《凡人探索者のたのしい現代ダンジョンライフ〜TIPS€ 俺だけダンジョン攻略のヒントが聞こえるのに難易度がハードモード過ぎる件について〜【書籍化決定 2023年】》68話 ユートン・イン・ドリンク そのⅡ
「ごめん、鮫島さん。私、今日は帰るわね」
「……グレンさん、今日は楽しかったです…… その、ゴメンナサイ」
部屋に戻り、席に著く前に朝霧と朝日はそれぞれカバンを手に持った。
「雨ちゃん、夕顔、朝顔、あなたたちもごめんね」
表、必死に笑おうとして、顔を伏せて扉を開ける。
「あ、朝霧ちゃん!」
「朝日ちゃん?」
鮫島とグレンが席に座りかけたのをやめて聲を上げた。
それから2人の視線は味山に向けられる。當然のように味山は頷く。
「ワリィ、味山ぁ。それに雨霧さんに朝顔さん、夕顔さん。おれもここで抜けらぁ」
「マジごめんっす。タダ。借り1で。雨霧さん、朝顔さん、夕顔さん! 本當、みんなもごめんっす!」
慌ただしく、2人の男が出て行った彼たちを追い始める。
鮫島とグレン、あの2人なら間違いはないだろう。さて、この最悪なら雰囲気をどうするべきか。
味山が悩んでいると
「あらあら、ふふ。皆さま、男の人ですね。朝霧姉さんも、朝日も、あの方々が追うのなら大丈夫でしょう」
雨霧が助け舟を出してくれた。やだ、大人。助かる。味山はひとまず安心する。
「あ、あー、すんません、雨霧さん。なんかせっかく來てくれたのに、訳わかんねえことになってて」
「いえいえ、久しぶりに味山様の雄々しいところが拝見できたので、雨霧は満足です」
「むふふ、我慢する男の人ってかっこいいよねー。朝顔」
「そうだねー、夕顔。朝霧お姉さんと朝日お姉さん、気にしなければいいんだけど」
「あら、大丈夫ですよ。夕顔、朝顔。彼達のもとには素敵な王子様が駆け付けて行きましたから。きっと、彼らは彼達をこの夜の中獨りにはしないでしょう。ねえ、味山さん」
「あー……そうです、ね。まあ、馬鹿でスケベで、馬鹿ですけど、ダサい事だけはしない連中ですよ」
「あら、ふふ」
「おおお、雨霧お姉さんがなんかの子の顔になってるー、やーらしー。ねえ朝顔」
「むおお、やらしやらしー。そうだね、夕顔」
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「夕顔、朝顔、しばらくおやつ抜きですね」
無表で言い放った雨霧の言葉に、雙子が表を固めてきを止めた。
「はは、仲良いんすね。……はあ」
「味山さま?」
「あ、すみません。ゴメンナサイ、たのしい酒の場なのに」
味山の心にはモヤつきが殘る。
坂田時臣、やつをそのまま野放しにしたことについてだ。
あの場で、なぜ自分は見逃したのだろうか。一般人へのの使用、考えようもなく吐き気のする行為だ。
思い起こすのは大統領。あの場ではケリをつけた。でも、今回は?
何もしなかった。
あの時、問答無用で坂田を無力化する方法もあった。もし雨霧が來なければ、朝霧と朝日は酷い目に遭っていたかも知れない。
なのに、何もしなかったのだ。
「味山さま……」
「え、あ、雨霧さん?」
桃の果樹園に囲まれたらこんなじなのだろうか。さわやかな、桃の香りに包まれる。
らかく、冷たい手が、味山のゴツゴツして乾燥した手に重ねられていた。
「あなたさまは、お選びになられただけですよ。味山さま」
「選んだ?」
「はい、あの腐れになぜ手を下さなかったのか。お悩みなのでしょう? ああ、素敵な葛藤にございます。ええ、私の知るところの味山只人ならば、あの場をこの世で最も確実な力により終わらせることもできたでしょう」
「確実な力?」
「暴力にございます」
「あなたさまのことをずっと見ておりました。あの會見には、が熱くなりました。大いなる聲、巨大なる國家を背景にした圧力に、あなたは暴力、ただ1つその力を武に立ち向かった。わたくし、ずうっと見ておりましたのよ」
「雨霧、さん?」
「そんなあなたさまが、今回、腐れに暴力を振るわなかった理由は簡単にございます。あなたは選んだのです。あなたさまにとって、朝霧と朝日は、リスクを取って暴力を振るって守るに値しない存在だった、ただそれだけにございます」
「……きっついっすね、雨霧さん」
腹に、落ちた。
ああ、そうだ。言われてみればその通り。
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「もし、あの場で救うべき存在が、あなたさまにとってのであるのならば、そう、かの星や、史、もしくは他の友誼を結んだかたであれば、きっとあなたはそのお力を持って場を鎮めていたでしょう、ああ、目を瞑れば想像できます。あなたさまの、葛藤、覚悟、そして、半ば投げやりなお顔が」
想像する。もしあの場にアレタ・アシュフィールドが、貴崎凜がいたならば。
「……怖いな、雨霧さん」
「ふふ、その素直なところも素敵です。あなたはがないようで厚く、その実計算的でいて、直的。ええ、誠に度し難く、見ていて飽きないお方。朝霧と朝日を守るのは自分じゃなくてもいい、あなたはそう判斷した。あなたは選んだのですよ」
「……すごいな、カウンセラーみたいだ」
「ふふ、私どもの仕事は人に深く関わるものでありますれば」
「かぐや姫ゲームもー、人を見るためのものなのですよー。ね、朝顔」
「ゲームを通じた真剣の場で、覗く人間、それを定めるためにあめりやではゲームをするのです、ね、夕顔」
「あら、朝顔と夕顔も、味山さまのことが気にったみたいですね」
「ふぁんですからねー」
「そうそう、私たちは味山さんのふぁんなのですー」
「あらあら」
「雨霧お姉さんだってー、今日は妙にお喋りですね、ね、朝顔」
「こんなにたくさんいきなりおしゃべりする雨霧お姉さんは珍しいのです。あらあら、おやおや、ね、夕顔」
「もう、あなたたちときたら…… ねえ、味山さま。もし、よろしければ次のお店はいかがですか? その、おすすめのところがあるのですが……」
「もちろん、お付き合いしますよ。せっかく雨霧さんきてくれたのに、もうお開きってわけにはいきませんからね」
「うおお、二次會だあー! お持ち帰りされる!」
「むおお、両手に花、いや、両手と何かに花? 味山さん、よかったねえ」
「あはは、夕顔さんと朝顔さんも、雨霧さん來たら途端に元気っすね。ええ、仰るとおり、こんな人に囲まれて嫌なわけありません。どこへでもお付き合い致します!」
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「まあ、ありがとうございます」
……
…
「おや、今日は男連れかい。姉さん」
のれんをくぐった先、鉢巻きをまいたつるっぱげのおっちゃんが雨霧へ聲をかける。
次の店、として案された先は意外なことにニホン街にある屋臺通りのなんの変哲もないおでん屋だった。
ちょうど客足も控えめで、シンプルな長機には他に客はいない。
広い店ではないが、カウンターにはおでんがぐつぐつと煮込まれ出の上品な香りが店に広がる。
前の店であまりロクに食べていなかった、出の香り、ぐつぐつと鳴るおでんの音が食を煽る。
「ふふ、男、だなんて。ご店主の邪推されるような方ではありません。大切な友人です」
雨霧が店主の言葉に笑顔を浮かべて朝顔と夕顔を席に促す。とてとて、と雙子は店を見廻しながら先に座る。
「かー、まあ綺麗な顔だこと。おう、にいちゃん、あんたぁ、うまいことやったねえ。姉さんどころか、そこのお嬢さん方も偉いべっぴんさんじゃねえか」
「えへへ、褒められちゃったね、朝顔」
「むふふ、褒められてしまったのですね、夕顔」
雨霧が味山に目配せをする。し悩み結局味山は素直に雙子の隣に座った。にひー、と夕顔が隣に座った味山を見て笑う。
「あはは、まあ、背中刺されんように気を付けます」
雙子の笑顔に、照れのせいか會釈しつつ店主の軽口に言葉を返す。
確かに、ここに來るまでも周りの視線はすごかった。雨霧も雙子も、人が過ぎる。
夜の通りを歩く彼たちはまるで、常夜燈のようだった。
「そうしときな、ん? にいちゃん、どっかで會ったことあるかい? なんか見たことあるような……」
店主がふと、グラスを拭くのをやめて味山の顔を覗き込む。
「ご店主、熱燗に大とこんにゃく、後は適當に練りをお願いできますか? 味山さま、お飲みは?」
店主の言葉を遮るように雨霧が注文をする。しなやかな作、音もなく味山の隣に雨霧が座った。
肩がれてしまいそうな距離で。
雙子と雨霧に挾まれた味山、一瞬あまりのいい匂いにが熱くなるが、すぐに頭を振り払い邪な思いを消した。
「あ、俺このニホン酒の冷たいやつで、すみません」
「「わったしもニホン酒っー!!」
雙子たちが元気よく手を挙げて注文する。い所作が妙に似合う。
「おっと、こりゃ失禮。はいよ、いつもありがとさん」
店主も察したのだろう。それ以上の詮索をやめて後ろを振り返り飲みの準備を始める。
「いい店ですね。こんなとこあるの知りませんでした」
「ふふ、お仕事終わりによく寄るんです。不思議なものですね。ここより高いお店はいくつもあるのに、ここでつまむほんのしのおでんが1番味しく私はじるのです」
湯気の登るおでんを見つめる雨霧の橫顔に、味山は目を奪われる。
よく知っている人とはまた種類の違う魅力、計算されたような顎のライン、白くそれでいて生気のじる赤みの頬。
造られた、お人形。雙子の持つ魅力と雨霧の魅力はよく似ている、味山はそんな気がしてーー
「よっと、お待ち。姉さんはいつもの熱燗ににいちゃんと嬢ちゃん達はポン酒ね」
小さめのグラスになみなみ注がれた明なを味山と雙子はけ取る。
雨霧はお豬口と徳利を恭しくけ取り、それを注ごうとして。
「おっと、雨霧さん。おつぎいたしますよ」
「あら、よろしいのですか? ふふ、殿方にお酌させてもらうことはたくさんあるのですけど、逆ともなると…… ふふ」
し、雨霧がためらう。それでもゆっくりと徳利を味山に差し出した。
「「あはー、雨霧姉さん照れてるー! かーわいいー」」
雙子のからかいに雨霧がぴくりときを止める。
「夕顔、朝顔。しばらくは休憩時間のコカコーラは止いたしますね。おやつのポテトチップスも1人1袋から2人で1袋にします」
「「がーん!!」」
流れるようにすらすらと告げられたお菓子戒厳令に雙子が打ちのめされていた。
仲良いなこの人たち。味山はなんだかし安心した。
「あ、そ、そのう、味山さま。ごめんなさい、彼たちが妙なことを…… お願いしても、よろしいですか?」
この世に雨霧に、完された黒髪長おしとやか超絶人にたどたどしくお願いされて斷れる奴などいるのか、いや、ない。
味山の中で剎那に結論が出る。
「もちろんです、雨霧さま」
「くす、もう、からかわないでくださいまし。……もし味山さまが接客してくださるお店があるのなら、私通ってしまうかもしれませんね」
「アッハッハ、お上手ですね、雨霧さんが通ってくれんなら探索者やめたらホストにでもなりましょうか」
「あら、それは素敵です。ですが、ふふふ。そうなると取り合いが起きてしまうかもしれませんね」
「え? なんの?」
「ふふ、知っていらっしゃるくせに。いじわるですのね」
絶妙なタイミングで、おでんが出される。出の染み込んだ綺麗なの大、三角に切り出されたこんにゃく、良いのついた卵。
「おお、うまそう」
「ふふ、どうぞ、召し上がれ」
一旦會話を止めて、味山はおでんに向き合う。
さくり、まずは出のを移す大から。割り箸がすっと、り込み染み込んだ出が溢れる。
まだ熱いそれを口に放り込む、熱い、旨い。熱気とともに丁寧にとられたであろう昆布とカツオ出の優しい味が口に広がる。
「ふふ、どうぞ、味山さま」
大の熱さと旨味に目を白黒させていると、雨霧がグラスを差し出してくれた。
視線で禮をして、グラスをけ取る。まだ口の中に大が殘っている、それを冷たい辛口のニホン酒で流し込む。
決まった。
キリッとした辛口の酒が爽やかな後味を殘す。やさしい滋味が酒にあおられほんのしの苦みとなって口の中に殘る。
しばらく味山は無言でおでんに向き合う。その様子を雨霧はどこか嬉しそうに眺めていた。
「にいちゃん、旨そうに食ってくれるねえ」
「あ、店主さん。いや、これまじで旨いっす。出が、なんか、すごい」
「はっはっは。お目が高い。姉さんのツレなだけはあるなあ。おかわりしけりゃいつでも言ってくんな」
「ふふ、味山さま。味しいですか?」
「いや、味しいす。なんか上品な味だけど、どこか懐かしい。確かにこれは仕事終わり食べたくなりますね」
「……! ええ、そうなんです。その想、わたくしと同じです。ねえ、味山さま。良いカップルの條件ってご存知ですか?」
「カップル? 趣味が似てるとか?」
「食べものの好みが似ている、というのが大事みたいです。その點、わたくし達は問題ないみたいですね」
「げほ!! ゴホ!! あ、雨霧さん。からかわないでくださいよ。普通に張するから」
「あら、からかったつもりなどないのですけれど。……うん、味しい。いつもの味…… 食事とはほんとに素晴らしいものですね。自分で自分が食べたいものを食べれることのなんと、幸せなことでしょうか」
噛み締めていたのはきっと、大だけではない。雨霧の佇まいに味山はなぜか息を飲んだ。
「仕事だけでは、人間は壊れてしまいます。味山さまもどうかご自を」
「あ、あー、どうもです。仕事、仕事かあ…… ええ、まあなんとか頑張りますよ」
「あら、憂げなお顔もなさるんですね。何か、お仕事で悩みごとが?」
「いやー、悩みごとってわけでもないんですけどねー。んー、この先どうしようかなーってのはあるんですよ。雨霧さんならご存じとは思いますけど、うちのボスがしばらくお休みするんで。まあなんとかはなるんでしょうけど」
味山が酒に酔った頭でつらつらと語る。雨霧と會うのは二度目のはずなのに彼の雰囲気のせいだろうか、妙に口がってしまう。
「……あら、ご不安なのですね。ねえ、味山様はご自の未來をどうお考えなんですか?」
「未來? 未來っすか? はは、なんかその質問面白いっすね」
味山は努めて明るい聲を出して、それから言葉を詰まらせた。
雨霧が、そしておでんに集中していたはずの雙子が、黒い瞳の中に味山を映していた。
恐ろしさでさえ彼たちがまとえばしさになる。味山はふと、雨霧と雙子、彼たちの容姿がどこか似ていることに気づいた。
恐ろしい人というのは共通なのだが。それ以上に何か決定的な部分が同じなような……
「……どう、お考えなのでしょうか?」
「っ、えーと、未來、未來ですか」
再度の問い、なんと答えるべきか。自分の未來――
――殘り2年
頭に殘るのは、あの夏の出來事。
耳との、決著。定められた約束の日、それはつまり自分のタイムリミット。
「……俺は、小さい男です。功してビッグになりたいでもなく、家庭を持って安定した人生を送りたいとかそういう目的みたいなもんはないんです」
雨霧になんと答えよう、そんなことを考えるより先に口がいていた。
「ただ、普通よりもほんのちょっぴり、ほんのしでいいんで幸せに、不自由なく生きていきたい。金もあふれるほどにはいらないんです。晝、腹が減った時に食べたいと思ったもんを迷いなく食える、新作ゲームのダウンロード版、ゴールドエディションとかシーズンパスの値段を見ずにポチる。そんなことができれば、それでいい」
語るのは、味山にとっての幸せ。誰に卑小とそしられようが知ったことか。味山は幸いなことに自分の幸せをもう、知っていた。
「ほかのニンゲンよりも、ほんのし裕福で、自由で、幸せに生きていけたらいいんです。でも――」
「でも?」
「それを邪魔しようとする野郎がいる。そいつは俺の人生に突然現れて、好き勝手に暴れて、魅せつけられて、俺を殺そうとした。強くて、めちゃくちゃで、厄介で、しぶとくて、それで」
思う。
あの傍若無人、強力無比。醜いに邪悪な質、他者のび、苦悶の聲を聴くために力を振るう化けを。
「恐ろしい」
あの恐ろしさの前には、全ての幸せは砕かれる。味山はもう知ってしまった、魅せられてしまった。
世界には、あのような存在がいる。あれがいる限り、自分は安心出來ない。
あんな化けを野放しにしたまま、ちっぽけな幸せを追いかけることは出來なかった。
「まずは、そいつを始末してからです。そいつを片付けた後に將來とか、未來のことは考えようと思っています。……あれ、俺なんか意味わかんねえ話してますよね、すみません、ちょっと酒回ってるみたいで」
「いいえ、ありがとうございます。話してくださって。味山様の心の中には、大きな存在があるのですね。ああ、なるほど。だから、あなたはあのお星さまとともにあれるのですね」
「お星さま、それだけで誰のことかわかるのはすごいっすよね」
「ふふ、それだけかの星の輝きは人を魅せるのですよ。ああでも、あなたの中には星のすら屆かない大きな大きな闇がある、ふふ、素敵ですね」
雨霧に見つめられていると、自分の中を覗かれているような覚に陥る。
これとよく似た覚を、アレタの妹、アリサとの出會いでもじていた。
「詩人っすね、雨霧さん。前に別の人に似たようなこと言われましたよ。お前には余裕がないからアシュフィールドのすごさがわかんねーんだって」
「あら、なかなかどうして、鋭い方もいらっしゃるのですね、でも味山さまのそのいびつなところに惹かれる方もおおいのではないでしょうか?」
「「雨霧お姉さんみたいな?」」
雙子がまったく同じタイミングで、同じ言葉を繰り出す。
「夕顔、朝顔。あなた達はこれ以上わたくしになにを止してしいのですか? 同室で教育係のわたくしとしてはこれ以上あなた達から何も奪いたくないのですけど」
「「ひい」」
にこりと笑う雨霧の笑顔に雙子が小さな悲鳴をあげた。なんとなく関係がわかってきた。
「あ、あー、雨霧さん。俺からも質問いいかね? 雨霧さん、あめりやで働く前は何してたんすか? モデルとか?」
「あら、気にしてくださるのですか? そうですね、書、みたいなことをしておりました。とある企業の…… 報を扱う部署付きの」
「おおー、エリート。なんであめりやで働き始めたんですか?」
「ええ、前の職場の……役員があめりやの店長と知り合いだったのです。わたくし、探索者に憧れておりまして、興味がございましたのでその縁を伝い、バベル島へやってきましたの」
「へー、すげえ行力。ああ、そうだ。雨霧さんの質問、そのままかえしますけど、雨霧にとっての未來とか、將來とかなんか理想とかあるんですか?」
何気ない質問だった、そのつもりだった。
でも、意外なことにその質問を口にした途端、雨霧のきが止まった。
「わたくしの…… 將來、ですか?」
考えたこともなかった、そんな顔だ。整ったパーツ、造られて考えられた表が、一瞬なくなった。
。
した雰囲気が消えた彼に味山は、小さなの面影を見た。
だが、それも一瞬のこと。次に瞬きをしたときにはすでにその面影も消え去っていた。
「今、でございます」
「え?」
「私の未來、將來は、今なのですよ。昔、願い、焦がれ、手にれようと足掻いた結果は今です。ええ、願わくば、わたくしはこの今が永遠に続けば良いと考えています。ふふ、せんなきこととはわかっているのですけどね」
雨霧がおちょこを傾ける。細く陶磁のようながいた。
「おっと、お姉さまいい飲みっぷりで、どうぞ」
味山が反的にとっくりを捕まえて雨霧に差し出す。
溶けるように笑った雨霧が空になったおちょこを差し出した。
「まあ、栄です。味山さまにお酌して頂けるなんて。アレフチームでもなければ賜れないことですね」
「雨霧さんにならいつでもお酌させていただきますよ。栄でございます、お姉さま」
「あら、もう。……味山さま、ううん、只人。今日は楽しい夜ね」
瞳が、愉快そうに半月に歪む。それは間違いなく笑いだ。
妖艶、妖しく艶やかに雨霧が味山に笑みを向けた。
「っと、栄です。雨霧お姉さま。本日はご指名ありがとうございます。
言葉もなく、味山はノリで雨霧に合わせる。
「あなたのことだから、ほかに指名がたくさんってるんではないですか?」
「そうだとしても、今は雨霧お姉さまが1番大切です。今夜はお仕事終わりですか?」
味山が雨霧をもてなす。作法もやり方も知らない。安いホストのようなセリフ、それでも雨霧は上機嫌そうに笑った。
「そうに決まってるじゃないですか。ふふ、あなたに會えるのを楽しみにお仕事頑張ってきたんですよ」
「お、いや、僕も、違うか。私も雨霧お姉さまをお待ちしておりました。最近いらっしゃってくださらなかったから、忘れられてしまったのかと」
おどけて味山は演じる。アルコールが恥の概念を薄く、薄ーく引きばしていた。
「まあ、口ばっかり。酷い人。忘れるわけありませんよ。私は、あなたのことをずーっと見ていたのですから」
「え、ずっと?」
「ええ、ずっと。あなたが別のの方と冒険を繰り広げていた時も、別のと休暇を過ごしていた時も、1人で戦っていた時も、私はずっと見ていたのですよ」
言葉が、重い。
おちょこを傾けながらこちらに送られてくる流し目。しなやかなラインが分かる肢に目がいくのを必死に我慢しつつ、味山は次の言葉を探して。
「あー、味山くんが浮気してるー! これは問題ですよ、朝顔」
「わー、私達っていう上客がいながらなんて事でしょうか、夕顔」
むぎゅ。隣に座っていた朝顔が味山の肩に、1番奧に座っていた夕顔が味山の首にそれぞれ抱きつく。
暖かい。2人とも華奢なのにのらかさが黒いワンピース越しに伝わる。
「へ!? いや、設定が一気に複雑になるから!」
「設定ー?! ひどい、私たちのことはやっぱり仕事、いや、遊びだったんだー、朝顔ー!」
「うう、2人並べていろんなこと言わせたりしたくせに…… 雙子のいいところだけ楽しんで、結果本命は正統派人なんだー! 夕顔ー!!」
「設定がひでえ!! 一気にクソ男じゃん、俺!」
おーいおいおいと泣き真似を始める雙子に思わず味山は言葉使いを荒げる。
助けを求めて雨霧へ視線を
「ふふ、小娘どもが。悔しかったら長ばして年相応の言葉遣いを學ぶことですね。正直、あなた達の需要はどちらかと言えばマニアックなじです」
「言い方!! 煽らんといて!」
雨霧もダメだった。笑いながら雙子を思い切り煽る。
それに雙子がさらに悪ノリし、いつのまにか味山は出來るホスト役から、営業を考えなしに誰彼構わず吹っかけるバカホストに。
雨霧はそんなホストにどっぷり浸かった上客、雙子たちは捨てられた元客というキャスティングに変わっていた。
「ひどい、あんなに楽しく笑ってくれてたのに!! 味山くんの笑顔は全部噓だったんだー!
「うわああん! 120萬円も一夜で使ったのにー! やっぱり腳が長くて気のあるのがいいんだー!」
「ねえ、只人くん。こんな騒がしい子たちはもういいじゃないですか。それより、私もっと靜かなところでお話ししたく存じます」
「やべえ、役が暴走してる。おいちゃん、これなんか強い特別な酒?」
「うんにゃ、コンビニで買ったポン酒だよ」
狹い屋臺の暖簾の中で、溫かな笑い聲が響き渡る。
穏やかな時間、夜に舞う蝶としてこの街で生業を送る彼たちの心からの笑い聲は、意外なほどにい。
聞くものが聴けば驚いたろう。彼達の心からの楽しそうな聲などそうそう聞けるものではないのだから。
日が変わる前日まで、おでん屋からは楽しそうな聲が途絶えることはなかった。
……
…
ニホン街の高級住宅地地區、そこに彼たちの家はあった。
おでん屋から出た後も、酔っ払いたちの視線は常に雙子と雨霧へと向けられ続けていた。
人通りがないこの辺りになり、ようやく不躾な視線は消えた。
「うわー、すげえ、でかい家。門あるじゃん」
広い敷地をぐるりと囲む塀、大きな山門デザインのり口。
裕福な家のつくりだ。これがあめりやで用意している家と言うんだから、どれだけ儲けているのかよくわかる。
「ありがとうございます、味山さま。今日は、本當に楽しい時間を過ごさせていただきました」
「うみゃ、眠い。楽しかったねー、朝顔」
「みゅ、眠い。そうだねー、夕顔」
味山の右手、左手はそれぞれ夕顔と朝顔に握られている。ここまで仲良く3人手を繋いで帰路についていた。
雨霧がいなければおそらく警備部隊に職質されていたことだろう。
「ほら、夕顔、朝顔。もうついたのですから。味山さまのお手を離しなさいな」
「えー、味山さん持って帰るうー」
「えー、ホストごっこまだやりたーい」
同じ作、同じタイミングで目をる雙子。味山の手は離さない。
らかな手のひらのぷにっとしたが強くなる。
「「あ、そうだ、忘れてた」」
雙子が唐突に呟いた。
「かぐや姫ゲームの商品がまだでした。ね、朝顔」
「勝負には、報酬が必要だよね。ね、夕顔」
お願いを、聞いてくれる。確かあの一次會でのかぐや姫ゲームの賞品は、それだ。
「ねえ」
「味山さん」
両耳に屆く、雙子の甘い聲。眠たいだけじゃない、その聲がけているのは。
「賞品です。おねがいを聞きます」
「味山さん、私たちに何を求めますか?」
雙子が背びして、味山の肩にしなだれかかりこそこそと話す。
吐息すらかかりそうな距離。雨霧が何か言いそうなものだが、味山が確認すると雨霧は黙ってこちらを見つめていた。
街燈が後ろから雨霧を照らす。が、彼の表を覆い隠している。
「ねえ、こっちを見て、味山さん」
「ねえ、私たちを見て、味山さん」
「何してしいの?」
「あなたなら、なんでもいいよ」
くすり、クスクス。
良い匂いがする。瑞々しい果実のような匂い。ワンピースに隠されている肢、らかいのと甘いのとで、味山は頭が揺れてくる。
にい、その様子を見て雙子がまったく同じきでを吊り上げた。
「「ほんとに寢室で、2人、並べてみる?」」
それは、甘い、どこまでもとろけるような聲。男でもでもそのいに乗ってしまいそうなーー
魔。
それにれた途端、味山の手は反的に、自分の腰へびた。
存在しないはずの、何か、そうまるで腰に常に挿している武を手に取るように。
「っあい!! アウトおおおお!!!」
「イタッ!!」
「ウアっ!」
びし、びし! 味山が互に雙子のおでこにデコピンをかまして2人を引き離す。
無意識にいたの作権はすぐに味山のもとに戻る。
危なかった。2人の聲を聞いているとまるで酔いが進むような気すらしていた。
甘いには裏がある、それに雨霧が見ている前でこんなわかりやすいに乗るとかそんなわかりやすいバッドエンド選べるわけがない。
「うわあああん!! 味山さんが暴力振るったー」
「……いたい。デコピン、デコピンかあ、ふふ」
「へ? あ、朝顔? なんで、ちょっと嬉しそうなの?」
雙子の片方が妙な癖に目覚めかけていた時、味山は咳払いして雙子を見つめた。
「ゲームの賞品、お願いごとはもう決めてあるんですよ。夕顔さん、朝顔さん」
「へ、へえ。いいよ、味山さんなら。楽しませてくれた禮になんでもーー」,
「名前」
「「え」」
「名前ですよ、名前教えてください。夕顔、朝顔。店の名前じゃなくてあなたたちのほんとの名前が、俺は知りたい」
それはあの時、グレンと鮫島にも教えた冴えたやり方。考えてもみれば、共に酒を飲んで、飯を食べていても味山達は結局、彼達に近づいていない。
本當の名前すら、知らないのだ。
だから、
「俺の名前は味山です。夕顔さん、朝顔さん。ゲームの賞品はあなたたちの名前だ。改めて教えてください。名前、なんて言うんですか?」
雙子達が、顔を見合わせる。ポカンと空いた口、そしてどちらからともなく笑った。
「ふ、阿阿阿阿阿、聞いた? 朝顔」
「阿阿阿、聞いたよ、夕顔」
雙子が、笑みを瞳に宿し、しゃなり、味山を挾むように位置を変える。
「あなた、馬鹿ね。そんなのが賞品でほんとにいいの?」
「あなた、馬鹿よ。もっとイイコトはたくさんあるのに」
互に耳に向けて屆けられる囁き。吐息が熱い、ぎゅっと寄せられたからじる熱も先程とは比べものにならない。
「名前を。それが俺のしいモンですよ。あと、近い、ほんとに近いから。もうちょい離れてほんと」
「ふふ、やーです。もっとくっついちゃお! ねえ、朝顔」
「挾んで溶かしてあげたいくらいですね。夕顔」
ぎゅうっと、雙子が互いに手を取る。その真ん中に挾まれている味山とさらに著して、左右からいい匂いするしらかいし、あれ、今そういうお店にいる?
味山が平靜を保てなくなったその時、
「私の名前はね、げんにょ」
「私の名前はね、そじょ」
「……上の名前は?」
「ふふ、きゅーてん」
「ふふ、はくすい」
「「よろしくね、巖清水の音がするあなた」」
妖艶な聲、気な彼たちとこの魔、どちらがほんとの彼たちなのだろうか。
雙子なのに違う名字。
疑問はしかし、ふっ、と耳に息を吹きかけられてから力が抜けると同時に消え去る。
雙子が同時に味山から離れる。雨霧からの制止は意外なことになかった。
に雙子の匂いがまだ殘っているようだ。
「……気はすみましたか? 2人とも」
「あ! 雨霧姉さんがなんかヤバイよ! 朝顔」
「わ! ほんとだ! 聲低くなってる! おうちへ避難だ! 夕顔」
呆然としている味山を目に雙子達が雨霧とわちゃわちゃし始める。
さっきのは、彼たちの名前は果たして。
「あ! そうだ! 味山さん。私たちの名前を聞いてくれた禮に1つイイコトを教えてあげる!」
げんにょ、と名乗った方の雙子、髪飾りをれ替えていなければ夕顔が味山に近づいてきた。
ちょいちょい、と耳を貸せとジェスチャーしてきたので言われるがままに味山は耳をかす。
「コツはね、知ることなの。彼らの歴史を、彼らの足跡をあなたはもっと知るべきだわ」
「は?」
緒話のように伝えられる容、それは、その容はーー
「忘れられた彼らとあなたは上手くやっている。素晴らしいわ。の調和、混じわるはずのない者達があなたというの中で共存しているのだもの。それはかつて、彼らが目指してたどり著けなかった仙境なのよ」
夕顔を問い詰めようとをかす、しかし何故だ、の関節にのりでも塗られたかのようにかない。けない。
「だーめ、話は最後まで聞いてよ。あなたはとても大きな流れに巻き込まれている。私たちよりももっと古く、もっとおぞましい者に魅られているのね。あなたは今より強くなる必要があるはずだわ、でなければあなたはひどい終わりを迎えることでしょう」
容は、支離滅裂。
文脈もふりもまったくない。しかし、その容は味山にだけは、何のことを言っているのか全てわかる。
「公文書館の歴史資料室に向かいなさいな。そこであなたの中に居る、あなたに力を貸してくれる彼らのことをもっと、知るの。ふふ、正直驚いたわ。あの水にされた彼、隨分可らしい姿になってるんだもの。あなたのことよっぽど気にってるのね」
「ゆ、いや、げんにょさん。あんた、一……」
味山の問いに、彼はにこりと笑うだけ。その耳に言葉を向ける。
「知るの。知るというのは繋がる事なの。彼らのことをもっと、よく知ればあなたにもっと力を貸してくれるはずよ」
ふっと、夕顔が離れる。
半ば呆然とする味山にウインクして、雨霧の元へ戻る。
「「じゃあね、味山さん、會えて良かった!」」
「あ、はい」
はいつのまにかく。
「味山様、今宵は楽しいお時間をありがとうございました。2人がはしゃぎすぎてしまい、申し訳ございません、この埋め合わせはまた次回に」
雨霧が、頭を下げる。味山も慌ててそれより深く頭を下げた。
「いえいえいえ! そんな、こちらこそ、その楽しかったです。埋め合わせなんてとんでもないです」
「ふふ、あら。酷いお方。わかって言ってらっしゃるのでしょうか? 口実、です。こう言っておけば、次回もまたお會いしてくださるでしょう?」
雨霧が味山に笑いかける。しらーっとした顔で雙子がその様子を眺めていたが、何も言わなかった。
「お、おおお。すみませんした。あの、喜んでお供させてもらいます!」
しさに味山がたじろが頭を下げた。
「ふふ、楽しみです。お店でなくともお聲をおかけ頂けるのを待っております。送って頂きありがとうございました。味山様、くれぐれも夜道、お気をつけてお帰りくださいませ、ほら、あなた達もご挨拶しなさい」
「「味山さーん! おやすみなさーい!!」」
彼たちが禮をして大きな家の敷地へ帰っていく。
門がゆっくり閉まるのを確認してから、味山は振り返り、來た道を戻り始めた。
々なことがあった。
その中でも、最も印象に殘った出來事を、味山は反芻する。
「公文書館……」
自分の腹へ手を當てる。
あの奇妙な雙子の殘した言葉、酔っ払いの戯言と切り捨てるには妙に的すぎる。
ふと、上を見上げる。
溫く、それでいてをでると冷たくじる風とともに薄い雲がいている。
月明かりを隠していた薄い雲が、ふとめくられた。ぽっかりとういた秋の月。
まあ、細かいこと考えるのは明日でいいか。
酒に酔っ払い、にの甘い匂いを纏ったまま味山は帰路に向かい始める。
もうその頭には、トラブル、坂田のことなどは當然かけらも存在していなかった。
……
…
そこには、暗い闇があった。
雨桐たちの家の中には、月明かりがわずかに差すだけ。
「いけませんよ、お二人共。ご興味を持たれているのは存じておりましたが、まさか名前まで伝えるなど」
「あら、雨桐。聞こえてたの? ふふ、耳年増?」
「玄、それ使い方違うわ。でも、ふふ。ごめんね、雨桐。あんな風に名前を聞かれるなんて思っても見なかったから、しが熱くなってしまったの」
闇が蠕く。
雨桐がかしづき、雙子が部屋の天蓋付きのベッドに並んで腰をかけている。
「……して、あなた様たちからご覧になって味山只人はいかがでしたか?」
「あは、予想通りね。綺麗に混じってる。中に、そうね、なくとも2は確実に居るわ」
「その中の1はあの九千坊河よ。あの暴者が大人しくしてるんだからし驚いちゃったわ。水天宮でさえ手を焼いていたのにねえ。ふふ、王クンもほんとに良い趣味してるんだから」
どこまでも愉快げに雙子が笑う。あの気で元気な様子はない。
そのたたずまいは、まるで雄大な自然そのものがそこにあるかのような。
「……彼に最後何をお伝えされたのですか?」
「ふふ、ご褒。公平じゃないもの、彼はほんとに何も知らないのだからね」
「雨桐。あなた、本気で彼のこと、気にってるのね」
「いえ、そのようなことは……」
「大丈夫、安心しなさいな。私たちも彼のこと気にったもの。道士にも共産黨にも彼に手を出さない事を約束させるから」
「それは、よろしいのですか?」
雨桐が顔を上げる。闇の中でも彼の目にははっきりと雙子の姿が見えていた。
「直接、見たからね。変なテコれしなくても彼はきちんと彼らしく在ってくれるもの。まあ、あのカビ臭い連中は彼をホルマリン漬けにしようとするでしょうけど、ふふふ、きっと、無理ね。失敗すると思うわ」
「……委員會の計畫は、やはり進行しているのですね。ですが、なぜ?」
「簡単よ、彼の中にはまだ何かがあるわ。私たちと同じ彼らじゃない、別の何か」
「私たちでも見通せない暗い何か。でも、多分、普通に狀況から考えて、あの壁畫の魔関連だと思うけどね。ほら、あのおもちゃを振り回していた子、あの子の行にも味山只人はすぐに気付いていたでしょう?」
「……彼が、あのように単純であれば我々も楽なのですが」
「ふふ、ことさら、わきまえた凡人というのは厄介ね。事がうまくいかないことに慣れているから、用心深く調子に乗らない」
「常に自分には最悪なことがいつでも起こりうると知っているから、力を振り回したりはしない。そんなところが可いのだけどね」
「ふふ、雨桐。あなたは賢い子だわ。私たちがきっと、彼のことを気にると知っていたのね。したたかで、恐ろしい子」
「仙人を前にそこまで無人に振る舞えるのは中華広しといえど、そうはいないわ。誇りなさい、桃の香りの娘」
尊大な態度は味山たちの前では決して見せていない姿。しかし、雨桐がその態度を咎めることはない。
「……まさか、お名前までお教えになるとまでは思いませんでしたけどね」
「ふふ、あら、やきもち? あなたは彼に本當の名前を教えられないものね」
「ふふ、可いわね。同じフラスコで生まれた姉妹だもの。甘えてもいいのよ?」
「まだ溶かされるわけには參りませんのでご遠慮したく。では、味山只人の中華人民共和國主導による奪取の件はお取りやめ頂けることでよろしいでしょうか?」
つらつらと雨桐が言葉を向ける。張が膨らみ、部屋には蔓延する。
月明かりが遠い。
永遠に思える靜寂を、雙子の聲が破った。
「ええ、約束するわ。あのカビ臭い黃のにはそっちで勝手にやれと伝えておいてあげる」
雨桐はわかりやすく安堵する。
「ねえ、雨桐。1つ聞いてもいいかしら?」
「はい。素様」
「あなた、なぜ彼にそこまでれ込んだのかしら? あくまで仕事の監視対象のはずだったけれども」
それは當然の疑問。
今回の合コン、それに雙子を喚んだのは雨桐だった。
「……しくなったのです」
それは人間の聲だった。超常の存在、神仙ですらわずかにたじろぐほどの、暗い熱を持った、ただの聲。
同じ、フラスコの中で造られた存在である三者。
しかし雨桐はその中で最も人に近い。そして最も人らしい、只の人をずうっと見てきた。
「見ていたら、ある日、急に、しくなったのです。今は無理でもいつか、いつの日か、彼が見せるあの歪な、あれが私のモノになればいいと夢見るようになったのです」
魅せられていた。彼はすでに。
ある意味、彼の事を最も近くで見てきた。その泥臭い命を。
造られて、そうあれかしとのぞまれた雨桐にとってその命のあり方はあまりにも生々しく、汚く、歪で、そしてどこまでも興味深いものだった。
「だから、まだ奪われるわけにはいきませんでした。あなた様たちが本気を出せば、彼も私も路傍の石ころのように蹴り飛ばされるだけでございますゆえに」
つまるところ、雨桐は、もう味山を知っていた。
知って、しくなった。それだけだ。
「あはは、そんな殊勝な顔じゃないわよ、雨桐。蹴り飛ばした足を噛みちぎるわね、今の貴方なら」
「ふふ、恐れ知らずの雨桐。桃の化よ、神仙ですら使うおしい人間よ。あなたは賭けに勝ったのですよ」
「私、九天玄の名において」
「私、白水素の名において」
「「味山只人は全中華の下、我が試験管の姉妹、雨桐の所有と認めます」」
2人、雙子に雨桐が片膝をつき、頭を垂れる。
「ありがとうございます。我が恐ろしき強き神仙たち。歴史を超え、人の業により蘇り、人の支配を超えて、國を支配する神の如き貴様たち」
「雨桐は、貴様たちの名のもと、しきものを手にれてご覧にれます」
闇が濃い。
月明かりも屆かなくなるほどに、濃い部屋の中で靜かに。
が笑った。
神仙たちはその笑みを好意的にけれる。
「ああ、そうだ。雨桐。王クンに伝えて頂戴な。足元で変なものが蠢いてるわ。それは恐らくこの島全てに牙を剝く、共産黨員や、黨の建の警戒度合いをあげておいた方がいいわよ」
「戦爭警戒までが適切かしら。あめりやには私たちが界を敷いておくわ。あそこはとても気にってるから」
「委細、王に伝えます」
「あ、それとね、雨桐。あなた、彼の事もっとよく知りたいなら公文書館を訪れなさいな。素直な彼のことだもの。きっと近いうちに公文書館で會えるはずよ」
「公文書館、ですか?」
「ええ。ついでにあのお金の大好きなあの子の力で彼を調べて貰えばいいわ。きっと、貴にとっても、黨にとっても面白いことがわかると思うから」
神仙の言葉は、確定された予言だ。
一言ですら無駄なものはない。強大な力をもつ中國という國が彼たちから言葉を賜るのにどれほど苦労していることか。
それを考えれば雨桐へもたらされているこの話はまさに神言に近く。
「もったいなきお言葉を。役に立てます」
「「ふふ、素直な子は好きよ。じゃあまた明日もよろしくね。いとたのしき世の遊び。私たちの遊びに付き合って頂戴な。雨桐、いいえ、雨霧お姉さん」」
「栄です。玄様、素様。いいえ…… 夕顔、朝顔」
ふっと、闇が薄くなり、広い部屋には雨桐だけが殘る。
全ては彼たちの戯れ。それに真剣に付き合うのも雨桐の仕事の1つだ。
ぽたり、桃の香りと、桃の風味のする雨桐の汗がフローリングに溜まっていた。
「……仙人のお世話も楽じゃありませんね。ああ、明日には王大校のもとにも顔を出さないと」
その場でパタリと仰向けになる。優雅な姿とはまた違う。
に広がる疲労、外聞もなくひんやりしたフローリングに寢転がる。冷たくて気持ちがいい。
「ああ、それでも、今日は楽しかった。味山さんもそうだったらいいですね」
月の明かりが天窓からす。
明かりに手をばして、雨桐はしばらく月浴を続けた。
目をつむる、雨桐の脳裏に凡人の顔が浮かぶ。
予想通り、彼はついにあの神仙からすらも興味と関心を勝ち得た。
完した全て、到達したものでありまれて造られたモノである彼たちにとって、あの運命にも宿命にも選ばれていない凡人の姿はとても、面白くじたのだろう。
自分がそうであったように。
かぐや姫ゲームで見せたあの顔。監視中、探索の時のあの顔。強敵に見せるあの顔。
世界は決まりきっている、そんな価値観を壊してくれそうな予。
彼は、雨桐にとっての予なのだ。
雨桐は、これからの事を考える。
そういえば、あのおもちゃを振りかざしていたニホン人、あれも回収リストにれておかなければならない。
おもちゃはおもちゃでも、は。
今さら未登録、それも個人戦技程度のおもちゃを黨が優先するとも思えないが、自分の表の同僚にちょっかいをかけた罪は重い。
あの程度の人ならば、適當に工作員が処理するだろう。ニホンの公安のマークもアレごときにつくとは考えにくい。
「いえ、それよりも、神仙の言葉。公文書館…… 久しぶりに彼に會いに參りますか」
仕事の事を考えながら雨桐は穏やかな月の燈りを浴び続ける。その表はどこまでも穏やかなものだった。
ある研究者の手記。
功した。私は世紀の業に功したのだ。
なのに、黨は私の功績を認めない。
あのアメリカ人の提唱したアプローチとは違うものだと言い張るのだ。伝承再生、骨組みはあった。伝説の"神仙"の仙骨から出したDNAを基に、作り出した被験はいずれも順調に生育している。
事前実験として、都市伝説レベルの"桃娘"のへその緒から生み出した試作品も順調に生育している。すでに人工子宮から取り出しても問題ないほどに。
なのに!なのに! あの連中、いうことに書いてこれは人類の進化ではないだと!? 新しい人類を創るのがーーーーーー
ーー手記はここで途切れている。
《書籍化&コミカライズ決定!》レベルの概念がない世界で、俺だけが【全自動レベルアップ】スキルで一秒ごとに強くなる 〜今の俺にとっては、一秒前の俺でさえただのザコ〜
【書籍化&コミカライズ決定!!】 アルバート・ヴァレスタインに授けられたのは、世界唯一の【全自動レベルアップ】スキルだった―― それはなにもしなくても自動的に経験値が溜まり、超高速でレベルアップしていく最強スキルである。 だがこの世界において、レベルという概念は存在しない。當の本人はもちろん、周囲の人間にもスキル內容がわからず―― 「使い方もわからない役立たず」という理由から、外れスキル認定されるのだった。 そんなアルバートに襲いかかる、何體もの難敵たち。 だがアルバート自身には戦闘経験がないため、デコピン一発で倒れていく強敵たちを「ただのザコ」としか思えない。 そうして無自覚に無雙を繰り広げながら、なんと王女様をも助け出してしまい――? これは、のんびり気ままに生きていたらいつの間にか世界を救ってしまっていた、ひとりの若者の物語である――!
8 166世界最強はニヒルに笑う。~うちのマスター、ヤバ過ぎます~
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