《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》5話 盜賊の親分

「王がどこにいるか知っているのか?」

「王様は兵士の裝いをされ、數十人の供だけお連れになり宿営地を離れられました。モズの古代跡にて、合流する約束をしています」

ミリヤは酷く怯え、泣きながら答えた。

どうやら男達はミリヤの言葉を信じたようだ。男のの一人が裝を暴に取り出し始めたのをもう一人が止めた。

「やめろ! 汚ねえ手でったらドレスが汚れちまう」

ミリヤを連れた男達は騒々しい音を立てながら出て行く。ユゼフのを強(こわ)ばらせていた張が解けていった。

靜かになってから、ユゼフはディアナ王を解放した。

気が抜けたのはディアナも同じだ。

ユゼフの腕の中、固くなっていたのごとくスルッと抜けた。助かったという安堵からの放心が時。ユゼフにの自由を奪われていた事実に気づく。立ち直るのは意外と早かった。

「覚えてなさい。私にこんなことをして國に帰ってからどうなるか……」

ユゼフのを指先で強く押し、くぐもった聲で威嚇した。

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ユゼフは何も答えず、幌の破れた所から外を覗(のぞ)いた。先ほど捕虜をいたぶっていた熊のような大男がミリヤを引き連れている。

辺りはいつの間にか明るくなっていた。夜が明けたのだ。しばらくすれば幌の中にも日のし込むだろう。男達が來るのがもうし遅ければ、見つかっていたかもしれない。

──運とミリヤに救われた

熊男はミリヤの服を剝ぎ取り、上にがっている。と垢で汚れた男達が、ある者はニヤニヤ笑い、ある者は囃し立て、その周りに集まってきた。

──王家の侍とはあそこまで忠義を盡くすものなのか

そんな考えが頭によぎった。

逃走中の毅然とした態度や自らを犠牲にしてまで王を守る姿。ただの小娘ではない。

似たような境遇の彼に、ユゼフは以前から親近を抱いていた。

ただしユゼフの場合、彼とは決定的な違いがある。ユゼフは王家への忠義からではなく、別の理由でディアナを守ろうとしている。気弱で優しい仮面を被っていても、ミリヤは戦士だ。だがユゼフは違う。

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だから、ミリヤが男達に辱しめられている様を見て、何か裏切っているようなそんな罪悪じずにはいられなかった。

ユゼフが王を守る理由、それは……一つは壁の向こうにいる家族のため。もう一つは……

急に男達がざわつき始めた。

「アナン様だ」

「お頭《かしら》が來るぞ!」

一人が怒鳴ると、男達は道を空け姿勢を正した。

──あれが頭領か

肩を怒らせ、やって來たお頭はユゼフの抱いていたイメージとだいぶ違っていた。顔に傷はあるものの、若く、どことなく貴族的な雰囲気があった。

長い黒髪に額の左から右頬まで走る深い傷痕。何より特徴的なのはしい顔立ちだ。皮は淺黒く、長はユゼフと同じくらいかし低いぐらい、大柄な男達の中では小柄にも見える。耳や手に沢山の寶飾品をに付けており、甲冑も朱塗りの豪華なで一風変わっていた。

──あれ?

知っている顔によく似ている……

だが、考えるより前に意識が反れた。その後ろの男に目を奪われたのである。

そこにいたのは、兄ダニエル・ヴァルタンの従者のベイルだった。

通者がいるとは思っていた。それが、まさかベイルだったとは……

寒さと気のせいか、ベイルの貓背はいつにも増して酷くなっていた。顔の悪さはいつも通り。紫のを歪ませ、醜悪な笑みを浮かべている。ナメクジみたいな舌での端を舐めた。

こんな時になぜだろう。

ユゼフの腹がグルグルと音を立てた。

外まで聞こえるはずはないのだが、小さな音でもむ思いがする。ディアナを見ると案の定、睨んできた。

そういえば、ユゼフはベイルと何度か食事をしている。父母や兄達と食事することを許されず、使用人達と一緒か、一人別室で取っていたためである。

ベイルとの食事はあまり楽しくなかった。會話のほとんどが家族の愚癡や他の家來、使用人の悪口だったからだ。また、ユゼフに対して見下した態度を取ることもあった。

「アナン様、王は逃げたようです」

「なんだと?」

熊男の言葉に頭領アナンはギロリと鋭い目をらせる。途端に熊男はこまらせ、おどおどした様子に変わった。

「ご容赦くだせえ。このから居場所を聞き出しました」

熊男は半姿のミリヤを頭領の前に引きずり出した。

「モズの古代跡で逃げた家來共と落ち合うようですぜ」

「そのの言う事は確かか?」

ミリヤは震えながら泣きじゃくっている。

「ほら、こんなに怯えて、ただの小娘だ。すぐに吐きましたよ。」

「それはそうと、全て隈無く探したのだろうな? 糞桶から壺の底に至るまで」

「ええ。それはもう……」

熊男は手をみながら答えた。

「金目のは?」

「そちらの馬車の中にありやす。寶石やら豪華なドレスやらが。あと、が二十人ほど」

「よし、中を確認しよう」

ユゼフは背中に冷たい汗が流れるのをじた。

「アナン様、お約束のはいつ頂けるのでしょうか?」

アナンを止めたのはベイルだった。おずおずとした態度であっても、深い目付きはいやらしい。

「おや、報酬はコルモランから貰うのではなかったのか?」

「勿論、そちらからは正當な報酬を頂戴しますが、報提供の他、戦いに置いて良き働きをすれば、戦利品の寶石を下さるとアナン様はおっしゃってました」

「ふーん。お前の言う良き働きというのは?」

「寢ていたダニエル・ヴァルタン卿の首を打ち取りました」

周囲の屈強な男達はどよめいた。

ユゼフの兄ダニエルはカワウとの戦爭中、前線で華々しい戦績を殘した英雄である。鋼の巨軀を持ち、大剣を振り回す様はまるで鬼神のようだと噂されていた。一人で百人を斬ったという伝説もあったほどだ。

「首が見たい」

アナンが言うと、ベイルはで黒く染まった布から首を出した。

ユゼフはヒュッと息を飲んだ。

背中がゾワゾワする。

離れていても、とても嫌な気分だ。

首だけになった兄の顔を拝むのは──

目は固く閉じられ、のないはキュッと結ばれている。の気のない顔は作りのよう。眉間に深く刻まれた皺だけが、彼の無念さを語っていた。

それはユゼフの兄ダニエルに間違いなかった。

兄とはいえ、他人に近かった。

この嫌なじは悲しみではない。

十二歳のユゼフがヴァルタン家にやって來た時、カワウとの戦爭は始まったばかりだった。二人の兄は戦地へ行って不在だったのだ。

たまに休暇で帰って來ても食事は別だし、ユゼフはよそ者の私生児。年齢も十以上離れている。兄達の眼中にはってないようだった。兄達の滯在中は小のように付き添って雑用をすることもあったが、使用人や従者に対する扱いと全く変わらなかったのである。

格や見た目もユゼフは兄達と全く異なっていた。

特に長兄ダニエルは父エステルにそっくりな頑強なと厳格な格の持ち主だ。一方、ユゼフは痩白でらか。

一度だけ兄達の稽古を見學中、刃引きした剣で手合わせしたことがあった。兄からすれば子供相手のちょっとしたお遊び。充分手加減していたのだろうが、ユゼフは肋骨を二本折った。

その兄が今、首だけの姿で數キュビット先にいる。

いつもは大きくじていた兄の顔は首だけだと、んでしまったように見える。無論、ユゼフは揺していた。兄だからではなくて、一人の豪傑が薄汚い裏切り者の手に掛かり、無慘な姿へ変わっていたからである。

アナンはしばらく差し出された首をじっと見つめていた。

「なるほど。これは隊長ダニエル・ヴァルタンに間違いないな」

「左様でございます」

待ちきれないベイルは、うっすらと笑みを浮かべた。

「では、約束通り報酬をやろう」

言い終わらないにアナンは背中の大剣を手に取った。そして、

袈裟斬り!──ベイルを真っ二つに切り裂いた。

音もせず、裂かれたは崩れ落ちる。

あまりに早かったため、斬られた事に気付かなかったのか、ベイルは薄笑いを浮かべたまま地面に突っ伏した。

赤い飛沫が飛び散ったのは、全て終わった後だ。

「裏切り者に相応しい報いとは、死だ」

アナンは一連の行を眉一つかさずにやってのけた。

「穢れたで汚れてしまった。寶は隠れ家に帰ってから確認する」

それだけ言い、ユゼフの視界から消えた。

「アナン様、このはどういたしますか?」

大聲でアナンを追いかけるのは熊男だ。ミリヤの首っこを摑んだまま。

「お前が捕らえたのなら好きにすればいい」

熊男は嬉しそうに一禮した。

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