《凡人探索者のたのしい現代ダンジョンライフ〜TIPS€ 俺だけダンジョン攻略のヒントが聞こえるのに難易度がハードモード過ぎる件について〜【書籍化決定 2023年】》70話 実食! はじまりの火葬者&公文書館での1日

〜たのしい合コンの翌日、バベル島、食倶楽部、定休日にて〜

「う、おおお。すげえ、ま、マジで、タテガミさん。これがあの、カピカピの腕なんすか?」

味山の歓聲が自分以外誰もいない広い店に響く。

目の前に大皿に盛られたテラテラと輝くそれらを見て目を輝せた。

「くく、その通り! 味山さんや鮫島さんの協力で狩ったカスミトラ、あれの膽石を用いた霧焼き、これがビンゴ! 熱を持った霧でしっとり、ふっくらとした火れに功……! その後炒めて味を整え、調理完……! 召し上がれ、名付けて霧焼き餃子」

「うっひょー! おれ餃子好きなんすよ! 腹空かしてこいって言うからなんだと思ってたらよ! すげえ! 頂きまーす!!」

考えてみれば、このオカルトグルメで本格的なものを食うのは初めてじゃないか?

九千坊はカッパカレー(レトルト)、鬼裂の先生はココア(ミルク多め)だ。

プロの、しかもあの指定探索者やお偉いさん用達、食倶楽部の料理長、タテガミの料理。

正規の料金もきちんと払っている。これは楽しめそうだ。味山は手を合わせながら目の前に広げられた料理の匂いを嗅ぐ。

「タテガミさん、これ、作法的には何か食べるの順番あるんですか?」

「くく、本格的な中華の會食では、開店テーブルの順番やら取り分ける時に座ったままでなければならないなどございますが…… 今日はノープロブレム! 圧倒的…… 貸し切り狀態っ。霧焼きの試作品でもあるので味山さんの食べやすいやり方で!」

「その言葉を待っていた! いっただきまーす!!」

香辛料と、油の食をくすぐる匂いを我慢するのももう限界だ。

割り箸をパキンと、勢い良くぷくぷくの大葉餃子をつまみ、そのままほうばる。

「……っうっま」

口にれた途端広がる濃厚なの香り、薬味のピリリとした辛味と旨味が絡み合う。

噛み締めるとじゅわりと広がる……?!

あのミイラみたいな腕から?!

「タテガミさん、これ、すげえ、が! え、ほんとにあのからっからの猿の腕使いました?」

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「くく、疑われるのも無理はない、しかしご安心を。これが霧焼きの髄。蒸し焼き以上に素材に行き渡る蒸気はたとえ、乾いた食材であっても瑞々しさをもたらす! 味山さん、甘くみすぎです。怪種の素材の、効能をっ!!」

くわり! 見開かれたタテガミの目、すごい気迫だ。味山はその気迫にうんうんと頷きまた大葉餃子に手を出す。

あー、もう、うまい。なんだこれ。

小籠包のようにスープも打ち込みましたと言わんばかりの、それに混じり合うのは唐辛子? ピリリ、と聞いた辛味が尖り、しかしその辛味をが包み、マイルドに仕上げる。

口の中が火傷しそうだ。熱々の餃子を次から次へと味山は口に放り込み続ける。

味変として、用意されていたタレにつぷり。

「うまい!! 酸味聞いたこれ、ポン酢、じゃないですよね?」

「くく、薄口醤油にレモン、山椒の末を混ぜだタレです。進むでしょう、餃子」

「最高です。うわ、またこのスープ。濃厚……、とろみがすげえ」

付け合わせの卵スープを掬う、とろり、見た目の時點でまろやかそうだ。

ずっ。餃子で火傷しかけた口に熱々のスープをスプーンで運ぶ。

「……っ! 滋養!」

スープ、舌にらかくるトロミ。飲んだ途端、の乾いた部分が潤うような錯覚。

ぴりぴりと気づけば辛味で傷んでいる舌を優しくカバーしてくれる。

そこでまた餃子を! そしてその餃子をスープで流し込む。

「……決まった」

うまい。もうそれしかない。

飯の熱がに伝う、食うことで宿る。

食事とは、拝領。食って、そのに命を付けていくことなのかもしれない。

気付けば、熱いのと味いのを繰り返しているだけで、目の前の食卓は空っぽになっていた。

食材の熱が、味山の、細胞の一片一片に染み込み、なにかを外して、馴染んでいく。

TIPS€ 原初種 "はじまりの火葬者" を摂取した。はじまりの火葬者、その業はお前に引き継がれた。

來た。に伝わる熱とともに屆くTIPS。予想通り、やはり、あの乾いた猿の腕もキュウセンボウや鬼裂と同じだった。

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忘れられて、かすれて、それでも思い出してくれる誰かを待ち続けた殘り滓。

かつて、この世界に存在していた神、その殘りカス。

「神の殘り滓……」

TIPS€ はじまりの火葬者の決して焼ける事のない腕。いつからか彼は火に救いを見出した。群れの長たる彼は滅びゆく種族に何もしてやれることはなかった、その滅びは運命だった。

流れるのは、聞こえるのは歴史。誰にも知られず滅びた殘り滓。

ぼうっ、味山の頭にイメージが流れ込んでくる。食事によって、味山はその景を引き継いだ。

火。

それは火だ。

TIPS€ 長たる彼は最後まで生き殘り、仲間たちの亡骸を火で葬り続けた。いつからか彼は火に願った。同胞の魂が火により天に昇るように、あるいはもう2度とこの殘酷な世界に生まれ落ちて來ぬように。

誰にも知られない語が今、見つけられる。忘れられ、消え去る筈の運命、しかし凡人にはそんなもの関係ない。

彼は火を見出した。乾いた木に落ちた落雷、そこにくすぶる火を見出した。

TIPS€ 彼に名はなく、彼のことを覚えているものは存在しない。しかし、彼こそがはじまりの火葬者。彼は滅びたが、その善は、仲間の死を悼むその質はヒトの進化の樹形図に刻まれた。

「はじまりの、火葬者……」

流れ込むイメージ、熱、揺らめく、暖かい、火。

願いだ。同胞の亡骸を焼き、天高く昇る煙に彼は願っていた。どうか同胞の魂が、尊厳がこの高き空にれられるように。

もう2度と、この殘酷な世界に生まれてこぬように。

1つになる。馴染む。

それはラドン・M・クラークが殘したヒトの可能した人類への信頼。

アプローチ2 伝承再生。

大國がどれほどの人員、資金を注ぎ込んでも結果辿り著けなかった方法。

なんのことはない。食事だ。

伝子をもとに新たなる命を作るのではなく、ただ命のままに敬意を持ってそれを料理し、食す。

つまるところ、たったそれだけ。

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それだけの方法に誰もたどり著くことは出來なかった。

「ご馳走さまでした」

完食、猿の腕、もとい、"はじまりの火葬者"。

TIPS€ "はじまりの火葬者"の業を引き継いだ。経験點200を消費することにより"はじまりの火葬者"の火をこの世に燻らせることが出來る。

に宿る、熱。それは確かに追加された新たなる味山の探索者道、そして、左手をじっと眺める。

TIPS€ 水は冷たく、心地よい。お前は息長の質を得た。九千坊はお前をお気にりの眷屬として認めている。頼らば水神にされし力を貸してくれるだろう。

1つ、西國大將九千坊。偉大なりし水の子。

TIPS€ それはによる繋がりではない。古き盟のもと、鬼を裂く者の技をお前は再現するだろう。

2つ、鬼裂、いにしえの怪狩り。鬼を狩り盡くし、いつの日か自分が鬼に落ちたモノ。

TIPS€ お前の左腕には弔いの火が燻る。目を瞑れば見えるだろう。紺碧の空へ昇る同胞の灰が。

3つ、新たなる力。はじまりの火葬者。

そして、味山只人の最も深い場所には、恐ろしき化け。"腑分けされき出した部位"が蠢く。

「あー、味しかった。タテガミさん、ありがとうございました、マジで味しかったです」

「クク、さすがの食べっぷりでした。お口に合ったようで何よりです」

お茶を一気にに流し込む。胃が膨れ、確かな満腹が幸せとか変わる。

「いえいえ、タテガミさんの料理様々です。これで今日1日をアクティブに過ごせそうですわ」

「おや、今日は確かオフでは?」

「勤勉なもんで、ちょっと調べしようかと思うんですよ」

「くく、そうですか。味山さん、また面白い食材があればいつでもお待ちください。腕を振るいます」

「頼りにさせてもらいますよ、タテガミさん」

タテガミの言葉に頭を下げ、席を立つ。このままかないと満腹で眠ってしまいそうだ。

「そういえば味山さん、どちらまでしらべものに?」

タテガミが食を下げながら味山へと聲をかけた。

味山が振り返り、し視線を外す。

ーー公文書館へ向かいなさいな。

雙子の言葉を反芻した。

「あー、中央區の公文書館までっすよ」

……

「はい、探索者端末を確認致しました。公文書館でのお時間をお楽しみくださいませ」

「どうもです」

認証された端末をけ取り會釈しつつ、空調の効いたフロアを進む。

白い床に、白い壁。わかりやすい未來の建風の裝。

バベル島、公文書館。探索者組合により設立された世界中から集めた書、データ、紙、ノート、を問わずにあらゆる報の集まる場所。

アメリカの議會図書館には及ばないものの、およそ1萬點以上の報がこのドーム型の建の中には存在していた。

「さて、酔っ払いの奇妙な雙子の言うままに公文書館へ來たはいいが…… どこへ向かったもんかね」

清潔を通り越して、明なフロアを味山が進む。り口付近はカフェエリア、飲食も可能なようだ。

人はまばらだが、勤勉な人間や、調べがある人間がそれぞれタブレットや本を眺めている。

TIPS€ 公文書館 B1Fへ向かえ

「……ああ、どうも。気が利くようで助かる。もうし他の場面でも同じようにしてくれ」

薄いBGMにかぶせるように頭の中にTIPSが響き渡る。味山は素直にそのヒントに従った。

「おい、あれ……」

「アジヤマだ。アジヤマタダヒト…… アレフチームの」

「ぱっとしねえな……」

「テレビで見るより普通だね」

カフェエリア中から視線が味山に集う。

隠す気のないヒソヒソ話を通過して、味山がエレベーターまで向かった。

それにしてもあの餃子は味かった。タテガミの料理の味を反芻していると気づけば、チンとエレベーターのドアが開いている。

「あ、すみません」

ドアが開いて、すぐ、下の階から登ってきたであろう先客がいた。

肩までのブロンドヘアに赤ブチ眼鏡。青いジャケットにパンツスタイルの司書服。

ベレー帽の似合うどこか、小のような雰囲気を持つとすれ違う。

「い、いえ、どうも」

眼鏡の向こう側、大きな青い瞳が一瞬、大きく見開かれ、すぐに伏せられる。

互いに會釈しつつすれ違い、は外へ、味山はエレベーターの中へ。

真っ白なエレベーターに、の香水の香りがわずかに殘っていた。

B1Fのスイッチを押し、しばらく待つ。

しの浮遊、音もなく扉か開いた。

「うお、すげえ本の數…… 」

考えてみれば、探索者になってから公文書館に來るのは初めてだ。學生時代はそれなりに本を読んでいたが社會人になってからはめっきり。

エレベーターから出た味山は辺りを回す。天井まで本棚はび、人もまばら。

所々に置いてある白い椅子に座る人間もない。

「さて、お目當ての場所だ、何を探せばいいんだか」

本の塔みたいになっている棚の間をすり抜ける。ほとんどの書籍が英語だ。

「確か、ニホン語のコーナーもあったよな」

味山はエレベーター近くのARの立映像にれて館図を調べる、かなり近い場所にニホン語の書籍は集まっていた。

TIPS€ 伝承、民俗コーナーへ向かえ

「へいへい、俺も素直なもんだ」

小さく獨り言をぼやきながら味山は館図を端末にダウンロードして歩き始める。

數秒も歩かないうちにニホン語コーナー、ニホン語で書かれている書籍の棚がひしめく場所にたどりつく。

「えーと、小説…… 隨筆…… エッセイ、図鑑、あ、あった。民俗に伝承」

うように本棚群を歩き続ける、ふとそれを見つけた。

TIPS€ 3段目、左端から5番目、[河の伝説]、8段目右端から8番目[火のはじまり]左端最下段5番目、[平安大全]

TIPSに伝わる3つの本、味山は言われた通り指定された本を探す。やはりと言うべきか、TIPSの囁き通り、指示された場所に指示された本が靜かに存在している。

TIPS€ 本を読め。彼らの歴史を知ることでお前はそのに更に深く神を刻むことが出來る。

「……雙子の言う通り、ね。あの2人……」

味山は、あめりやの雙子についてし考えた。何者だ、あの雙子は。とんでもないで瓜二つの存在、そして公文書に向かえという言葉。

「俺ののことを知ってる? でも、どうやって……」

考えているとし怖くなってきた。味山は本を重ねて手頃な機へと向かおうとした、その時。

「ん? あれ、なんだ、この本…… 小説?」

それは、違和だった。古めかしいデザインや無機質なデザインの多い民俗伝承コーナーの中で、その本は異彩を放っていた。

文庫本、赤い背表紙に薄い本

味山は思わず、手をばす。

「……紛れてたのか?」

題名は"帰路に、つく"、作者は見たことのない名前、パラパラとめくると縦書きの文字が踴る。

裏表紙には短めのあらすじが。

……故郷を目指して旅を繰り返す男、ラビスの冒険記。いくつもの奇妙な世界を渡り歩いた男が最後にたどり著いた場所とはーー

「うん…… つまんなさそうだな……」

あらすじにも、タイトルにも惹かれるものはない。なのに、気づけば味山は、まあいいかと抱えた本の中に、その場違いの小説を重ねていた。

薄いBGMに、ちょうどよい空調。読んでいて眠くならないか心配だ。

「河の伝説、平安大全、火のはじまり…… ふうん……」

味山は頬杖をつきながら、ぱらりと本をめくり始める、まずは河の伝説とかかれた分厚い本からだ。

……

[河の伝説]

〜前略〜

……そしてニホンにおいて河とは河川、水の恐ろしさの象徴として多くの地域で伝承が殘っている。ヒロシマの"猿猴"という名前で知られる河は、川にった人間の肝を抜くという言い伝えもある。ヒロシマ市南區を流れる猿猴川はこの河の名前が源流とされている。

ニホンの河を語る上で欠かせないのは、2人の強大なる大將河である。

東の八洲、利川の"禰々子"あるならば、西や九州、筑後川の橫綱河"九千坊"ありと謳われている。

……中略

九千坊河は元は大陸、中國の生まれ。仁徳天皇治世の折に、一族を引き連れ大海を渡り、瑞穂の國へと流れ著いた。

九千坊という名前の由來は、彼の一族が九千匹もいたという言い伝えからである。大一族を率いた大妖怪の九千坊。彼の生涯には2度の大負けが記録されている。

東の""禰々子"に、後の"虎"。

東に暴れるのねねこに縄張り爭いで大相撲を挑むもこれに敗北、ねねこに対し、いずれ人が代わりに誅を下すと言い殘し、敗走。

そして2人目、後の虎。本名、加藤清正、時の後城主。太閤秀吉の子飼にして、賤ヶ岳の七本槍に數えられる猛將その人。

人に近く、人を好んでいた九千坊はある日、釣り糸を垂らしていたしい男と友誼をわすことに。

日毎に重なる2人の友は、九千坊から人と河の違いをぼやかしてしまう。この者を一族に加えたい、妖怪としてのに九千坊はいつしか負けてしまい、友を水底に引き摺り込み、子玉を抜いて殺してしまう。

己の妖怪としての本質に絶した九千坊、彼の罪は彼の後悔だけでは終わらなかった。

九千坊が殺してしまったしい男、彼は後の虎のお気にりの小姓だったのだ。

虎の尾を踏んだ九千坊とその一族は清正公に皆殺しにされかける。天敵である猿に追い回され、焼けた石を川に投げ込まれ、法力で縛られのてんやわんや。人の恐ろしさをこの時九千坊は思い知らされた。

そして同時に人の慈しみもこの時深く知ることになる。

いと慈深き関雪和尚の仲裁と命乞いにより、九千坊は筑後川への引越しを命じられ辛くも絶滅を免れる。

有馬公治る筑後川に移った九千坊、己の兇悪なると向き合うために水神の守り役として悪河を諫めたり、水に溺れた人を助けたりと、良きものになろうと永い時を過ごす。

……後略

……どの河の伝承にも共通して殘っているのは"子玉"と呼ばれる存在だ。ロマンのない説を真実とするなら、河の存在と紐つけられた水死の様子から造られた架空の存在ではある。

しかし、もし本當に河という神がこの世に存在していたならば、人の、いや命のどこかに子玉と呼ばれる何かが潛んでいることにならないだろうか。

には生から、生命から、子玉と目される致命的な核を抜き取る力があるとするならば。

彼らは単なる水の恐怖の現や、いたずら好きな何かだけの存在ではないのかもしれない。

本書で多く取り上げた九千坊河の本尊はニホン、フクオカ県、クルメ市の田主丸にて祀られている。

※注意 本書の初版が出版された2019年現在の報、本書第3刷発行の2022年現在、田主丸の九千坊本尊は失火により失われている。

……

パタリ、味山もが本を閉じる。

「…… 九千坊、こいつ想像以上の大じゃねえか」

味山は自分の夢の中で、キュッキュと呑気に鳴くマスコットを思い出す。

呑気に魚を丸呑みしたり、でかい魚に追い回されて涙目になっているアレと、書報がどうも一致しない。

「うわ、1時間たってる…… 意外と面白かったな」

時間を確認して、うへえとく。時間が経つが早い。

さて、一読み終えたわけだが何かが変わるじは特にしない。

やっぱりあの雙子の言葉はなんかの偶然か。味山があくびをしかけたその時。

TIPS€ お前は神の歴史にれ、神を知った。知識が、お前と神をより深く結びつける。

TIPS€ 水は冷たく、心地よい。九千坊の歴史を知ったことにより繋がりが深まる。経験點100を消費することにより、恐ろしき業、"九千坊の子抜き"を再現出來る。

TIPS€ "九千坊の子抜き" に西國大將九千坊の力を降ろす。命持つ存在、または命に準ずる核を持つ存在から子玉を抜き取ることが出來る。"定命"特、"再生"特を持つ存在に対して特攻を発揮する。"不死"特、または命を持たない存在には効果がない。

「……うっそん」

中を、何か明で涼しいものが駆け巡る。

はっきりわかる。さっきまでの自分と今の自分は違う。

何か、今までなかったものが追加された。それがはっきりわかった。

「……九千坊」

味山が手のひらを広げて、それを見つめる。ぼんやり、一瞬、自分の手、指と指の隙間にが、水かきが生えていたような。

「……すげえ」

その錯覚は一瞬で消える、しかし新たなる力の獲得、その実は消えなかった。

「まじかよ、あの雙子、ナニモンだ?」

味山がぼんやり呟く、久しぶりの読書、存外に面白かった容に、唐突に訪れた強化。

だから味山はその2人の接近に気付けなかった。

「雙子? 夕顔と朝顔のことでしょうか?」

「わ、本當のホンモノだ。アジヤマタダヒトさんだ」

「は?」

聞き覚えのある綺麗な聲に、初めて聞く同じく綺麗で明なの聲。

気のせいか漂う桃の香りに、味山は顔を上げた。

「あ、雨霧さん?」

「はい、雨霧にございます。ふふ、昨日ぶりですね。味山様」

長い黒髪の超絶人がにこりと笑う。それだけで味山の小さな心臓がし跳ねる。

「ああ、いえいえ。昨日ぶりです。あれから特に無事ってじですか?」

いや、無事ってなんだよ。味山が自分の意味不明な質問に戸う。どうも本を読んで自分の世界にり込んだ直後のせいか、うまく話せない。

「ふふ、ええ、おかげさまで。夕顔と朝顔も本當に昨日は楽しかったみたいで。また是非おいくださいませ…… 今日は、お休みですか?」

味山の意味不明な言葉にも何一つ気を悪くした様子なく雨霧が微笑む。

「あ、ああ、はい。ちょっと、やすみなんでなんか本でも読もうかなと、雨霧さんもお休み…… あ、お連れさんもいらっしゃるんです、ね……? あれ?」

雨霧の隣にいる、赤ふちメガネにブロンドヘア。

見覚えがある。

「あ、さっき、エレベーターですれ違った?」

「あ、はい、そうです。えへ、えへへ。雨霧さん、本當にアジヤマタダヒトさんと知り合いだったんですね」

「ええ、大切な友人です。ああ、失禮しました、味山様、彼はレア・アルトマン。この公文書館の自由司書です。レア、こちらは味山只人様、細かい説明はいりませんね」

「えへ、えへへ。そ、そりゃそうよ、雨霧さん。アジヤマタダヒトさんって言ったら最近有名な人じゃない。えー、やだ、本に會っちゃった」

「あはは、そんな大したもんじゃないですよ。えーと、雨霧さんもなんか調べですか?」

「ええ、し、そうですね。調べを。運良くすぐに知りたいことは知れそうですが」

雨霧の言葉に味山がし首を傾げる。なんだ、今、一瞬ーー

「ね、ねえ、雨霧ちゃん、そのもしアジヤマさんと友達ならさ、そのーー ほら、ね」

モジモジと雨霧のツレが何かを言い淀む。ベレー帽にあかぶち眼鏡のある意味あざとい姿が、このには馴染んでいる。

「ああ、そうですね。味山様、大変恐なのですが、1つお願いが」

「雨霧さんのお願いなら大抵のことはイエスですよ」

「あら、お上手ですね。でも、ふふ。他に何人のにそんな事を仰っているのか、し気になってしまいます。ああそうだ。この子、レア・アルトマンは貴方様のふぁんのようでして、もし、宜しければ、握手していただいても?」

「ひょ、よ、よろしくおねがいします!」

差し出された小さな手を眺めて、味山が瞬きする。

え、まじ? とうとう握手とか求められるまでになっちまったの?

「……や、やっぱりダメですかぁ?」

「い、いえ! そんな、とんでもないです! お、僕なんかでよろしければ」

差し出された手を、右手で迎える。潤い、った瞬間にわかる瑞々しい

「うわあ…… 握手しちゃった。あ、ありがとうございます!」

「いえいえ、そんなとんでもないです。あ、あはは」

妙な気分だ。有名人はみんなこんなじなのだろうか。今までの人生で、こんなに人に無條件で有り難られたことはない。

「ふふ、ごめんなさい、味山様、おやすみを邪魔してしまいましたね」

「あ、いえいえ、そんな。僕なんかの握手で良ければ、いつでもですよ」

「あら、そうなんですか? じゃあ私も」

「え?」

小柄なレアを押し除けるように雨霧がずいっと、を寄せてきた。

あう、とかわいくくレアをよそに、さわり。差し出していた味山の右手を雨霧が両手で包み込む。

「え」

「ああ、い。皮がざらざらとして指のお腹が固くなっていますね。ふふ、戦う人間の手…… 素敵……」

うっとり。聞いているだけで耳がけそうなの聲、雨霧が近寄るだけで香る桃の匂いにくらくらしてくる。

「……ねえ、味山さま。宜しければ、この後一緒にお食事でもどうですか?」

甘いい、オフの日に雨霧のような人からのい。かーっ、モテ期きちゃってんなー、これ。

桃の匂いを嗅いでいると全てがどうでも良くなってくる。雨霧の言葉のままに頷くのが気持ち良い。

そんな気になってーー

あ。

自分の手をにぎにぎしてくる雨霧の綺麗な顔立ちに惹きつけられていた目が、ふと機に落ちた。

"帰路に、つく"

今日、始めて見つけた本。特に何も興味を惹かれなかったのに手にとってしまったその赤い表紙が、男が夕に向かって歩く絵が目についた。

甘い桃の香り。われたい。

でも、ダメだ。何かあの本が気になる。今、あれを読まないと何の意味もなくなってしまう。理由もないのにそんな気がした。

桃の香り、心地よく、ずっと嗅いでいたい気持ちになるそれを振り払う。

なるべく、笑顔で味山が首を橫に振った。

「す、すみません、雨霧さん。おいはマジでありがたいんですけど、し、大事な用があって、今度、僕からわせてください。また店行きますから」

味山が辿々しく呟く。

隣でレアが信じられないものを目にしたかのように、目を大きく見開いていた。

「……あら、私としたことが大変失禮を。そうですよね、味山さまにも予定があるのに…… その出過ぎた真似を、申し訳ございません」

「い、いや、いやいや! 普通、雨霧さんのいを斷る方がおかしいですって! 本當すみません! 埋め合わせは必ず!」

「ふふ、そんな謝らないでください。味山さまからのおい楽しみにしておりますね。レア、これ以上はお邪魔になるから、そろそろ參りましょうか?」

「……あ? えぁ! そうだ、そうですね! あ、あのアジヤマさん、ありがとうございました!」

「いえいえ、大してお構いも出來ずに……」

「ふふ、それでは味山さま。良い休日を」

「失禮します!アジヤマさん!」

人が2人去っていく。

ああ、なんかすごいもったいないことしたような。

味山は作り笑顔で2人を見送り、見えなくなった後、席に座り込んだ。

ぱらりと、赤い表紙をめくる。

「てんめえ、これで面白くなかったら本當泣くぞ」

ぶつくさと小さく文句を言いながら、味山は無意識にその文庫本を読み進め始めた。

……

結論から言おう。

「……普通だ」

味山は小一時間ほど、ペラペラと流し読みでその文庫本を読み終えた。

ストーリーは至って普通、あらすじの通り。ラビスという故郷へ帰ろうとする旅人が々な國を回る架空の漫遊期だ。

行く先々でトラブルに巻き込まれて、結局自分の故郷へ帰ることがなかなか出來ない男。お人好しの男の帰路はまだ続く、と言った風に語は終わった。

「毒にも薬にもならねえ…… なんで、俺は雨霧さんのいを斷った……?」

先ほどのことを無意識に思い出す。何故、あんな味しいいを斷ったのか。あの桃の香り、あれがなんとなく気にらなかった?

「いや、気にらなかったてなんだよ。超絶最高のスメルだったよ」

頭の中にバグのように湧いた言葉を打ち消す。自分の行いを本気で後悔していた味山は、ふとまだ文庫本のあとがきが殘っていることに気付いた。

「……中途半端は気持ち悪いからなあ……」

味山はページをめくる。

……

〜あとがき〜鈴田廻 著

違和

私は生まれた時から、他の人には説明出來ない違和じていた。

その違和長と共に強くなる。

親、兄弟、友人、人、妻。

私の人生で関わるどんな人間とも共有できない違和

孤獨。どれだけ周りの人間に恵まれていようとも私は孤獨だった。この違和を共有出來ない人間と本當に心を通わせることなどできるはずもない。

そう、考えていた。子どもたちが生まれるまでは。

の子供たち。彼らがこの世に生まれた同時に、私を苛む違和は薄れ始める。私はようやく本當に、人生を始めることが出來る。

だが、同時にしの恐れをじた。

この違和、本當にこれは誰とも共有できないものなのか?

いや、違う、違う。

私の恐れは、つまり、この違和は誰かに伝えなくてはいけないものではないかということだ。

日毎に、違和は薄れる。今まさにこのあとがきの原稿をタイピングしているまさにこの瞬間も、明け方に見たおぼろな夢のごとく違和は薄れていく。

代わりに恐れが、焦りが募る。

伝えなくてはならない。知らせなければならない。

人には誰しも役割がある。その生を得て、終えるまでに為さねばならないことがある、筈だ。でないと、あんまりじゃあないか。

私には幸い、文才があった。言葉を繰り、語を紡ぎ、ここではない何処かの誰かの人生を皆に伝える技能が存在した。

それはきっと、この為のものだ。

どこかの誰かに、この本を、この後書きを介に伝えるそのために。

どこかの誰か。キミだ。私はキミにこの違和を伝えるために生きたのだ。

編集の神谷君に渡すこの原稿を書か進めるたびに、その予は確信へと変わる。

ああ、私は、役割を果たした。次はキミの番だ。

違和、違和、違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和違和

ニホンとはなんだ?

日本じゃあないのか?

ヒロシマ、フクオカ、トーキョー?

広島は広島で、福岡は福岡だろう? 東京は東京で……

違う、何かが決定的に違う。

ああ、でも、もう終わりだ。あとがきの余白がない。

違和が消える、ああもう、何もおかしいものなど、ない。

終わり

……

「……ぶ、文學的……? はあ、雨霧さんと飯、行けばよかった……」

味山は、ため息をついてあくびをする。久しぶりに本を読んだせいか、かなり眠い。

殘りの本は借りて持って帰ろう。

味山は読み終えた本を返卻ボックスへと差し込んで返す。

公文書館で靜かに時間が過ぎていく。

味山只人のなんでもない1日の晝下がり、味山は知るよしもない。

その日、公文書館から一冊、本が消えた。

読んで頂きありがとうございます!

宜しければ是非ブクマして続きをご覧ください!

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