【戦闘開始】

ニートのターン。飛びかかり攻撃。備中鍬を突き刺しにかかる。ミミズには目が無いからこれは急所に必中かと思いきや。ヒルミミズは避ける素振りを見せて急所を外された。だが備中鍬はきっちり刺さる。

備中鍬を引き抜くと真っ赤なが噴き出した。

霧のようなを浴び、明暗を見分けるヒルミミズの視細胞が一時的に封じられる。

「ぐわああああああ！　目があああああ！」

同じくニートの目にもがった。

両者ともに視覚を封じられたとはいえ、互いが互いの位置を把握していた。

ニートはセンサーで、ヒルミミズは二酸化炭素と溫度と振で。

ヒルミミズのターン。全を丸めて傷口を広げられないようを固めた。ヒルミミズは自の魔石の位置を把握している。魔石のことを今日まで異がある程度にしか気にしていなかった。

しかしるニートにその異を狙われた瞬間、これまでにじたことのない危機を覚えて無意識に避けていた。

ニートのターン。邪魔なウエストポーチを投げ捨てる。

ヒルミミズが防態勢を取る間にもひたすら備中鍬を叩き込み、今できる最大限の膂力(りょりょく)と速度をもって一點を掘り起こしていく。

ヒルミミズが防を解く頃には、それはそれはもう大きなができていた。

ヒルミミズのターン。ニートを遠ざけようと飛び跳ねる。攻撃手段が噛みつきしかないヒルミミズにとって、これは逃避に近い行だ。

だからヒルミミズ自このきが攻撃に働くとは考えてもいなかった。

とにかくがむしゃらに暴れていたらいつのまにか靜かになっていて、いつのまにか地面にニートを埋めていたなんて思いもしなかった。

ヒルミミズは５トン近い重をしている。その重たいを宙に浮かせるほどの筋力がヒルミミズにはある。質量５トンを浮かせられる運エネルギーで高い位置から押しつぶされたら、ニートがどれだけ踏ん張ろうとも地面のほうが先に力負けする。

地面がらかいおかげでニートにかかる力は分散されたものの、その衝撃は人を破壊するのに充分な威力を持っていた。運悪く全重が乗った場合はおよそ３０トンもの力をけたことになる。

並の人間なら即死の衝撃力をけてもなんとか呼吸を止めずにいるニートのターン。不滅の骨格のおかげで人のシルエットは保っている。しかし、ピントを合わせてみれば顔面はぺしゃんこ、皮は裂傷大多數。分厚いゴムの長靴が壊れていた。

それ以上にの狀態は悲慘だった。負傷箇所が挙げられないほど臓がぐちゃぐちゃにされている。

口から片をらしたニートは冗談も言えないにされた。脳みそがシェイクされて出を起こしている。普通ならもう助からない。

だがニートのはヒトではない。彼をそんな姿に変えた魔石が死なないように無理矢理生かす。朝食にした魔石が現在進行形で融合中なのだ。まるで魔石そのものに目的意識があるかのようにニートを利己的に改造していく。

より強く、よりく、より激しく、より甘く、より忠実に。

で何かが作り変えられる音を聴きながらニートは靜かに眠りについた。

ヒルミミズのターン。地面に埋もれたニートを見つけた。ヒルミミズはニートの周辺を漂う二酸化炭素に釣られて首をばし、吸盤狀の口を押しつけて土ごと彼を飲み込んでいく。

に大を空けられて力を消耗したヒルミミズは蠕運(ぜんどううんどう)を維持したまま、とぐろを巻いて消化と再生に集中した。

ニートのターン。しばらくヒルミミズので土にまれ、消化酵素と粘でをボロボロにされた。まだまだ消化に時間がかかりそうだ。

蠕運に押されて食道を転がり、魔石と融合しながら破壊と再生が繰り返される。ニートは眠ることでエネルギーを節約していたが、ついに再生能力が消化酵素に押し負けた。

そして最悪の狀態で目を覚ます。

「ぎゃあああああああ！　いでぇええええ！　あぢいいいいいいああああ！」

いじめで負った深い火傷の上から酒をかけられた時と同じレベルの激痛でニートが涙を流した。笑い聲の幻聴が聴こえてくる。

目を覚ました空間は暗く、窮屈で、らかく、ぬるぬるしていて、生臭い。ニートは瞬時に理解した。寢ている間にヒルミミズに飲み込まれたのだと。

「はやく抜け出さんといかん！」

ニートはヒルミミズの中で消化による破壊と変化による再生を繰り返し、その過程で全のというが無くなっていた。つるっつるだ。古傷も消えている。

再生の間にも魔石との融合は正常に機能したが、目立った変化は見られない。ちょっと変わったところがあるとすれば発の數と量が増えたこと、鋭い歯が増えたこと、目の下に大きな隈のような複眼ができたことくらいだ。

いや、それだけじゃない。丸出しだった間が収納されている。

知覚系の能力ばかりが向上しているようだがニートは助かるのだろうか。ニートのにストックされた魔石は全て融合し終えたから奇跡は起こらない。再生能力だって燃費がかかる。再生したくても胃と腸が空っぽだ。

「腹減ったー。なんかねーかな」

ヒルミミズに食われた奴が飯の心配してる場合か。

「お、あっちにいいのあるんやないかな」

呑気なニートだがこんな狀況でパニックにならないのは優れた才能だ。もしくは融合による脳の改造が影響したのか。以前より神が安定している。

ヒルミミズの蠕運から抜け出したニートは容の移送先へ向かっていった。

地上のミミズと同様にヒルミミズには毒や重金屬に対する強い耐がある。その質のため、口にるものはなんでも食べてしまう。しかし全てが消化されるわけではなく、消化できない質を濃したり糞にするための貯蔵がある。

ニートは再生能力が使えなくなったタイミングで運良く貯蔵に到達していた。

ここには消化されていない質がある。もしかしたら食料となるが中にあるかもしれない。

土に粘が混ざっていて足場は悪いが底は淺くて歩いて行ける。

そうやって探索をはじめるとさっそく泥の上に大量の魔石が落ちていた。

「おお！　あったあった！　団子！」

ニートは軽度の潔癖癥のはず……もうわかった。こいつは潔癖癥なんかじゃない。誰がどう見ても潔癖癥ではない。

彼が軽度の潔癖癥になったのは大學を中退し、うつ病から回復した後だ。長い期間をベッド・風呂・トイレの往復だけで生活してきたニートがふとした瞬間にベッドの下を掃除したのがきっかけだった。

それからベッドだけでなく家中を拭き掃除して、思いの外(ほか)にの回りが汚かったことから健康を気にし始めた。

気になり始めたら気持ちが収まらず、壁や天井、皿やコップ、タンスや棚、機械まわりやパソコン部、果ては貓の耳まで清潔にしていった。

掃除をすれば家族が喜ぶ。しかし、掃除の日が不定期になれば頼まれるようになる。

ニートは人に頼まれるのが大嫌い。掃除は自分のタイミングでしたい。よって掃除をしても人から嫌われる理由を探した。

人に嫌われたら無視される。無視されれば誰も頼まなくなる。そのために期の記憶を改竄(かいざん)してまで自が軽度の潔癖癥という思い込みを作り出したのだ。潔癖癥ならウザがられつつも掃除できる。

彼はいつもそうやって周りに合わせて自己暗示し、新しい仮面を作り、自分らしさを破壊してきた。

ニートはたくさんのを無意味に壊してきたが、それ以上に壊れたのは人との絆と自分自の心の聲だった。

「うまい！　うますぎる！」

ニートはダンジョンに出會ってからというもの自己暗示がしずつ解けてきている。仮面が剝がれてい頃のわんぱくさが戻ってきている。脳震盪になる前のやんちゃ坊主がこの時代に帰ってこようとしている。

退院とともにが奪われ、いじめで失った夢と希。

貓とのれ合いと野菜の栽培だけがニートの孤獨を埋めてきたが、ようやく憧れが見つかったようだ。

だからかもしれない。最近、運が味方してくれている。

行く先々でピンチをチャンスにするヒントが散りばめられていた。

ヒルミミズの消化酵素による分解で変質化した魔石。それを次々と飲み込んでいくニート。

地上のミミズがそうであるようにヒルミミズは魔石とは適合できず、融合もしない代わりに魔石の有害質への完全耐を持つ。

ヒルミミズが生濃した分だけ魔石の有害質は減る。そのおかげでニートの臓が有害質を分解する手間が省けた。

食べても食べても底が見えないほど魔石が貯蔵に溜まったままになっている。

このヒルミミズはニートがダンジョンにる前から沢山のモンスターを喰らってきたようだ。

じゃなきゃここまでの巨を自由にれるはずがない。ファンタジーであろうが多は制約がかかる。その制約を破る手段こそレベルアップによる長だ。

見せられるものなら是非ともヒルミミズのレベルをニートに見せてあげたいところだ。