《凡人探索者のたのしい現代ダンジョンライフ〜TIPS€ 俺だけダンジョン攻略のヒントが聞こえるのに難易度がハードモード過ぎる件について〜【書籍化決定 2023年】》72話 キサキ・イン・バトルwithユキシロ

ピコン。

「んあ……」

その日味山只人の目覚めは、端末の著信音から始まった。

部屋の丸テーブルには積み重なった公文書館の本が広がる。あれから一晩、夜通し本を読んでしまった。

「……あー。眠い、もう朝か……」

味山は小さな窓から差し込んでくる朝日をぼうっと見つめる。

「端末……」

寢ぼけた頭で著信音のもと、スマホ型の探索者端末を拾い上げる、時刻は10時25分。會社員時代ならアウトな時間でも探索者なら恐れることはない。

メールリストを開き、新規メッセージを確認する。寢ぼけ眼でそれを眺めた瞬間、

「お?」

差し出し人

貴崎 凜

・タイトル お仕事の依頼について

朝早くにごめんなさい、味山さん。お元気ですか? いきなりで申し訳ないですが味山さんに是非ご紹介したい方がいます。

私の友人で、會社を経営している方が是非味山さんとお會いしたいと仰っておりまして。

急なお知らせで大変不躾であるとは存じますが、今週どこかお時間頂けるタイミングございませんか? 今日からでも大丈夫です。お返事お待ちしています。

「……どこの會社の誰さんだよ、貴崎の奴、こういうところ結構強引なんだよなあ。話の容もよくわかんねえし、……寢るか」

味山はメールに気づかなかったふりをする作戦を決め、再びベッドに寢転がりーー

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ピコン。

「……チッ」

端末を、拾う。仰向けになりながらぼーっと、メールの文章を追って。

タイトル 追

ちなみに紹介したい方のお名前は雪代 長音。醫薬品メーカー、ユキシロメディカルの社長さんです。なんでも、スポンサー契約をしてくれる探索者を探してるみたいで…… 誠に勝手ながら私が味山さんの話をしたら、興味を持たれたみたいです。お忙しい中ごめんなさい。

「行きまぁす!!」

味山の今日一日の予定が、早くも決まった。

……

「彼は來ると思う? 凜」

麗かな日差しの差す和室には、ほのかに畳のらかい匂いが満ちている。

「きっと、來ますよ。社長。あの人、割とお金とか権力とかに弱いから」

姿の貴崎凜が、問いかけに応える。

「社長はやめてよ。普段通り、長音でいいよ。でも意外。凜、そういう俗な男がタイプなのね」

黒い長髪、かな元を抑えるレディーススーツにを包んだ人がソファに腰掛けながら貴崎に向けて砕けた口調でつぶやく。

「俗…… 確かにそうかも知れませんね。でもね、長音さん。面白いんですよ。見てて面白いんです。俗だけど、なんて言うんだろ、たまに超越的っていうか。お金とか権力とかを凄く重要視しているのに、奧底の方ではそんなものまったく関係ないところにいる、そんな人なんです」

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敬語を崩さない貴崎が、とある人間を想いながら言葉を紡ぐ。

スーツ姿の人が目を細めながらその様を眺めて

「ふうん…… 凜、男の趣味悪いわね」

「……長音さんに言われたくありません。あのサラリーマンの人、結局まだモノに出來てないんでしょ? 継音に聞いたけど、自分の書に引き抜こうとして斷られたって聞きましたよ」

トゲのある言葉をそのまま貴崎が叩きつける。部屋の溫度がわずかに下がる。

「……継音にはおしおきがいるみたいね。おのれ、海原さんめ。可い妹分に痛いところ突かれちゃったじゃない」

黒スーツの人がモゴモゴと口の中だけでつぶやく。ソファからを乗り出して自分の髪をでるその仕草、それだけで絵になる。

「へえ、海原って言うんですね。雪代長音に言い寄られて斷ることが出來る男の人なんているんだ。……どれだけモテても、意中の人を落とせないんですね」

「あはは、凜。怒ってるの? 噛みつかないで頂戴な。……踏み潰したくなるから」

「ごめんなさい、長音さん。怒らないでくださいよ、綺麗な顔が、臺無しですよ」

互いに口調は穏やか。それでも何か重たいものが靜かな和室に満ちていく。

黒スーツの人がその憐悧な目を貴崎へと向ける。普通の人間ならばむけられただけで竦んでしまうような目つき。

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貴崎はそれを流し目でけ止める。

沈黙が、しんしんと満ちていく。

「ふう、あなたは怯えないからつまらないわ。……でも、凜。あなたが私に、いいえ他人にお願いするなんてほんとに珍しいわね。連絡來た時はびっくりしたわ」

ため息とともにそれを破ったのは黒髪のだった。

「……長音さんのことは頼りにしてますから。本當にありがとうございます、私の個人的なわがままを聞いてくれて」

素直に貴崎が頭を下げる。それに気をよくしたらしい黒スーツの人がにこり、と笑った。

「ううん、ちょうど組合との打ち合わせもあったし、可い妹分の顔も久しぶりに見たかったから。問題ないわ。最近、継音も、唯もあまり甘えてくれないから、寂しくて」

目線を落とし、し沈んだ人が呟いた。

貴崎は言うか言わまいか、ほんの數秒悩んだ後に続けた。

「唯ちゃんの方は知りませんけど、継音は過保護すぎてうんざりしてるみたいですよ?」

びくり。

長い艶やかな黒髪が跳ねる。人が整った目を大きく見開きんだ。

「えっ!? うそ! 継音がそんなことを?! ……し、接し方考えてみようかしら」

「大丈夫ですよ、なんだかんだ、あの2人は長音さんのことが好きですから」

「そっ、そうよね? み、みんなお姉ちゃんのこと嫌いじゃないよね? さ、最近仕事が忙しくてあまり構ってあげてないけど大丈夫かな…… り、凜! やっぱり私今から本土に帰るわ! 継音! 唯! お姉ちゃん、これから帰るから!」

先程までのプレッシャーを放っていた雰囲気は消え失せる。バタバタとスーツの人がきはじめて、

「待て待て待て! シスコン姉さん待って下さい! 大丈夫ですから! むしろ継音からしばらくバベル島に引き止めておいてって言われてますから!」

「え、ええっ、それ、それって、お姉ちゃんと會いたくないってこと? つ、継音に、き、嫌われた……?」

よよよと、人がその場に崩れ落ちる。スーツ姿の凜とした人に似合わないその所作に貴崎がため息をついた。

「違いますよ、継音は最近長音さんが仕事づめだからし休んでほしいって言っていました。きちんと想われてますよ、長音さんは」

「ほ、ほんと? ほんとに? 良かったああ…… 」

鉄面皮のように張り付いていた整った目鼻がによによとかにく。

あの冷酷な雰囲気とこの和な顔、そのどちらもが本であり、偽者であることを貴崎は知っていた。

「いちいち可いなこの人。……それに、私だって久しぶりに長音さんと會えたんですから。……そんなすぐに帰られたがるとし、傷つきます」

「り、凜……! もう! 何よ、勝手に探索者になって変わったかと思えば! ほら、お姉ちゃんのに飛び込んできなさい!」

「いえ、それはいいです」

凜のにべもない態度に、人が人目も憚らずおいおいと噓泣きを始める。

愉快な人だ。意中の海原某とやらにもこの姿を見せればきっと々変わるだろうに。

貴崎は決して認めないが、姉のように慕っている友人を眺めながらふかふかのソファに座り込んだ。

ピコン。

端末から鳴る音に、貴崎がを跳ねさせる。

「……あ」

端末の畫面に表示されるその名前を見ると、が高鳴る。

メッセージを確認するだけのなんのこともない行為のはずなのに、その人からのものだと分かると、何かが違う。

差し出し人 味山只人

タイトル・行きまぁす!

おはようございます! 行きまぁす! 今日とかでもオッケーです! どこに向かえばよろしいでしょうか?

「ふふ、現金なんだから」

なんのことはないメッセージ、なのにどうしてこんなに頰が綻んでしまうんだろうか。貴崎はそのことには気づかない。

「……凜、あなたそんな顔もするのね」

「ひあ! あ、復活したんですね、長音さん」

「人を死人みたいに…… まあいいわ。味山只人さんは來るみたいね。……なら、予定通り始めていいわね」

深くソファに座り直した人が髪をかきあげる。

「ええ、ごめんなさい。長音さんの力を借ります。あの人はこういうやり方じゃないといてはくれませんから」

貴崎は気付いていなかった。言葉の最後の辺り、自分のくちびるがどうしようもなく吊り上がっていたのを。

「あは、素敵ね、凜。悪い顔してるわ。キサキの名前に恥じない業の深い顔よ」

その様子をじっと眺めていた人がそれを指摘する。

「長音さんに悪い顔って言われたら終わりですね。でも、あなたも同じ顔ですよ。人を試さずにはいられない悪い、悪い超越者の顔」

「お互い様ね、私もあなたも因果な家に生まれたものだわ」

長いため息、その覚を共有出來る人間はきっとない。そのことを2人ともよく知っていた。

「言っても仕方ありませんよ。私たちはそれでも恵まれているんですから」

「そうね、ふふ、し楽しみだわ。あの貴崎凜が興味を持つ人間。どんな人なんだろ」

「……気にってもあげませんからね」

「あら、可い。心配しなくてもいいわよ、凜」

雪代がお茶碗に白湯を注ぎ、ゆっくりとそれを煽る。

貴崎ですら見惚れるその所作、それはしいものだった。

「雪代のは、先祖代々一途のだから」

雪代がむふー、とドヤ顔で貴崎に言い放つ。

貴崎は眉間をゆっくりみながら、何事も限度があるんだよなあ、と自分のことを棚上げしながらぼんやり考えていた。

……

「お待ちしておりました。味山只人様。奧座敷でお嬢様方がお待ちです」

味山は速攻で朝の出発の準備を終え、スラックスとシャツにネクタイを揃え、革靴でニホン街を猛ダッシュし、すでに目的地に到著していた。

そこは見覚えがある場所、貴崎凜と出掛けた際に最後に立ち寄った貴崎家の経営する溫泉旅館だ。

「あ、東條さん、お久しぶりです。ありがとうございます」

日本庭園のような敷地を進み、旅館のり口につくと見知った人間が深々と頭を下げていた。

見覚えのある、上品な著を著たをみて味山を聲を上げる。

あの大仰な會見の時に出會った貴崎家の使用人、東條が出迎えてくれていた。

「いえいえ、こちらこそ。ごめんなさい、またお嬢様がご無理申し上げたのでしょう? あの子はその、頭は良いのですがどうもわがままに育ってしまいまして……」

「貴崎が、いえ、貴崎さんが子どもの頃から?」

「はい、私もこれで貴崎のお家で働き始めてそろそろ20年になるところです。あの子の納も変えたりしておりました。當時は私もまだまだ新米で、時には失敗して酷い目にあったこともございます、どうぞ、こちらへ。ご案致します」

東條に案されるまま、味山は旅館を進む。

溫かみのある木造の廊下を進む。

「はは、新米の東條さんはあまり想像つきませんね。どうもです、普段バベル島では東條さんはこちらにお住まいなんですか?」

「ええ、わたしだけでなく貴崎の家に仕える者はそのほとんどがこの旅館の従業員という形を取っております。坂田などの門下扱いは別なのですが」

「あ、ああ、そうですか。そりゃ、良かった」

「味山様には本當にうちの家に関わるものがいつもご迷を。でもありがとうございます。やはりお嬢様は相當にあなた様を気にっておいでのようで。味山様にとってはそれが吉であるかどうかはわかりかねますが」

靴下越しにじる木の、たまに味山が一歩進めると、ギィと、木が軋む。

不思議なことに東條の足音は全く聞こえない。

「はは、意地悪ですね、東條さん。探索者にとって橫のつながりは大事でして。あまり人付き合い得意な方じゃないんで、こうして聲かけていただけるのはありがたいものですよ」

「あら、なるほど。お嬢様の周りにはあなたのような大人がいなかったものです。対等に彼をみて、なおかつ怯えず、恐れず、みくびらず。普通に接していただきありがとうございます」

「そんなことないです。それに対等といえば東條さんもそうじゃないですか。なくとも俺は貴崎は貴方のことがすきだと思えます。あいつが、他人の言うことをあんな素直に聞いてるのみたのは始めてだ」

渡り廊下、見事な枯山水の景の中を2人が進む。

なるほど、バベル島でも有名なら観地の一つに數えられるだけはある。

「ああ、あの會見の時の…… いえいえ、お恥ずかしいところを。お嬢様の両親はあまり、子どもを褒めることはできても叱ることが苦手なようでございまして。いつしかあの子を叱るのはわたしだけになっておりました。」

「子どもにとって、いや人間にとってきちんと叱ってくれる存在ってのは大きいですよ。貴崎にとっては東條さんはほんとに大きい存在だと」

「過分なお言葉です、味山様。……いつしか笑わなくなっていたあの子も、ここ最近は楽しそうで。きっと、貴方のおかげなのでしょうね」

「いえいえ、そんなことないでしょう。理由があるとしたらきちんと東條さんみたいに叱ってくれる存在がいて、貴崎が真っ直ぐ育っていただけですよ。笑わなくなるとかどうとかは、ほら、思春期なら結構あるじゃないですか」

東條が味山の言葉に靜かに笑った。苦労を重ねて、年齢をきちんと経た人間特有の溫かな表

振り返った東條が、味山に微笑む。

「味山様、ありがとうございます。お嬢様が気にった男が貴方で良かった。おっと、こちらですね。中は和室になっております、お嬢様、東條にございます。味山只人様をお連れ致しました」

そこが到著點だった。

廊下を渡り、庭園の奧にある離れの部屋。フスマの向こうから聲が帰ってきた。

「ありがとう、東條さん。どうぞ」

貴崎の聲ではなかった。味山は首を傾げるも、東條の手はすでにフスマにかかっており。

「味山様、ごゆっくり」

開けられたフスマ、味山は頭を下げながら部屋にる。

背中にかけられた東條の言葉、部屋に一歩踏みっだ途端、音もなくフスマが閉じられた。

「ようこそ、味山只人さん。お初にお目にかかりますね」

和室。

上品な黃土のソファに長機、丸機だけの簡素ない部屋。手れが行き屆いているのだろう、わずかに畳の匂いが部屋を包む。

奧の開けっ放しになっているガラス張りの壁からは中庭の枯山水や池がちらほらと目に屆く。

「どうぞ、楽にして、座って下さいな」

部屋の奧、その景に溶け込むようにソファに腰掛ける人に気付く。

わずかに息を飲む。その人の顔立ちがあまりにも整っていたから。

「っ。……あ、どうも。あれ、えーと、貴崎、さんは?」

見知った顔がいることだと思い込んでいた味山はキョロキョロと部屋を見回す。無論、そんなことをしても探し人はどこにもいない。

「彼し準備をしております。あら、これはご無禮を。名乗りもせずに話しかけてしまい申し訳ございません」

「あ、いえいえ、えっと、あなたは……」

くすり。

鈴が、そよ風に揺られたような。そんな聲だった。

貴崎凜にたまに見られる妙なしさ、それがより大きく、洗練されたような。

そんな人だった。

「雪代長音。株式會社ユキシロメディカルで代表取締役をしております。お會い出來て栄です、味山只人さん」

スーツ姿のどえらい人が、にこりと笑いかけてきた。

読んで頂きありがとうございます!

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