《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》17話 五首城

(ユゼフ)

その不気味な城はソラン山脈の中腹にあった。崖の上にポツンと建つ姿は見るからにおどろおどろしい。

いつから五首城と呼ばれるようになったのか、定かではない。名前の由來には諸説あった。

五つの塔が高い城壁からニュッと飛び出ているのは蛇の頭を思わせるからという説。ヒュドラをイメージしてしまうのはユゼフだけではないだろう。

または戦時中、カワウの名だたる騎士五人の首がそれぞれ塔のてっぺんに飾られたことが由來か。快楽殺人者の城主バソリーらしいエピソードである。

どちらにせよ、いわく付きの城だ。

山道は途中から石段に変わった。最初はなだらか。徐々に勾配がきつくなっていく。上へ行くにつれて、緑も減ってくる。空気も若干薄くなってきた。

年老いたシーバートといレーベにとっては厳しい道のりかもしれない。だが、こんな辺鄙な場所を指定したのにはちゃんと訳がある。

「蟲食い」だ。

廃城の近くにある蟲食いはグリンデル王國へ繋がっている。シーマの指示では──

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二ヶ月後の薔薇の月、グリンデル王國と魔の國、そして鳥の王國、この三つの國を隔てる境目へディアナを連れて行けと。

早く行っても損ではないし、グリンデルへ行けば安全が確保できる。グリンデルの王はディアナの叔母だ。

有り難いことに、ひとけのない山奧の廃城は隠れて待ち合わせるのにも適していた。

かつて、鳥の王國の支配下に置かれていたこの広大な山岳地はバソリー─ソラン侯爵に一任されていた。王を持たないモズの魔法使い達は侵略者に反発し、度々一揆を起こしたという。

道沿いに十八キュビット(九メートル)置きの等間隔で先の丸い棒が立っている。大人二人分の高さはあるだろうか。

これはバソリーが逆らった魔法使い達を串刺しにした名殘だ。棒の先が丸いのは刑者の苦痛を長引かせる為である。

直腸、またはに差し込まれた先の丸い棒は刑者自の重みでゆっくりと全を貫いた。

聞くもおぞましい話だが事実。時折、この棒に黒ずんだロープや布切れがぶら下がっているのを見て、ユゼフはギョッとした。ディアナが誤ってれてしまっては大変だ。汚れてしまう。

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バソリーは苦しむ人々を沿道の花として飾ったのだ。塔に敵將の首を飾ったように。彼にとっては勲章であり、しき蕓でもあった。苦しむ姿を楽しんだ後、息絶え、腐り、骨になってからもずっと飾り続けたのだろう。漂うのが花の香りではなくて、死臭だとしても。

これは彼の嗜(しぎゃく)趣味の一端。

逆らう者以外でも、農家の娘や子供をさらってきては死をむまで痛め付けて殺した。城の地下には多種多様の拷問が置かれていて、その使用方法も知していたという。

そして、特にしい者を好んだ。

彼にとっての的な意味も孕んでいて、暴力、死と結びついて初めて完する。経過も蕓作品の一部なのだ。だから、彼は決して手を抜かなかった。

この徹底したに対する追求はある種の著行でもある。貪に求め、完璧を目指すことによって、彼は自己を確立できたに違いない。

殺した後、食したり、部屋に飾るのもそれゆえ。見て楽しむというより、自己認知のためだ。

この反吐が出そうなくらい最低な悪魔のことを冷靜に分析してしまうのは、自らにも近しい所があるからなのかもしれない、とユゼフは思う。

押し込めた憎悪は決して消えない。澱のように溜まっていく。いつか、この恐ろしい沈殿が激しい暴力となって噴出することだって、ないとは言えないのだ。

ユゼフは崖の上の黒ずんだ廃城を見上げた。

この城が落ちたのは、グリンデルとカワウとの戦爭中だ。息子と兵半分をグリンデルへ援軍に向かわせている間、モズの國有軍に攻められたのである。

火を放たれた城は四分の一以上崩れ落ちた。黒ずんだ城壁はその時の名殘であろう。

気味の悪いことに、城が落ちてもバソリーのは見つからなかった。

鳥の王國でもバソリーの悪名は知られていたので、悪魔に魂を売って魔族になったとか、地下の隠し部屋に異形となってを潛めているのだとか、様々な怪談話が生まれた。

そんなのよだつような話も、今のユゼフにとってはどうでもいいことだ。人が寄り付かないような幽霊城の方が安全である。むしろ、怪談話が有り難いぐらいだった。

──あともうしだ

頬を火照らせ、石段を登るディアナヘユゼフは手を差しべた。疲れて拷問の棒をつかもうとしていたからである。

驚いたのだろう。

深緑の目が大きく見開かれ、火照った頬の赤みが強まる。

ディアナはし躊躇してから、ユゼフの手を握った。小さく可らしい手は尊い。絶対に汚してはいけないものだ。力をれすぎたら壊れてしまうから、そっと──

背中から降りろと言われたことをまだ気にしているのか。ディアナはそっぽを向いて、ユゼフの顔を見ようとはしない。おかげで膨れっ面を堪能することができた。

らかそうな頬はの名殘。尖った鼻や目は暴力の表れ。花弁を思わせるは心をざわつかせる。深緑の瞳に自分が映れば、息が止まるぐらいの多幸が押し寄せてくる。

ディアナは見られていることに気づき、うつむいてしまった。解(ほど)けるように手が離れていく。

「ディアナ様、背中に乗られますか?」

ユゼフが尋ねても首を橫に降るばかり。もうちょっとれていたいと思うのは、贅沢なのだろうか。

の侍従になれば、四六時中そばにいられる。スキンシップも日常事になるかもしれない。

しかし、この異常な事態をしたら、元通りになる。彼は高慢なお姫様に逆戻り。ユゼフをげるに違いないだろう。更には男であることまで失う。

罪悪じる一方で、彼の不遇を楽しむ自分もいる。これは自己嫌悪と的悅楽とセットであった。

に飢えているのだ。尾期の獣がそうであるように。

そんなことをユゼフが考えていると、獣の鳴き聲が聞こえてきた。

石段の頂上、つまり城近くに獣が一匹。

しそうに吠えるのは食事前だからなのか。黃金のフワフワしたと薄汚いは結びつかない。しい並みと甘ったれた表は野良と思えないが……

犬??

らしいエデン犬が不気味な石段を駆け下りてくる。の染み込んだ呪われた石段を。天真爛漫なペットとは余りに不釣り合いだ。

あれは……シーバートの伝書犬マリク。

丸まった尾を左右に降り続けている。口角を最大限に上げ、喜びを表現するのは犬ならでは。裂けた口からこぼれるのは桃の舌。真っ黒な目はの最大の武である。

ユゼフを認識すると、可らしい犬は興気味に吠えた。この犬はユゼフにもよく懐いている。だが……シーバートは今回の旅にマリクを連れてこなかった。主國に置いてきたはずだ。

──まさか、時間の壁を通った??

飛びつくマリクを遠慮なしにで回しながら、ユゼフは違和じた。

全く時間の影響をけていない。

通常なら時に流されず通った場合、時間の粒子がに流れ込み、アダムのように老いてしまう。

にもかかわらず、マリクの目は黒々として若々しく、目やにもない。並みも艶があり、でた時の筋にも弾力があった。

──一、どういうことだろう?

考えても分からないので、とりあえず、マリクは時間の壁を通れる……ということだけユゼフは認識した。要するにマリクを使えば、難なく壁の向こうとやり取りができるということ。

僅かにし込む明を見た気がした。

このマリクの案で五首城へと向かう。

「可い犬だなぁ! ユゼフの犬なのか?」

石段を歩き始めてから、ずっと無言だったエリザが気な聲を出した。この鬱な道のせいで暗くなっていたのだろう。不揃いな歯を見せて笑った。

ディアナも犬に手をばした。しかし、見た目が可らしいからといって、誰にでも想を振りまく訳ではない。マリクが警戒していることにユゼフは気付いた。

──大丈夫だ、れろ

そう伝え、マリクの眉間をスッとでる。強張った筋は簡単に弛緩し、マリクはディアナにを任せた。

「可いわ。とっても……」

マリクの黃金が小さな手を包み込む。汚れなき白い手を。

らしい犬のおかげで、急な石段もしだけ楽になった。

レーベ視點はこちら↓

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