《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》22話 盜賊達①
宿営地が盜賊の襲撃をけた時、ユゼフとディアナ、それと侍のミリヤは幌馬車の中に潛んだ。
盜賊達に見つかりそうになると、ミリヤは自らのを曬し、ディアナの代わりとなったのだ。
ミリヤが盜賊から逃れたのは、ユゼフがナフトの町で彼らと遭遇した直後。
時間は數日前に遡る──
──────────────
(盜賊の頭領アキラ)
「それで、みすみす小娘二人と優男一人を取り逃がした、と」
アスターの言葉に、頭を垂れていたバルバソフは青筋を立ててサーベルを抜こうとした。
それを制するのはアキラだ。
「お前は短気過ぎる」
頭領に言われては逆らえない。
まだ何か言いたそうだったが、バルバソフは荒々しく店の外へ出て行った。
宿屋に置いていた戦利品の──確かミリヤと言ったか──に逃げられたことで余計に機嫌が悪い。
怪しげな三人組と遭遇した後、騒ぎが大きくなったためにアキラ達はナフトの町を出た。何せ、町中に巨大な魔獣が出現し、阿鼻喚と化したのだから。
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今いるのはそこから數スタディオン離れた別の町だ。
「盜賊というのは案外意気地がないのだな」
アスターの言葉はいちいち癇にった。
ナフトの町でバルバソフが追った娘二人の、一人は剣を持っていた。の剣だとバルバソフは油斷してかかったのだ。
そして、不覚にも関を蹴り上げられ、悶えているに逃げられたという。
逃げられたのはアキラも同じだから、バルバソフを責めることは出來なかった。
『こんな時、兄上ならどうするだろうか……』
アキラはいつになく弱気だった。
首から下げたロケットを外の上からり、気持ちを靜める。八年前、壁が現れた時に唯一信頼できる親の兄とは生き別れている。
腑に落ちない點が幾つかあった。
まず一つ目はナフトの集會所近くでじた原因不明の寒気である。
邪悪でおぞましいものに見られているような、そんなじがした。恐ろしい気配は怪しい男が姿を消すと同時に消え去ったが。
そして二つ目……
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「あの男、すごく弱かった」
アキラは呟いた。馬車の中から見張り二人の心臓を一突きした手練(てだ)れとは到底思えないのである。
「しかし、取り逃がした」
アスターに向かって言ったつもりではないのに言葉が返ってきた。
「熊男君が逃がした娘の一人はすぐに顔をスカーフで隠してしまったそうだが、しい金髪が見えた。そして、これ……」
アスターは逃げた男の剣を鞘から抜いて、銀に輝く刀を眺めた。
「冠の下に差する剣の紋章が彫られている。これはヴァルタン家のだ」
男はユゼフ・ヴァルタンで、逃げた娘の一人はディアナ王に間違いない……ということが言いたいらしい。
「ただの従者が俺の家來を三人、ぶ間もない早さで片付け、魔獣を呼び出すのか」
「面白いではないか」
アスターは楽しそうに髭を弄(いじ)った。
『何が面白いんだか』
コルモランから催促の文が何度も屆いており、アキラを不愉快にさせていた。
「ところで、あんたは橫から口を出すだけで全く役に立っていないが……口だけではない所を証明出來るのか?」
アキラはアスターを睨み付けた。
「……まあ、當たる可能は四割ほどだが、彼等が逃げた場所を推理してやってもいい」
「……四割だと?」
アキラは嘲笑った。
アスターは嘲笑を気にも止めず、モズ國の地図を広げる。
「人気《ひとけ》のない、人の寄り付かない場所で雨を凌(しの)げる場所……」
アスターは地図を指でなぞる。
「使われなくなった砦、古い跡、廃城、昔の神殿、教會……」
「そんな場所、幾らでもある」
アキラは苛つきながら言った。
「彼等は宿営地ではぐれた仲間とどこかで落ち合うかもしれんな」
アスターは髭のリボンを結び直した。
「どうだか。隊長のダニエル・ヴァルタンは死んでいるし、敗走兵は沢山いるだろうが……そういえば、王に変裝したと爺さんに逃げられた報告があったな」
「ほう……と爺さんを取り逃がした奴等に罰は與えたのか?」
アスターの目がギラリとった。
「いや。魔で目眩(めくら)ましされたと言っていたが……」
「貴公は甘い」
「あんたにとやかく言われる筋合いはない」
「まあいい、その爺さんというのは王室付學士だな。壁の向こうと何らかの方法で連絡を取っている可能もある……年老いた學士で魔が使える者……」
アスターは上を向き、目を閉じる。
「……ああ、思い出した」
顎髭をりながら言った。
「グランドメイスター、シーバート……優秀な學匠である」
アキラはチッと舌打ちした。アスターの大仰な振りにはもううんざりしている。
「そのお偉い學匠様が逃げたからってどうなんだよ?」
「王達と必ずどこかで落ち合うはずだ」
「どこで、だ?」
「まあ、急かすな」
アスターは再び地図を指でなぞり始めた。
「そもそも王とその軍はどこへ向かおうとしていたのか?」
「グリンデル王國側の壁が薄いとヴァルタンの従者から聞いたが……」
「壁に薄いも厚いもなかろう。そもそもグリンデルに背を向け、反対方向へ向かっているではないか。反対回りだと大陸の四分の三を回らなければならない。著くまでに一年はかかるぞ」
「早馬で行けば半年で行ける」
「王を連れてか?……頼むよ、坊や」
アスターはそう言って大笑いした。
『坊やだと? 盜賊の頭領であるこの俺を』
アスターの目が鋭い事に気付かなければ、アキラは斬りかかっているところだった。
不意にアスターはピタリと笑うのをやめる。
「戦時中、カワウに攻められてこのモズが戦場になったことがある。鳥の王國軍は西のカワラヒワとの國境辺りソラン山脈まで追い詰められた。私は既に帰國していなかったのだが、後で面白い話を聞いた」
地図上のアスターの指がソラン山脈で止まった。
「「蟲食い」だよ。蟲食いを通って同盟國であるグリンデルから援軍が來たのだ」
「蟲食い?」
蟲食いのことは知ってはいたが、実際に見たことはなかった。鳥の王國には沢山あるそうだが。
「そう蟲食いだ。援軍のおで鳥の王國軍は盛り返し、カワウ國軍を逆に追い詰めることができたのだ」
アスターはそこでエールを飲みながら、木の実を摘まんだ。
「これが王、ユゼフ・ヴァルタン、メイスター・シーバート」
と、木の実を地図上に並べ始める。
王はクコの実、剣士はくるみ、ユゼフはカボチャの種、シーバートは干し桑の実……
『全く何を遊んでるんだか……』
アキラは呆れながらも、この変な男に期待し始めていた。
「蟲食いの詳しい場所は知らないが……近くにこんな場所が……」
アスターは指で指し示した。
「……五首の城か」
その時、足元でガタガタっと音が聞こえた。
アキラとアスターはテーブルから飛び退く。
「何者だ?」
アキラはテーブルクロスを素早く引っ張った。
木のコップが倒れ、中にっていたエールがこぼれる。地図上に大きな染みを作った。
テーブルの下に居たのは年だった。
「ちょ、待ってください。僕は食べをし頂いていただけです。殺すのはやめてください」
剣を突き付けられた年の手にはパンが握られていた。
「全く……それは持って行っていいからさっさと失せろ」
張が一気に緩んで、アキラは投げやりな口調で言った。なりはそんなに悪くないが、どこかの不良年か。テーブル上の食べをくすねていたのだと思われる。
走り去ろうとした年は、急に止まって振り返った。
「なんだ? 何かあるのか?」
「先程、ソラン山脈の話をしていましたね」
「子供には関係のない話だ」
「僕の村が前にあそこら辺にありました。戦爭で焼かれてもうないですけど……」
「何が言いたい?」
「道案は必要ありませんか? お小遣いをくれれば、やりますよ。僕はあの辺り詳しいんです」
年は人懐っこい笑顔を見せた。
アキラはアスターを見る。
「丁度いいではないか。可らしい年だし、賢そうだ」
アキラは頷いた。
「子供、名は何という?」
「レーベと申します」
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