《星の海で遊ばせて》ためらう風鳥(7)
詩乃の鈍い反応に、柚子は違和を覚えた。照れ隠しとは微妙に違う表と沈黙。
招き貓に手を合わせて、本殿の階段橫にちんまり佇む石の貓像のペア――〈石なで貓〉のつるつるした頭を二人ででる。
貓をなでながら柚子が訊ねた。
「人込み、苦手だった……?」
柚子にそう聞かれて、詩乃は、やっぱり自分は、ダメだなと思った。好きな子を気遣わせてしまっている。自分はなんて稚なのだろう。拗ねて周りの気を引こうとする子供そのものじゃないか。
「いや、大丈夫だよ」
無理やり笑顔を作って、詩乃は答えた。
慣れない作り笑いと、作り聲。
詩乃は〈石なで貓〉から離れてちょっとした空間に移する。柚子は後ろからついて歩いてゆき、詩乃の背中を、軽く両手で叩いた。
「わっ!」
突然背中をられて、詩乃は驚いて振り返った。
「驚いた?」
「な、何?」
急にどうしたのかと、詩乃は揺する。られた背中が妙に熱い。
「水上君の背中、広いなぁと思って」
Advertisement
「広い?」
「うん」
はぁあっと、詩乃はため息をつく。詩乃は、自分が華奢な格をしているのをよく自覚していた。背は低くないが、運部に比べれば、のどのパーツも、細くて小さい。
「初めて言われたよ」
「ホント? 広いよ、ちょっと負んぶしてもらいたいもん」
思わず、詩乃は頬を緩めた。
「潰れちゃうよ」
「ちょっ! 水上君、それ失禮だよ!?」
「あ、いや、そうじゃなくて……力弱いから」
「ううん、いいの、実際私、重いから……」
「そうは見えないけど……」
柚子の形は、出るところはしっかりらしいが、手足も長く、腰も細い。マイケルジャクソンの男裝がバッチリ決まるくらいだ。仮に重が多あったとしても、それが一何だというのだろうか。
「いやいや、持ったら吃驚するよ。持ってみる?」
「そんな、みたいに」
詩乃が言うと、柚子は笑った。この、なんでもないやり取りが、柚子には楽しくて仕方が無かった。しかしふとした瞬間、詩乃の言葉や瞳が冷たくなるので、會話がはずめば弾むほど、冷たさから離れれば離れるほど、その冷たさの正がわからないことへの不安が増していく。このまま、何でもない會話を続けることもできるけど、でも、それは嫌だなと柚子は思った。
Advertisement
「本當は今日、水上君、來てくれないと思ってたんだよ?」
柚子は、詩乃にそう言った。
「え?」
思わず詩乃は聞き返した。
柚子は詩乃の目を見つめる。
「育祭の後、水上君、私の事避けてたでしょ……?」
詩乃は息を呑んだ。
確かにそうだったが、まさかそのことを、柚子から指摘されるとは思っていなかった。自分の行なんて、いちいち新見さんが気にしているわけがない、そう思っていた。
詩乃は、素直に認めるのも、噓をつくのも、どちらもしたくなかった。いっそ、この心も全部さらけ出してしまおうかな、とも思った。しかしそれは、詩乃にはしたくない賭けだった。
柚子に自分の「好き」を知られること。自分が柚子のことを「好き」と認めること。それは、今となってはそこまで苦痛ではない。振られることさえ、詩乃にとっては大きな問題ではなかった。
両思いだなんて、到底思っていない。この関係も蓋を開ければきっと、中にっているのは優しさや同で、新見さんの心は見つからないだろう。そのことはもう、けれている。
それならいっそ、蓋は開けないままにしておきたい。新見さんはしいままで、この思い出の中にとどめておきたい――詩乃はそう思っていた。自分をその気にさせて楽しんで遊んでいるようなの子とは、思いたくない。実際はそうなのかもしれないが、せめてもの救いがしいのだ。
詩乃は答えが見つからず、黙ってしまった。
それに対して柚子は、恨み言の一つくらいは言わせてよと思った。
そして、言い訳もさせてほしかった。
男の子と踴っていた。それを見た水上君に嫌な思いをさせてしまった。紗枝ちゃんは水上君が悪いと言うけれど、どっちが悪いとか良いとか、そんなことは関係ない。嫌な思いをしたことを、ちょっとくらい水上君も、私に言ってほしい。私にしは気持ちがあるなら、皮の一つでも伝えてほしい。
「――あの時は、たくさん短編が書けたよ」
苦し紛れに、詩乃が言った。気づかせるつもりのない詩乃なりの皮だった。
はぐらかされたと思って、柚子は俯いた。
「ちょうど短編の懸賞があって、一つ、出してみようかと、思ってる」
「……」
柚子は、どう反応して良いかわからなかった。
水上君は、何を思って私に話をするのだろうか。小説も大事だけど……水上君にとっては確かに、小説はすごく大事なことなのかもしれないけど、そこに、ちょっとは私の場所があるのだろうか。それとも、全く無いのだろうか。
――新見さんには、どうでも良い事だったかな。
詩乃は苦笑した。自分の短編に、文章に、興味を持ってくれていると、やっぱりまだし期待していたのだと自覚して、それがどうしょうもなく哀れに思えた。もう、つまらない期待はやめにしようと、詩乃は顔に笑顔を張り付けた。
「育祭の後は、小説に集中してたんだ。だからちょっと、他人と距離を置きたかった。ごめんね」
詩乃の聲に、柚子ははっとして顔を上げた。
詩乃が、遠くに行ってしまったようにじた。柚子は、詩乃の笑顔がすぐに、作りものだとわかった。優しい、穏やかな聲も作り。そんなのは、んでいないのに。
柚子は、どうしょうもなくなって、詩乃のポロシャツの袖を摘まんだ。
れば、伝わるような気がした。
詩乃は笑って答えた。
「手、繋ぐ?」
やりたいのは、人ごっこなんだろう?
それくらいなら、付き合うよ。
こんな自分で良ければ。
新見さんの暇つぶしの相手くらいしかできないけど。
詩乃は柚子の手を握った。
小さい手、白い指、やわらかくて、しっとりした。
ひんやり冷たい。
「……」
柚子はじっと、詩乃を見つめた。
返ってくるのは、穏やかな笑顔。
「花火、ここから見えるかな?」
詩乃は、柚子に訊ねた。柚子は、握られている手を、ぎゅっと握り返した。
「見えると思う。ここで見る?」
「そうだね」
――なんでそんな笑顔なの。
やめて、と柚子は思った。こんなに近くにいて、手まで繋いでいるのに、どうしてこんなに遠いのだろう。私の溫も、視線の意味も、水上君には伝わっていない。それだけはわかる。
「私、水上君の事、好きなんだよ?」
柚子は、思わず口にしてしまった。
今告白する気なんてなかった。でも、水上君を遠くにじるのは、耐えられない。
「好き?」
詩乃は一瞬驚いたが、すぐに柚子に笑顔を取り戻して、言った。
「うん、自分も、新見さんは優しい人だと思ってるよ」
何それ、と柚子は思った。
――私今、振られたの? いやでも……。
柚子は、詩乃の言葉をどうけ取ったら良いかわからず、ただ詩乃を見つめるしかなかった。詩乃の目には、告白をけれるような優しさも、拒絶するような冷たさもない。どちらでもない、生暖かい壁のようなものが詩乃の目の奧にはあって、それのせいで、柚子は詩乃のが全く読み取れなかった。ただ一つ、私の「好き」は、水上君にはちゃんと伝わっていない、それだけははっきりわかった。
ちょうどそこへ、川野とその友人たちがやってきた。川野は、ダンスの発表の後、柚子をって花火を見ようと思っていたのだ。二人というのは抵抗があるが、友達との幾人かのグループなら、柚子もいに乗りやすいだろうと川野は思っていた。男が三人、が二人。これなら変に警戒されることもない。
「おー、柚子じゃん」
偶然を裝って、川野は柚子に話しかける。
柚子は驚いて、思わず詩乃と繋いでいた手を離してしまった。
あっ――と、柚子は思ったが、話しかけられているので、詩乃の顔を見ることはできない。
「ここで見んの、花火?」
「う、うん、そうしようかなって、思ってたんだけど……」
「一緒に見ようぜ」
「え……」
柚子は、ちらりと詩乃の顔を覗いた。
詩乃は、柚子の視線をじながら、軽蔑したような眼差しを川野に向けていた。柚子に手を振り払われたことはショックだったが、わかっていたことでもある。今はそれ以上に、川野の無禮な振舞いへの怒りの方が大きかった。突然來て、連れを無視して勝手に話を進めるなんてのは、喧嘩を売っているにも等しいと詩乃は思った。
「新見さんは、自分とここに來てるんだけど」
詩乃が言うと、初めてその存在に気付いたという素振りで、川野が詩乃に視線を向けた。川野は、こいつには負ける気がしないと思った。見た目もぱっとしないし、背は俺と同じくらいだが、腕も細いし、周りの筋なんかは無いに等しい。そして決定的なのは、柚子を「新見さん」なんて呼んでいることだ。二人で歩き出した時はビビったけど、こいつが柚子の彼氏なんて、やっぱりありえなかった。どういう関係かは知らないが、こいつは、俺の敵じゃない。
川野のその侮りは、その態度に骨に表れていた。
「え、誰? 柚子の彼氏さん?」
「彼氏じゃないけど、一緒に來てるのは自分だよ」
「あー、そうなんだ。良いっしょ、一緒に見ようぜ」
「なんで――」
言いかけて、詩乃は言葉を止めた。
詩乃は、こんな無禮な奴と一緒に花火を見るなんて真っ平だった。折角の花火が臺無しになってしまう。でもそれは自分ので、新見さんのではない。
「な、柚子、見ようぜ一緒に」
【書籍化&コミカライズ】関係改善をあきらめて距離をおいたら、塩対応だった婚約者が絡んでくるようになりました
【6月10日に書籍3巻発売!】 「ビアトリスは実家の力で強引に俺の婚約者におさまったんだ。俺は最初から不本意だった」 王太子アーネストがそう吹聴しているのを知ってしまい、公爵令嬢ビアトリスは彼との関係改善をあきらめて、距離を置くことを決意する。「そういえば私は今までアーネスト様にかまけてばかりで、他の方々とあまり交流してこなかったわね。もったいないことをしたものだわ」。気持ちを切り替え、美貌の辺境伯令息や気のいい友人たちと學院生活を楽しむようになるビアトリス。ところが今まで塩対応だったアーネストの方が、なぜか積極的にビアトリスに絡んでくるようになり――?!
8 64【書籍化+コミカライズ】悪虐聖女ですが、愛する旦那さまのお役に立ちたいです。(とはいえ、嫌われているのですが)※完結済み
★書籍化&コミカライズします★ 目が覚めると、記憶がありませんでした。 どうやら私は『稀代の聖女』で、かなりの力があったものの、いまは封じられている様子。ですが、そんなことはどうでもよく……。 「……私の旦那さま、格好良すぎるのでは……!?」 一目惚れしてしまった旦那さまが素晴らしすぎて、他の全てが些事なのです!! とはいえ記憶を失くす前の私は、最強聖女の力を悪用し、殘虐なことをして來た悪人の様子。 天才魔術師オズヴァルトさまは、『私を唯一殺せる』お目付け役として、仕方なく結婚して下さったんだとか。 聖女としての神力は使えなくなり、周りは私を憎む人ばかり。何より、新婚の旦那さまには嫌われていますが……。 (悪妻上等。記憶を失くしてしまったことは、隠し通すといたしましょう) 悪逆聖女だった自分の悪行の償いとして、少しでも愛しの旦那さまのお役に立ちたいと思います。 「オズヴァルトさまのお役に立てたら、私とデートして下さいますか!?」 「ふん。本當に出來るものならば、手を繋いでデートでもなんでもしてやる。…………分かったから離れろ、抱きつくな!!」 ……でも、封じられたはずの神力が、なぜか使えてしまう気がするのですが……? ★『推し(夫)が生きてるだけで空気が美味しいワンコ系殘念聖女』と、『悪女の妻に塩対応だが、いつのまにか不可抗力で絆される天才魔術師な夫』の、想いが強すぎる新婚ラブコメです。
8 96【電子書籍化へ動き中】辺境の魔城に嫁いだ虐げられ令嬢が、冷徹と噂の暗黒騎士に溺愛されて幸せになるまで。
代々聖女を生み出してきた公爵家の次女に生まれたアリエスはほとんどの魔法を使えず、その才能の無さから姉ヴェイラからは馬鹿にされ、両親に冷たい仕打ちを受けていた。 ある日、姉ヴェイラが聖女として第一王子に嫁いだことで権力を握った。ヴェイラは邪魔になったアリエスを辺境にある「魔城」と呼ばれる場所へと嫁がせるように仕向ける。アリエスは冷徹と噂の暗黒騎士と呼ばれるイウヴァルトと婚約することとなる。 イウヴァルトは最初アリエスに興味を持たなかったが、アリエスは唯一使えた回復魔法や実家で培っていた料理の腕前で兵士たちを労り、使用人がいない中家事などもこなしていった。彼女の獻身的な姿にイウヴァルトは心を許し、荒んでいた精神を癒さしていく。 さらにはアリエスの力が解放され、イウヴァルトにかかっていた呪いを解くことに成功する。彼はすっかりアリエスを溺愛するようになった。「呪いを受けた俺を受け入れてくれたのは、アリエス、お前だけだ。お前をずっと守っていこう」 一方聖女となったヴェイラだったが、彼女の我儘な態度などにだんだんと第一王子からの寵愛を失っていくこととなり……。 これは、世界に嫌われた美形騎士と虐げられた令嬢が幸せをつかんでいく話。 ※アルファポリス様でも投稿しております。 ※2022年9月8日 完結 ※日間ランキング42位ありがとうございます! 皆様のおかげです! ※電子書籍化へ動き出しました!
8 86妹と兄、ぷらすあるふぁ
目の前には白と黒のしましま。空の方に頭をあげると赤い背景に“立ち止まっている”人が描かれた機械があります。 あたしは今お兄ちゃんと信號待ちです。 「ねぇ、あーにぃ」 ふと気になることがあってお兄ちゃんに尋ねます。お兄ちゃんは少し面倒臭そうに眠たそうな顔を此方に向け 「ん? どうした妹よ」 と、あたしに話しかけます。 「どうして車がきてないのに、赤信號だと止まらないといけないの?」 先ほどから車が通らないしましまを見ながらあたしは頭を捻ります。 「世間體の為だな」 お兄ちゃんは迷わずそう答えました。 「じゃああーにぃ、誰もみていなかったらわたっていいの?」 あたしはもう一度お兄ちゃんに問いかけます。お兄ちゃんは右手を顎の下にもって行って考えます。 「何故赤信號で止まらないといけないのか、ただ誰かのつくったルールに縛られているだけじゃないか、しっかり考えた上で渡っていいと思えばわたればいい」 ……お兄ちゃんは偶に難しい事を言います。そうしている間に信號が青に変わりました。歩き出そうとするお兄ちゃんを引き止めて尋ねます。 「青信號で止まったりはしないの?」 「しないな」 お兄ちゃんは直ぐに答えてくれました。 「どうして?」 「偉い人が青信號の時は渡っていいって言ってたからな」 「そっかー」 いつの間にか信號は赤に戻っていました。 こんな感じのショートストーリー集。 冬童話2013に出していたものをそのまま流用してます。 2016年3月14日 完結 自身Facebookにも投稿します。が、恐らく向こうは二年遅れとかになります。 ストリエさんでも投稿してみます。
8 197【書籍化】碧玉の男裝香療師は、ふしぎな癒やし術で宮廷醫官になりました。(web版)
【カドカワBOOKS様より2022.11.10発売】 ※毎週、火、金更新 ▼書籍版は、登場人物やストーリーが増え、また時系列にも多少の差異があります。 どちらを読んでも楽しめるかと思いますが、二章以降は、書籍版のストーリーを踏襲したものになりますので、ご注意くださいませ。 下民の少女「月英」には秘密があった。秘密がバレたら粛正されてしまう。 だから彼女はひっそりと邑の片隅で、生きるために男裝をして姿を偽り、目立たぬように暮らしていた。 しかし、彼女の持つ「特別な術」に興味を持った皇太子に、無理矢理宮廷醫官に任じられてしまう! 自分以外全て男の中で、月英は姿も秘密も隠しながら任官された「三ヶ月」を生き抜く。 下民だからと侮られ、醫術の仕えない醫官としてのけ者にされ、それでも彼女の頑張りは少しずつ周囲を巻き込んで変えていく。 しかし、やっと居場所が出來たと思ったのも束の間――皇太子に秘密がバレてしまい!? あまつさえ、女だと気付かれる始末。 しかし色戀細胞死滅主人公は手強い。 皇太子のアピールも虛しく、主人公は今日も自分の野望の為に、不思議な術で周囲を巻き込む。
8 165Skill・Chain Online 《スキル・チェイン オンライン》
Skill Chain Online(スキルチェイン・オンライン)『世界初のVRMMORPG遂に登場』 2123年、FD(フルダイブ)を可能にするVRギアが開発されてからニ年。 物語の様な世界に期待し、いつか來ると思い続けてきた日本のゲーマー達は、そのニュースを見た瞬間に震撼した。 主人公・テルもその一人だった。 さらにそこから、ゲリラで開催された僅か千人であるβテストの募集を、瞬殺されながらもなんとかその資格を勝ち取ったテルは、早速テスターとしてゲームに參加し、すぐにその魅力にはまってしまう。 體験したSCOの世界はあまりにも、今までの『殘念ソフト』と言われていたVRゲームと比べて、全てにおいて一線を害していたのだ。 來る日も來る日もβテスターとしてSCOの世界にログインする。 SCOの正式オープンを向かえていよいよゲームが始まるその日。SCO専用の付屬部品を頭のVRギアに取り付けて仮想世界へとログインした。 ログインしてすぐ、始まりの街で言い渡されるデスゲーム開始の合図。 SCOを購入する際についてきた付屬部品は解除不可能の小型爆弾だったのだ。 『ルールは簡単! このゲームをクリアすること!』 初回販売を手に入れた、主人公を含む約千人のβテスターと約九千人の非βテスター約一萬人のゲーマー達は、その日、デスゲームに囚われたのだった。
8 51