《星の海で遊ばせて》寄り添う二羽(2)
「金曜日、來たんだよ。新見さんと話してたら。花火の時も、途中から來て。あの元カレは新見さんにやたら絡んでたけど……多田さん、何か知らない?」
紗枝は顔を手で覆った。
柚子と水上の仲に、復縁を迫る川野が割り込んできた。水上は草食だから、食の川野から逃げ出してしまう。そうして柚子は、おろおろしている。紗枝には、その絵が見えるようだった。さっきは私の早とちりかも、と思ったが、やっぱり私の勘は正しかった。柚子が日曜日から――もしかすると土曜日から、調を崩しているのは、やっぱりここに原因がある。
「あいつ、私の同窓なのよ、中學の」
「へぇ……。新見さんは、まだ好きなのかな?」
「無い」
紗枝は、はっきりと否定しておく。
「新見さん、困ってるように見えたんだけど、どうなんだろう」
「水上の見た通りだと思うよ……困ってるんだよ……」
「でも、花火の時、斷らなかったんだよね、川野君のい。だから、それくらいには好きなのかとも思うんだけど」
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紗枝は、ぱちぱちと自分の頬を叩いた。これは、水上にはどういう風に説明したものかと悩んでしまうのだった。紗枝の頭の中では、問題は今の會話の報だけで解決していた。川野のアプローチを平和主義者の柚子は斷り切れず、その斷れないというのを見た水上は、柚子がまだ川野に気があるのではないかと疑っている。そんな所だろう。水上のことだから、そのことを何か、ストレートな言葉か態度で柚子にぶつけて、柚子はそれを真にけてしまったに違いない。
「まぁ……いいや。自分が気にしてもしょうがないね。忘れて」
「待った!」
「え?」
「たぶんね、柚子、今いろいろ、落ち込んでると思うんだよね」
「う、うん?」
「水上さ、ちょっと、めてあげたら? 株、あがるかもよ?」
詩乃は、吐いた息に微かな笑い聲を乗せて言った。
「上がっても東証二部止まりだよ」
「そんなことないから!」
紗枝は力強くそう言った。柚子の水上に対するは、もう、間違いなくだ。それも、かなり致命的な。お泊りの約束をドタキャンだとか、嫌われたと思い込んで學校を休むだとか、人前でぽろぽろ涙を流すなんて、どれも、普通の狀態の柚子だったら、まずありえない反応だ。どれもこれも、水上のせいだ。それなのにこの男ときたら、柚子の気も知らないで、今日もいつも通り部室で引き籠って。
考えると、イライラしてくる紗枝だった。
「水上――」
「何?」
「柚子のこと、守ってあげてよ」
「え?」
「嫌なこと嫌って言えないこと、柚子には多いと思うんだ。川野のこととか。今日の、風邪のこととか」
「今日の風邪は、普通に風邪なんじゃないの?」
わからないけど、と紗枝は前置きしてから答えた。
「風邪は風邪かもしれないけど……水上が一言心配してあげたら、喜ぶと思うんだ」
ぴくりと、詩乃の鼻がいた。
「喜ぶかな? あの、新見さんが」
「柚子を何だと思ってるの……」
何だと思っているのか、紗枝の素樸な質問は、詩乃を深く考えさせた。
この間、新見さんには、思っていることをそのまま伝えた。花火の時のことも、許せない気持ちはまだ心の中に燻っている。裏切られたような気分だった。自覚なくそういうことをするのがまた、憎らしい。だけどそういう風に思うのは、やっぱり新見さんのことが、好きだからだ。だったらもう、新見さんがちょっとでも喜ぶのなら、できることはしよう。きっとまた、自分の一方的すぎる好意なのだろうけど、別に良い。弱っている新見さんを元気づけられるなら、それでいいじゃないか。
「――わかった」
詩乃は覚悟を決めてそう言うと、立ち上がった。
「え、何、どうしたの?」
「多田さん、新見さんの家の住所、教えて」
「え? どうするの?」
「今からお見舞い行ってくる」
「えええ!」
急にどうしたよと、紗枝は驚きつつも、スマホを取り出して、柚子の住所を確認する。そうしてそれをそのまま、詩乃に伝える。詩乃は住所をスマホのメモ帳に力し、それから、地図検索サイトで道のりを調べる。
詩乃は決意を固めた。
――自転車でおよそ三十分。
時計を見る。
午後四時。
途中どこかでお見舞いの品――風邪だから、ゼリーか何かを買って行こう。そうすると、今から行って、著くのは五時ごろだろうか。迷ったとしても、五時半までに行けるだろう。それ以上遅くなると、きっと、夕食の準備もあるだろうから、家にも迷がかかるかもしれない。風邪をひいている新見さんと話すつもりはない。でも、お見舞いのゼリーだけだとそれはそれで意味がわからない。手紙か何かをお見舞いと一緒に渡したいところだ。
しかし、時間が無い。
手紙を書くとなると、やっぱり、三十分はしい。そんな猶予はなさそうだ。
となると――。
詩乃はその時、良いことを思いついた。
テーブルに紙を一枚置いて、ペン立てから筆ペンを取る。百人一首から、秋の歌を一つ綴る。こういう時に、短歌は便利だなと詩乃は思った。長々と文章を書くよりも、こういう時はむしろ、こっちのほうが良い。
「な、何してる、の……」
詩乃の思考が全く読めない紗枝は、突然き出した詩乃に翻弄されていた。
「じゃあ、行ってくるから」
詩乃はそう言うと、部室に紗枝を殘して出ていった。紗枝はパイプ椅子に座ったまま、しばらく茫然としていた。まるで嵐のようだなと、紗枝は思った。ちょうど、紗枝のスマホに、嵐が近づいているという通知がったところだった。
こんなこと、初めてだった。
柚子は、こんなに苦しい思いをこれまでしたことが無かった。中學の時、友達のを壊してしまった時の苦しさとは、全然違う種類のの痛みだ。あの時は、裏切り者と言われて、私の前からその友人たちは離れていった。今回は、水上君が離れていった。
だけど、詩乃が離れていくのはどうしても嫌だった。
もう、何でもあげるから、水上君に戻ってきてほしいと柚子は思った。誤解された関係ではなく、あの、林間學校の時のような、あの森で、二人で並んで食パンとカレーを食べた時のような、周りの事の一切が関係ないと思えるような、あの距離に戻りたい。
でも私はもう、水上君に嫌われてしまった。
拒絶されてしまった。
本當に、どうして……。
とにかく悲しい思いだけが募って、いつのまにか連休が終わっていた。微熱が続き、も重い。でも今日は學校がある。柚子は、重いを起こして、學校に行く準備を整えていた。しかし、家を出る直前、詩乃と顔を合わせることを想像すると、とたんに、から力が抜けた。
水上君には會いたい。でも、水上君から、あの冷たい眼差しや、のない目線、そして、心を隠すあの笑顔を向けられてしまったら……。そう思うと、とても怖くて、學校になんて行けない。
柚子は自室に引き返して、紗枝にラインを返すと、ベッドに倒れ込んだ。
こんなことで學校を休むなんて、私はなんてけないのだろうと、自分の弱さに涙が出てくる。お父さんもお母さんも、家族は皆、無理にでも行け、とは言わない。そのことがまた、柚子には辛かった。私はこんなに甘やかされている。でも紗枝ちゃんはどうだろうか。それに、水上君は――そうだ、水上君は一人暮らしをしている。甘やかしてくれる人は、きっと誰もいないんだ。それに比べて私は……。
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