《凡人探索者のたのしい現代ダンジョンライフ〜TIPS€ 俺だけダンジョン攻略のヒントが聞こえるのに難易度がハードモード過ぎる件について〜【書籍化決定 2023年】》ED.No2689 【ニッポン対ダンジョン 凡人総理のニホン防衛RTA攻略記(2689回目)】
條件達
アレフチーム全員の生存
"ニホン"ルート以外でver2.0を迎える
ニホン指定探索者 熊野ミサキと出會っていない
"納豆男"がバベル島防衛戦に參加している
ニホン総理大臣多賀慎二による"オペレーション・スターデストロイヤー"への助力をけている
"彼たち"の撃破によりver2.0を迎えている
〜2029年 3月29日 國會議事堂にて〜
「ですから! 今回自民黨の提出された法案は我が國のますますの軍部臺頭を招く危険があるわけです! 実際にNNKの世論調査でもーー」
目の前で襟を立てた獨特なファッションの中年が唾を撒き散らしながら、國會議事堂、本會議場に聲を響かせていた。
「事実、3年前に自民黨が強行した憲法9條の改正案! それに伴う我が國においては非常に重たい意味を持つ"戦力"の保有! 近隣諸國からの許諾もえぬまま、戦力化した"自衛軍"の存在はその関係にいらぬ張を呼んだとして未だにその正當に疑念をーー」
近隣諸國ねえ。
このはいったいどこの國の政治家のつもりなのだろうか。
多賀慎二は、あくびを我慢しつつ、時計をチラリ。
まだ"時間"は10分ほど殘っていた。
「そして今回提出されたこちらの法案、參議院でははっきりと否決された新たなる"戦力"の保有に繋がる存在を容認してしまうことに繋がりかねません! 野黨としては與黨のこの強引すぎるやり方に疑念をーー」
予定通りであれば、もうじき時がくる。
だが、繰り返し続けていると本當にささいなことで計畫というものは狂っていく。
事を進めるのに大切なのは予定外、それすら愉しむ度量の深さこそが肝要。多賀はそれを永い経験の中で理解していた。
「"指定探索者を中心とした新たな國土の自衛を狙う組織組に関わる法律" 通稱、"サキモリ法案"!! 事実上の自衛軍と並ぶ新たなる戦力の保有を認可するこの法案は、國際社會に新たな不和の種を撒きかねない暴挙であるというのが民主黨の総意です! 総理! あなたはこの國をどうするおつもりですか?!」
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聲が大きいな。
彼が聲をあげるたび、周りの同じ野黨議員が大きな拍手をかき鳴らす。
彼はきっとこれまでもその大きな聲で己の道を切り拓いてきたのだろう。
その聲にかき消された小さな聲のことなど省みず。
「はっきりと、総理の言葉でお応え頂きたい! 國民はみな、軍靴の音に怯えていらっしゃるんですよ! 総理!」
強い言葉で締め括る、周りの高齢の野黨議員たちが拍手しながら、いいぞー、とか、その通りだ! とか囃し立てる。
お遊戯會の一幕だな、その聲をけて得意げにしているこのも、歳だけ重ねて自分より若手の議員を矢面にたたせる老人たちも。
本當にくだらない。
多賀はおくびにもださず、無表でじっと前を見る。
「多賀閣総理大臣」
「はい」
議長の聲に手を上げ、立ち上がり、ゆっくり席に進む。
昔はこの演壇に向かうまでの道のりが死刑臺へのり口にも思えたものだ。
もはや遠く懐かしい慨だけども。
多賀は演壇につき、辺りを見回す。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………まだ、だ。
「……………………」
「え?」
ゆっくり、息を吸う。なかなか喋り始めない多賀に周りの議員達がざわめき始める。
コツがある。
連中、聲が大きく、自分の話にしか興味のない奴らに言葉を屆けるには。
ゆっくり、演壇の上、置いてある原稿を見つめる。
ふむ、これを用意してくれた僚には申し訳ないなあ。
「っあ?!」
おもむろに、原稿を掲げた私に注目が集まる。野黨の連中、同じ黨の議員連中、誰しもが目を剝いた。
べりりりりりりり。
思い切り、その場で薄い紙をちぎる。
野黨からは悲鳴のやうな聲、そして與黨、特に閣僚席からは大きなため息が聞こえてきた。
ふふ、すまない、苦労かけるね。多賀は信のおける自らが選んだ閣僚たちの苦蟲を噛み潰した顔を眺めて、笑った。
ああ、この薄い紙を書くのに何時間、サービス殘業があったのだろう。本當にすまないことをするね。
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薄い紙、ふむ、薄い髪。いかん、し気分が下がる。
多賀はぼんやり、関係ないのんきなことを考える。
そしてに絡んだタンを誤魔化しながら、言葉を選んだ。
「ふむ、ああ、なかなかいい時間になってまいりました。では、ここからは私自の言葉で、本國會で提議した法律案についてお話しさせていただきましょう」
靜かに、しかし、はっきりと。
「と言っても、殘念ながら我々に殘された時間は本當にない。時が來るまでどうかお耳を貸していただければ幸いです」
「な、今の行為は國會の品位を落とす行為です! 総理、今なぜ原稿を破いたのかをしっかり國民に理解していただけるように説明をーー」
「立襟君、靜粛に。多賀くん、続けなさい」
「まず、一つずつ。先程のご質問。國をどうするつもりか。ははは、これは強い言葉です。そう、立襟議員のおっしゃる通り、わたしにはこの國をどうにかするにあたって強い権限を與えられています。……そう、與えられているのですよ。我々政治家は日々の業務に追われ、ついこのことを忘れがちです」
「與えられている。そう、我々のね、力というものは與えられているものなのですよ。決してわたしに元から、いいえ、政治家という存在にもとからその力が備わっているわけではない」
「國民です。全てはこの國に棲まう當たり前の、大凡の人から與えられた力。我々はね、託されているんですよ。彼ら國民から、この力を」
「な、なんの話をしてるんですか? ちょっと、質問、質問に答えてください!」
「立襟議員、靜粛に」
「ああ、申し訳ありません。歳をとるとどうも無駄話が多くなる。この國を、どうするつもりか。ふふ、答えは決まっている」
多賀は目を瞑り、短い手を広げる。
國會にマイクを通して小男の聲が伝わった。
「私はね、このニホンを殘したい、例え世界が滅んでも、このニホンだけは殘したいのです」
それは彼の行原理。
「は? 滅ぶ?」
「それはもちろん、國土を理的に殘す、という意味ではありません。春に桜の開花に心を沸き立たせ、夏に川の水の冷たさにはしゃぎ、秋にかな実りに舌鼓をうち、冬にコタツの暖かさに一息をつく。この國を生きる人々、ニホン人、その記憶の永続的な保存、それこそが、現閣喫の使命と存じております」
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「喫、滅ぶ、総理、ここは國會です! 國民も見ていてーー」
立襟議員がおちょくられていると勘違いしたのだろう。口を尖らせた。
「國とはなんだね」
多賀は全てを無視して、己の話を続ける。議長からの制止がない限り止まるつもりはなかった。
「國とは記憶。民を生かし、その営みを守り、その記憶を後世に殘す。それが我々政治家の唯一無二の存在理由。私はこのニホンという國、それ以外の全てを犠牲にしてもそれを為す」
彼をかすものの名前は、夢。
「この國の民が好きだ。季節の移り変わり、それを心でじ、歌を詠む。それを心で見て、絵を描く。例え世界が滅んでも、わたしはその人々の心を永遠に殘したい」
彼はこの國で生まれ、この國で生きた。
「だが。殘念ながら盛者必衰、滅せぬもののあるべきか、亡ばざるもののあるべきか。我々は生まれてしまって以上、いつか必ずこの場を去らねばならない時がくる」
別れをけれ、しかし、理不盡な終わりを許すことはなかった。
「人の世界が滅び、次なる世が來ても、なお続く、殘るその國の名前、その國の文化、ニホンという存在。次なる世においても、そこに住まう者が嘆するのだ。我々の國の文化に、そこに住んでいたヒトに」
その終わりがとても悲しく、とても無為なものだと多賀は知っていた。
「想像してみてくれないか。後の世のものがこう語るのだ。巖に染みる蟬の聲、やうやう白くなる山際、が昇るその瞬間、ふと後ろをかえりみて気付く月、長雨の中褪せていく花の、謎の記念日、サラダ記念日のこと、のどかな日差しの中、急ぎ散りゆく桜の花、主人なくとも春を忘れぬ梅の木」
だからこそ、多賀慎二には夢がある。
「これは、どういう意味なのだろう、と。ニホンという國に住んでいた人々は、なにを見てなにを考えて生きていたのだろう、後の世のものは想像する、私たちの國のことを趣味として、時には教養として、ロマンとして、語るのだよ」
ニホンを、生かす。ニホンを、活かす。
「例え、今、この國に住んでいる人全てが滅ぼうとも、それさえ為せるのならば國は滅びない。刻むのだ、世界に、歴史に。殘すのだ、ニホンを。後の世、ちよに、やちよに、例えさざれ石が苔むすほどの長き時が経っても、我々の國のことを、世界が語る」
"日本"をすーー
「私はこの國をそうしたい。人を、民を、國の心を殘す。私の心にはなんの曇りもない、その全て、ニホンのために」
その為に、彼は繰り返してきた。數多の敗北、それを決して認めず、1人で、たった1人で歩んできた。
「今法律案はその第2歩。そも、他國はすでにその多くが"指定探索者"を軍の指揮系統に組み込んでいるのが常。周辺諸國、また外圧への対抗としては遅すぎるくらいですよ」
國會答弁も、もう何度目だろうか。
「野黨諸君、殘念ながら君たちは私の敵ではない。決して、敵などではないのだ」
誰もその小男から目を離せない、誰もその小男の言葉を遮れない。
「既に、始まった。……國會中継をご覧の國民の皆様、あなた達も聞いた筈だ。"聲"を。理不盡の囁きを。一部の目端の効くもの、真に賢き者以外はまだそれをけ止めることが出來ないだろう。だが安心してほしい。賢者である必要はない、ただ、経験から學ぶ愚者たることさえ出來ればそれでいい」
言葉を結ぶ。おそらく、今はまだこの言葉の意味を理解できるとのは本當にごくわずかだろう。
そしてこの時點で、この言葉を理解できるもの、そのほとんどは今日を生き殘ってくれる、その確信が彼にはあった。
「あ、あれは規模の広い集団幻覚、幻聴であると示す専門家がほとんどで!」
立襟が、唾を飛ばす。なかなかに気骨のあることだ。なんの意味もないけれど。多賀が、酷薄な笑いを浮かべた。
「ははは、その専門家たちは殘念ながら、今日、これより職を失うだろうね」
「さて、國民のみなさま。安心してしい。これから、まもなく、世界は大きく変わる。だが、我々の國は終わらない。この國には力がある。幾度となくこの國を襲った難事。しかし我が國はついに、その長い歴史の中、一度も國の名前を奪われたことはなかった。……わたしはそれをなぞる、ニホンを終わらせはしない」
意識して、國會中継用のテレビカメラへからだを向ける。
「ぎ、議長! 明らかに多賀閣総理大臣は錯しておられます」
「錯、ふふ、どうかな。私の言葉が果たして酔っ払いの戯言か、それとも違うものか。それは」
「すぐに、分かるーー」
ぴぴっ。
設定していたスマートウォッチのアラームが鳴る。
多賀がそれ、娘からプレゼントされた時計をちらりと眺め、目を瞑る。
それは黙禱。
救えなかった命、これから発生する犠牲者への自己満足にしかならない傷。
「國民の皆様。今は仕方ない。今回は仕方ない。1回目だ。あなた達はまだ學ぶべき経験をしていない。だが、どうか、どうか、この1回目を生き殘り、2回目に學んでほしい」
もう一度、多賀はカメラを見る。
國會中継を通し、彼の國の民へ語りかける。
「1つの殘酷な事実を告げましょう。間に合わなかった。気づかせてあげることが出來なかった。今日流れるを、ゼロにすることは出來なかった」
その言葉を理解出來ていた人間の數人はこの瞬間、確信することだろう。自分の予は、自分の準備は間違いではなかった、と。
「恥じることもなく、真実を言いましょう。全ては私の力不足。全員が生き殘れるわけではない。今日、多くの人が死ぬかもしれない。それは我々の責任です。逃げも隠れもしない、その死は全てわたしの責任だ」
誰もがポカンと、多賀を見つめる。場にそぐわぬ理解不能な言葉の數々、しかし異様なその雰囲気に誰も口を挾めない。
「だが、約束しよう。それを無駄にすることはしない。それを無為にすることはしない。例えあなたの父が、母が、子が、友が、人が、配偶者が、今日を超えられなくとも」
力ある言葉とは、聲の大きさではない。
「この殘酷な世界にあなたの大切な人が奪われても、約束します。その記憶だけは奪わせない。その人が生きた証、生きた軌跡だけ、それだけは今度こそ守り抜くと」
「あなた達こそが、國。あなた達こそが、未來。あなた達こそが、ニホンそのもの。どうか、どうか…… 私は全て救えないと理解しながら、それでも、全力であなた達を生かす。だから、生き殘ってしい」
「私のするこの國の歴史と記憶を、つぎの世界へ。必ず連れて行くと約束しよう」
言葉が終わる。
言いたいことは全て言った。それは宣戦布告。それは願いの言葉。
ピピっ。
タイマーが震えた。
時間だ。2689回目が、やってきた。
「さあ、時間だ」
ここからが、本番。駒を進め、道を選んだ。仕掛けは上々、あとは結果をごろうじろ。
「ほんとにいかれちゃった」
ぼそり、目の前の野黨議員がつぶやく。
にやり、多賀が笑った。
「それは今から、わかるさ」
イかれてるのは、私か、それともーー
「國會審議中!! 失禮致します!!」
重たい扉が開かれる。よく通る聲だ。
多賀の第一書、高長の丈夫、上村智の聲が國會、衆參両院議會の開かれる本會議場に響き渡る。
ああ、仕込み通り。カラオケで大聲の出し方の練習をした甲斐があったようで何より。
多賀が、上村の音癡という意外な欠點を思い出して、笑う。
「あ、あなた!! 今は國會の最中で!!」
ハッと、立襟議員が噛み付く相手をまた見つける。
威勢と、敵に対する勢いだけは評価しよう。
多賀が立襟を制し、
「いや、良いよ。上村くん。どうしたのかね」
用意していたセリフをなぞる。
「先程、都の消防隊、及び警察組織より急連絡!! 都各所にて突如、地面が狀化し、沈澱する未知の現象を確認! このナガタ町付近でも同様の被害が報告されています」
「な、なにを、馬鹿なことを」
「な、なんだなんだ?」
國會、主に野黨の議員がざわめきはじめる。
「議長、テレビモニターを、つけて頂いても?」
多賀が挙手する、もう平常の國會ではなくなっていた。
「は、はい、許可、します」
本會議場に備わる大型モニターが起する、誰もが固唾を呑んでその畫面を見つめた。
……
…
『"sp"レンの"晝から酒カス、すまんっス"をご覧の、み、皆さん、番組の生中継を一時、中斷するっス…… こ、ここは、ビル屋上のテラス席です。下を、ここから一できるシブヤの街をご覧ください!』
青、赤、緑、黃。
バカみたいなカラフルショートボブ。ほっぺに張り付いたハートのタトゥーシールに制服姿。
そののことを、國會でこの映像を見ているもの皆が知っていた。
オリコンチャート、1位から10位全てを獨占するというデタラメな人気を誇る達がニホンにはいる。
今をときめく大人気アイドルロックバンド"sp"のドラム、"千石 レン"が、畫面一杯に映り込んでいた
『渋谷センター街差點前の様子です! み、見てください! 突如、地面がシャーベットみたいに…… と、とと溶けてるんス! さ、さっき見てたら、差點を歩いている人の中には、溶ける地面に飲み込まれてーー え…………? なに、あれ』
運悪く、その場でロケをしていた彼たち。これがニホン最速のその場の狀況を、伝えるニュースとなる。
ホソホホホホホホホホホホ!!
ヘススススススス!
ムメメメメメメメ!!
モニター。トーキョーの街、人がひしめき高層ビル並ぶ、人界の象徴。
そこに、奴らが現れていた。
メメメメメメメメラリラリりり!!
オオムカデ。建に、巻き付く。
ゲゲゲ、ゲゲゲ。
オオカエル、道路を塞ぐ。
ホホホソホホホホノホホホ!!
ヒトツメオオザル、群れがカフェの席を占領する。
『……あーー うそ、禮っち、が言ってた、おばけ……」
正確にはそいつらに、國連と組合が決めた呼稱がある。
"怪種"
2029年に生きるものであれば、誰しもが奴らのことを知っていた。
自分達とは関係ない、遠い島、その地下に広がる場所に生きる化け。
その姿もその名前も、ネットの発達した現代であれば誰しもが指先一つで知ることが出來る。
誰かが、スマホを構えて、ぱしゃり。
それに釣られて多くの人がスマホを取り出して、寫真を撮り始める。その場でSNSにあげるものまで。
どこか、それを面白おかしく。あまりにも現実のない景、そして高度に発展した化學は人からそれを奪い取っていた。
危機ーー
彼らは知らなかった。
そいつらの臭いを、そいつらの息遣いを、そいつらの
恐ろしさをーー
『き、イキイキ』
『へ、べへべ』
『ぽかり』
ぽかんと、けない人々。スマホを構えて寫真を撮り続ける人々。
誰も、そこから逃げようとしない。
怪達も、じっと、彼ら人々を見つめていた。
『ぐ、ち』
ある男と、ムカデの化けの眼があった。
スマホを構えたまま、男はその化けの畫を撮り続け、
『あ』
ムカデの化けがおもむろに、己を見上げたままかない手近な人間を頭から齧った。
ぴゅー、赤いしぶき。首のなくなったは倒れる前に、再びムカデに齧られ、咥えられ、丸呑みにされる。
ぼり、ぼり、ごり。
ムカデが、獲を咀嚼する。
びり、ぼり。その音が鳴り響いて、ぼとり。
ムカデの割と小さな口からこぼれた男だったものの殘骸、それがアスファルトの上に落ちて、転がる。
ああ、ようやく、この時點で人は気付いた。
もう遅すぎる気付き。
この場から逃げねば、死ぬというシンプルな答えに。
『ぎ、ギャァアアアアアアアアア?!!』
『イヤアアアアアアアアアア!!』
パニックは簡単に伝染する。この時點でようやく人々は理解した。目の前にいる存在が、なんなのか。
怪種、という名の所以を。
『ぎ、チチチチチチチチニチチチチチチ!!』
嗚呼、オオムカデが人の悲鳴に興する。をばし、その顎で人のを捉え、びを堪能しながらそのを食む。
『ギョロロロロロロロ』
嗚呼、オオカエル。
車の中に隠れた獲を見つける。ガラス、それが脆いことに気付き、そのよくびるな舌で窓ガラスを破る。どたん、ばたん。車が大きく跳ねて、それからすぐに靜かになった。
ごくん。カエルが満足げに、車の中から引き摺り出した、何か割と大きなものを丸呑みにしていた。
『ホッホッホッ派オオオオオオオオオオオオオオ!!』
猿、ヒトツメオオザル達は知っている。その二足歩行の生き、ニンゲンのが最もらかくなる瞬間を。
痛めつけ、怯えさせ、苦しめた後に食うの赤いのうまさを。
ああ、人が、2匹の猿に足と腕を引っ張られ、裂かれた。こぼれたを一つ目をぎらつかせた猿達が貪り始める。
『あ、ああ、さん! これやばいよ、あん時と同じ! バベル島のロケん時と同じだよ! 逃げよう、ここから離れよう!!』
『ああ、やばいこれ! レンちゃん! 離れよう! ロケ中止! 中止!』
『え、でも、禮っちは島でも、やり切ったんスよね?』
『禮ちゃんも死にかけたの!! 耳男がいなけりゃみんな死んでたよ! ほら! 撤収、撤……… あ……』
『ジロロ』
カメラに映る、真っ黒な、大きな前歯。
人のサイズと同じ大きさの、ネズミ。
それがカメラを埋め盡くしてーー
『『あ』』
………
……
…
ガタン。
モニターの映像が途切れる。青い背景に切り替わり、もうしばらくお待ちくださいとのテロップが虛しく流れ始めた。
國會の中、誰も、何も喋らない。
みな、一様に表を固め、くことすら出來なかった。
あれほどヤジを飛ばしていた野黨議員、皆、目を白黒させ何も映らぬモニターを眺めてーー
【ピンポン、パンポーン ぴんぽんぱんぼおおん!】
【全世界、全人類の皆様へ。現代ダンジョン、バベルの大からのお知らせです】
【突然ですが、本日、先程よりver2.0のメインコンテンツ、"スタンピード"の準備が整いましたので、急遽開催致します】
【いやあ、この前2回も忠告したのに、幻聴とか言われてとても傷つきました。なので、私を幻聴扱いしていた専門家の周りや、および私の忠告を全く聞きれていなかったイギリス、オーストラリア、ハンガリーには特別張り切って、たくさん怪種が這い出るようにしておきました!】
【どうですか? 幻聴ではなかったでしょう? これに、懲りたら人のことを噓つき呼ばわり、幻聴扱いするのはやめてくださいね?】
【また、今回の"スタンピード"をいち早く鎮めた國には特典を用意しています。皆様、張り切って怪狩りに邁進してください。5匹くらい殺せれば深度がⅡくらいにはなるのではないでしょうか?】
【ルールを守ってたのしい現代ダンジョンライフを! バベルの大からのお知らせ、でした】
今度こそ。
國會には重たい沈黙が募る、誰しもがその顔を真っ青に染める。
今度こそ、理解させられてしまった。
1回目なら誤魔化せた、これまで続いてきた平和、例え現代ダンジョンというものが存在していても、それは遠い僻地の話。
その正常バイアスにより、"幻聴"ということで自分を誤魔化すことも出來た。
だから、誰も真剣には考えていなかった。
ver2.0、スタンピード。
人の世界に向けられたダンジョンの悪意について、政治の舞臺、この國の行先を決める民意により選ばれた彼らはしかし、誰も考えていなかったのだ。
「……さて、國家、喫の使命を果たす時がやって參りました」
この男以外はーー
「ほ、ほんとに、起きた」
「噓でしょ」
與黨の席、閣僚席に座る多賀の腹心達も、目を白黒させている。
得意げに、多賀が彼らをみた。
「ふむ、閣僚諸君、殘念ながら賭けはわたしの勝ちだったようだね」
「あ、あなた、なにを」
「立襟議員、非常に殘念ですが、急事態、國家存亡の危機です。これより閣は60秒後には急の対策會議にります。そして、まだこの中継を見ている國民の皆様へ」
「我々、多賀閣はこの問題を最大48時間以に解決してみせることを約束しましょう。外出を控え、家族や友人と共にいなさい。生き延びるために最善の行を」
「では、議長、誠に申し訳ないが我々はこれで。次の國會はまず、ニホンを生き殘らせてからに致しましょう」
「総理、どうぞ、閣僚の皆様も」
上村や、その部下が用意していたらしい災害時対策用の作業著を多賀や閣僚に配り始める。
「うむ。ご苦労、上沼くん」
ぶかぶかの作業著をはためかせ、多賀がその場を後にしようとした。
「ちょ、ちょっと! 議長! まだ國會は終わっていません! 與黨は、閣はこの國會を軽視しています! 今法案を通さなくてもいいのですか?! 國民はあなたの姿を見てーー」
ぶぶん、がちゃ。
モニターから音がする。
青の復舊モニターが切り替わり、映像が復活した。
皆が、その畫面を見てーー
『大島ァ、カメラを止めるな!!』
男の聲、響く。
揺れる畫面、映像はブレながらもしかし、はっきり彼らが仕事を再開したことを伝える。
『ロケ再開! ひ、ヒヒヒヒ!! もう知らねえ!! 労災下ろせよ、トーキョーTV!! こんと』
『は、はい!! レンさん、本番始めます、3.2.1 ハイ!!』
再び映る短髪カラフル髪のギャル。小のようなくりくりした目にはしかし、覚悟を決めた人間だけが持つ燈が宿る。
『っ、うん、大丈夫ッス、禮ちゃんがやりきったんなら、レンだってやってやるっす…… あ! もう回ってるんスか?! ……ごほん! 中継を継続します! 今、今…… ご覧下さい! 怪種、突如市街に怪種が現れました! 周辺住人の皆様は警察、消防の指示に従い、冷靜な行をお願いします!』
よく通る聲。恐怖に震えながらそれでも、彼もまた己の仕事に向き合う。
『大島!! あそこだ! 映せ! さっき助けてくれた子だ!!! もうあんなとこまで走ってる、うわ、跳んだ?! ニホン刀持ってる子高生だ! 映せ!』
畫面がズームされる。
逃げう人々とは逆方向、怪のいる方へ走る人影。
はためくスカート、揺れる黒いポニーテール。その腰だめに構えられたのは刀。
人を襲う怪、怪が、その人影、が怪を斬り殺してゆく。
『今、人が、人を助けて、……すごい、レンと同じくらいのの子なのに…… って違うっす、違うッス!! ごほん、の子です! の子が、怪と戦っています! さっき、レン達もあの子に助けられました!! 怪と、の子が戦っています! あ、男の子、危ない!!』
母親の手を引きその場から離れようとする小學生のこども。その目の前に猿の化けが立ち塞がる。
驚いたことに、年はびも、逃げもせず、小さな手足を広げてその場に立つ。
母親を庇うように、小さな任俠立ち。
非、怪の、そのを容易に引き裂くであろう腕がこどもに向かって振り下ろされて
それより前に。すんぱらり。
怪が縦から真っ二つ。
どうやって移したかも分からぬ夙き足捌き。制服姿の、ニホン刀を構えたの白刃が青いの中に舞う。
『よ、よかった……』
カラフル髪のギャルがへなへなと腰が抜けたように座り込む。屋上から眺めるだけしかできない彼に出來ることなどそれだけで。
『あ、やべ。大島さん、レンさん、なんか、なんか來る!! コウモリ! コウモリ!』
カメラが、空を。
怪が、よだれを撒き散らし、こちらに向けて飛んでくる。人など容易に連れ去り、空のなかで食い殺しそうな化け。
ああ、らかいを見つけた。腰が抜けて立てない1番味そうなの元に一直線。
『あ、うそ……』
カラフル髪のギャルが、諦めたように笑った。
べっとお。
『びぎ?!ッ』
怪のに向けて放たれたのは、粘。
ねばねばして、びて、広がり、網の形になり、化けのと翼を捉える。
哀れ。粘に囚われた化けがそのまま地面に真っ逆さま、ぐちゃり。潰れる。
『え、い、生きてる……』
『は……? なんだ、蜘蛛の巣……?』
『いや、あれ、納豆……?!』
『……いつも、君、タイミングよすぎっスよ』
レンと名乗るカラフル髪が、へにゃへにゃと笑う。
『オタクくん』
その聲に宿るはとても、とてもーー
『……………………』
カメラが忙しなくく。音もなく、ビルの屋上テラス、その手すりの上にしゃがみ込む人。
ふざけた格好だ。
上下灰のジャージは部屋著そのままで外に出かけたかのよう。
顔は膨れ、ほっぺたもまんまる。赤く膨れている。顔には白が塗られたオカメ面。
にっこり笑う目は福笑いのように張り付いて。
その腕には、ねばり。
納豆が、絡んでいた。
『まじ、か』
『耳男の次は、オカメ? ……納豆? って!? あ!?』
『落ちた?!』
オカメの人が、そのままふわり。落ちていく。當たり前のように數十メートルはある屋上を飛び降りた。
『うわ、著地してる…… ねちょねちょじゃん』
オカメのジャージ姿、納豆男が地面をねばねばにしてらそれをクッションにしたのだろう。ビルから飛び降りたのち、またその男もかけてゆく。
人を救う、化けを粘菌まみれにしながら。
『……ありがと、オタクくん……』
『え、レンさん、何か言いました?』
『いや、なんでもないッス、いや、なんでもないです! ……レンも自分の仕事を……するっス。それより、大島さん、カメラ! カメラ回してください! ご覧ください、の子と、それとオタクーー じゃない!! その、納豆の人です! 戦ってます! 怪から逃げう人々を守って戦ってます! がんばれ、がんばれ!』
カメラが映すのは冗談みたいな景だ。けた地面より這い出る無數の化け。人知を超えた生命、それは當たり前のように人を殺し、時に生きたまま喰らう。
『す、すげえ畫だ…‥ バベル島んときと、同じだ。すげえ』
その化けを狩る存在、ここにあり。
が踴るように、渋谷の街、怪ひしめく死場を駆ける。が踴れば、黒いポニテが揺れる、そのたびにニホン刀が翻り、怪が青いを流して倒れていく。
納豆男が、全てをねばねばにしてゆく。粘菌まみれの怪がきを抑えられ、どんどん無力化されてゆく。
『え、あれ、太が』
畫面が、暗くなる。
空だ。また怪種の襲來か。その場にいたTVスタッフ全員が悲鳴を上げた。
『ひ、ひいいいいい?! ば、化け…… え、人?』
ある男が、悲鳴の中、気付いたらしい。カメラの映像がズームされる。
巨大なカラス。カラスだ。
翼音、はばたきの風ともに、屋上テラスに降りてくる。
人を乗せた巨大なカラスーー
『なんや! 自分ら!! まーだ逃げとらんのかいな!! アホちゃうか?! 死ぬで!!』
『お、の子……?』
ぴょこん。
そのカラスから降りてきたのは2人の人間。
『って、おいおいおい、派手にやっとるなー、貴崎凜。バベル島のアレを生き抜いただけはあるやんけ! おい、桜野! ウチらも始めんで! ガキんちょに負けてられへん!』
くびれた腰、スタイルに自信がないとできないだろうヘソを出した青いケープファッションのおかっぱ黒髪の高校生くらいの。
『痛ッ、先輩、いちいちコミュニケーションに暴力を挾むのはやめてください。それに見た目だけならアンタの方がガキ…… だから婚期が遅れるんですよ』
ボサボサの髪、目には濃いクマの印象の長の高い男。黒いスーツに包まれた長く細い手足が枯れ木のようで。
『やっかましい! ウチのそーゆうバイオレンスな部分やトランジスタな部分もけれてくれるしイカれたナイスな男以外、ウチからお斷りや! 婚期がウチから離れてくと違うでえ! ウチが婚期を遠ざけとんのや!!』
『哀れな…… ウチウチうるさいし、28の癖に見た目はガキだし…… 需要がない……』
『おう、コラ。お前言ってはならんことをペラペラと』
『あ、例の納豆男もいますね。公安に捕まったって話でしたが、やっぱ逃げたんですね』
『あ?! あんのオカメ!!! あれほどこっちに関わんなゆーとるのに!! まーた、しっぱくらわせたらんと分からんのんか!? こーしちゃおられへん! 桜野!! 仕事や! 怪にいっちょぶちかましなら行くで! 納豆に好き勝手やられてたまるかいな!』
『ええ、あんた、それしか脳がないんだからほんと仕事してください』
『あ、そや、上からみて心配でノリで降りてきたけど、コイツらどうする?』
が男に顎で示す。
男は最初、興味なさそうにカメラに目を向け、
『……見たところ、TV関係……ホワっ!?! え?! レレレレレレレンさん?! もしかして、エエエエエエエ"s p"のドラマのレンさん?! ホ、ハワアアアアアア?!』
カラフル髪のギャルを見た瞬間、震えてび始めた。
『え、は、はい、れ、レンはレンッスけど、知ってるんスか?』
首を傾げるカラフル髪。巣から出てきた小のようにひょこりと。
『ピギャア?!! んきゃわいいいいいいい!!! レレレレレレレレレンさんには、話しかけられた?!返事された?! に、認知されてるうう、俺の存在を、認知されてうううう?! 推しに、ほ、ホワああああ?!』
『あー、アカン。桜野がぶっ壊れた。ふうん、アンタらテレビ屋さんかあ。なるほど、野次馬やなくて、プロ意識でここに殘っとるちゅうわけやな…… ええやん、素敵やん、ウチな、そーゆうん嫌いやないで』
『せせせせせんばい!! 俺、いま、やる気と気合いがえいえいむんですううう!! ここは、俺が死守するんで先輩はさっさとそのバカみたいなカラスで暴れてきてください! やくめでしょ!』
『うわ、普段インキャな奴がはしゃぐと、マジでキモいな……』
おかっぱのヘソ出しがスーツ姿の男に向けてしっしっ、と手を振る。
そして、カメラを見つめた。
『まあええわ、テレビ屋さん、これ今、映っとんやな? よっしゃ、よーく撮っといてな。貴重なお寶映像になるで』
『せ、先輩、あんま目立ちすぎんのはどーなんですかね…… んあああ、何で今、サイン用紙ないんだあああ?! んあああああ!?』
『ふん、タヌキのオッちゃんからは特に正隠せとか言われとらんわ。あとアンタ、マジでキモいから近寄らんといて あー、ゴホン、……このテレビ見とる、がきんちょたち、安心しとき。これから怖いこと起きてもな、アンタらにはウチらが著いとる。お父ちゃんとお母ちゃんの言うこと聞いてええ子にしとるんやで』
その顔、聲はとても優しく。
TVスタッフ達の張や恐怖がし、ほぐれるほどに。
『あ、あなた達、一、だれ、なんスか?』
の持つやんごとなき暖かい雰囲気にしほぐされたのか、腰が抜けていたカラフル髪がゆっくり立ち上がる。
『あ? なモン決まっとるやろ、怪ぶち殺してこの國を救うヒーローやがな! 大丈夫や! 今回はこの國にはウチらがおるで! ウチらーー』
? と男が、カメラに背を向ける。屋上の端、混迷の街並みを見下ろせる場所に立つ。
その姿に、テレビスタッフ、カラフル髪のギャルは知らず、をごくりと鳴らしていた。
呑まれていた、その意味不明な頼もしさに。
『ーーウチら、"探索者"がおるんやからな!!』
力強い眼が、振り向き、がんだ。
『桜野ォ!! 気合いれろや! ウチらの仕事、始めんでえ!!」
『へいへい、今回は推しのためにし本気出しますよっと』
が、"小さな笛"を懐から取り出す。
男がスーツの袖から"枝"を取り出す。
それは、怪種と生まれを同じくするもの。
それはバベルの大が孕む、この世の理を超えた力。
選ばれし者の証左。立ち向かう者への福音。
そして、誰かが、誰かへしたモノ。想い、概念、それら何かが形を変えた'"報酬"
『、東征』
『、開花』
に侍る巨大な影。日のを吸い込む黒い艶羽、煌めく金の、3本の雄々しい足の巨大なカラス。
男のスーツに花びらが舞う。この國を象徴するその花の開花に人は春を想う。花びら、無數の桜の散りゆく花びらが男の辺りを揺う。
『かましに行くでエ!! 八咫烏(とりっぴー)!!』
に侍る巨大な影。日のを吸い込む黒い艶羽、煌めく金の、3本の雄々しい足の巨大なカラス。
『推しのアイドルの為、俺のオタ活のため。全てを守れ "夢見草"』
男のスーツに花びらが舞う。この國を象徴するその花の開花に人は春を想う。花びら、無數の桜の散りゆく花びらが男の辺りを揺う。
『桜野! お前はこのテレビ屋さんら守っとき! ウチと貴崎凜が、この區は掃除したる!! まあ、ついでにあの納豆男も頭數にれといてやるわ!』
『了解、先輩、死なんでくださいよ』
『は! 誰に言うてんねん! こちとら指定探索者、この國衛るサキモリやぞ!』
『あ、バカ! その言葉はまだ使ったらダメでしょうが! あの人に言われたのもう忘れたんすか?!』
『は! あのすだれハゲのタヌキのオッちゃんがほんまに言うたらまずいことをウチらに教えるわけないやんけ! ウチが口らすんも、アンタが焦った姿見せるんも、ぜーんぶあのタヌキの手のひらの上や! なあ! せやろ?! どーせ見とるんやろが! タヌキのオッちゃん! よーく見とけよ、アンタが賭けたウチらの力を!! アジヤマなんたらがおらんでも、ウチ1人おったら充分や!』
わちゃわちゃ言いながら、畫面の中で彼たちが化けへ攻勢を始める。
3本足のカラスに乗った、はためく翼、一気にビルを飛び降り、カラスのから放たれる白い炎が蔓延る怪だけを焼き殺す。
桜の花を纏う男、フッと花びらに息を吹きかける。
花びらが街中へとふわり、ふわり。その花弁にしでもれた怪種はみな、きを止め、徐々に、徐々に桜の木へとり果てる。
ニホン刀の子高生、納豆男、カラスに乗った、桜まみれのスーツ男。
イロモノ集団、しかしそれは紛いなく。
ニホンという國の力、そのものの姿だった。
ニッポン対ダンジョン。
この國の至るところで人が死に、化けが食い、そして、探索者がそれを狩り始めていた。
……
…
モニターの中で大暴れし、街に溢れた怪種を狩り始める探索者と、よくわからないおかめ面。
それを國會にいる政治家たちがみな、ポカーンと見つめる。
「ふ、ふふふふ、私はまだ禿げていないよ。さて、立襟議員、狀況が理解できたかな? 我々閣は失禮させてもらうよ。今は、法案よりも優先することがあるのでね」
「……あ、う…… そ、それでも、そんなことでは、國民は納得ーー」
ーーは、はははははははは。
小男のその頼りない小さなのどこから、そんな聲が響いているのだろうか。
國會本會議場のスタンドグラスがビリビリと、揺れた。
「斎藤立襟、納得とは、國民が決めることだ。今日を乗り越え、生き殘った國民が、我々、多賀閣を必要とするかどうかを決めるのだよ、君風が納得するかどうかなど、心底どうでもいい」
冷たい聲だ。
その聲に、大きな聲を持つは何も言い返せない。本當の力持つ聲の前に、ただの大きな聲のなんとけないことか。
「もう一度、言おう。君(・)た(・)ち(・)は(・)敵(・)で(・)は(・)な(・)い(・)、君達程度が、わたしの敵になれるなど、思い上がるなよ、政治屋」
格が違った。
そもそも、この小男と対等なる存在など、この場にはいないのだ。
そう、敵になれる対等な人間は、ここにはいない。
「あ……」
「いいか、よく聞け。政治家は単なる職業ではない。己の生き方そのものだ。國民のご機嫌取りでも、利権を舐める蝿でもない。足を引っ張ることしか能のない者が、あまり、我々を舐めるなよ」
「ひ……」
大きな聲のが、がたんと、席に崩れるように座る。
多賀はそれを冷たい、心底つまらないものを見る目で見下していた。
「それでは、我が國鋭の政治屋達よ、ご機嫌よう。祈っておくよ、君たちが逃げ出さず、"政治家"としての最善を選ぶことをね」
多賀が本會議場を後にする。慌てて閣僚席のメンバーもその後ろをついていく。
広い國會議事堂の歴史、このような退場の歴史など存在しないだろう。
広い廊下を、多賀閣がゆく。邸への道を急ぐ。
「総理、既にここナガタ町付近でも多數の怪種が確認されています。ここは一度邸機能を、タチカワの災害対策予備室に変えてーー」
「ならない。ここだ。我々の仕事はここで行う、邸対策室、及び政府対策本部の場所は変えない。逃げることの出來ない國民を前に、我々がいのいちに逃げ出してどうする」
「承知しました、邸の報集約室での報統制を進めます」
「総理、貴方のご指示通り…… いえ、間違えました。たまたま各地方にて"新型強化外骨格裝備" 運用の演習中だった"自衛軍"のテスト部隊による民間人救出が開始されています
白いスーツの初老の、眼鏡の奧の鋭い目を輝かせ多賀に話しかける。
防衛大臣、式羽薫からの報告、小男が小さく笑う。
「ああ、よろしい。ふむ、島(・)で(・)の(・)実(・)地(・)運(・)用(・)テ(・)ス(・)ト(・)を早めて正解だったね。探索者組合の機兵と渡り合えたのなら、この時點の怪種相手でも対抗はできるわけか」
「ごほん、総理、なんの話でしょうか?」
「おっと、失禮。なんでもないよ、年寄りの妄言だ」
「わかりました、そういうことにしておきます。自衛軍より、"新型強化外骨格裝備"の正式運用の許可の申請が出ております、まだ政治的手続きは完了しておりませんが……」
「出し惜しみはなしだ。全て使おう。全ての責任はわたしが負う。自衛軍には好きにさせなさい」
「承知しました、強化外骨格裝備'"オウカ一式"の使用許可を幕僚長に伝えます」
「ああ、そうしてくれ、式羽くん。そして、自衛軍、陸海空統合による指揮系統の整理、及び、各都市での"怪種"に対する武力行使手続きを急いでくれ」
「戦後初の國における発令ですが、よろしいんですね、総理」
念を押す初老の、その言葉に多賀がおどけながら頷く。
「いいね、我々の名前が教科書に載るぞ。おっと、上村くん、今の発言は議事録には載せないでおくれよ」
「いえ、総理の記録、全て殘すのが私の義務ですので」
隣に侍る、唯一、多賀の隣を歩くことを許されている男が首を橫に振る。
「……上村くんは真面目だなあ、ああ、式羽くん。自衛軍の全軍回線、この前作ってもらった総理大臣専用回線、繋げてもらえるかな」
「はい、総理。すぐに、統合幕僚長より通信回線のけれを指示させます」
「総理、日米安保條約を元に、米軍への援助協力を求めますか?」
房長の言葉に、多賀が首を振る。
「いいや、かの國は既に、我々の知るところの自由と正義の國ではない。2年前に改定した新日米安保の通り、國における他國からの武力攻撃以外の有事に関しては互いに不干渉だ。今回の攻撃は"他國" いや、人類同士の爭いではないしね」
「総理、警察組織、消防組織への現場運用の指示はいかがしますか? 対策マニュアルがなく指示が困難です」
「彼らを舐めるな。現場の判斷に全て任せろ。自ら、警察、消防、人を助ける、その生き方を選んだ勇敢で優秀な私の國民だ。我々政府はその行の後始末、責任だけをとればいい」
「は、そのように伝えます」
「総理、自衛軍へ、総理大臣専用回線が開きました。専用端末のスピーカーも、起させます」
式羽の言葉に、多賀が息を吐いた。
懐の専用端末、あえてトランシーバー型に発注したそれに口を近づけた。
「ああ、もう、繋がってるのかい。……やあ、みんな。すまないね、大変な時に君たちの回線にお邪魔して。総理大臣の多賀だ」
容は考えていなかった。
ただ、伝えねばならなかった。
これより、戦いに赴く彼らへ。伝えずにはいられない。
「狀況はすでに、伝わっていると思う。今回は君たちに苦労をかけるよ。今、この國の民は恐れ慄いている。気付いてしまった、自分のの安全、平和という概念の脆さと無力さを」
「だが私は悲観などしていない。なぜならこの國には、君たち、自衛軍がいるからだ」
偽りない言葉、心から浮き出たそれをを使い、音として、言葉とする。
「徴兵制のないこの國で、それでもなお、顔も知らぬ民の為、牙なき人々の守護としてその職業を、その生き方を選んでくれた君たちが存在している。この平和と呼ばれる國で、それでも戦いに備えることの重要さを、誰に教えられずとも、誰に命令されるわけでもなく、ただ、己の中の聲にのみ従い、選んでくれた君たちがいる」
誇らしかった。己の意思でその道を、國を守る道を選んでくれた若者たちのことが、心から誇らしかった。
「なんと頼もしいことか、なんと、誇らしいことか。自衛軍、君たちこそが寶、君たちこそが護國の象徴、ニホンの剣にして、盾に他ならない、……私は恥じなければならない、そんな君たちに対して出來ることがなく、けない。……誤魔化さず、はっきりと君たちに願おう。いいや、自衛軍、最高指揮として君たちに命令する」
「すまない、今日戦ってくれ。今日、命を賭けてくれ。その想い、その未來、流してきた汗、、涙。その全てを今日のために捧げてほしい」
そんな彼らに、このようなことしか伝えられない己の無能を、多賀は本気で呪う。
「人を守れ、民を守れ、家を守れ、街を守れ、國を護れ。それは君たちにしか出來ない使命、天命、己で選んだこの道の至るべきところこそが、今日なのだ。私は誓う、たとえ今日を乗り越えられず、その命を終えてしまう者がいたとしても、全て連れて行く」
「その誇り、その意思、その歩み、何人たりとも踏み躙らせはしない。だから、だから、諸君」
それでも言葉を。それが多賀の夢には必要なことだった。
「ニホンの為に生きてくれ」
それは祝福、祈りの言葉。
「ニホンの為に戦ってくれ、そして」
それはーー
「ニホンの為に死んでくれーー」
呪いの言葉ーー
通信が終わる。一方的な言葉、しかしそれは多賀の偽らざる本音。
「……あなたは恐ろしい人間です」
上村のその言葉、その予測通り、彼らは知らぬところで、その通信を聞いた自衛軍の兵士たちのほとんどが涙していた。
幕僚長以下、誰しもが無意識に、敬禮し、そのテンション、命を捨てることが出來るテンションになってしまっていた。
男の聲には悪魔が宿る。護國、その使命に宿る悪魔が。
「ああ、わたしは悪魔に近いだろう。彼らだって私の守るべき國民に他ならないのにね。親がいる息子を、娘を、子がいる父を、母を、そんな彼ら、彼らへ伝えることが死んでくれ、だけとは…… ふふ、無能さで人が殺せるのなら、私は何人殺せるのだろうね」
「……自嘲にひたる暇はありません、総理。彼らは彼らにしか出來ないことをやる。あなたはあなたにしかできないことの完遂を、あなたが死地に追いやる彼らへせめて、その命が無駄ではなかったことを証明しなければならない」
「手厳しいなあ、上沼くんたら。ああ、だが、まったくもってその通りだよ」
進むのは、政の頂點たち。
この國を憂い、この國を救う。この國をす、この國を次の世界へつなげる。
そのためだけにその命を繰り返してきた男がいる。
多賀慎二。2689回目のその日がやってきた。ここより先は未だ知らぬ初の盤面。
アレフチームが、全員、バベルの大の深層へ向けて進んだ。
2689回目にして初のパターン。定石はもはやなく。
しかし、彼は知っている、あの恐るべき凡人ソロ探索者の恐怖を。
ダンジョンから溢れる悪意なんぞより、もっと禍々しいあの男の怒りを。
「まあ、今回はキミ、そんなに暴走しないだろうよ。あれだけお膳立てしたんだからね。……ああ、でも、やはり、惜しいな」
を言うならば、あの凡人探索者、あれもしかった。
ワイルドカードとしてこの國を護る一つの備え。あの星すら時に凌駕する男。
劇薬だとしても、この先の世界で生き殘る為に必要な劇薬だ。
まあ、過ぎたことは仕方ない。最善ではないが、最悪でも決してない。それが肝要なのだから。
「さあ、今度こそ、負けないぞ」
その言葉は誰へと繋ぐ言葉か。
上村だけが、その小さな呟きを聞くことが出來た。
もとより、その男の敵(・)となりうる人間は只、1人。
「勝負だ、凡人ソロ探索者(ダンジョンの支配者)、いいや、今回はーー」
「凡人探索者(アレフチーム味山只人)、か」
我が敵、恐ろしき大敵よ。
進め、進め、進んでみせろ。今度こそ、全員で辿り著いてみろ。
私から國を奪い取った君にはその義務があるのだから。
………
……
…
この日を世界は決して忘れない。全世界、84億人の人類のうち、たった1週間でその1割近いの人間が死亡した。
ダンジョンからの侵略、攻略、スタンピード。
人間の世界はすでに、ダンジョンの攻略対象と変わり果てた。
ver2.0の世界が幕を開ける。誰しもがもう、無関係ではいられない。その摂理の中に組み込まれたのだ。
そして、唯一、東洋の國、ニホンのみが、その宣言通り48時間で指定探索者、および自衛軍の活躍、そして犠牲により國から怪種を一掃。
世界に先駆けて、"スタンピード"を攻略したのだった。
【ピンポンパンポーン、けっかはっぴょオオオオオオオオオオオオオオ!!】
ドチャクソにまぜまぜの話で申し訳ないです。
たのしんでいただけたなら幸いです。
長かったEDナンバーもあと3つぐらい。宜しくお願いします。
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【8/10書籍2巻発売】淑女の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう性格悪く生き延びます!
公爵令嬢クリスティナ・リアナック・オフラハーティは、自分が死んだときのことをよく覚えている。 「お姉様のもの、全部欲しいの。だからここで死んでちょうだい?」 そう笑う異母妹のミュリエルに、身に覚えのない罪を著せられ、たったの十八で無念の死を遂げたのだ。 だが、目を覚ますと、そこは三年前の世界。 自分が逆行したことに気付いたクリスティナは、戸惑いと同時に熱い決意を抱く。 「今度こそミュリエルの思い通りにはさせないわ!」 わがままにはわがままで。 策略には策略で。 逆行後は、性格悪く生き延びてやる! ところが。 クリスティナが性格悪く立ち回れば立ち回るほど、婚約者は素直になったとクリスティナをさらに溺愛し、どこかぎこちなかった兄ともいい関係を築けるようになった。 不満を抱くのはミュリエルだけ。 そのミュリエルも、段々と変化が見られーー 公爵令嬢クリスティナの新しい人生は、結構快適な様子です! ※こちらはweb版です。 ※2022年8月10日 雙葉社さんMノベルスfより書籍第2巻発売&コミカライズ1巻同日発売! 書籍のイラストは引き続き月戸先生です! ※カクヨム様にも同時連載してます。 ※がうがうモンスターアプリにてコミカライズ先行掲載!林倉吉先生作畫です!
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