《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》13話 可らしい侍
7部分にあった話を移しました。
(盜賊の頭領アキラ)
時間はし前に遡る……
アキラ・アナンは苛立っていた。
仲間が殺されたのだ。
者と見張り番二人、合計三人も。
何者かが寶を積んだ馬車の中に潛んでおり、出した。
者は後ろから首の頸脈を斬られ即死。見張り番二人は幌の側から突き出された剣で心臓をひと突きに。幸い、馬車を見張っていた四人の二人は走した馬を追い掛けたため大事なかった。
彼は盜賊の頭として何があったか、知る必要があった。
が、最初の足跡を頼りに捜索しても徒労に終わる。曲者は途中から馬に乗ったのである。そして、その馬は見張りが逃がしてしまったの一頭だと思われた。
騎乗してから向かった捜索隊も立ち往生。蹄跡が二手に分かれたり、途中から急に消えたりと工作されており、結局見つける事は出來なかった。
「こんなにコケにされたのは、初めてだ」
王にも逃げられてしまった。依頼通りでなければ、報酬はけ取れまい。
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「バルバソフはまだか?」
アキラは怒鳴った。
「はいっ! ただいま……」
近くに居た家來がをビクつかせる。
國同士の境界にある土漠を過ぎ、深い森が広がるモズ共和國に著いていた。都市があるのは南西。それ以外は森林と山地の中に小さな村が點在するだけだ。
アキラがいるのは森を貫く一本道の途中。道から一歩離れれば、そこは魔獣蠢く危険なジャングルである。アキラ達は道沿いに並ぶ旅籠(はたご)で休息をとっていた。
エールを口に含んだが、不味かった。
──このヤマが終わったら、貴族共が飲むようなワインをガブ飲みしてやる
アキラのイライラがピークに達する寸前、ドタドタと騒がしい音が旅籠の口から聞こえた。
ようやく、姿を現したのはバルバソフだ。口を通るため、熊のようなを最大限にこまらせながらヘラヘラ笑っていた。橫にミリヤという人形みたいに可らしい王の侍を従えて。
「アナン様、何度も問いただしたのですが、この娘はもう一人が馬車に隠れていた事を知らなかったようです」
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開口一番がそれだった。
アキラはバルバソフを睨む。
「そんな筈(はず)なかろう」
「しかし、弱々しい娘で噓をついてるようにも見えませんし……」
バルバソフは先程から橫にいる娘をチラチラ気にしながら話している。戦いにおいて強い力を発揮する一方で、この大男の知能は低かった。
「たかだか一日二日でだいぶその娘にれ込んだようだな」
「へへ。見た目と違ってあっちの方がすごいんで……」
バルバソフは悪びれずニヤけた。
もう我慢の限界だ。
逃亡者の捜索の為、この場所で二日ほど足止めを食らっている。
「を痛め付けるのは好まないんだが……」
アキラは剣を手に取った。
「馬車で一緒に隠れていた者の名を言え」
剣先を元に突き付けた途端、ミリヤは震えながらすすり泣き始めた。
「よし、あと三秒以に吐かなければ左耳を切り落とす」
ミリヤは赤ん坊がイヤイヤするように首を激しく振った。
「本當に……何も……知らないんです。本當に……」
バルバソフがそわそわし始めた。
「もう、止めましょうや。この娘は本當に何も知らんみたいだし……」
「ちょっと、お前は黙っとけよ」
確かに演技とは思えない程の怯えようだった。涙で潤んだ小的な瞳を見たら、憐憫のを抱かずにはいられない。
弱い者をいたぶるのはアキラの倫理に反していた。
躊躇していたところ、離れたテーブルから近づいて來る者が一人。
「お困りのようですな」
現れた男はの當たりまで黒い髭をばしており、それをリボンで結んでいた。年齢は四十代か五十代ぐらい。マントの汚れが気になるも、かなり良いなりをしていた。孔雀の羽をふんだんに使った帽子を被り、ダブレット※には金糸で孔雀の裝飾が施されている。
「こういったに相応(ふさわ)しいの聞き方があるのだよ」
男は言った。
警戒したバルバソフが剣の柄に手をかける。
近くまで來た男がかなり大柄なことに気付いたからだ。背負った大剣も息を呑むほどの迫力があった。
同道する家來は全部で百人ほどいたが、店の中にいるのは五人だけだ。アキラは男の周りに仲間がいないことを確認した。
「何者だ?」
「私はダリアン・アスターという」
「アスター? 貴族か?」
「以前は。二年前、鳥の王國を追放されるまでは」
「追放? 罪人なのか?」
「カワウとの戦爭中怪我をした為に帰國し、一時、國の財務を任されていた。まあ、恥ずかしながら、國庫の金をし拝借した為に追放されたのだ」
アスターという名前は聞いた事があった。
戦時中、カワウ王國の王子二人を討ち取った男がそういう名前だったかもしれない。確か田舎に領地を持つ男爵だったが、戦地で華々しい働きをした為に帰國後、國政に取り立てられたとか。
「貴公は尋問の仕方を知らないように見える。私に任せてくれれば、すぐに白狀させることができるだろう」
男は長い髭を弄りながら言った。
「ふん。面白い事を言う。そこまで言うなら試してみるがいい」
「まず貴族的尋問に必要なのは死を覚悟した者をギリギリまで追い詰めること」
アスターは元からキラリとるを取り出した。
「さあ、そこに居る熊のような君、娘の口にハンケチを詰め込みなさい」
拒否するバルバソフにアキラは従うよう促した。アスターが手に持っているのは細長いクギだ。
「しい顔を傷つけるのは一番最後にしよう」
何の前れもなく……
言い終わるなり、アスターはミリヤの左手をテーブルに置き、釘を突き刺した。
詰め込まれたハンケチにより、悲鳴は低いき聲へと変換される。
主人と將(おかみ)は奧へ引っ込み、何人かの客が出て行った。幾ら金切り聲を封じようとも、気配で分かるものである。
剣を抜こうとするバルバソフをアキラは靜止した。
「まだ釘は途中までしかっていないのだよ。お嬢さん」
アスターは細の金槌を振り上げた。
「さあ、言いなさい。誰と一緒にいたのかを」
ミリヤは歪めた顔を激しく橫に振った。
容赦なく金槌は振り下ろされる。
ハンケチで塞がれた口から苦しそうな聲がれる。また釘は叩かれた。二回目、き聲、三回目、き聲……
耳に流れ込む音は鳥が立つほど不快な音楽だ。アスターは鼻歌を口ずさみながら、リズミカルに金槌を振り下ろした。彼の部分だけ切り取れば、楽しそうな日曜大工の一景に見える。
「ほらほらまだ始まったばかりだ。右手も両足もまだだし、ロープも蝋燭もまだ使っていない。それにね、おじさんは針金付の鞭も持っているのだよ」
「もういい。やめろ」
アキラはとうとう耐え切れなくなった。
嗜(しぎゃく)趣味には反吐が出る。
バルバソフが待ってましたとばかりに、ミリヤの口からハンケチを取り出した。
楽しそうだったアスターは不満げにを尖らした。
「まだ序盤も序盤。これからと言う時に何を言うのだね?」
「とにかくお前のやり方は不快だからやめろ」
アキラは怒鳴った。
「盜賊というのは案外臆病なのだな」
アスターは嘲笑する。
「臆病ではない。弱い者を痛めつけるのを好まないだけだ」
「弱い者? この娘が? どうして弱いと分かる?」
「見るからに弱いだろうが」
「見た目だけで判斷するとは愚かな」
その時、家來の一人が慌てた様子で店にってきた。
「アナン様、例の件ですが……」
家來はアキラに耳打ちした。
「そうか。下がっていい」
突然、名案を思い付いてアキラは微笑んだ。
「娘、王は捕まえたぞ」
勿論はったりだ。だが、大當たり。ミリヤの顔は明らかに変化した。
──やはりな。最初に言ったことは噓だった
娘が最初に言った通り王が兵士達と逃げていたら、今頃はもっと安全な所にいる。この森で捕えることはありえない。
手口や足跡から馬車にいた逃亡者は明らかに男。この娘が自らを犠牲にしてまで守ろうとするのはおかしかった。
──馬車にいたのは二人。その一人は王だ
「一緒にいた男は逃げたようだ」
アキラが言うと、ミリヤはを強く噛んだ。
「その逃げた卑怯者の名前は分かるか? こちらも仲間を殺されたんでね、仕返ししたい」
ミリヤはしばらく下を向いていたが、小さな聲で答えた。
「……ユゼフ・ヴァルタン」
「聞いたことがないが、ヴァルタン家の者か?」
「私生児です」
「なるほど、騎士か? 剣の腕前は?」
「いえ。ただの従者です。騎士ではありませんし、剣の腕前など聞いた事もありません。戦ったこともないのでは」
ミリヤは淡々と質問に答えた。噓を言っているようには見えない。
しかし、幌馬車の中から心臓をひと突き。見張りは二人とも絶命していた。
幌という目隠しをした狀態で敵の心臓を一度ならず二度も一突きで仕留めるなど常人のなせる技ではない。
「男の特徴は? 兄に似ているのか?」
「特徴はこれといって……」
ミリヤは言いかけてから思い出した。
「右目にホクロがあります。背は普通よりは高めで黒髪短髪、し痩せています。お兄様には似ておりません」
「格は?」
「大人しいです。ゆっくりとした話し方をします」
ミリヤは怪訝(けげん)な表で答えた。
──ただの従者だと? 戦ったこともない?
「ユゼフ・ヴァルタン、必ず捕まえてやろう」
アキラは不敵な笑みを浮かべた。
※ダブレット……男用の上のこと。
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