（ユゼフ）

まさか、あんな所で盜賊と遭遇するとは──

魔瓶からワームを出し、盜賊達が気を取られている隙にユゼフ達は逃げた。

熊男の相手をしていたエリザともちょうど良いタイミングで合流する。捕らわれて、余計なことを喋られても困る。やむを得ず、連れて行くことにした。

最悪なのは剣を置いてきてしまったことだ。あの剣にはヴァルタン家の紋が彫られている。顔も見られた。

──まずいな

ユゼフの素も顔も盜賊達に知られてしまった。名前を聞かれた所をみると、ミリヤがらしてしまったのだろう。

その後、町のり口で預けていた馬に乗り、慌ててナフトを出た。

ソラン山脈の麓まで馬を走らせる。夜になったので近くの村で一泊。

途中まで山道を進んだが、道は次第に険しくなり馬を途中で乗り捨てるしかなかった。そういった訳で何時間もずっと歩き続けている。

今頃、盜賊達は眼になって町の周辺を探していることだろう。

バソリーの廃城にはあと數百スタディオン※で著く。

ユゼフは顔を歪め、脇腹の辺りを押さえた。

魔と戦った時に折れた肋骨がまた痛み出したのだ。

怪我を負った狀態でディアナを背負い、険しい山道を歩き続けるのはきつかった。

「大丈夫なの？　どこか怪我してるんじゃないのか？」

心配そうに尋ねるのはエリザだ。

「大丈夫。何ともない……」

額に脂汗を浮かべながら言っても、説得力はない。

「手當てした方がいい。まだ先は長いんだから」

「いや、ほんとに大丈夫だから……」

エリザは聞かず、止まって荷を下ろした。

「ダイ、あんたも自分の足でちょっとは歩いたらどうなの？」

エリザが睨み付けると、ディアナは膨れて背中から降りた。

本當は町でラバを買うつもりだった。

馬よりラバの方が山道に適している。ソラン山脈の周りは小さな村が點在するだけで町がない。ナフトで盜賊達と遭遇してしまった為、ラバを買うことが出來なかったのだ。

「さあ服をいで。怪我を見てあげるから」

ユゼフはエリザに従って、渋々服をいだ。

の前で骨ばったを曬すのは々恥ずかしい。エリザは男のにたじろぐ事もなく、注意深く怪我を點検した。

「赤くなって腫れている。出は酷くないから臓は傷付いてないと思うけど」

痛い所へ手がれる。

「……！」

「あ、ごめんごめん。痛かったね。包帯で固定しよう。それにしてもあんた、痩せてるな。もっと食った方がいいよ。とか」

「余計なお世話だ」

ユゼフが膨れると、エリザは不揃いな歯を見せて笑った。

「まあ、痛みで聲を上げないのは評価してやる」

がさつな手つきで包帯を巻き始めた。その間、背を向けていたのでディアナの顔は見えなかったが、不機嫌なのは間違いなかった。

不気味な気配はナフトの町を出てから無くなっている。

『うまく撒いたのだろうか……』

まだ、不安は拭いきれなかった。それにもう一つ気になる事がある。

『あのアナンという盜賊の頭領……似ている……』

馬車の中から見た時は確信が持てなかった。だが、剣をえて戦った時、近くで顔を見てハッとした。

『でも、まさか、な……』

アナンはカオルという知り合いにそっくりだったのだ。

カオル・ヴァレリアンのことを思い出すと、同時にあの従兄弟の顔も思い浮かんだ。

老人になって亡くなったアダム。その腹違いの兄。

──イアン・ローズ

従兄弟達に関していい思い出は全くなかった……

※※※※※※※※※※※※※※

八年前、時間(とき)の壁が出現した。

ユゼフがヴァルタン家で暮らし始めたのも丁度その頃だ。

厳しく禮儀作法を躾られ、楽を習わされ、日々の剣の稽古に加え、一日中家庭教師が付きっきりで勉強を教える毎日。

これまでとは違う窮屈な生活が辛くて、毎晩のように枕を濡らしていた。

ヴァルタン家に來てから數週間が過ぎたある日のこと。

「おまえには同じ年頃の従兄弟がいる。私の方の筋なのでおまえとはの繋がりがないが……遊ぶのや剣の相手に丁度いい。兄達は年が離れているため関わりがなかったけれど、おまえは良い関係を結びなさい。ローズ家とヴァルタン家は昔から親なのよ。私の姉の息子で同い年だから気が合うかも。剣の腕も立つそうよ」

急にユゼフを呼び出すなり、義母は言った。

この義母は実母と違い、あまりしくない。

髪は白髪混じりでゴワゴワしているし、太い骨に皮だけ載せたようなゴツゴツした付きをしていた。何より父と同様、厳し過ぎる格だ。

話す時の聲は低く冷たく、相をすれば容赦なくユゼフを鞭で打った。

「ほら、返事は？　ぼんやりしてないで、ちゃんと返事をおし」

「……は、は、は、はい、は、母上……」

義母はユゼフをきつく睨み付けた。

「全く、この子は返事さえもろくに出來ない。ローズ家はヴァルタン家と同じく名家です。くれぐれも相のないように」

同じ年の従兄弟には興味をじた。淡い期待も。実際に會うまでは……

燃え盛る火のような赤と大きな三白眼。端正な顔立ちの弟アダムとは全く似ていない。

ユゼフの従兄弟、イアン・ローズは尊大かつ激しい気の持ち主だった。

「怪我をさせないようにしなさいね」

彼の母親はそう言い殘し、子供だけ殘して部屋を後にした。

母親が去った後、椅子にふんぞり返っていたイアンは立ち上がり、ユゼフの方まで歩み寄ってきた。大きな目の中でギョロリギョロリとき回る瞳が異様である。品定めするように上から下まで見られた。

イアンはその時既に長が三・四キュビット※（百七十センチ）ぐらいあったので、當時のユゼフより頭半分高い。

見下ろされるのは余りいい気持ちがしなかった。

「……つまらなそうな奴」

唾を吐くとイアンは椅子に戻った。弟のアダムがすかさず落ちた唾を拭く。

「剣は使えるのか？」

「……っ」

張してるせいか、ユゼフは直ぐに言葉が出なかった。

「おい、聞いてるんだぞ、こら」

「あ、あ、あの、あの、す、す、しなら……」

「……なんだ、こいつ……」

イアンは尖った八重歯を見せて笑った。

「アダム、聞いたか？こいつ、吃(ども)ってやがる」

アダムは一緒に笑うべきか迷っているようで、顔を引きつらせただけだった。

「そうだ。カオルを呼んでこい。皆で試合をしよう」

アダムがカオルを呼びに行っている間、イアンはアダムの話をした。

「弟は俺の忠実な僕(しもべ)なんだが、イチモツを切られて王の従僕になることが決まった。代わりにおまえを家來の一人に加えてやってもいい」

イアンは自分の剣を見せびらかしながら話した。それは子供のイアンには大きすぎる代でまともに扱えるとは思えなかった。

「この鋼鉄の刀は亡くなった父が殘しただ」

ローズ家は系だ。

長のマリア、つまりイアンの母親が家を継いでいた。イアンの実父は早くに亡くなり、現在の父親であるハイリゲ・ローズ卿はイアンの義父である。

後で知ったことだが、弟アダムはハイリゲ・ローズ卿が外で作った私生児なので、イアンとは繋がっていなかった。

「エデンの刀は同じ鋼鉄でも金屬やガラスを切る事ができる。アダマンタイトを埋め込んだと同じくらい強く、軽く、丈夫なんだそうだ」

どうやら今見せびらかしている形見の剣の話をしていた。確かにユゼフの兄達が使っている剣とは全然違う。

細の刃はしなやかな弧を描いていて、見たこともないぐらいしく輝いていた。

剣のことなどユゼフは何も知らないし、エデンとかいう海の島のことを言われてもピンとこない。大人しくイアンの話を聞くしかなかった。

今から思えば、イアンにとってユゼフは退屈だったろう。家來にしている子供の一人で特に目立つ點はない。

いつもイアンが一方的に話し、ユゼフはそれに頷いたり同調するだけだ。

アダムが連れて來たカオルという年はローズ家に仕えているヴァレリアン家の養子という話だった。

まるでと見紛うほどしい顔立ちをしていて、イアンよりもずっと貴族らしかった。ただ非常に大人しい格で人の顔を見て話すことができない。いつも俯(うつむ)いていた。

このカオルに対しては好が持てた。

ユゼフも瞳のを気にして伏し目がちだったため親近が湧(わ)いたのである。だが、二人が會話することはほとんどなかった。

「そうだ！　武庫に忍び込んで、刃引きしてない本の剣で戦おう」

唐突にイアンがんだ。このアイデアが相當気にったのか、興で頬が紅している。

ユゼフは青ざめた。剣の稽古は始めたばかりだ。対戦なんかしたこともない。

「あ、あ、危ないのでは？」

ユゼフが言った事により、場の空気が凍った。

「オクビョウモノ、オクビョウモノ、オクビョウモノ！」

イアンの飼っているダモンという名のオウムが金切り聲で繰返す。一秒前まで上機嫌だったイアンの顔が険しくなった。

「ユゼフよ、俺は弱い者に口答えされるのが大嫌いなんだ。おまえは見るからにグズでノロマで俺より劣っているのにこの俺に意見するのか？」

イアンは猛獣のような目でユゼフを睨むと、手に持っていた剣を突き付けた。ユゼフは首を橫に振るしかなかった。

「ふん」

恐らく何度も練習したのだろう。鮮やかな手付きで剣を鞘に納める。そして、イアンは派手な足音を立てながら部屋を出て行ってしまった。

殘されたユゼフは呆然と開け放たれたドアの向こうを眺める。

「……あのう」

一呼吸置いて口を開いたのはアダムだ。兄の姿が遠く離れたのを確認した彼は小聲で話した。

「兄には逆らわない方がいいよ。怒って癇癪を起こすと手がつけられないんだ」

アダムが腕をまくると、引っ掻かれたような傷があった。

※ディジット……長さを表す単位。大一センチ。指の幅の長さ。

※キュビット……約五十センチ。肘から中指の先までの長さ。

※スタディオン……長さと距離を表す単位。一スタディオンは二百メートル。

設定集ありますので、良かったらご覧ください。

地図、人紹介、相関図、時系列など。

「ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる～設定集」

https://ncode.syosetu.com/N8221GW/