《星の海で遊ばせて》エピローグ ~月のに見上げれば~
詩乃が東京を離れるのは卒業式の翌々日と決まっていた。
結局ボストンバック二つでは無理で、大型のリュックを背中に追加し、詩乃は家を出た。北千住から東京駅まで電車で一本、電車を降りた後は、バスターミナルに向かった。
柚子は、詩乃といる間、ずっと明るく振る舞った。
これから始まる大學生活のことを詩乃に話したり、詩乃のこれからの生活のことを詩乃に質問しながら、話を面白く広げたりした。合宿シーズンは民宿やホテルで仕事を手伝い、オフシーズンでは農作を育てたり、グランドの管理をしたりする。
――詩乃君、日焼けしちゃうね。
――うん、最初きついかも。
――毎月日焼け止め送ってあげるよ。
――仕送りに日焼け止めって。
――代わりに特産品送ってよ。なんだっけ、えっと……。
――若松たくさん作ってるらしい。
――じゃあそれ!
――若松送るの? 家ごと門松になっちゃうよ?
――それ面白いね。家ごと門松。
――千両とセットで送るよ。
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――毎日お正月だね。
――なんでもない日なのにね。
柚子は〈The Unbirthday Song〉を歌い始める。詩乃は笑ってしまう。
話は盡きないまま、二人はバスターミナルにやってきた。高速バスの発著場がずらりと並んでいる。二人は列の前の、広場のような通路に荷を下ろした。
あと二十分。
柚子は詩乃の腕を抱きしめてくっついた。
バスは、十分前にやってきた。
「荷れてくるね」
「一緒に行く」
たった十メートルもない距離を、柚子は詩乃とくっついて歩いた。詩乃は、手に持ったボストンバックをバスのトランクにれた。そうしてまた、元の場所に二人で戻った。バスが出るまであと十分。その十分を、柚子は二人で過ごしたかった。
時間が近づくと、柚子の口數は減っていった。
沈黙のうちに、バスのエンジンがかかった。
「寂しくなるよ……」
柚子は呟き、詩乃のに顔をうずめた。
今更どうなるものでもない、それは柚子が一番わかっていた。自分がけれたことなのだから。詩乃君のに噓はない。確かに私は、されていた。そして今も。
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詩乃は柚子の頭をで、それから、地面に置いていたリュックを開けた。
一番上に、詩乃は柚子への贈りをれていた。
木製の小箱のオルゴール。
詩乃はそれを、柚子に渡した。
柚子はオルゴールをけ取り、詩乃に聞いた。
「もう會えないの……?」
詩乃は眉間にしわを寄せた。
また會いたいに決まっている、詩乃はそう言って、柚子を抱きしめたかった。今日、ネリネの花を渡そうかと、どれだけ悩んだことか。けれど、そんな期待を持たせるのは殘酷すぎる。借金の完済には七年かかる。七年――新見さんをそんなに待たせることなんてできない。時間とともに環境も変わる。自分だって、今は七年の予定でいるけれど、途中でどうなるかわからない。約束なんてしてしまったら、それが自分にとっては甘えに、新見さんにとっては枷になってしまう。
柚子は、詩乃が返事を返さないのを認めて、よし、と笑顔を見せた。そうしてポケットから、詩乃のために用意した贈りを、詩乃に渡した。革の栞だった。
「元気でいてね、詩乃君」
「新見さんも」
柚子はを結んだ。強く、震えるほど結んで、涙を堪えた。
きっと私は明日から、このオルゴールの音楽を聞きながら、月に話しかけると思う。きっと詩乃君も、月が好きだから、きっと、同じように話しかけてくれるはずだから。
「私は大丈夫。――見えなくても、星のどこかに花が一咲いているって知ってるから、ね」
詩乃は、柚子を見つめた。
柚子はにこりと笑って見せた。
『高速バス東京発、銚子駅行き、間もなくの発車となります』
バスの車外スピーカーが告げた。
詩乃は柚子に頷いて見せ、バスに乗った。
窓際の席に座り、窓から柚子を見降ろした。
まるでここは、処刑臺の様だと詩乃は思った。
バスがき出す、その避けられない瞬間を、もう自分は待つ以外に他はない。
バスが、ゆっくりき出した。
その瞬間、詩乃は視界の隅に、柚子の姿が窓から消える最後のその瞬間に、柚子が泣き崩れるのを見たような気がした。詩乃は咄嗟に、首とを捻り、窓に手と顔を押しつけて外を見た。しかしバスはすぐに曲がり、詩乃は、柚子がどうなったのか、もう確かめることはできなかった。
詩乃は両手で額を覆い、目を閉じた。
詩乃が再び顔を上げた時、バスは高速道路を走っていた。
もう新見さんはいない――。
詩乃はぎゅっと奧歯を噛みしめ、コートのポケットに手をれた。ポケットには、柚子からも貰った栞がっている。詩乃は両手を重ねた上にその栞を乗せた。栞には、捻押しされた相合傘の下に、二人の名前が刻印されていた。
詩乃は目を瞑り、親指で柚子の名前をでた。
何度も、何度も、優しくでた。
〈あとがき〉
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
三章を書き終えた段階のそのあとがきで、四章について、「書ける気がする」なんて書いていましたが、し甘く見ていました。この章がもっとも大変でした……。10月中に仕上げようと思いながらいつの間にか11月になり、いつの間にかクリスマスが近づき……ダメだ、今年中には絶対書き上げようと、クリスマスから大晦日にかけて大掃除ならぬ大添削・改稿作業をしました。そして何とか、2021年のうちに(ものすごくギリギリでしたが)、四章をアップすることができました。今は、お披目できて安心しています。
実のところ、ストーリーについては、々な可能がありました。本當に々な可能が。その可能のうち、じっくり詩乃と柚子の心のうちに分けって考えながら、詩乃ならこう考える、柚子ならこう考える、ということを確認しながら語を進行させました。飲酒やちょっと的な描寫も、どこまで書こうか、あるいは、描寫自をするかしないか迷いましたが、「ある程度は書かないと語が納得しない」と思い、書くことにしました。そこを避けたら真に迫れないような気がしまして。
さて、続編の方ですが、語上は、5章で完結となります。つまり、次が最終巻です。というわけで、実はまだもう一巻分続きます。もう、ここまで來たら書くしかないと思っています。とはいえ、すみません、毎度のことながら、ここの記載報の上ではまた一旦「完結」とさせていただきます。絶対に最終章を書き上げたいとは思ってはいるのですが、四章で思いのほかエネルギーを使い切ってしまってもぬけの殻狀態なので、ちょっと冬眠しようかと思います。読者の皆様には、申し訳ありません;;
想等は、隨時け付けております。想が無くても、ポイントがなくても、ブックマーク0でも、というスタンスで書いてはいるのですが、今回の作品ほど、読者の皆様の聲援に勵まされたこともありませんでした。それがなかったらきっと、四章書ききれていなかったと思います。いつもありがとうございます。そしてまた、この作品を通して何か、皆さまの心の琴線にれるものがあれば、嬉しく思います。誤字字の報告の方にも、毎回、大変助けられています。ありがとうございます。
次回は、時期的なことはまだ何とも言えませんが一先ず、お付き合いいただきありがとうございました。また続編が書きあがった際には、最終章の方もよろしくお願いいたします。
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