《愚者のフライングダンジョン》4-1 ニート、ヒルミミズ

スマートフォンを家に置いてきたためニートは現在の時間がわからない。に時間の経過を知らせるヒントは見つからず、どれほど長く眠っていたのか知るがない。

「レイドボスイベントをすっぽかしたかもしれん。削除するつもりだったし別にいいけど」

起きたらすぐに現狀確認を優先すべきだ。ゲームアプリの心配をしている場合か。

ゲジとの戦闘に勝利したニートであったが、偵察アリを逃したまま寢ってしまった。

就寢中にアリが戻って來なかったのは奇跡だ。彼はのんびりしているが、まだ脅威が過ぎ去ったわけではない。

ゲジと戦った現場は死の匂いがする。死骸を求めて腹を減らしたモンスターもやってくるだろう。特にこのダンジョンは水分がなく栄養補給が難しい。ニートも空腹に負けてしまい、二代目ヘッドホタルは襲名後まもなく殉職してしまった。

そんな悪環境なゲジのテリトリーにはもういられない。真っ暗闇でも目指す場所は決まっている。

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「家に〜帰〜ろう〜」

部屋の蛍が死に絶えていても、自分が來た通路の蛍は生きている。だから周囲を見渡せば進むべき道が見えてくるのだ。と、楽観的に考えていた。

「あれー。俺、どこから來たっけー?」

だが思い通りになるほどダンジョンは甘くない。真っ暗闇の先で蛍のは4つの道筋を照らしていた。彼はてっきり行きと戻りの道しか無いと思っていた。

そもそも彼はこのダンジョンの悪魔的構造をまだ知らない。振り返らずひたすら道なりに沿って進んだから當然だ。

このダンジョンにって初めての分かれ道が4択もある。流石の彼も揺を隠せない。

「ああああああああああ! 俺どっから來たああああああ!」

とりあえずしい。そう思った彼は全らせた。以前よりも量が多く、懐中電燈ほどので天井まで照らせる。

「これで見えやすくなった。ん?」

蛍はもういない。の出所(でどころ)はどこだ。自らの腕を見て不思議に思った。

なんと腕そのものがっている。彼は神妙な面持(おもも)ちで発する腕のでっぱりにれた。

「俺のじゃん。これ、俺のじゃん」

薄い皮の下にらかいしこりがある。発する新しいが浮き出ていた。それも全にだ。腹もるし、も、肩も、腕も、腳も、よく見たら背中もる。あっ、間もだ。

しこりをっても痛みはなく、筋と同じようにかせる。

なかでもひときわ輝くのは頭部だ。おでこから頭頂部にかけて月代(さかやき)のように髪のが無くなっていた。前髪を失った代わりにる骨質のコブがある。

「ハゲとるやないか! これ髪長くしたらちょんまげ結えるかな」

彼の恥心は壊れている。もしもダンジョンから出できたらありのままの姿で外に出かけるだろう。髪型にこだわらないのが彼のスタイルだ。なんならボウズ頭の前はスキンヘッドだった。徐々にびてボウズ頭になっただけだ。収がない彼にとって1000円カットすら贅沢なサービス。ニートになってからは整髪をバリカンとカミソリで済ませている。

ともあれこれで蛍に頼らなくて良くなった。視覚面でも防面でもだ。

視覚面では、視野が広くなり紫外線が見えるようになった。しかもしこりがセンサーのようになっていて、目を瞑ってもで照らした空間の報は把握できる。耳に頼らなくてもが屆く範囲は小さな音も詳細に拾ってくれる。

面では、よくびて破れにくく溶けにくい皮に変化した。今の強度ならゲジの顎肢(がくし)を通さない。骨と歯は多元系ダークマターの完により破壊不可能になってしまっていて新陳代謝ができない。彼が死んでも骨と歯は永久に殘り続けるだろう。

攻撃面では、手足の指は7本ずつに増えているし、大化した背骨からびるように短い尾が生えている。

些細を知らないニートがこれらの追加機能を使いこなせるかはまた別の話。とはいえ自がここまで変化してしまったのだ。

「まぁ、便利だしよかろ」

前回までは辛うじて人の形を保っていた。だが今回は大幅に改造されている。その想がたったこれだけだ。

外に出たらコスプレを疑われるレベルで外見が歪になったにもかかわらず、ヒステリックを起こすわけでもなく彼の神は安定している。

これは変化に伴った神の強化ではなく素の彼だ。

ボロボロな著と汚れてしまった下著はここに捨てていく。トイレをした後の拭きにしたからもう著れない。

になってしまったが、部とが発して最低限のマナーは守られた。彼にその気は無いだろうが。

「探索再開の前に食事をしよう」

ゴム手袋を拾ったとき、やっと不便さに気付いたようだ。彼の指は7本だ。ゴム手袋はもうらない。

軽度の潔癖癥の彼だがゴム手袋はもう諦めるしかない。

天然由來の蟲寢(むししんぐ)を崩して長靴を履く。いや、履こうとするがなかなか履けない。

7本になった足の指が引っかかっている。

ニートは靴下をぎ捨てて目視で確認した。

「はえー。28まで數えられるやんか。完全數で縁起も良いしラッキー」

ゴム手袋と違ってサイズに余裕があるため長靴を履けた。し窮屈なようだが。

「よっしゃ、はらへった!」

らせるハゲ怪人が部屋に散らばった蛍の死骸をかき集め、それらの首を包丁で切り落としていく。

猟奇的な彼は蛍の首を嬉しそうに並べた。切斷面から手をれて一つずつ魔石をくり抜いては一口で飲み込んでいく。蛍の脳だらけでもお構いなしだ。

あれだけあった『死骸の山』が『首のない死骸の山』に変わった。もう偵察アリのことを忘れてるんじゃないかというほど長い時間を食事に費やした。

もっとも時計がないため彼が時間の経過を知ることはない。すでに寢る前と合わせて半日も経っている。

ゲジの元テリトリーにて約6時間が経過してもアリ部隊と遭遇しないのは単なるラッキーだ。

アリたちにとってもこのダンジョンは厄介極まりない構造なのだ。偵察アリたちは悪魔的構造にいち早く気づき、數多くのルートにフェロモンを殘したため帰巣本能があれども戻るのが困難な狀態になっていた。

偵察アリは比較的年寄りが行うが、それでも彼たちはまだ生まれたばかりでダンジョンに慣れないまま探索範囲を広めてしまった。そのせいでフェロモンの蒸発時間を把握し切れていなかった。

巨大化とともに嗅覚が弱っていたことも一因にある。巨大だからといって以前と同じ機能が使えるわけではない。大きくなれば制約も増える。

たちもまた、ダンジョンに囚われた存在というわけだ。

その點、ニートは鈍である。アリたちでも考えて一杯のことをやっているのに、彼は道しるべをひとつも殘さずに突き進んできた。ずっと一本道と思い込んでいたから。

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