《愚者のフライングダンジョン》2-1 ニート、今日は休む
真夏の夜は暑くて蒸れる。家族みんなが寢靜まった深夜にニートの部屋でエアコンのスイッチが切られた。
電気代の都合もあるが、一番の理由は免疫力の低いニートが冷房病から風邪の癥狀を引き起こすためである。ちなみに両親の寢室では、熱帯夜に限り一晩中エアコンが稼働している。
今夜は熱帯夜。そんな暑い夜にニートの部屋のエアコンだけ止まった。これにはなんの悪意もなく自分で設定したタイマーによるものだ。
冷マットの上で冷タオルケットを使うニートが熱にうなされている。
「ゔー……ゔー……」
草木も眠る丑三つ時にうるさい奴が目を覚ます。
「いでぇー……いでぇーよー」
全の痛みを訴えて高熱の頭を抑えている。あまりの苦痛に耐えかね、一階にある薬を目當てにベッドから起き上がった。明かりをつける気力もなく、壁を伝って階段を降りていく。
「ゔー……やべー……きちぃー」
なんとか転ばずにたどり著き、引き出しを開けたニートはまず溫計を取る。
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薬が先か、溫計が先か。ニートの優先順位を常人と同じに考えてはいけない。
すぐにでも薬を飲むべきときにニートは溫計を優先する。子どもの頃から使い続けている古いデジタル溫計を脇に挾み、真面目にを直させて2分間という長い時間を溫計に拘束された。
「38度5分。なんでや。昨日なんかしたっけ」
昨日はダンジョン初挑戦でモンスターまで討伐している。この癥狀の原因は魔石の摂取だ。消化された魔石がニートのに適合しようとしている。
もうじき効果が現れる。魔石は猛毒だ。もしも適合できなければ、社會から一人分の消費行が減することとなるだろう。
棚から解熱剤、の薬、頭痛薬、胃薬、整腸剤を取り出して、全部口に含めたまま水を注ぎにいく。口の中はもう苦い薬の味でいっぱいになっていて、その味を打ち消すようにお茶で錠剤を流し込んだ。
ニートの応急処置はここで終わらない。マグカップに紅茶のティーパックをれてお湯を注ぐ。紅茶の溫度が下がるまでの間をスクワットして待つ。運以前に高熱による汗でTシャツがびしょ濡れだ。それでも汗を流すことを意識して、汚れたぞうきんを絞るイメージでスクワットを続けた。
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追い討ちをかけるように熱い紅茶をぐいぐい飲み、失った水分を補給しながら更に汗をかく。焼けるように熱い口を冷やすため、新たに冷たいお茶を注いで飲む。
ようやく終わったのか、汗を染み込ませた服をぐと洗濯機に全部ぶち込んで全になった。
そのまま浴室にり、冷たいシャワーをザッと浴びたらすぐに浴室を出る。
濡れた全を軽くタオルで拭き、ドライヤーで全を乾かす。ドライヤーで水気を飛ばすことで皮を病気から守っている。
新しい服に著替えたニートはトイレへ行き、パンパンに膨れた膀胱を張から解放した。
これでニート獨自の応急処置は完了だ。大抵の風邪はこのやり方で退治できる。ニートは二階にある自室へ戻った。
部屋が暑すぎるためエアコンのスイッチをれ、明日が楽しみだとニートは安心した顔で橫になった。
翌朝、ニートの心肺が停止していた。
「にゃー」「にゃー」
貓たちは家族の異常にいち早く気づき、一匹は手を舐め、一匹は顔の上に座った。
父親は朝早くに家を出ており、母親は家事や貓のご飯の換を済ませてから仕事に出かけている。
取り殘されたニートは山よりも靜かに眠る。その死に顔は貓のに埋れて見えない。
これで語は終わり。倉庫の大という大きな謎を現代社會に殘したまま、第一発見者は靜かに舞臺から退場した。
────と幕を閉じかけた次の瞬間。奇跡が起きる。
「ぶっ」
と、貓が屁をこいた。貓がこんな大きな屁をこくのは珍しい。
「ごほっ! ゔえっ! おえっ! が! がすごい!」
起き上がったニートは顔のまわりのを床に落とさないように洗面所へ直行する。
急いで顔を洗い、鏡を見てなにか違和を覚えた。その違和に気づけないまま二階へと戻り、ベッドのそばに置いたままの眼鏡を掛けて違和が強くなる。
「あれ、見えにくい! やべー、レンズ変えないと」
このまま眼鏡をつけていても気分が悪くなると獨り言ち、眼鏡を外して違和に気付いた。
視力が良くなっている。それもかなり。以前は見えなかった時計の針がはっきり見える。
嬉しくなって踴り出したくなった。そんな気分だがニートはこういうときの踴り方を知らない。知らないが踴り出したい気持ちを我慢できず、素人特有の謎の踴りを貓たちの前で披した。
「日頃の行いの賜やな」
ニートは満足するまで踴り切ったあと、眼鏡とスマートフォンと充電と點鼻薬を持って一階に降りた。いつもよりが軽く、倦怠がないことに幸せをじている。そのせいか點鼻薬を差すことも忘れていた。
世界初といってもいい超然な回復を験したというのに、なんの祝杯もなく昨晩録畫したアニメを観ながら朝食を済ませる。普段の生活と変わらない姿を見せるニートだが、日課のエクササイズのために服をいだとき初めて異常に対する驚愕のを見せた。
「うわああああああ! 俺のカラダああああ! うわあああああ! いやああああ」
パンツ一丁になって初めて気づく全の変化。ニートのくせに膨らんでいた筋が萎んでらかくなり、はツルツルで、腳が若い枝のように細々としていた。
全をチェックするために急いで姿見鏡のもとへ走る。鏡に映る顔は若返るどころかイケメンになっていた。形揃いの家系で、唯一ニホンザルっぽい郭をしていたニートが人間のような顔立ちに矯正されていた。
ニートは実際の數値を知りたくなって重計に乗った。すると驚くことに重が変わっていない。見た目は以前より紛れもなくんだのに重が昨日と変わっていない。子高生の平均重とぴったりだ。
失われた筋がどこへ行ってしまったのか考えた。考えながら日課のエクササイズに勤しんだ。そして出した答えは。
「まぁ、別にいっか。きやすいし」
ニートは考えるのをやめた。深く考えるよりも180度開腳ができるようになったことを喜んだ。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」
エクササイズに取り組んでから、ゆうに2時間が経過している。ところがニートの額には一向に汗が見られない。
汗でびしょ濡れになるまでエクササイズを終われない。そんな誓いを立てているのに汗が出ない。
これはが魔石に適合した証拠だ。彼は特殊な魔石を取り込んだことで汗が流れなくなっていた。
それだけではない。いつもの3倍以上の速度で全運をこなせる。脳からの伝達速度、筋の収と弛緩の切り替え速度がはるかに上昇しており、筋組織の構造が細胞レベルで強靭になっていた。
「ああああああ! もういい!」
汗は流れないものの、に熱がこもってきたため深呼吸で熱を放出した。肺活量まで以前より上がっている。喜んだニートは歌を歌い始めた。殘念ながら歌唱力までは長しなかったようで、ところどころ音程が外れている。
「あれのおかげやな。間違いない。ステータスオープン!」
「ステータス! オープン! ステータスウィンドウ! スペック! スキルボード! コンフィグ! ……」
「……ふぅん」
殘念ながら空中に畫面が浮かぶことはなく、脳にメッセージが屆くこともなかった。それでもニートは自の変化を実している。あの大が現代に現れた異世界ダンジョンであることを確信していた。
「魔法! ほあ! 魔法! ほあ!」
手を突き出して何かを出そうとしている。頭の中では酸化反応による現象や水の分子構造など無駄に多い知識の引き出しを開けてイメージを付け加える作業が行われていた。しかし何もないところから何も出ることはなく。全てが空振りに終わった。
しばらく手を前に突き出しては戻す運を繰り返していたが、急に胡座をかいて靜かになった。
坐禪の時間だ。これは不定期で來るため誰にも予想がつかない。彼自にも予想がつかない。坐禪の気分になったら即坐るのだ。
息を吐き切ったら軽く息を吸い、長く吐く。頭の上にやわらかい卵を乗せ、卵の中がドロドロと全に流れ込むイメージで行う。これをの法というらしい。
特に何かが起きるわけではなかったが、暴走していたニートの心は坐禪で落ち著いていた。
「よし、ダンジョン行こう」
今日は休め。タイトル詐欺だ。
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