《星の海で遊ばせて》海月のクオーツ(4)
「ばっちりドレスだねぇ!」
千代は、柚子の肩に優しく手をれながら言った。
柚子は、息を吸ったまま吐き出すのを忘れて、ただぱっちりと目を開いて千代を見つめた。
柚子はやっぱり柚子だなぁと、千代は思った。他に柚子のようなパーティードレスを著ている人は一人もいない。柚子でなければ完全に悪目立ちして、大顰蹙ものだ。
「今日、司會だから」
頬を染めた柚子は、興の隙間から何とかそれだけ応えた。
千代はけらけらと聲を出して笑った。
サービス神を発揮した結果目立ってしまう、高校時代から柚子はそんな子だった。案外、おしとやか、というタイプでもない。突然何か、変わったことをする。
「流石に、様になってるねぇ」
そうかな、と照れる柚子を見て、千代はまた笑う。
「ちーちゃんも――」
「いいのいいの、そういうのは。――いやぁでも、柚子、幹事ご苦労様。大変だったでしょ」
「ありがと。でも、皆が々やってくれて、あんまり大変じゃなかったよ」
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「タクとか、役に立ったの?」
柚子は、ちらっと、ダンス部の仲間のの中で笑っている匠に目をやった。
「――すっかりオジさんだよ」
柚子は、千代の言葉にくすりと笑った。
「でもタク君も、変わらないよ。ちょっと大っきくなったけど」
「橫にね」
千代が言い、二人して笑った。
開演の時間が近づいてきたので、柚子は一度千代の元を離れ、ステージ橫でアナウンスの準備を始めた。自分で作った臺本で流れを確認する。二百人ちょっとが集まっている大きな宴會ホールをステージから見ると、柚子もし張してくるのだった。
柚子は時計を確認し、もう十分ほどで開演します、というアナウンスをれた。
開會の時間になり、柚子はマイクを持ってステージ上に上がった。ステージの高さは三十センチ程度だが、柚子が登壇すると、気づいた生徒は自然と、柚子に注目した。在學中からの知り合いは、柚子に手を振り、柚子も小さく手を振り返した。
「本日は、お忙しい中ご來場いただきありがとうございます。皆さんにたくさん助けられて、この會を開催することができました。參加者二百五十一名、先生方も、十名ご臨席いただいております。お忙しい中連絡等々ありがとうございました。重ねてお禮を申し上げます」
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お手本の様な一禮。
『柚子!』
『新見アナ!』
聲援が飛び、顔を上げた柚子は、恥ずかしそうに微笑んでいた。
「まだ到著されていない仲間もいますが、時間になりましたので、これより、茶ノ原高等學校七十六期卒業生、卒業十周年記念同窓會を開會いたします。本日司會を擔當させていただきます、元一年、二年、三年――三年間ずっとA組だった、新見柚子です」
拍手が起こる。
皆からすれば、柚子は同窓の出世頭で、スターだった。
醫者や弁護士や、その他にもプロの社ダンサーなど、もてはやされるような職業についている元生徒はいたが、柚子のように、世間の注目を集めながら毎日のようにメディアに出している人間は柚子の他にはいない。
「それではこれより、乾杯に移りたいと思います。皆様お手元にグラスは、行き渡りましたかね……。ご準備、整いましたでしょうか。それでは、乾杯の挨拶を、放送部二十一代目ダンディー、狩野窪譽君にお願いいたします」
柚子は、ステージの橫に來ていた譽と目を合わせた。
譽は笑顔で頷きながら、グラス片手にステージに上がり、柚子からマイクを貰った。
「――十年ぶりだぜ、二十一代目ダンディーだ」
艶のある低音ボイスで譽が挨拶をした。
放送部で最も低い聲が出せて、そして実力ある部員は、部長とは別に、〈ダンディー〉の稱號を得る。そんな伝統を、皆思い出した。放送部のダンディーは、イベント事の多い茶ノ原高校では有名だった。そんなダンディーは、一言目の後ケホケホと咽た。その様子に、皆から笑いが起きる。
咳払いをして咳を飲み込み、譽は再び口を開いた。
「俺も、ダンディーになるのは久しぶりなんだ。普段こんな聲、出さないからな。――こんな聲で接客してたら仕事にならないんだ。……俺は今車のセールスマンだからな」
譽はそう言うと、ちらりと柚子を見やってから言った。
「だが今日は、俺が失敗してもたぶん、大概は、新見アナが拾ってくれるから気が楽だ。――十年が経って、あの時はただの生徒だったのが、今は、皆んな肩書を持つようになったに違いない。だが今日は、昔を思い出そう。橫一線だった、なんだかがむしゃらだったあの時代を。じゃあ、乾杯行くぜ。再會を祝して、そして、今日參加できなかった仲間の分まで――乾杯!」
乾杯、と皆が復唱し、壇上の譽がグラスのシャンパンを飲んだ。
一瞬、皆もグラスを傾ける間があり、そのあと、拍手が起こった。柚子は譽に変わって再び登壇した。
「本日はビッフェスタイルとなっています。後でダンスタイムも予定していますので、また私の方から、アナウンスさせていただきます。それでは、お食事とご歓談をお楽しみくだい」
柚子はステージを降り、マイクスタンドにマイクを置いた。
「やっぱプロだなぁ」
譽が、帰ってきた柚子をそう言って労った。
「そんなことないよ。狩野窪君も、聲、すごく良かったよ。艶々してた」
柚子に褒められて、思わず照れ笑いを浮かべる。
譽とし話した後、柚子はふらりとホールを歩いた。半立食スタイルで、人數に対してテーブルはない。ホールの隅には椅子が並べられている。高校時代の、クリスマスのダンスパーティーと似たような配置だと、不意に柚子は思い出した。
そんな柚子の周りでは、柚子のあずかり知らぬところで、一人でいる柚子に、話しかけに行けよ、お前が行けよと言うような、學生時代と同じ景が再現されていた。
「新見さん」
と、サッカー部のから抜け出して、一人のが柚子のもとにやってきた。濃い青のブラウスに藍のプリーツスカート、丸顔に切れ長の目とシュっと涼しげな眉。柚子はすぐに、その人の名前を思い出した。――近藤悠里。二年生の時、柚子と同じクラスだった。
「近藤さん?」
「うん。覚えててくれたんだ」
「覚えてるよ。文化祭実行委員だったよね。たこ焼きの、副リーダーしてくれてたよね。あの時は、本當に助かったよ」
そうそう! と悠里は笑う。
二年生の時の文化祭で、A組はたこ焼き屋を出した。その時のことは、悠里もよく覚えていた。そして、今柚子に聲をかけたのも、その時のあることが、心に引っかかっていたからだった。
「でも驚いたよ新見さん、テレビ見たら、出てるんだもん!」
「うん、驚くよね」
「驚いたけど、私納得しちゃった。新見さん昔から、本當にキレイで可かったから。頭も良かったし」
「やめてよ」
くすぐったそうな笑顔で柚子が応える。
悠里は、テレビ業界の事を、柚子に訊ねた。お笑い蕓人も俳優も、タレントもミュージシャンも、人気が出ればテレビに出る。そのテレビの最前線に柚子はいる。その話を、柚子と話せたなら是非とも聞いてみたいと、悠里は思っていた。柚子も、出來る範囲で悠里に答えた。そうしていると自然と、周りの元同級生たちも聞き耳を立てて、近くに寄ってくる。
一通り、テレビ業界の話を聞いた後、悠里は、聲のトーンをし低くして、柚子に言った。
「私、新見さんにずっと謝りたいことあったんだよね」
「え?」
意外な告白に、柚子は首を傾げる。
近藤さんに謝られるようなことをされた記憶は、柚子には無かった。
「文化祭の時、二年生の」
「うん」
「新見さんと付き合ってた子に、私ちょっかいかけるみたいになっちゃったの……新見さん、覚えてる? たこ焼きリーダーやってくれた男の子、文學部の」
グっと、柚子はの前で手を握った。
「あの時はまだ付き合ってなかったよ」
「いやでも私、ずっとそれで、新見さんに嫌われたかと思ってたんだ」
「そんなことないよ!」
「うん、でもあの後、あんまり話す機會もなかったでしょ。三年生は違うクラスだったし」
「あぁ、そっか……」
柚子も、文化祭の後、悠里とじっくり話をしたという記憶もなかった。かといって、悠里には悪いなどは持っていなかった。
「なんだっけ、名前、えーっと……」
柚子は、悠里が思い出す前に口を開いた。
「もう別れちゃったんだ」
「あ、そうなんだ? あれ、今日來てるの?」
「ううん、連絡取れなくて」
「そっかぁ。會いたかったんじゃない? 元カレだとしてもさ、やっぱり懐かしいでしょ」
柚子は苦笑いを浮かべた。
その後はまた、二、三會話をして、寫真を撮って、そのを離れた。
その柚子を、寫真撮影をしているの若いカメラマンが追いかけた。そして、そのカメラマンは、柚子が一人になったところで、柚子の前に回り込んだ。
柚子は驚いて立ち止まった。
山葵のベースボールキャップを後ろにかぶったカメラマン。ポケットのたくさんついたベストを著、一眼レンズのカメラを首に下げ、ボロの大きなショルダーバックを肩にかけている。帽子と同じのダボっとしたズボンは、いかにもカメラマンらしかった。
「新見先輩」
カメラマンのは、前髪を指でどかして、柚子に小さく呼びかけた。
あっ、と柚子は固まった。
「三島です。三島理です」
ちょっと外の空気吸いませんか、と理は柚子をった。
二人は宴會場を出て、喫煙ルームの近く、ホテルロビーの奧のちょっとした休憩スペースにやってきた。ソファーに向かい合って座り、理はカメラをテーブルに置いた。
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