《凡人探索者のたのしい現代ダンジョンライフ〜TIPS€ 俺だけダンジョン攻略のヒントが聞こえるのに難易度がハードモード過ぎる件について〜【書籍化決定 2023年】》152話 探索者

耳男、斷の3回目。

TIPS€ お前の魂とは限界だ。壽命を消費して耳男を発する

TIPS€ お前の壽命は殘り6日だ

「ほんと、くるところまで來ちまった、なあ」

『あ、み、耳……』

味山が変化する。耳男へ変わっていく。上が味山、下には"彼たち"。見下ろすのは味山、見上げるのは神。

「悪いが、ソイツはうちのチームの人間だ。返してもらうぞ」

『お前、お前なんかに、お前なんかがあああああ』

が、膨らむ。味山只人に向けて放たれる

落下しつつ、耳男の能力でそれを紙一重で躱しながら味山が落ちていく。が耳たぶを掠める、風と重力、落ちていく。

『ああアアアアア!! ッア?!』

がくり、神のきが止まった。

「戦うの、下手すぎだな。いや、殺し合いが下手だ。アシュフィールドと比べもんになんねえよ」

神のに地面からびた木のが巻き付いている。それは蛇のごとく、神の、腕、翼を絡めて巻きつく。

『こんな、もの、こんなああああ』

「樹心限界、気合い見せろ」

*TIPS* 不愉快だ。耳の力と我が力を同時に扱うとは。癡れ者め、覚えていろよ

「ギャハハ、忘れっぽいからなあ!」

『こんな、こんな、こんな薄汚い"腕"ごときの力が、何故?! 私が!!?』

縛る。木のが神に近い高次元段階の存在を縛り付ける。

星の免疫機構、星の支配者がその數を大きく減らした時のみ顕れる天現象、"人類軌跡"。それすら締め殺した偉大なる部位の力はついに

「縛り付けろ、逃すなよ、クソ腕」

*TIPS* 口の効き方は相変わらず知らないようだな、クソ人間

ーーついに、神の膂力すらその腕の中に縛りつけた。

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『くそ、クソ、クソ!! 來るな、いや!! いや、來ないでええええ!!』

「おこんばんわ!!」

一直線、落下する味山が手斧を構える。

神、その額に向けてを回転させながら手斧を振りーー

『アアアアアアアアアア』

がぱり、開く大口。

「あ、やべ」

すぽんと、耳男。

神の口に真っ逆さま。

ごくん。

神がそれを飲み込んだ。

『あ、はははは、…… あははははははははは!!! なんだ、大したことない!! 大したことなかった!! ザマーミロ、ザマーミロ!! あははははアアアアアアアア?!!! 痛い!! 痛い!!!』

笑い始めた神、瞬く間に苦しみ始める。

この世で1番、の中に収めてはいけない、毒蟲の中の毒蟲。

部位戦爭、蠱毒の中を生き抜いた部位とその男。それは決して口にしてはならない猛毒だった。

ギャハハハハハハハハ。

その笑い聲は果たして、木のから響くものか。それともーー

………

……

あたしの目の前に、扉がある。

ママとパパがいなくなった日から、この扉は閉じたまま。

あの日はアリサがずっと、泣いていて。

あたしは泣かなかった。

ーーアレタ、私たちがいない間、お姉ちゃんである君だけか頼りだ。

ーーアレタ、アリサちゃんのことよろしくね、ごめんね、アレタ。

大丈夫よ、ママ、パパ。2人がいない間はあたしがアリサを守るから。

大丈夫よ、ママ、パパ。2人がいなくてもあたしはお姉ちゃんだから。

大丈夫よ、ママの優しい手でもう髪をといてもらうことが出來なくても、パパに大きな手で頭をでてもらうことが出來なくても。

あたしは、大丈夫だから。

だって、あたしはお姉ちゃんだもの。

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そう、あたしは大丈夫なんだ。

嵐の夜も、ポートフォリオデーも、誕生日も、ママとパパがいなかった。それでもあたしは大丈夫。

だって、あたしが悲しんでたら、あたしが泣いてたら、アリサがもっと泣いちゃう。おじいちゃんとおばあちゃんも悲しませてしまう。

だから、あたしは大丈夫。お姉ちゃんなんだから大丈夫。みんなのために、あたしは強くならないといけないの。

明日にはこの扉が開くかな。夢見てた、扉が開いてママとパパが迎えにきて、よくがんばったね、アレタって言ってくれるのを。

パパがあたしの頭をでながらあたしを褒めてくれるのを、ママがあたしを抱きしめてキスをしてくれるのを。夢、見てた。

ねえ、この扉はいつ開くの? あたしはいつまで1人ぼっちで頑張ればいいの?

何も答えてくれないその扉に期待するのをやめたのはいつだっただろう。

夢はもういい、と全て諦めたのはいつだっただろう。

もう2度とパパとママには會えない、そのことを理解した日にあたしは初めて絶を理解した。

それはとてもつらくて脳みそが溶けて、自分が生きている実すらわからなくなるとても怖くて悲しいものだ。

この世で1番可哀想で悲しくて哀れなのは自分だけ、本気で一時期はそう想っていた。

「でも、違った。親と2度と會えないなんていう悲劇はこの世界ではとてもありふれた事だった」

そう、あたしの悲劇は、あたしの絶はこの世界では極々普通のことだったんだ。

あたしはまた、絶した。あの苦しみ、あの悲しみ、あの慘めさ。

必死に張った虛勢も、こぼさなかった涙も、作り上げた笑顔も。全部、全部、大したことはなかった。

「この世界は未完だ。ひどく歪で、ひどく殘酷で、ひどく悲しい」

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なんで、こんなにも世界はひどいのだろう。誰がこんな世界にしたんだろう。

あたしの悲劇すら當たり前の世界、そんなの間違ってる。なんで? なんで?

「決まってる、それは完された存在がいないから。誰かの悲しみを背負って、導いてあげる存在がいないから」

なら、あたしはそれになりたい。

この殘酷でクソな世界、未完だらけのクソ世界の中での完品になりたい。

人間じゃなくなりたい、システムになりたい。苦しむ人のよすがとなれる星になりたい。

だってそうすれば

「もう誰も迎えに來なくても平気だから」

あたしはお姉ちゃんだから。

あたしは英雄だから。

あたしは星だから。

だから、大丈夫。

ーーアシュフィールド、お前大丈夫か?

「………………なんで」

あの時、あの言葉に、もしも、違う答えを返せていたらどうなっていたんだろう。

なにも大丈夫じゃないって。

ほんとはママに髪をといてもらいたい、ほんとはパパに頭をでてもらいたい、ほんとはいかないでって泣きたかったって。

ほんとは、あたしだってーー

「……ふふ、ほんとに、ほんとにバカね。どうしようもない奴、勝手に突っ走って、傷付けて、勝手に悲しんで、勝手に満足して…… ふふふ」

ソファの上、ブタのぬいぐるみを抱きしめる。

「ほんとに、ガキね」

彼がんだ言葉、本気で伝えてくれた言葉が今も殘る。

あたしはガキだ。あたしは結局、この子ども部屋から出ることが出來なかった。

ゆめも葉わず、仲間も救えず、何も為せない。

こどものまま、長出來なかった。それがあたし、アレタ・アシュフィールドという人間なんだ。

「そっか、もう、會えないんだ」

ああ、だめだ。がきゅうっと痛む。あれだけ自分勝手にやったのに、あたしはほんとにだめだ。

「寒い、さむいよ、パパ、ママ、おじいちゃん、おばあちゃん……」

「だれか、あたしをみて、あたしをさがしてよ…… アリーシャ、アリサ」

「ごめん、ごめんね、ソフィ、グレン」

ダメだ、これだけは言ってはならない。あたしは大丈夫、あたしはだいじょうぶ。

1人で生きていける、1人でだいじょうぶなんだから、この言葉だけは、あなたにーー

「會いたいよぅ、タダヒト」

「了解、アシュフィールド」

ぎっ、ぎっ。

ゴムの靴底が木のフローリングを踏み締める音がした。

「っあ」

足音。止まる、ドアの前で。

「……ここだよな。アシュフィールド、俺だ。帰るぞ」

「た、だひと?」

「聲でわかるだろーが。お前の補佐探索者の味山只人さんだ。……まあ々まだ言いたいことはあるけど、とにかくまずは、ここから出るぞ」

「だめ、だめなの、あたしはここにいないと、出られないの、ママとパパが、だって」

「は? なんて?」

「だいじょうぶなの! あたし、だいじょうぶだから! 1人でもだいじょうぶってゆわないと、ママとパパが悲しむの! あたしは任されたから! あたしはお姉ちゃんで、えいゆうで! だから!」

1人で生きていかないといけないの!!

それがあたしのライフーー

「あー、もういいや。アシュフィールド、し離れてろ、怪我するぞ」

心底めんどくさそう、そんな聲だった。

「だかーー え? なに?」

破裂音が返事をした。発砲音だ、ソフィのショットガンの音。

え、撃ったの?

パラパラと木の砕けて落ちる音がして。

「うわ、かてー扉だな。アメリカ製か? うーん、鍵は吹き飛んでのにドアノブが回らねー」

「え、え?」

「アシュフィールド、またどいてろよー」

がつ、がつ。

木の扉に何かを打ち付ける音、響く。

鈍い刃を打ち付けるような、音。

「だ、め」

聲、詰まる。

「ダメじゃねえ、お前はここから出るんだ」

彼はあたしの言葉を聞いてくれない。そうだ、初めから、出會った瞬間から、彼があたしの思い通りになったことなんてなかった。

「でも」

「でもじゃねえ、お前は進まなければならないんだ」

力強い言葉、あたしの迷いだらけの言葉とは違う。

「……あたし、あなた達にあんなひどいことをした。資格がない、あたしには、あなた達と一緒にいる資格なんて」

「ああ、お前の言う通り。ほんと、苦労させられた、うんざりして、イライラさせられたよ、お前には」

心底、うんざりした聲。そうだ、彼は決して優しく善い人間じゃない。

「だったら」

「だが、お前には義務がある。俺たちと共にいる義務があるんだ。それから逃げることは許さない」

どこまでもその言葉は利己的で、でもーー

「ぎ、む?」

あたしは彼の言葉を待つ。

「お前の元へたどり著く為に俺たちは多大なる犠牲を払った。クラークもグレンも俺も揃って世界のお尋ね者、あとなんやかんや壽命もどんどん削ってる、俺らアレフチームマジでボロボロだ」

「あ…… あ、あたしが、あたしが完しなかったから…… あたしがたどり著けなかったから、あたしが……」

自己嫌悪に回るあたし、でも、とびらの前の彼はそんなことを気にしてくれない。

あたしを待ってはくれない。

「お前、言ってたよな。アレフチームと世界を救うって。完璧な世界を作るとかなんとかってよ。アシュフィールド、あの時わかったよ。お前は人だ、そして、英雄だ」

「もうお前の生き方は変わらない。どれだけお前をギタギタにしてもその自己犠牲の自己満質は変わらねー、ああ、そうだ、人は簡単にゃ変わんねー。それがよくわかったよ」

「た、だひと?」

「だからよ、お前には、お前のまま、クソ面倒臭い人間、クソムカつく英雄のままで選んでもらう、捨ててもらう」

「捨てるって、なにを?」

言葉、聞いてしまう。

その先の言葉を聞きたいあたしと、聞きたくないあたしがいて。

「俺たち以外の全てを捨てろ、アレタ・アシュフィールド」

言い切った、言い切られた。

「お前は1人で生きていけるタイプの人間じゃねー。俺には理解できんが、お前は誰かの為じゃないと生きることすら出來ん奴なんだ」

それはどこまでも、利己的で、自分勝手なセリフ。

「だからこそ、世界じゃない、顔の見えない不幸な人間、知らない救いを求める人間じゃない、世界を捨てろ、俺たちを選べ」

それでも、ああ。

寒いのがなくなる。

悲しいのがし和らぐ。

「クラークを救え、グレンを救え、そして俺を助けろ。アレタ・アシュフィールド、お前はアレフチームを救え。お前のとち狂ったやり方じゃなくて、普通のやり方で」

「普通の、やり方? なにそれ、知らない、そんな、そんなの」

普通のやり方ってなに? あたしは知ってる、"彼たち"から聞いていた。

あなたのひみつ、ソフィ、グレンのひみつ、あなた達がこのままじゃ長く生きれないことも。

だから、あたしがなんとかーー

「一緒に飯食おう」

「ーーえ」

それは予想もしてない言葉だった。

でも、気味悪いほど、彼の聲は優しかった。

「焚き火囲んで、焼いて、水汲んで、米炊いて、メシ食おう。風呂って、寢て、また起きよう。それで互いにおはようって言うんだ。それでいい、お前はそれで俺たちを救える」

「お前は俺たちアレフチームの為に生きろ」

「あ…… あ」

だいじょうぶ、だいじょうぶ。

ほんとに?

ダメ、全部崩れていく。

「やりたいことがあんなら一緒にやろう、困ったことがあるんなら一緒に考えよう。悲しく辛いことがあるなら誰かに話せ。人間なんか、それだけで案外救われるもんだ」

とびらを打ち付ける音ともに、響くのは彼の言葉。、

自分が求めてはならなかったはずの未來の景。

「だから、お前をここから出す。お前をこの子ども部屋から連れ出す。アシュフィールド、お前はもうガキじゃない。待ってるだけ、願うだけのガキ時代は終わりだ」

待つだけ、願うだけ。

でも、この部屋から出たらあたしはどうなるの? 強い子ということを証明する為にずっと待ってたのに。

あの子達、子ども部屋から出られなかった多くのあたしと同じ星たち、"彼たち"

あの子達じゃなくなる。あたしと私とわたし。それが離れていく。

でも、そうなればー

「あたし、は、あたしは、だれなの? なにになれるの?」

怖かった。

自分の居場所、自分の存在の理由がわからなくなる。あたしは誰なのか。この子ども部屋から出たら、あたしのっこが消えてしまうようなーー

「ギャハハ、バカが。んなもん決まってる。とっくの昔からお前は人で、英雄で、バカで、そして」

答えのないはずの、答え。なくともあたしにはなかった。

なのに、彼は笑う。

「アレタ・アシュフィールド、お前は俺たちと同じ」

「探索者だ」

ソファが弾けた。

大きくなったが、びた足が、腕がカーペットにどすんと。

あたしのが大人に戻る。あれだけ大きく、広くじていた部屋が急に狹くなって。

「始末しなきゃなんねー化けがまだまだ大勢いる。お前の力が必要だ。アレフチームの52番目の星。さあ、起きろ、グズグズ言う時間は終わりだ」

「タダヒト、あたしは」

扉に近づく。

バキン。

斧。

あたしが贈った、渡せなかった手斧。

それが、扉を破る。

木が軋む、刃がとびらから抜き取られ、また打ち付けられる。一度開いたをきっかけに、もう扉の崩壊は止まらない。

「もういっちょ!!」

間の抜けた聲、めぎゃりと木が撓んで砕ける。

とびらにが開いた。だれも開けてくれなかった扉、固く閉じられて、あたしを守ってくれてた扉が、凡人の手斧に砕かれる。

あたしは無意識に、前へーー

「ハァイ、ジョージィ」

ぬっ。

から顔を突っ込んできたのは、醜い顔。

耳が面となり張り付いた顔、にっかりと吊り上げられた口は笑顔のつもりか。

から覗く栗の瞳だけが、彼という証拠だった。

「だれがジョージよ、バカ」

あたしは気付けば、笑ってた。

扉が、開いた

………

……

『ギャァアア、アアアアアアアアアアアア?!!』

神がを捩る。イモムシのような下半を痙攣させ、空にのたうつ。

最悪の選択を神は選んだ。

よりによって、毒の中でも本気でタチの悪い猛毒2匹をに取り込んでしまったのだ。

ギャハハハ、ギャハハハハハ。

のたうつはしかし、自由にくことも出來ない。未だ、腕の木のがその神を押さえ込んでいる。

ああ、笑い聲が響く、響く。

外から、そして

ギャハハハハハハハハハハ

その神側からも。猛毒が神のの中で、大いなる罪が神を嗤い続ける。

『ギャァアア、やめろ、やめろやめろおおおおおお!! なんで消えない?! なんで消化出來ない?! お前は、お前はいったい、あああああアアアアアアアアア!?』

苦しむ神、それをガス男、ソフィ、そしてグレンが見上げていた。

呼吸の荒いソフィを支えながらグレンが、猛毒の友人がニヤリ、その整った顔に不敵な笑みを浮かべる。

「アンタに言ったっすよね、アイツの笑い聲、それが響いた時がアンタの最期だって」

ギャハハハハハハハハハ。

世界に汚い笑い聲が響き渡る。

夕焼けに染まる世界、セミの聲を嗤い聲が塗りつぶしていく。

『あ、アアアアアアアア?!!』

ぼこり、彼たち、その巨の腹が焼き餅のように膨れて

ぱん。弾けた。

「ギャーハッハッハハハハハハハハ!! 善玉菌がねえんじゃねえのお!! 消化される気がしないぜえええええ!!」

弾けるの奔流、そこから飛び出したのは耳男。の至る所がに焼け焦げ、傷ついている。

しかし止まらぬその嗤い聲、そして両の手に抱えたその果、その探索の目標が耳男の勝利を示す。

アレタ・アシュフィールド、アレフチームの最後の1人はついに神の如き者たち元から、探索者の手によって墮とされた。

『ア、アアアアアのあ!! うそ、ありえない、アレタ、アシュフィールドオオオオオオオオオ、なんでええええ!?』

「こいつはうちのだ。引き抜きなら事務所通してもらおうか、事務所」

耳男が跳ぶ。張り巡る木のの上を走り、り、神の、浄化のを置いてけぼりにして駆け抜ける。

『あ、い、いかないで、なんで、お前たちだけ、なんで、私だけ、ここで』

「こいつにゃこども部屋は似合わねー。てめえはそこで一生そうしてろ」

駆け抜けた。

一気に耳男が眠っているアレタを抱えて、ソフィたちの元へ戻る。

「アジヤマ!! よく、よく、……本當にキミって奴は」

「タダ、ナイス」

「おう、ただいま。これで全員集合だな。クラーク、アシュフィールドを」

眠ったままのアレタをソフィに預ける。

「素晴らしい働きだ、味山只人。そして、彼らを屆けてくれてありがとう」

ガス男が味山の肩を叩いた。その顔は上を、夕焼けの空を見上げている。

白い影たちと溶け合い消えた黒い影、ガス男は一その景に何を見たのか。

「ああ、俺も。ありがとう」

味山もガス男と同じく茜の空を見上げてつぶやく。せめて、彼らの終わりがほんのしマシなものであると願う。

「アレタ、アレタ、目を、覚ましてくれ、アレタ」

ソフィが眠ったままのアレタに優しく聲をかけていた

アレタは寢息を立てて目を瞑ったまま。黒いアンダーウェアに迷彩のズボン、軍用ブーツ、ジャケットは丁寧に腰に巻かれている。

いつもの、姿。アレフチームのアレタの姿だ。

「で、ガス男。お前の言った通り、全員揃えた。あとはどうすればいいんだ?」

「……君には苦労をかけるが、もう一仕事だ。人類軌跡すらも抑えるその"腕"の膂力、そして神の胎すら食い破る"耳"の暴力、それら全てを道として扱う君にしか任せられない」

ガス男が指を刺す。

木のに取り囲まれ、もがき続ける神に似た何かを睨みながら。

「時間を稼いでくれ。あとは私と、アレフチームがやる」

「どのくらい稼げば?」

「長ければ長いほど、だよ」

ほんと、こういうのばっかだな。

味山はし目を、耳の面をぐりぐりと右手の火を消して抑えた。

「はー、わかった。わかったよ。……ガス男、お前に任せた」

「ああ、任された。凡人探索者、我らの最善にして最前の男よ。君とこうして最後まで戦えたことを誇りに思う」

ガス男の言葉に手を振って答える。

ああ、そうだ。その前にやることがあった。

味山が振り向き、寢息を立てる英雄バカを見下ろす。

「おい、アシュフィールド、アシュフィールド!! 起きろ!!」

ソフィが支えているアレタの肩を摑んで揺らす。

の髪から香る柑橘の香り、アレタの匂いがした。

「あ、アジヤマ、そんなに揺らすと」

ソフィが小さくつぶやく。味山が頷いた。

「大丈夫だ。安心しろ、加減はしてる。アシュフィールド!! 聞こえてんだろ!! あの部屋で伝えた通りだ! 俺たちを助けろ!!」

揺らす、起きろ、起きろ、起きろ。

お前はもう、あそこから出ている。抜け出している。

お前はもう、ガキじゃない。待ってるだけの可哀想なこども部屋の住人じゃない。

味山が息を吸って。

「仕事の時間だ!! 探索者!!」

聲を。凡人探索者から、嵐の英雄、52番目の星へ。

「……ハァイ、タダヒト。……ソフィも、グレンも、おはよ」

形の良い瞼、まつげがぴくり。

開かれた目には、蒼い空を閉じ込めたスカイブルー。

「アレタ!!」

ソフィが後ろからアレタを抱きしめる。

満面の笑み、それを見ただけでここまで來たことへの後悔が消えてなくなる。

「おお、すげえタダ」

呑気なグレン、しかし、嬉しそうなソフィを見つめるその目にはたしかな暖かさが宿る。

「アシュフィールド、説明する時間がない。伝えることは1つ、仕事だ。化け殺しだ。そこのガス男は俺らの味方、クラークとグレンの言うことをよく聞いて暴走しねえこと、いいな?」

一方的な言葉、しかしこの指定探索者と補佐探索者にはそれで充分。

「……ええ、オーライよ。タダヒト、帰って、くるのよね」

「それ、お前だけには言われたくねーセリフ」

味山が笑う。

「アジヤマ、キミにどんな言葉を伝えればこの気持ちを屆けれるのかわからない、……頼む、帰ってきてくれ」

「おう、クラーク。任せとけ」

味山が答える。

「タダ、後ろは任せろよ。何するかわかんねーけど俺が出來ることは全部やるからよ」

「ああ、グレン。任せた」

味山が頷く。

「君の仕事に敬意を、味山只人」

「ああ、こっちこそだ。ガス男、お前の、いやお前たちのこれまでの全てに敬意を」

「……九千坊、鬼裂、ジャワに、よろしく伝えておいてくれよ、味山只人。君たちとの時間はおもいがけず、たのしいものだった、と」

「……ああ」

その言葉で分かった。

ガス男との時が來た。別れの時だ。

『あ、ああああ、ははははは、あははははは!! あははははははほはは!!』

笑う神、徐々に木のが緩んでいくのがわかる。

かいぶつ、それもやはりとびっきりの化けだ。

探索者が最後に至る化けはやはり、神なのだろう。

アレフチームはこれからそれに、挑む。

「じゃあ、頼んだぞ。アレフチーム」

「「「「了解」」」」

アレフチームが、凡人へ応える。

立つ。

前に。

息を吸う。

花畑に風が舞う。

夕焼けがほんのり暖かく、不思議な満足があった。

「味山只人、前方に怪種の存在を確認、種別不明、未知の怪種との接敵を口頭で報告」

味山只人が、指を差し言葉を紡ぐ。

「"味山只人"、前方に怪種の存在を確認、種別不明、未知の怪種との接敵を口頭で報告」

ガス男の言葉が、味山の言葉と重なる。

ガス男は今、たしかにその名前を。たしかに自分を構する凡人の名前を己の名前としてーー

「「探索者法 第一條 探索者による有害指定特異生、"怪種"の駆除義務に則り、前方怪種の駆除に移る」」

重なる殘った最後の凡人探索者たちの聲。

「味山只人」

味山が紡ぐ。

「探索」

ガス男が紡ぐ。

「開始」

2人の凡人探索者が宣言した。必ず殺すと。

耳男、味山只人が地面を駆ける。

神の如き者に、耳の暴力、神の伝承、腕の膂力、持てる全ての探索者道を振るう。

「さあ、アレフチーム。神に挑む資格を持し特別なる者たちよ。君たちの力を示す時がきた」

凡人探索者、ガス男が地に立つ。

「集めたのは可能、賭けたのは我々、それは星への叛逆、神すら裁くことのできない大業罪」

「"某"はかつて世界の法則をその人で1つ1つ、己の都合の良いように歪めた。我々はそれをなぞるもの、それをまた歪めるもの」

「ああ、我らの叛逆はあのホームセンター"ダイジ"西広島店より始まった」

ヴヴン。

世界に響いた。

オイルとガソリンでく、その小さなエンジン音が。

後もうしで完結です!

是非最後まで宜しくお願いします!

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