《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》31話 カワウ

カワウ王國のフェルナンド王子は神経質そうな顔をした背の低い男だった。

ユゼフを上から下まで値踏みするかのようにジロジロと見てくる。

綺麗にしたつもりだったが、長旅による上の汚れは隠せない。

不安と張でユゼフはカチコチになっていた。

「このようななりでのご無禮をお許しください」

「いいから早くディアナ姫からの文を渡せ」

ユゼフは跪いた狀態で頭を垂れ、うやうやしく文を差し出した。

フェルナンド王子は素早く封を切り、文に目を通した。

読み終えるまでには一分とかからない。

王子はし下がった所にいた丸坊主の男へ文を渡した。

丸坊主が読んでいる間、自分の薄い頭髪をでてみたり、生やし途中の髭を引っ張ったり落ち著きのない様子を見せる。

フェルナンド王子はユゼフとほとんど変わらぬ年齢だが、唯一生き殘った後継者としての重圧のせいだろうか……髪は大分薄くなっており、目元や口元がくすんでいるため、老けて見えた。

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「どう思うか? コルモラン」

王子は傍らにいる坊主頭の顔を心配そうに窺う。

「しばらく殿下と話をする。そなたは下がっておれ」

コルモランは鋭い一瞥をユゼフに投げかけた。

「かしこまりました」

ユゼフが部屋を出てから、小聲での相談が始まった。ドアの隙間から僅かながらに聲がれている。

こんな時は生まれ持った能力が役に立つ。並外れた聴力が。

「……盜賊達から前金は回収できたか?」

「いえ。しかしこちらが先に王を捕らえられれば、奴等の面子は丸つぶれですから言うことを聞くでしょう」

「……しかし、姫の方からこちらに助けを求めて來るとはな」

王子は嬉しそうに押し殺した聲で笑った。

手紙はディアナからフェルナンド王子へ助けを求める容になっている。モズの跡にを隠していると。周りを盜賊達がうろついているためきが取れない。王子自ら助けに來てほしい……そのようにユゼフは書いた。

「モズまで行くのは面倒だが、あのしい花嫁に恩を売っておいても損はなかろう」

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「モズの跡までは三日ほどで到著致します」

「兵は何人用意した方がいいだろうか?」

「百人もいれば十分かと」

「よし」

相談が終わると、ユゼフは部屋に戻らされた。

「ユゼフ・ヴァルタンと言ったな。長旅、ご苦労であった。明朝、王を助けに発つのでそなたは風呂にでもって旅の疲れを癒やすがよい」

「労いのお言葉、ありがたく存じます」

「顔を上げよ」

「……?」

話が終わったにも関わらず、王子はユゼフの事をジロジロと見てきた。

冷たい汗が背中を濡らす。

「あの有名なダニエル・ヴァルタンの弟なのか? 全然似ていないのだが。ヴァルタン卿には戦時中、我がカワウ軍は大変痛い目に合わされた」

ユゼフは答える臺詞に困り黙っていた。

婚約儀式を離れた所から見ていたので、王子の顔は知っている。しかし、それは一方的に知っていただけで、王子からしたらユゼフは大勢いる従僕の一人だ。記憶に殘っていないのは當然である。

「……まあいい。剣を差しているが、使えるのか?」

王子はユゼフが腰に差している盜品の剣を顎でシャクった。この剣は騎士が使っていたを盜んだのか、は悪くない。が、紋と銘が削り取られていて明らかに不自然だった。

「あのダニエル・ヴァルタンの弟ならば、かなりの使い手なのでは?」

橫に居たコルモランが煽った。

剣を見せろと言われたらまずいことになる。

「剣はほとんど使ったことはありません。この剣は天幕が襲われ、逃げる時に倒れていた盜賊から奪い取ったです」

コルモランが眉間に皺を寄せて訝しむような表をする。

ユゼフは目を逸らし、付け加えた。

「侍と學匠と數人で逃げたものですから、武が必要でした」

言い訳じみてなかっただろうか、噓っぽくなかっただろうか……冷たい汗がこめかみから頬を伝い、ポタリと床に落ちた。

王子を見ると、哀れみの視線を送りながら、二回軽く頷いだだけだった。

「さぞ大変だったであろう。そちの忠義心と勇気に敬意を表する」

「勿無いお言葉、ありがとうございます」

だが……

話が終わっても王子はユゼフを直ぐには解放せず、じっと見ていた。

『気付かれたか?』

心臓が早鐘のように打ち続けている。から飛び出んばかりに。

手足は強張り、まるで木偶にでもなったかのように覚が奪われる。暑いのか、寒いのかさえも分からず、火照ったに冷たい汗だけが流れ落ちた。

これまでか、と思った時だった。

ようやく王子が口を開いた。

「そちは宦なのか?」

ユゼフが戸っていると、橫からコルモランが口を挾む。

「當然でございましょう。でなければ、王様のお側には置けません」

「宦のアソコはどうなっておるのだろうな?」

ユゼフは流れる冷や汗を拭うことも出來ず、強張った顔で答えた。

元から切られて何もございません……」

間は數秒ほどだったろうか。

王子の視線が好奇なのか憐れみなのかは分からない。再び嫌な沈黙に支配された。

パチンと何か弾けるように、一瞬で空気が変わる。不意打ちだった。

王子が膝を叩いて笑い出したのだ。

強面のコルモランも歯を見せ、聲を立てて笑っている。

「聞いたか? コルモラン。これなら王も安心だ……まあ、よかろう。今日はゆっくりと休息するがよい」

ユゼフは止めていた息を一気に吐いた。

「ありがとうございます……」

安堵しているのを気づかれたくはない。

一緒に笑うべきか、屈辱的な顔をすべきか分からずユゼフは顔をひきつらせた。

※※※※※※※※※※※※※※※※

二日後、ユゼフは王子に付き添って土漠を西北へ向かって進んでいた。

この土漠はカワウとモズの國境に橫たわり、どちらの所領かはっきりしない場所である。最初にユゼフ達が盜賊達に襲われた辺りはもう通り過ぎた。モズの古代跡は土漠の西北に位置し、「魔法使いの森」の手前にある。

古代跡はり組んだ迷路のような場所で、追跡が難しいため選んだ。

この大陸が一つの國だった昔、王城があった場所だと伝えられている。外海からやって來た侵略者達は城と城下町を完全に破壊しようと試みたが、天災が立て続けに起こり葉わなかったのだという。

天災は魔國に落とされた王の呪いだと怖れられた。また、この場所を通りかかった旅人が數々の怪奇を見たことで噂は更に広まった。

要は曰くつきの場所なのだ。この場所には誰も近寄らない。

先の戦爭では、迷い込んだ兵士が出れなくなって何人も白骨化しているという噂まで流れる始末だ。

ユゼフにとっては都合良かった。

そういった噂のためか、王子達一行は日が暮れる前に天幕を張って休息を取ろうとした。

「王様は首を長くして殿下をお待ちです。あのような場所で何日も……夜までには到著致します。すぐ目と鼻の先ですから何卒(なにとぞ)足を止めることのないようお願い申し上げます」

跡の中へい込むのは夜の方が都合いい。

ユゼフは出來るだけ控えめに申し出た。

「たかだか、宦の従僕風が意見するか? 夜で視界が悪いのだから待ち伏せなどされたら危険だ」

コルモランが恫喝した。

「まあ、いいではないか」

と王子。

「目と鼻の先と言うのなら、兵の半分に陣営を張らせ殘りの半分で向かえばよい」

「ですが……」

「早くしい姫に會いたいのだ。四方を遠眼鏡で確認したが敵はどこにもいない」

そしてコルモランに耳打ちした。

「構わぬだろう。どうせ王の周りには數人しかいないのだし。何かしようにも何も出來まい」

「ですが、用心するに越したことはありません」

コルモランは疑り深い目でユゼフを見る。

ユゼフはコルモランが折れるまで、しばしの間、下を向いてずっと待っていた。

「この鈍臭い、剣も扱えないような宦が何か出來ると思うのか?」

「私の申し上げているのは可能です。例え低い確率であっても危険は避けるべきかと……それにこの者は盜賊達から逃れることができたのですぞ?」

「たまたまに決まっておろう。そんなことより、王を怖ろしげな場所で一晩も待たせる気か? これから長い付き合いになるであろう伴の不興を買いたくはない……」

十分ほど話し合った結果、コルモランはしぶしぶ王子に従うこととなった。

その間に日は大きく傾き、辺りは紅く染まってしまった。

東の空には大きな青白い月が早々と顔を見せている。

『騙し討ちか……』

ユゼフは何故か、イアン達と年時代にやったゲームを思い出していた……

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