……

…

その2人が公文書館を歩く。人々の視線は吸い込まれるように彼達の方へ。男もも関係ない。

シンプルな黒いオータムセーターにパンツルック、桃の香りのする長髪のどえらい人、固い制服をどこかあざとく著こなすあかぶちメガネの人に公文書館は浮いていた。

「あの雨霧のいを袖にする男なんてこの世にいないと思ってたよ」

あかぶち眼鏡、レア・アルトマンが小さく囀るような聲と、流し目を雨霧に向ける。

「……なんのことでしょうか？　先ほどのは彼に用事があっただけの事。それに、諜報員の監視報から、彼はつい先ほど食事を終えたばかりとのことでしたが」

靜かに呟く雨霧、味山と話していた時に見せていた熱はそこにない。

「ああ、そうかい。なら仕方ないね。あ、こっちこっち、この部屋だよ。人払いは済んであるから」

公文書館の奧、自由司書応接室と書かれた部屋の扉が自で開く。

赤ブチメガネのベレー帽、レア・アルトマンの仕事部屋だ。公文書館において彼の権限は館長よりも強い。

広い部屋のデザインは簡素、白い壁紙に、優しいベージュの絨毯が敷き詰められていた。

「ふう、人心地ついた。まったくここ最近、どこの國も暗部がきすぎだね。手出しされないとはいえ、あまりいい気分じゃない」

現代アート風のロウが溶けたようなデザインの機に、白い繭に包まれたような椅子。

レアがくるり、椅子にをり込ませた。

「楽にしておくれよ、雨霧、いいや中國共産黨、雨桐報特務殿？」

そのふてぶてしい態度に、先ほどとある凡人に対して見せていたおどおどした雰囲気は見えない。

これがレア・アルトマン。世界で最も不自由で、世界で最も自由な元探索者の素の姿。

「ええ、お言葉に甘えさせて頂きます。アルトマン」

「ふふ、キミの噂はかねがね、この度は共産黨の上の上、直々のご依頼ありがとうございます。こうしてきちんと顔を合わせるのは初めてだよね」

「……ええ、私の方は式典の折に貴をお見かけしたりしておりましたが」

「ああ、なるほど。重要なお偉いさんの護衛もキミ、やっていたんだね。なるほど、あの王大佐の直屬ならそれもそうか。ああ、今はあの神仙のお守り役もしてるんだってね。ふふ、どこの國も優秀な人間ほど割りを食うものだね」

「……よくご存じで、失禮ながらどこでお知りになったかお伺いしても？」

「おお、怖い怖い。クライアントのは守る主義でね。キミ達とあまり仲良くない人からお噂はかねがね」

あかぶち眼鏡の奧、蒼い瞳がキュルキュルく。

「……そうですか。この場では貴の主義を尊重いたします。……ニホンの公安は既に公文書館を出たようです。邪魔な目と耳はありません」

追求を早々に諦めた雨桐が呟く。

「結構、忍び殺し様が言うのなら信じよう」

「その名前は終わりました。今はもう、ニホンと共産黨の水面下での爭いは完了しています」

「はっはっ、そうだね。共産黨による勝利であの爭いは終わってる。あの國は大層な數のお寶をキミ達に掠め取られたよねえ。他ならぬキミがニホンの誇る忍の大多數を葬ったおかげで。悪名もまた名前さ、そうだろう、雨桐殿？」

「……貴は意地が悪い方ですね。それで、仕事の方はできそうですか？」

雨桐がレアの対面の椅子に腰掛けながら問う。端的な言葉、その聲質はつめたい。

「ノープロブレム。あの探索者殿が思ったより無用心で助かったよ。しっかりと私はもう彼にれている。起準備は整ってるよ」

「そうですか、アルトマン。あなたから見て彼をどう思いますか？」

「そうだね、初めて本を見たが、ありゃホントに普通だ。なくともアレタ・アシュフィールドの補佐なんて務まるじゃあないだろうね。どこにでもいる只の人間ってじかな？ ふ、ふふ、だからこそ、面白いけどね」

「面白い、ですか」

「だって、そうだろう？　あんな一山いくらの凡人がかのアレフチームに加し剰え今日までそれなりに活躍して生き殘っている。かと思えば、お次はあの中國共産黨の上の上からの直々の調査依頼のご指名だ。窓口はあの雨桐。ふ、ふふふ、えらい力のれようじゃないか？　あの恐ろしき雙子の神仙たちの琴線にれたと見たよ」

レアが丸機に真っ白なノートを広げながら呟く。

「レア、あまりこういうことを申し上げたくはないのですが」

「わかってる、わかってるさ、雨桐殿。　今のはし口が軽かったよ。顧客の報はよそにらしたりしないよ。そもそも私には、例の""で制約をかけられてるの、キミなら知ってるだろ？」

「組合の所有のアレ、ですか。」

「そ、"はじまりの探索者"、伊加利為人がした３つの號級。その1つ、さ。ははは、栄だよ。私みたいな個人に、多數の國家がそこまで保険をかけるんだからね」

眼鏡の奧の瞳が、愉快そうに半月に歪む。

「いえ、貴の力を考えれば、至極妥當な判斷かと存じますが。……貴の力はそれほどの価値がある」

雨桐の言葉に、レアが瞳だけをかす。

レア・アルトマン。

その所持の特により、多數の國家に命を狙われ、また多數の國家により共同で保護されている化け。

化け。

雨桐はこのをそう評していた。

彼の力は特異、人間社會においてある意味、ストーム・ルーラーなどの天候に関與するよりもよほど恐ろしい力を持つやもしれないものだ。

その力の危険により彼はあらゆる存在から命を狙われてきた。しかし今日まで生き殘っている。

國家により狙われた命を、他の國家の庇護下にることで守る。言ってしまえば簡単に聞こえるが、それをこなすのがどれほど難しいか。

數多の國家に裏切られ、數多の國家を裏切り、レア・アルトマンは今の地位を確保した。

個人にして、國と渡り合う化け。それがレア・アルトマンというだった。

「じゃあ、そろそろ始めることにしようか。雨桐殿、約束の金が確認でき次第、ね」

「ええ、お願いします。10秒後には全額がフロント企業名義でるかと」

雨霧の言葉に、レアが小さな笑みをたたえながら自分の端末を確認する。

「オーライ。中國人は金払いが良いのが素敵だ。全額金を確認したわ」

「それはよかったです。では、報酬に見合った仕事をお願いします」

機に向かい合う2人の。ブロンドのが黒髪のの言葉に薄い笑いを重ねながらうなずいた。

「ええ、良き顧客には最大のサービスをってね。あ、その前に契約の1番大事な部分の確認を。どんな結果、どんな事実が分かろうと私に危害は加えないことだ。口封じに始末する、なんて野暮なことはやめだよ」

「……ええ、貴の命を脅かすことはないと約束しましょう」

「何に誓うんだい？　中國人」

「我が國、我が黨、我等が広き中華の大陸に」

「いいだろう。その約束を違えた時、アンタは自分の大切なものを汚すことになる。その事よーく肝に銘じておきな。まあ、そもそも私が死んだ時點で、このは暴走するように設定している。キミたちの國も隠しておきたいことはたくさんあるだろう？」

組合のによる制約、そしてアルトマンのに仕掛けられている弾。

それがレア・アルトマンの命を守る２つの武。

「ええ、お言葉のままに。アルトマン、契約の履行を」

「はっ、お言葉のままに。お客様」

レアが首飾りにれる。

銀の球形、その細い指がれた瞬間、のように表面が揺らぎ、歪んで、形を変えた。

「、執筆」

銀のペン。魔法のように蠕く銀の球がペンに変化した。

機に広げられたノートにそれが踴る。

レアの意思とは無関係に、走る、疾る。

そのの名前は、"キャラ・シート"。

その効果は指定対象の報公開、及びこれまでの過去の羅列。

対象にされた人間が生まれて、今日までに行ってきたこと、その人間の質、技能、能力、その人間の歴史を全て丸にする。

現代社會において、反則とも言える効用を持つこのの所持者、レア・アルトマンはその有用を以って、數多の國家から仕事を請け負っている。

あらゆる國とつながり、知ってはならないを知りまくることで逆に一種の真空地帯とも言うべき安全地帯を作り上げていた。

「っと、完了」

ものすごい勢いでいていたペンがピタリと止まり、ノートが閉じられる。

「もう、終わったのですか？」

「まあね、人間1人の歴史なんてたかが知れてるもんさ。さて、さて。我等が偉大なる中國に目をつけられた哀れなニホン人くんの歴史はどんなもんかね。まあ、そんな大層なことはないと思うけどね」

「ふむ、なぜそうお思いに？」

「簡単さ。人間なんてね、どいつもこいつもっこは同じ。貧者だろうが、富豪だろうが生まれて、死ぬっていう始まりと終わりは同じなんだ。全てよはこともなし。おもしろきモノなど理想でしかないってね」

「あなたは、退屈しているのですね」

「こんな力を持つとね、ほら、楽しい趣味も仕事にしたらつまんなくなることあるだろ？　それと同じだよ。私は、人間を眺めすぎた」

「っと、つまんない話をしたね。さて、中の確認といこうか？」

「貴もご覧になるので？」

「そこまでしての効能が完するのさ。自分で書いたものの確認もしないまま依頼人に渡すなんて、商売として3流もいいとこだよ」

「そうですか、では改めを」

雨桐が促す。レアが薄い笑みをたたえて、靜かにノートをめくり始めた。

「あい、あい。……へえ。味山只人、29歳。ニホン、ヒロシマ県ヒロシマ市北ヒロシマ町に生まれる、プロフィールの偽造がないだけマシじゃないか。この前の仕事だと別から何から全部ウソってのもあったからね」

ぺらり、ぺらりとノートをめくるレア。ときたま頷きながら眺めるその様子から特筆すべきことはなさそうだとーー

「プロフィールにウソはないね、さて、ここからが私のの面白いとこだ。彼の全てを見せていってもらおうじゃないか」.

「褒められた趣味ではありませんが、依頼している私が言う資格はありませんね」

「ははっ、自覚があるだけ結構。人様の能力、や過去、その人生を許可なしで丸にするんだ。私もキミも人でなしのクソ野郎さ」

レアがぱらり、ぱらりとノートをめくる。真っ白で人間味のない部屋に紙がれる音だけが広がる。

「ほん、ほん。パラメーターはひっくいなあ。探索者として特筆すべきことはないや。まあ神力はそれなりってじ…… あらあらあら、技能が多いね。なーるほど、なるほど。ガラクタでもなんでも使って生き殘るタイプみたいか」

楽しげに、それでいてどこか馬鹿にしたようにレアがノートをパラパラめくる。その様はソシャゲの微妙に使えないキャラを評するのに似ていた。

「確認を」

「はいはい、付箋をったとこまでだよ。私より先に未知のページを確認したらノートが々になるからね」

「ええ、承知しております」

雨桐がノートを開く、丸い文字でびっしり埋まったページに視線を落とした。

……

…

味山　只人　1999年　3月21日生まれ

出生地　ヒロシマ県ヒロシマ市北ヒロシマ町

職業　探索者

＊主能力＊

S(筋力)　4

I(知) 3

P(神) 6

〜技能一覧〜

＊斧取り扱い+2

基本的な斧の取り扱いに関する技能。効率的に斧、手斧類を運用出來る。斧を使用した攻撃の際、''筋力"に対してプラスの補正が発生する。

＊探索者+1

バベルの大での長時間の活が可能な質。大に満ちる酔いに対してある程度の耐がある。また組合の指定する探索者法を正しく理解している。

＊殺害適+1

生を殺す事に対しての忌避がない。それなりに長い探索者人生はこの人から命を奪うことに対する抵抗を乾かせた。戦闘時、敵対的な存在に対しての本能的手加減はなくなる。最もこの人は始めから殺せる側の人間であった。

＊完された自我(社畜)+5

この人の自我は隙間なく完されている。もはや何人たりともこの人の自我に変革的影響を及ぼすことはできないだろう。長い社會人生活によるストレス、挫折と倦怠にまみれた栄なき経験からこの人の人生に対する価値観は干からびている。他者からの、強い言葉に反応するは全て枯れ果てている。他者からの神干渉、神汚染に対して強い耐を持つ。また魅了狀態に陥りにくい。

＊は悪魔+3

この人はのしさと恐ろしさを本能的に理解している。"形"、"魔"、"絶世"、"の化"、"魅了質"、"魔"特を持つからの魅了にかかりにくい。またこれらの特を持つや、魅力の高い異からの魅了判定による接を図られた時、神対抗判定を無視して行を決定出來る。悪魔はの姿でやってくる。

「確かに、多いですね」

雨桐がノートをぱらり、ぱらりとめくる。丸い可い字でつらつら書かれている文章は全て、味山只人の備える力の數々。

「あはは、見てみなよ、雨桐殿。ここまで神系の技能の揃ってる男も珍しい。は悪魔、なるほど、キミの魅力もイマイチ効かないわけだ」

「……そんなことまでわかるのですね」

恐ろしいだ。あの神仙の雙子が名指しで仕事を指名しただけはある。雨桐はなんの殺傷力もないの効能にわずか額に汗を滲ませた。

「面白いのはそこからさ。だいたいの人間ならまあ技能は多くて4つ、5つなんだけどね。はっ、この味山とかいう男、なかなか面白いよ、ほら続きをご覧よ」

レアの言葉に雨桐は頷き、ノートに意識を集中させる。

＊星の戦列に並ぶ者+5

"52番目の星"と數多くの探索に赴いた者としての技能。アレタ・アシュフィールドの"¥14♪$々〆"の影響をけなくなる。既にこの人は星に示した。その輝き、その威など関係ない。汝もまた只の人間であると。

＊凡人

この人は世界に多く遍く存在する大凡な人間である。運命にも宿命にも才能にも選ばれることはない。その人生に祝福も呪いも影響することはない。全ての長補正、技能補正にマイナスが発生する。この人の主要ステータスS・I・Pの上限は7で止まる。運命、宿命による介がなくなる。好きに生きるといい。この人の選択は全て、この人の意思によるものである。

＊恐怖耐+2 この人にはある程度の恐怖への耐が備わっている。心を燃やせ、恐怖は全て殺すものである。

＊凡人の意地+5

何も持たない凡人であるという自覚から生まれた技能。。"天才"、"選ばれし者"、"英雄"、"祈る者"、"主人公"などの特別な存在との戦闘、敵対において全ての行にプラスの補正がかかる。またそれらの特別な者との戦闘敗北の際に最大5回、"食いしばり"を発生する。凡人、しかしそれが人生を諦める理由にはならない

＊耳の#$%

2028年、夏の出來事からこの人々52/$+→☆♪☆☆♪45€€€€€€腑分けされたその部位達の戦爭に參加することになる。心せよ、開戦の時は近い。

＊腑分けされた部位

き出した部位達の代理人　"腑分けされた部位"特を持つ者への特攻を得る。またこの技能を持つ者は"腑分けされた部位"特の者からの被特攻を得る。き出した部位、箱庭の奧底で彼らは時を待っている。

「っ……？！」

「おや、それを読んだかい？　続きも読んでご覧。キミが、そしてあの神仙が私に仕事を依頼した理由がわかったよ」

ニヤニヤとを歪めるレアの視線に一瞥を返し、雨桐がノートに目を落とす。

＊神を食べた男

神の殘り滓を正しく、敬意を持って料理し、食べた者の稱號。この人に対して、過ぎ去りし忘れられた神達は力を貸すだろう。人とは食事によりその存在を拝領して生きていく存在である。L計畫、アプローチ2はここに完結した。

＊九千坊の眷屬

この人は西國大將九千坊のミイラをカレーにして食べた。水の神にされしその質、この人は息長の質を持つ。戦闘時、條件を満たしていれば九千坊の逸話を再現することが出來る。"虎"特、虎という名前を持つ存在との敵対時、マイナスの補正がかかる。

＊鬼裂の同盟者

この人は鬼裂と盟をむすんでいる。鬼裂の骨をココアに混ぜて食べた。平安の終わり、鬼を刈り続け鬼となった男がいた。戦闘時、鬼を狩り盡くした鬼をそのに降ろすことができる。"戦闘適+10"、"刀剣扱い+10"、"怪狩り+7"、"のこなし+6"、"明鏡止水"、"殺人+5"、"呪式+3"、"鬼裂の業"を得る。この人と鬼裂のの素質が違いすぎる為、技能を使ったのちにに大きなダメージが殘る。

＊3年後の決著

この人は¥1¥+○6358との決著をつけなければならない。

＊2人目の火葬者

この人ははじまりの火葬者を餃子にして食べた。その偉大なる任はけ継がれた。2人目の火葬者として古い"火"を右腕に燻らせる。この火は"死骸"、"不死"特を持つ者、または火に怯える生に対して特攻を得る。

＊継木された右腕

この人の腕は"腕"によりりりりりりりりりりり¥5☆€$¥%85○々8217

＊たいまつの右腕

"2人目の火葬者"、"接木された右腕"のシナジー技能。この人の右腕はよく燃える。"火"に関する技能使用時、功判定にプラスの補正がかかる。

「これは……」

「ははは、私ですら見たことのない技能…… 退屈そうだと言ったのは訂正しようか。うん、これだからこの商売はやめられない。人は面白いものだねえ」

先ほどの臺詞を忘れたかのようなレアのいい加減な言葉。このはこういう人間だ。人間への扱いが全的に雑だった。

「この…… 技能とやらに間違いは……」

「あるはずがない。私の実績は共産黨の武であるキミならよーく知っているだろう？　ふふ、キミたちの國は特に、私の力を重寶してくれるからねえ…… まあ、深りしすぎて取り込まれそうになるのがたまに傷だが」

レアの言葉に雨桐が思わず息を飲む。

神を食べた男

九千坊の眷屬

「伝承……再生…… そんな、まさか本當に……」

雨霧の脳に王が経営するあの雑貨屋での景が浮かんだ。

「はは、これはこれは。中國がその全力を以て実現に取り組み、そして最後は失敗に終わったアプローチ2がまさかこんなところで実現してるとはね…… アジヤマタダヒト、何を知ってるのかな。興味が湧いてきたぞ」

レアの言葉を聞き流しながら雨桐の頭の中でパズルが組み合わさっていく。

あの雙子は全て知っていたのだ。

公文書館へ向かい、レア・アルトマンに接せよ。コレが命令、大元はあの雙子。

「ふ、ふふ、素敵……」

味山只人の奧底に在るものがこうしてと力により暴かれる。気付けば雨桐は靜かに笑い始めていた。

このようなものを腹に潛ませていた。とんだ曲者だ。間違いなかった。味山只人の在り方に惹かれた自分の覚は。

が吊り上がるのが抑えきれない。あの下手くそな想笑い、どこまでも無な言葉。それら全てが無におしい。

雨桐が靜かに、しかし必死に自分の念を抑える。

「うわ…… ごほん。文字化けしてるのは悪いね。たまにあるんだけど私のでも全てを解明出來ないこともある。指定探索者とかをノートにするときによくあるんだけど、彼も同じだとはね」

突然笑い始めた雨桐に引きながらもレアが言葉を続ける。

「……この"耳"や"腕"というものは」

「はっ、十中八九あれだろう？アメリカが見つけ、今は　あの組合所有の壁畫に描き出されているあの化け達のことじゃないのか？　だが、ふむふむ。いや興味が湧いてきた。奴らの名前が味山の技能として存在しているとすると、どこかで接しているのか…… ああ、読めた。"耳"はそもそもアレタ・アシュフィールド単獨の発見と撃退じゃないな？　組合の連中がねじ曲げたんだ。アレタ・アシュフィールドが味山只人を補佐にしたタイミングと耳発見のタイミングはほぼ同じ…… なるほどねえ」

レアがベレー帽をぎそれを手で弄りながらぶつぶつ呟く。

「……それは貴の予想でしょう？ しかし相変わらず素晴らしい能力ですね」

「相変わらず……？　まあね。でもこれだけで驚かれてると困るな。私の"キャラシート"の本當の能力はここからさ」

「……仕事を続けて下さい。貴の力なら味山只人がどのようにしてこれらの技能を得ることになったか、わかるはずでしょう？」

「了解だよ、さてさてタダヒトアジヤマ。キミの歴史、経歴、全てを教えてもらおうか。"キャラシート"執筆」

銀のペンが走る、人間の全てを白紙の紙に書き寫す恐るべき。それが凡人の全てを丸にしていく。

目にも止まらぬ速度でくレアの腕、それがピタリと止まった。

「執筆、完了。さてさて、味山クンの出來事を教えてもらおうか。えーと、あった、あった。へえ、なるほどなるほ……ど？」

レアの表、へらへらとずっと浮かんでいた嘲りがふっと、消えた。

「なにか？」

雨霧が、その様子の変化を察して聲をかける。しかし、レアには聴こえていないようだ。

ノートを食いるように見つめて、何度も何度も目頭をんでいた。

何度も、何度も

「……な、なんだい、こりゃ。……ハハッ、使いすぎたから壊れたのかな？」

「アルトマン？」

「ちょ、ちょいと待ってくれよ。……ああ、くそ、これは、一なんの冗談だい？　私のが壊れた？　いや、そんなわけ……」

レアの顔がどんどん青くなる。肩は震え、無意識にだろうか自分のを抱きしめていた。

「も、もう一回、もう一回試させてくれないか？　何か調子が変みたいだ」

新しいノートを引き出し、レアがのペンを走らせる。出來上がったそれを眺めたレアがノートを捨て、新たなノートを。

それを3回繰り返したところで、雨桐が聲を出した。

「アルトマン、なにがあったのですか？」

雨桐の言葉に狼狽したレアが答える。

「な、なにがあったどころじゃない…… あ、あ、ありえない。こんな結果はありえないんだよ。わ、私のは歴史だ。歴史を、過去を紐解く能力だ、な、なのに……」

震えるレアの手からノートが機に落ちる。雨桐はそれを拾い、ゆっくりとふせんのられたページを開いた。

2031年　8月　バベル島。戦略級怪種"耳の化け"との戦闘により、"字山選人"、戦死。

「え」

雨桐のから言葉がれる。文章を頭で認識する前に、聲がれた。

死亡？　戦略級怪種？　死亡？

字山選人？

20、31年？

違和がを廻る。真晝間の繁華街で幽霊を見つけてしまったような気持ち悪さ。

ノートをめくる。

ノートを、めくる。

2031年 8月　バベル島。戦略級怪種"耳の化け"に対するアメリカ軍によるクラスター撃敢行。作戦領域にて遅滯戦闘中の"瀧崎友人"、ソフィ・M・クラーク。これに巻き込まれて死。

2031年　6月　バベルの大。第■階層。第8次■■■■攻略作戦にて、アメリカ軍特殊部隊"シエラチーム"隊長、アリーシャ・ブルームーン、シエラチーム副隊長、"シエラ1"との戦闘。"木手滝人"、グレン・ウォーカー、ソフィ・M・クラーク、以上3名殺害。

2031年　5月 バベルの大。第■階層。■■■■の民に協力するアレフチームの討伐が國連會議により可決される。"アレフチーム"の危険度から、限定的に彼らを"戦略級怪種"として認定。直後行われた電撃作戦、"バスターアレフ"により■■■■への7カ國同時の號級使用を確認。アレフチーム全メンバー、"谷繁好人"、グレン・ウォーカー、ソフィ・M・クラークの殺害を確認。

■■■■■ 死

2030年　死亡

2030年　死亡貴死亡崎死亡死亡凜死亡

2030年味味死亡死雨亡死亡桐

2030年　第三次世界大戦、開戦。バベル島に向けての戦核兵の使用を確認。バベル島消滅。バベルの大より多數の怪種が世界中に溢れる。時を同じくして、世界各國の地域で怪種の出現を確認。"奈良大人、死亡。

2029年　7月　探索者組合による各國共同の第4次■■■■攻略戦が決定。指定探索者"貴崎　凜"が、國際指名手配中のアレフチーム、"山原先人"との戦闘に、號級、"雷切"を使用。"山原先人"の殺害に功。

2029年 5月　バベルの大■階層　暴走したグレン・ウォーカーとの戦闘。"葛西真人"ソフィ・M・クラーク、死亡。

2029年12月1月2月3月死亡死亡死亡死亡死亡死亡味山死亡鮫死亡死亡島死亡

2028年12月 バベルの大■階層。大へ逃げ込んだアレフチーム全員に、國際指名手配が宣言される。同時に探索者制度が一部改訂。大においてのみ、探索者による犯罪者への超法規的対応が許可される。

同日、指定探索者、ルイズ・ヴェーバーにより"原雨人"殺害。直後、発狂したソフィ・M・クラークによりルイズ・ヴェーバーは殺害される。

2028年11月　■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■との戦闘。"槍川稀人"ソフィ・M・クラーク、グレンウォーカー。

アレフチーム全員死亡。

2028年11月　ニホン、ヒロシマ県北ヒロシマ 町、山中にて。"橋本環人"、全がねじ切られた変死発見。死亡。

2028年10月　■■竜、討伐後。委員會実行部隊"シエラチーム"により、"香川照人"、殺害。現場に居合わせた貴崎凜は麻酔弾により捕縛、記憶洗浄を施し、2週間後に解放される。尚、この戦闘にて"シエラチーム"構員は、シエラ3、シエラ4、シエラ5を喪う。

2028年10月　人■■との戦闘、貴崎凜との共闘、敗北。■■■■化した貴崎凜により"八島介人"殺害。その後、貴崎凜が■知■を討伐、この20日後、貴崎凜、自殺。

2028年10月　バベル島。"味先今人"、腹部を刺される。死亡。

2028年10月　バベルの大第二階層。カスミトラとの戦闘。"酒島飲人"、死亡。

2028年9月　バベル島。グレン・ウォーカーを喪い、PTSDを発癥し、暴走したソフィ・M・クラークによりバベル島はその機能の6割を損失。"花谷茂人"、死亡。

2028年9月　バベルの大二階層。遠山鳴人捜索任務中、接止指定怪種"耳の化け"と遭遇。ソフィ・M・クラークを逃す為に"頼山助人"、グレンウォーカーによる遅滯戦闘敢行。ソフィ・M・クラークのホットスポットからの出に功。"頼山助人"、グレン・ウォーカー。両名死亡。

2028年8月　バベルの大二階層。未確認の怪種による襲撃。■の翡翠を通じ、一時的に部位所持者として覚醒。闘虛しく、未確認の怪種に敗れる。"柳瀬長人"死亡。そのの損害は激しく、元確認に時間がかかった。救援に向かった自衛軍も全滅。

2028年8月　バベルの大1階層。ソロ探索中、灰ゴブリンとの戦闘。覚醒したとの戦闘に敗北。"中途現人"、死亡。

まぶたの上の筋が、痙攣する。雨桐は気付けば開いていた口をなんとか閉じることが出來た。

これはーー

「……ありえない……そのノートは過去を遡るノートだ。人間のそれまでの累積した歩み、経歴を移すものなのに…… 2031年……？　馬鹿な……」

レアが親指の爪を噛み始める。

「……あなたのの誤作では？」

「それがないのは共産黨が1番知ってるだろう？　私のペンでキミたちのは一何人邪魔モノを消してきたわけだい？」

「そうですか…… 2031年、2030年……」

過去を記すの力で示された未來の記述、雨桐は自分の溫が下がり始めていくのを自覚する。

「それもホラーだけど、何よりやばいのはなんだい、これは。死の歴史じゃないか。死亡、死亡、死亡ときた。……なんだ、これは」

忙しなく左右にくレアの青い瞳。部屋の中によくない空気が満ち始める。

「なんで、味山只人の過去に味山只人の名前がない？！　雨桐、キミは何を持ってきた　……私を何に巻き込んだ？」

レアの余裕はもうない。先程までの人を食ったようは態度は消え失せ、ただ喚くだけ。

「味山只人、こいつ、コイツは、誰だ？！」

震えていた。

レア・アルトマンは外面もなく怯えていたのだ。

「落ち著いて下さい、レア・アルトマン。確認ですが、このノートに書かれた事は全て貴のによるものですね？」

「そ、そうに決まってるだろ？　なんだ、なんだ、コイツ。何かがおかしい。こんな結果は今まで……」

「アルトマン」

「な、なんだい？　今し考えてるんだ、悪いがし靜かにーー」

レアの言葉が、止まる。

雨桐の顔を見た途端に。

「質問です。この結果を知る者は現在、貴と私の2人だけ。そこに間違いはないですね」

「は、あ、ああ。そうだ、それが何かーー」

「重要なことです。でも、そうですか。安心しました。そうですね。いつもそうでしたものね」

雨桐の言葉にレアが一瞬、表を固めた。ばっと、立ち上がり、目を見開き、部屋の周囲を見回す。

「ーーああ、そういうことか。詰んでるわけだ。はじめからね」

そして、椅子にどさりと座り込んだ。背もたれに強く重をかけ、ぼーっと天井を見上げる。その姿は何かを諦めたような。

「畜生。準備萬端ってわけだ。雨桐、私と君、何度目のはじめましてだったんだい？」

深い、深いため息をつきながらレアが椅子に深く背中を預ける。

酷く憔悴したその姿から、先程の喚いていた名殘が見える。

「……およそ7度目ですね。貴との付き合いももう長い」

雨桐の言葉、その意味を理解したレアが何度も小さくうなずいた。何度も、何度も。

「ふふ、そうかい。はーあ。私のの弱點だね。キャラシートの記録はこのチンケなノートと私の記憶にしかし殘らない。ノートの方に小細工しておけば、あとは私の記憶だけってことかい」

「貴はいつも理解が早くて助かります。ご安心を。今日一日の代わりの記憶にはとびっきりの良いものをご用意しておきますので」

「はーあ。何が個人で國家を相手取るだか。いいように扱われてるだけかい。くく、悔しいものだね。この反省や怒りも記憶と共に消されるわけだ」

「我が國が殺さないという選択肢を取らざるを得ない時點で貴は化けですよ。レア・アルトマン」

「それはどうも。痛くしないでくれると助かるよ」

「善処します。それではさようなら。また會う日まで」

「ああ、まあ、逆に言えばありがたいね。こんな恐ろしい執筆の結果を忘れることが出來るならーー」

プシッ。

風船から空気の抜けたような音が部屋に響く。

何もない所から放たれた針、それがレアの首筋に刺さっていた。

音が鳴ると同時に、くたり、レア・アルトマンが全をだらりと弛緩させ、うなだれ、寢息を立てはじめる。

同時にその手に握られていた銀のペンが揺らぐ。ぐねり、ぐねりと蠢いたあと球に変形し、レアの首元にペンダントとして備わる。

「ご苦労様でした。王大校に伝えなさい。インク替えの時間だと」

虛空。

何もない部屋の隅に向けて雨桐が呟く。

ぶうん。揺らぐ部屋。空間が突如歪んだかと思うとそこに人が現れた。

趣味の悪い無機質なヘルメットマスクに黒盡くめのごてごてした戦闘服。所々に赤と金の意匠が見えるそれは中國軍の暗い部分。

諜報を主にする実行部隊の正裝だ。

「知道了」

部屋の空間が他にも歪む。

真っ白な部屋に明になり潛んでいた4人が雨桐の指示に従い、昏睡したレアを寢袋によく似た死袋に包んで運んでいく。

「くれぐれも、彼に相がないように。まだまだ働いてもらう機會は多いので」

「知道了」

ぶうん、現れた時と同じように彼らが部屋の景に溶け込むように消えていく。

各國が競って開発している學迷彩技において、中國は抜きん出て結果を出していた。

やがて、部屋から気配が消えていく。レア・アルトマンはこの後中國がバベル島にかに保有している専用の施設に連れ帰られ、およそ3時間程の時間を得て記憶の消去、洗浄、代替記憶を植え付けられる。

彼は知らなくてもいいことを知りすぎている。このような処置は初めてではない。

レア・アルトマンに同様の処置を中國がするのはこれで7度目。その窓口全てが雨桐であった。

「レア・アルトマン。またお會いしましょう」

彼たちの7度目のはじめましてと、さようならが終わる。

誰もいない部屋の中、空気がシン、と積もるその空間の中で雨桐は靜かにノートを見つめる。

「味山、只人。貴方は一何者ですか」

より深くなった謎の答え。それは當人さえもきっとわからない。

不可解な容が刻まれたノートに向けて、雨桐がらす。

見つかりようもないそれを、それでも探すように部屋の中にぱらり、ぱらり。

ノートをめくる音だけがしばらくの間鳴り続けていた。

TIPS€ 報開示

TIPS€ 名"キャラ・シート" 所持者、レア・アルトマン

TIPS€ その効果、接した対象の報をノートに書き寫す。素、能力、経歴、およそ、このにより解明できない報は存在しない。例外として號級以上の報に関しては一部文字化けして表記されることがある。