《家から逃げ出したい私が、うっかり憧れの大魔法使い様を買ってしまったら》出會いと呼ぶにはお末な 2
「……とは言っても、何からすればいいのかな」
翌日、ふとした時にあの侯爵の顔を思い出してしまい、食も湧かず珍しく朝食を殘してしまったわたしは、ソファにぼふりと腰掛けた。側にいたメイドのルビーは、そんなわたしを心配そうな顔で見つめている。
ちなみに普段から食事も全て、自室で一人でとっている。代わりであるわたしに何かあっては困るせいか、味しいものがしっかりと出てくるし、嫌味を言われながら食べるよりも部屋で一人で食べる方が何百倍もマシだった。
そして彼、ルビーはわたしがハートフィールド家に來てからずっと側にいてくれていて、唯一信用できる人だ。
わたしは彼になら話してもいいだろうと思い、昨晩聞いたばかりの話を伝えてみる。するとルビーはその名の通り大きな赤い瞳を、驚いたように見開いた。
「実は私も、なぜ旦那様がジゼルお嬢様を急に引き取られたのかと、不思議に思っていたんです。けれどまさか、そんな恐ろしいことを考えていたなんて……」
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彼曰く、メイド仲間の噂によると伯爵夫妻は一時期賭博にのめり込んでおり、かなりの借金を抱えたという。そしてそんな伯爵家を救ったのが、ロドニー様なんだとか。
つまり伯爵夫妻は借金の返済の代わりに、娘を差し出すことにしたのだろう。人でなしにも程がある。
「今後、どうされるおつもりなんですか?」
「とにかく、18歳の誕生日を迎える前にこの家から逃げ出すつもり。今のところ味方はルビーしかいないけれど、頼れる男も一人くらいは居ないと困るよね……」
18歳になってさえいれば、その後の生活についてはし考えがある。けれど一人では、危険なことも多々あるだろう。だからこそ、信頼出來る男もしい。
そうして必死にどうしようかと考えていると、紅茶を煎れてくれていたルビーが口を開いた。
「男手が必要なら、奴隷を買っては如何ですか?」
「……どれい?」
「はい。この家の使用人達は正直、信用なりません。だからこそ、外から味方を探してくるのです。安いものも沢山いますから、お嬢様のお手持ちで買える男もいるかと」
そんなことをさらりと、ルビーは言ってのけた。
それにしても奴隷だなんて発想、わたしにはなかった。奴隷市場の存在は知っていたけれど、まさか自分がそこで人間を買うなんて、想像したことすらなかったのだ。
彼の言う通り、父によって雇われているこの家の使用人は、基本的に信用ならない。正直、奴隷を買うことに抵抗はあるけれど、手段は選んでいられなかった。わたしのこの先の人生全てが懸かっているのだ。
そして買うのなら、間違いなく早いほうがいいだろう。信頼関係を築くことは大切なはず。
「決めた、午後から奴隷市場に行くことにする!」
「はいかしこまりました」
「そしてムキムキの男を一人買うわ」
「ムキムキ、ですか。良いと思います」
わたしに何の興味もない伯爵夫妻のことだ、ルビーの知人を護衛として雇ったと言い、賃金はお爺様に頂いたお金で何とかすると伝えれば、文句を言われることもないだろう。ちなみに年に數回だけ會えるお爺様は、わたしにも優しい。
そしてわたしは、午後に向けて準備を始めた。
◇◇◇
「お嬢様、もう出発してもよろしいですか?」
「あ、ちょっと待って」
わたしはそう言うと、慌ててクローゼットの奧に仕舞っていた小汚い像を取り出した。気持ちの悪い、猿のような顔をしたなんとも悪趣味な像である。
この家に來た當初、こっそり飼っていた小鳥のピヨちゃんが死んでしまい、庭に埋めていた際に出てきたものだ。この像がもしも売れたら、買うときの足しにしようと思う。
ルビーの持つカバンにれると、近くの雑貨店に行くと他の使用人に告げ、わたし達は出発したのだった。
「よ、400萬バレル……!?」
「はい。素晴らしいお品ですね」
早速変な像を売りに來たわたしは、告げられた買取金額に冷や汗が止まらなかった。なんと店主がコツン、とハンマーで像を叩くと、中から金の像が出てきたのだ。やけに重たいと思った。
400萬バレルなんて、その辺の貴族が數ヶ月遊んで暮らせるほどの大金だ。ピヨちゃんには謝してもしきれない。
わたしは恐る恐る多すぎる現金をけ取るとしっかりと鞄にれ、ルビーに託した。こんな大金を持ったことがないせいか、心臓がバクバクと早鐘を打っている。
その後、ルビーに案され奴隷市場に著いたわたしは、早速店主のオススメの青年を見せてもらうことにした。
「…………」
案されながら、きょろきょろと周りを見回してみる。なんとも言えない、異様な雰囲気だった。正直二度と來たくない場所トップ3にランクインしそうだ。
「さてお嬢様、彼なんてどうですか?」
「た、確かにたくましい……」
店主に勧められた男は、18、9歳といったところだろうか。作戦の決行は4年後だから、年齢的にも丁度いい。筋質だし、とても強そうだ。さわやかで、顔も悪くない。
そして彼にしようと決めた後、何気なくその奧へと視線を向けたわたしは、思わず息を呑んだ。
信じられないくらいの年が、そこにいたからだ。
何一つ無駄のない、完されたがそこにあった。そんな彼はき通るようなアイスブルーの瞳で、じっとわたしを見つめている。しだけ長めのらかな銀髪は、整いすぎた顔によく似合っていて、まるで天使のよう。
こんなにも綺麗な人を、わたしは生まれて初めて見た。
そして彼はわたしが見つめ返したことに気が付くと、しだけ首を傾げ、切なげに微笑む。
そのが「たすけて」といた瞬間、わたしは思わず、こくりと頷いてしまっていた。
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