《星の海で遊ばせて》殿會議(1)

文化祭前最後の一週間は、あっという間に過ぎていった。

文化祭前々日から泊まり込みで作業する生徒が出てきて、文化祭前日の夜は多くの生徒が學校に泊まり、校舎は野戦病院のようになる。

そしてついに、文化祭一日目の朝が來た。

文化祭に參加する団は、一つの団ごとにテルテル坊主を一つ作って正門に吊るすのが習わしだが、その大量のテルテル坊主の力あってか、今年も一日目は秋らしい晴天だった。

十時、開演セレモニーが正門前で行われる。吹奏楽部、コーラス部、管弦楽部、チアダンス部、ダンス部が、文化祭アレンジヴァージョンの校歌を演奏し、歌い、踴る。開演セレモニーと同時に、一般客が一気にやってくる。茶ノ原高校の文化祭は、毎年開演待ちの列ができるほどの盛況を見せる。

開演セレモニーの後、柚子はグランドで行われる、軽音楽部とのコラボステージへと移する。バンドのバックダンサーとして二曲を踴り、そのあとは育館で行われる社ダンス部の発表を観に行く。育館の真ん中に、テープで區切られた円形ステージで、三組が踴る。全日本や全國と名の付く大會で賞を果たす社ダンス部は、茶ノ原高校の目玉部活の一つである。締め切られた暗い空間に、スポットライトのを浴びて、の赤いドレス、青いドレス、黒いドレスが映える。演奏も、ピアノ部と管弦楽部のヴァイオリンによる生演奏である。社ダンス部、管弦楽部、ピアノ部はいづれもほとんどが一蕓學の生徒のみで構されていて、このステージの生徒はいわば、茶ノ原高校の鋭部隊である。

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ダンス部の発表の後は、柚子はそのまま、ステージの舞臺袖に走る。次は、ファッション部によるファッションショーが行われる。ラグビー部と道部が、社ダンス部のステージをどけて、ファッションショーのためのランウェイを作る。その間に、柚子は舞臺袖で、ファッション部の作った裝をにつけさせてもらう。ショーの裝はファッション部が作るが、それを著てランウェイを歩く生徒は、ファッション部が毎年スカウトすることになっている。柚子は、実は去年も選ばれていた。

「やっぱり柚子、選ばれたんだぁ」

「わぁ、新見さんかわいい」

そんな會話が、舞臺袖で飛びう。柚子はあまり、この空気が好きではなかった。ファッションショーに出るのは、男子五人、子十人。子生徒は、中には本當に、読者モデルやアイドルをやっている子もいる。笑顔の會話の裏で飛び散る火花を、柚子は敏じ取ってしまう。ファッション部の部員は、そんなことはお構いなしで、裝とメイクにだけ集中している。胃が痛くなるような舞臺袖での準備時間は十五分程で、ついに放送部のMCが、ファッションショー開演を告げる。

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柚子が著るのは、時計をモチーフにしたドレスである。左右非対稱で立的な造形。ドレスなのに、兵隊のジャケットのような金ボタンがあり、ドレスの裾の下には、ぴっちりしたスキニーのようなズボンを穿かされている。ちなみに去年は、「火星人のお姫様」というテーマの和服だった。

クールな洋楽が流れ始める。柚子の出番は四番目。

ステージからびたランウェイは長く、往復四十メートルほどある。一人ひとり、たっぷり時間を使って見せる、というのがこのファッションショーの伝統である。生徒にも人気の高い発表で、あらゆる場所から、カメラのフラッシュがる。柚子が舞臺袖からステージに上がると、悲鳴のような歓聲が上がった。ステージの正面からランウェイに降り、歩く。

柚子から見ると育館は、ライトアップされたランウェイのみが照らされて、その両側や奧の見客たちは、全く見えない。歩いて、たまにポーズを取る。ファッション部の作った面白い裝を著て歩くのは、柚子は嫌いではなかった。人から見られるのも、張はするが、慣れている。もともと人前に出ることは嫌いじゃない。「見られたい」とか「自分を見てほしい」という気持ちよりも、「驚かせたい」という思いが強いので、このファッション部のアヴァンギャルドな裝は、そんな柚子の気持ちをたっぷり満たしていた。

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カシャ、カシャっと、シャッター音が鳴りやまない。

ランウェイを往復し、舞臺袖に戻ってきた柚子は、裝をがせてもらいながら、詩乃のことを考えた。今頃は、クラスおそろいのたこ焼き鉢巻きに法被を著てたこ焼きをひっくり返しているのだろうか。でも実は、ちょっとだけ抜け出して、ランウェイのどこか、見客に紛れてはいなかっただろうか。――そうならいいのにな、と柚子は思うのだった。

〈時計ドレス〉から著替えた柚子は、舞臺袖の出り口から育館を出て、今度はSL棟一階、保健室の隣の空き部屋に向かった。中庭にも小さなステージができていて、十一時からマジック部、コーラス部、ダンス部、吹奏楽部と、三十分刻みでステージが進行する。保健室隣の空き教室は、十四時まで、中庭ステージのための子更室になっている。柚子は、コーラス部の歌聲に急かされるようにして、へそ出しルックのストリートダンス用裝に著替える。

コーラス部の発表が終わると、放送部によるMCを挾んでダンス部の発表になる。全學年ごちゃまぜの四グループが、持ち時間五分の中で目いっぱい踴る。ダンス部コーチのジョルジは、マイケルジャクソンの曲の時はほとんど指導に當たらないが、この中庭ステージのダンスについては、各グループの振り付けや構などをしっかり指導していて、高校生らしい小さなミスはありながら、どのグループも、中庭に集まった客を大いに沸かせた。

ダンス部の後は吹奏楽部の発表になる。更室に戻った柚子は、椅子に腰かけて、ほうっと息をついた。お疲れ柚子、お疲れ、と、ダンス部の友達が柚子をねぎらう。皆、柚子のハードスケジュールは知っている。ダンス部の中でも柚子と一番親しい同級生千代は、柚子のために飴とスポーツ飲料を用意していた。

「わぁ、ありがとう」

「いいってことよ。でもあの時計ドレスは驚いたね」

「え、ちーちゃん見てたの!?」

ファッションショーは中庭のダンス部発表の直前の時間で行われていた。千代は、ダンス部発表の一番目のグループだったので、まさか見に來ているとは柚子は思っていなかった。

「柚子の見て速攻移だよ」

「あははは……」

疲労のせいで、柚子は笑い方にも力がらなかった。

「でもやっぱ柚子、ずるいね。あれ似合うんだから、もう、何著てもじゃん? マジで羨ましいよ。何食べたらそうなるの?」

「全然そんなことないよ。ちーちゃんだって、あのドレス似合うよ!」

「あれは著ないでしょ! あれ似合うって、それ、イジリ?」

「違う違う」

そんなことを言いながら、柚子は著替え始めた。

ダンス部の次の発表は二時半。それがダンス部の、今日最後の、そして本日一番の見せ場である。二時に舞臺袖りなので、それまで一時間ちょっとは、休むことができる。

「柚子、誰かと回る予定あり?」

千代に聞かれて、柚子は一瞬、ぱっと詩乃の顔を思い出す。しかしその顔は、ぱちんとシャボン玉のようにすぐに弾けてしまう。

「予定なしです」

「じゃ、柚子ゲットね」

千代はニヤっと笑った。

千代のこういう元気なところにいつも救われるんだよなぁと、柚子は思うのだった。

柚子と千代は、料理部の模擬店に行くことにした。料理部の模擬店は、屋臺二つ、教室を使ったレストランが二つの、合計四つある。二人のったのは、紗枝が料理を作っている教室の模擬店、『地中海料理店ビザンツ』。今年も大盛況で、室は満席、教室外のテラス席も埋まっていた。しかし、実は一般客用の飲食スペースの他に特別ルームという部屋が隣にあり、柚子と千代は、その教室のテーブルに通された。特別ルームは、文化祭で三ステージ以上をこなしている生徒のための、いうなればVIPルームである。ダンス部は柚子でなくても、開演セレモニー、中庭ステージ、そして二時半からの育館ステージがあるので、優先的にこの部屋を案される。

一般の部屋程ではないが、VIPルームもしっかり飾りつけされていた。紙やメッキモール、風船といった、おなじみの飾り付け小でデザインされたガレオン船や黃金の山。サイン紙のようなさの細長いメニュー表は、見ているだけで涎が出てくるような料理の寫真り。

「すごいね、さすが料理部」

千代は目を輝かせている。

「ステージが無ければ片っ端から注文するんだけどなぁ!」

「うん」

「何にしよっか。――あ、これすごくない!? どう、柚子?」

千代が柚子に見せたのは、アクアパッツァだった。魚が一尾丸ごとっている。魚の種類は、シェフの気まぐれということらしい。

「え? あ、うん……それにしようよ」

「……柚子、疲れてる?」

「うん、ちょっとね」

まぁ、ステージの後だもんね、と千代は言って、ウェイトレスの生徒に注文を伝えた。

そうして柚子に視線を戻した千代は、やっぱり変だと思った。ステージは確かに疲れたが、あんなに大功のステージなら、達に酔ってもいいはずだ。柚子のグループは、『poker face』をセクシーなロックスタイルで仕上げたダンスを踴った。これが、大功だった。振り付けがジョルジだというのもあるが、柚子は柚子の責任をしっかり果たしたのだ。柚子のグループの一年生なんて、自分たちの功に涙していた。それなのにグループリーダーで、一番頑張ったはずの柚子は、あまり嬉しくなさそうだ。あの柚子が、笑顔がない。

実は、千代は後輩からそのことで相談をけていた。柚子は人だから、笑っていないとかなり冷たい印象を人に與える。それをダンス部の後輩たちは、『新見先輩、私たちが下手だから怒ってるんですかね』と気にしていたのだ。千代は、柚子に限って怒っている、なんてことはないだろうとは思ったが、グループのリーダーという責任が重圧になって、笑顔を見せる余裕がなくなっているということはありえるな、と思っていた。

しかし今、リーダーとしてグループの演技を大功させたというのに、笑顔は戻らない。一、柚子は何を隠しているのだろうか。そろそろ白狀してもいいんじゃないかと千代は思うのだった。

先ほどのウェイトレスの生徒がワイングラスを持ってきてテーブルに置いた。そうして何と、ワインボトルから赤紫をそれに注いだ。

「葡萄ジュースです。ノンアルです」

ウェイトレスは、恥ずかしそうにそう言った。

千代と柚子は、妙に安心して笑いあった。

今なら、答えてくれるかもしれないと千代は思った。

「あのさぁ、柚子――」

千代は切り出した。

しかし、柚子の縋るような子犬の目で見られて、千代は後を続けられなくなってしまった。その目は、聞かないで、と言っている。

そこへ、エプロン姿の料理部子生徒が、大皿を持って二人のテーブルにやってきた。

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