前を待っていた。

強い父と強い母が狩りに出かけて帰ってくる、そんな當たり前を。

「きゃ、ぎゃうん」

「きおおん」

妹と弟、彼よりもし遅れて生まれた弟妹達がふかふかのねぐらの中で戯れあう。

いつの日か、父が足を噛み砕いて引きずりながら持ち帰ってきた二足歩行のサルみたいな獲の、奇妙な皮はとても暖かく、寢心地が良かった。

「くるるるるる、くるるる」

「こるるる」

を鳴らしながら妹が彼の首を舐めてくる。しお腹が空いているのだろう。それは彼も同じだ。

彼は自分が腹の下に敷いてある奇妙な皮を著ていたサルのことを、サルの味を思い出した。

「きゅる」

だらり。彼の小さな口からヨダレが溢れる。父と母の皮とはまだの違う茶の皮がささくれたつ。

アレは味かったーー

タスケテ、タスケテ、タベナイデ。オカアサン、オカアサン。

父と母が、狩りの練習にと足と腕を噛み潰してトドメを練習させてくれたことを思い出す。

はいつくばりながら、何やら喚いていたそのを噛みちぎり、顔に噛み付いて窒息させた時の興を思い出す。びくん、びくんとを痙攣させてやがて、獲がかなくなった時の高揚。

その場で腹を裂いてほうばった臓のみずみずしさを思い出す。

アレは楽しかったーー

あのイキモノは素晴らしい。食っても味い。狩っても楽しい。

ああ、楽しみだ。自分にも早く父や母と同じ強い牙と爪が生えないものか。

父や母と同じ、霧に紛れて獲に近寄る力が宿らないだろうか。

遊びたい、狩りたい、食いたい、殺したい。

彼は、暖かな我が家、背後ではしゃぐ弟妹と留守番しながら思いを馳せる。

ああ、早くたくさん狩りたいな。

その時を夢想していてーー

「ココダ、ヤツラノスデス」

「コンナワカリニクイバショヲミツケルトハ、　サスガアジヤマサンデスナ、クク」

「アー、カスミトラハヨオ、アナホッテソンナカニガキヲカクスンダッテナア…… ダガ、コレ、セマクテトテモハイレネエゾオ？」

全、総立つ。

彼は、無意識に耳を立てて、巣のり口から聞こえて來た何かの鳴き聲に反応した。

「きゃ？　ぎゃるる？」

「ぅるるる？　うるるるる！！」

弟妹が、反応する。り口から漂う父と母の匂いに気付いたのだろう。自分の存在を伝えるために鳴き聲で、その匂いを呼ぶ。

彼は、聲を出さなかった。

たしかに匂いはする。彼の父と母の匂いだ。

だが、何かがおかしい。匂いはするのに自分達を呼ぶ聲はしない。それにい弟妹達は気付かない。

無邪気に父と母の帰還を喜ぶ。

「オ、ナキゴエキコエルナア。アジヤマノイウトオリ、ケガワハイデモッテキタノハセイカイダッタナァ」

「レンチュウハハナガイイカラナ、ヘタニニンゲンノニオイニキヅイテニゲラレテモメンドウダ。サテ、サッサトヤリマスカ」

違う。

匂いはするのに、聞こえるのは父と母ではない生きの聲だ。

この聲を彼は知っている。あの二本足の猿、タスケテ、タスケテとんでいた弱い生きモノーー

「くるるるるる♪」

「うるるるるる♪」

弟妹が父と母を呼ぶ、甘えた聲を出してーー

「ヨーシ、イブシダスゾー。バクチクト、ポケットバルタンナゲマース」

「クク、リョウカイ」

「サメジマ、リョウカイ」

違う、父と母ではーー

「グーー」

一杯の威嚇、弟妹を巣の奧へ押し込みながら出口を睨みつけた、その時ーー

ぽしゅ。

パチ。

、破裂、轟音。

バチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチ！！

「ァ？！」

「ウキャアアア？！」

「ピイイイイイ？？？！！」

悲鳴、彼と弟妹、巣に轟く。

そして広がる異臭。鼻から吸い上げた空気が、の中を焼いていくような激痛、白く染まる視界。

「きゃオオオオオ？！！」

「ピイイイイイ？！！」

弟妹達が悶えながら、苦しみから逃れようとヨダレと涙を垂らしながら出口へと走る。

彼はそれを引き止めようとするも、止めることはできない。

緩やかな坂になっている蔵を、弟妹が出てーー

「ウシ、ネライドオリ」

「ビギッ？！」

「キーー？！！」

短い悲鳴、それきり弟妹の聲はなかった。

「ニヒキ…… マダ、イッピキノコッテル。カンガイイノカ？」

「バルタンノドクデシンダンジャネーノカァ？」

「イヤ、カクジツニシガイヲカクニンシタイ。バクチクヲモウイッカイブチコム」

轟音、破裂。

彼の片耳は完全に潰れた。片目も涙と目糞で固まり、開く事は出來ない。

何が起きているかわからない。

確実なのは１つだけ。これは敵の攻撃だと言う事。

「ぐ、グググ」

笛から聲を絞る。泡のようなヨダレがをつまらせた。

弟妹の匂いも、父と母の匂いもすでに追えない。鼻が白い煙により死んでいた。

「ギギギギギ」

彼のの中で、変化が起きつつあった。

が理解した死の予、それに抗うべく彼の怪種たる所以の伝子が、進化を始める。

「ギギギ、グググ」

しぬ、しぬ、しぬ。

このままでは、死んでしまう。何が起きたのかも分からず、殺される。

イヤだ、イヤだ。

死への忌避、恐怖が彼の脳を駆け巡り、へと働きかける。

茶だった皮が、白く染まっていく。は判斷した。今すぐ進化する必要がある、もはや擬態の必要はない、と。

腹の中に熱をじる、今までの彼にはなかった、機構が備わる。

「ギギギギギ、あああア」

それは彼らの種名を決めた機能、獲を追い詰め、外敵をわす彼らの武、霞霧。

それらを生み出す膽石が、彼のに備わる。父と母と同じように。

「グオルルルルルルルル！！あああア！！」

霧を、霞をまとう。生命として進化を果たした彼が、外敵に抗うべくとなんら変わらぬ機構を備える。

これこそが彼、カスミトラ、怪種。

優遇された生命、樹形図を嘲笑う恐るべき生命。

弟は死んだ、妹も死んだ。もしかしたら父と母も。

いる、敵が、この蔵の、外に。

「グオルルルルルルルル」

この牙と爪を屆けるべき獲が、いる。

「グオルルルルルルルル！！　ああああアアアアアアアアアア！！」

皮のから噴き出す霧を纏い、彼が蔵を駆け上る。

狙うは、敵、この蔵の外に待ち構える敵。

食い盡くしてやる、殺し盡くしてやる、この爪と牙をふるってやる。

負けるわけがない。突如宿されたその力に彼は酔う。

今ならあの父と母よりも強いのではないか。陶酔と、怒りに混ぜられた思考でをかす。

まだ小さなに大いなる力をめた選ばられし個が、その力を振るわんと巣を飛び出した。

弟が死んでいる。首から青いを流して。

妹が死んでいる。顔をぺしゃんこに潰されて。

3人の猿がいる。父と母の皮をそれぞれ被って。

「グオーー」

咆哮、怒り、彼の全てを賭けた戦いがーー

「ミミノタイリキヲ、シヨウスル」

それが彼の最後に聞いた音だった。

始まった途端に、終わった。

彼は知らなかった。父が気付いたその獲の側に在ったモノを。

彼は知らなかった。自分達よりも強い生命の存在を。

結局彼は、その力の使い方を覚える前に、それを使う前に、飛びかかった瞬間に、頭蓋骨を叩き割られ、勢い余って脊髄を々にされて、死んだ。

……

…

TIPS€ 全ての獲を狩り盡くした。お前はか弱くい生命を何の容赦もなく貪り盡くした。素晴らしい。経験點500を得た。

「ふう、びびった」

味山は刃の欠けた手斧をホルスターに戻しながら息を吐いた。

足元にはまだ小型犬以上、中型犬以下のサイズのカスミトラの最後の生き殘りが、橫たわる。

しゃがみこみ、その皮をでた。

まだ、暖かい。確かにこいつも生きていたのがよくわかる。

「……お疲れさん」

自らが葬った生命に、味山はそれしか向ける言葉はなかった。一杯の誠意が、その言葉だった。

探索者と怪種はそういう風に出來ている。

「うおお、頭から背中までズップシかよお。味山ぁ、お前、コンバットメディカルでも使ってたのかぁ？」

「クク、ドラゴ系でしょうか？　アレは中々高価な筈ですが、まあ経費で落ちるでしょう」

味山の振るった斧の一撃を見ていた2人がひゅうっと口笛を吹く。

まさか多分の中にある耳糞のおかげなんですとも言えずに、味山は曖昧に頷く。

「それにしても、本當にカスミトラがこの時期に巣を作り、子育てをしているとは…… 味山さんの勘がなければ、素通りしていましたね……」

「早めに駆除出來て良かったぜえ、最後の1匹なんてよお、霧まとって襲ってきたんだからなあ、順當に長してたら厄介な奴になってたかもなあ」

「くく、ここ最近の怪種の行の異変、変化。組合にも報告する必要があるでしょうなあ」

鮫島の言葉に味山は、今しがた屠った最後の1匹を確認する。

は白に、黒の縦縞。皮の模様はと変わらない。

「クク、特異な個だったのやもしれません。この3匹はサンプルとして組合に提出いたしましょう…… くく、追加報酬をぶんどってやりましょうとも」

「売れるんですか？　結構狀態悪いですけど」

「クク、カスミトラはまだまだ生態に不明な部分の多い怪種ですからね。早く長するのかサンプルは希と聞いたことがあります、怪に捨てるとこ無しと、言うやつですかな」

「なるほど、さすがタテガミさん。じゃあ、その辺はお任せします。とりあえずベーススポットに戻りますか」

「了解」

「くく、そうしましょう」

それぞれ怪種の死骸を保管用のナップザックに放り込み3人は歩き出す。

「いやー、疲れた。ハウスでし休みませんか？　気で気持ち悪くて、シャワー浴びてえ」

「クク、賛……！　次の巡回車両はどちらにせよ2時間後ですからね。抜きしていた心臓、ハツでも炒めますかな」

「あー、それいいなぁ、俺、ハツ好きなんだよぉ」

「飯が味いのはいいことっすよねー。タテガミさん、また探索あったら聲かけてくださいよ。食材集めとか手伝いますよ」

「クク、僥倖っ、それではまたお言葉に甘えます」

「あ、てか味山よお、お前そういや今日の夜の件準備してんのかぁ？　多分この分なら夕方までにゃ、表層に戻れるだろうからよお」

「あ？　夜の件？　なんそれ」

「グレンから聞いてねえのかぁ？　あめりやのの子との合コンだよ、合コン」

「は？」

そういえばそんな話をグレンが前にしていた気がする。々ありすぎて忘れていたが。

ピコン。

味山の探索者端末が音を鳴らす。

黙ってそれを開くとそこにはメッセージが。

[悪い笑、タダ、忘れてた。今日夜から合コンあるっすから！　ラフな格好でアメリカ街の噴水広場集合！！　あくまでラフな格好で頼むっすよ！ あ、もちろんアレフの子組には極！　紳士協定によりチクリは無しっすよ！　相棒！]

「鮫島、今グレンからいい加減な大學生みたいなノリで連絡あったわ」

「ケケ、アイツやっぱ馬鹿だよなあ。まあ、味山ぁ、もちろん行くんだろ？」

鮫島の問いに味山は無言で頷く。獲を擔ぐ肩に力をれて、歩みを早めた。

「よし！！　楽しくなってきた！　あめりやの人達と、合コン！」

ここ最近、人との縁は多いが大何か裏があったり怖かったり條例だったり怖かったりでロクな事がなかった。

だからこれはきっと何かのご褒なのだ。味山は都合の良い解釈で自分のテンションを上げていく。

「へ、現金な野郎だぁ、おい、味山ぁ、待てよ！」

騒ぎ始めた味山の背中を追うように鮫島も歩みを早める。

タテガミは何か眩しいモノを見るような目つきで年下の仕事仲間たちの背中を見送る。

「クク、よく働き、よく食べ、よく狩り、よく遊ぶ。生命とはかくあるべき、そして」

タテガミが立ち止まり、し振り向く。

彼らが狩った生命が確かに生きていたその住処、空っぽになった蔵のある方向をじっと見つめた。

「いただきます」

その言葉を聞くモノはいない。

誰に向けられたでもない言葉を口にしたタテガミは、じめっとした霧の名殘を肩で振り切る。

もう2度と振り返ることはなかった。

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