《家から逃げ出したい私が、うっかり憧れの大魔法使い様を買ってしまったら》足りないものを、埋めていく 4

どうして、こんなことに。

「ジゼル嬢は、心優しい方なんですね」

「いえ、そんなことは……」

「謙遜しないで。貴ほどしい方はいないと思っていましたが、面までしいとは」

「あの本當に、汚いくらいでして……」

「はは、そのうえユーモアまである」

現在、眩し過ぎる笑みを浮かべたこの國の第三王子と向かい合っているわたしは、心頭を抱えていた。

今日、わたしは第三王子であるクライド様からの招待をけ、全く気が乗らない中、王城へとやってきていた。

クライド様と年の近い、上位貴族の子息子が集められたガーデンパーティに參加するためだ。基本的にわたしを社の場に出したくない伯爵夫妻と言えど、王族からの招待とあっては、流石に參加させざるを得ないようだった。

「いい? 我が家の恥さらしのあんたは、端っこで大人しくしてなさいよ!」

「うん」

行先は同じだと言うのに、わたしとはわざわざ別の馬車に乗る直前、サマンサはそう言った。

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はあちこちで、わたしのことを「元平民の売の娘」などとれ回っている。そのお蔭で既に浮いているわたしに話しかける令嬢などいない為、最初からそのつもりだ。そもそも、家の恥を曬しているのは果たしてどちらなのだろう。

自分で言うのも何だけれど、とんでもない人だった母のお蔭で、わたしも見た目は悪くないのだ。そのせいか、男から話しかけられることは多々ある。

けれど普通の會話をしているだけでも、サマンサやその周りの令嬢達からは「男ばかりと話す男好き」などと言われてしまう。もう全てが面倒なわたしは、誰とも関わらず味しいものだけ食べて帰ろう。そう思っていた。

やがてパーティーが始まり、適當に挨拶を済ませたわたしはケーキを摘まむと、離れた場所で花を見て回っていた。

すると不意に、足元に何かが落ちていることに気が付き足を止める。よく見ると、それは小鳥だった。そっと抱き上げると、どうやら羽を痛めていて飛べなくなっているらしい。

「……可哀想に、痛かったね」

わたしはきょろきょろと辺りを見回し、誰もいないことを確認すると、そっと小鳥に右手をかざし魔法をかける。人間以外に使うのは初めてだけれど、無事に治せてほっとした。

傷が癒えた小鳥は、あっという間にわたしの手のひらから飛び立って行く。するとすぐにその子よりも一回り大きい鳥がやってきて、寄り添って二羽は青空に飛んで行った。

「気をつけてね」

そんな姿をしだけ羨ましいなんて思いながら、ぽつりと呟いたときだった。

「ジゼル嬢」

そんな聲が、背中越しに聞こえてきて。恐る恐る振り返った先にいた人を見た瞬間、ぐらりと目眩がした。

「で、殿下……」

「クライドでいいですよ」

彼はそう言うとわたしのすぐ近くまでやってきて、にっこりと微笑んだ。どうして、主役がこんなところに。

「ジゼル嬢も、魔法使いだったんですね」

「い、今の、見て……?」

「はい。ばっちり」

誰もいないことを確認したつもりだったけれど、わたしは自の甘さをひどく悔いた。

「あの、どうかこのことは誰にも言わないで頂けますか」

「もちろん。君がむのなら」

その言葉にほっとするのも束の間、クライド様は「その代わりと言っては何ですが」と続けた。

しだけ、二人きりで話せませんか」

そうして、冒頭に至る。

「ずっと、君と話してみたいと思っていたんです」

そう言って微笑むと、クライド様は優雅にティーカップに口をつけた。ひとつひとつの所作が洗練されていて、そのしさに思わず見とれてしまう。

わたしと言えば、恥ずかしいことに貴族の令嬢としてのマナーすら完璧ではない。だからこそ、相ひとつできない相手である彼の前にいるだけで、余計に落ち著かなかった。

伯爵家に來てからのこの二年、最低限のマナーは教えられたけれど、普通は子供の頃から學びに付けるものだ。わたしのような付け焼き刃では時折、ボロが出てしまう。

「ジゼル嬢も、魔法學園に行く予定ですか?」

「は、はい。そのつもりです」

「それでは僕と同級生になりますね。嬉しいです」

クライド様が魔法使いであること、それもかなりの力を持っていることは有名な話だった。

魔力のない第一・第二王子を押し退け、いずれ彼が王座につくのではないかという噂も、聞いたことがある。

「これから、仲良くしてくださいね」

エメラルドのような緑の瞳をらかく細めた彼が、一何を考えているのかはわからない。わたしと仲良くしたところで、クライド様が得をすることなんて何一つないはずだ。

それでもわたしは、とりあえず頷くしかなかった。

◇◇◇

「っなんで、なんであんたばっかり……!」

「い、った……」

家に帰った途端、サマンサは発狂した。あまりの様子に、義母ですら慌てて止めにったくらいに暴れた。

思い切り頬を叩かれ、髪を引っ張られ。せっかくルビーが綺麗に結ってくれた髪も、めちゃくちゃになっているだろう。

「クライド様が、なんであんたなんか……!」

二人で話をする際、人目のないところでとはお願いしたものの、やはり誰かに見られていたようで。どうやらそれが、彼の耳にもったらしい。

だから、嫌だったのだ。クライド様はその分はもちろんのこと、見目も良いことからかなりの人気がある。これからは殿下の婚約者の座を狙う令嬢達にも、余計に目の敵にされてしまう。そしてサマンサも、その一人だったようで。

父がやってきたところで、わたしは逃げるように痛む頬を押さえ自室に戻れば、ソファにはエルの姿があった。

「ただいま。何か変わったことはあった?」

「お前の顔くらいだな」

「っふふ、いたた、」

そんなエルの言葉に思わず笑ってしまい、頬が痛む。

わたしは外出用のドレスのまま、エルの隣にぼふりと腰掛けると、早速頬を治した。結構腫れていたため、疑われないよう後でガーゼでも當てておくことにする。

「また、あのヒステリーか」

「そんなとこ」

「ふうん。お前、腹立たねえの」

エルは手に持っていた、羽で出來たペンをくるくるふわふわ用に回している。どうやら何かを書いていたらしい。

「……もちろん、すっごく腹は立ってるよ。なんでこんな目に遭わなきゃいけないのかとも思う。でもわたしはまだ、この家の中でしか生きていけないから。我慢しないと」

いくらし魔法が使えるといったって、こんな子供ではまともな場所では雇って貰えるとは思えない。それこそ、拐われて悪用されたりするのがオチだ。

「今はエルもいるし、大丈夫。耐えられるよ」

そう言って微笑んでみたけれど、反応はない。

しばらくの沈黙の後、バキッという音がして。何事かと思えば、エルの手の中にあったペンが見事に折れていた。

「えっ、大丈夫? 手、怪我してない?」

「…………」

「……エル?」

それでもやっぱり、反応はない。

エルは何故か困したような表を浮かべたまま、自の手の上にある折れたペンをじっと、見つめていた。

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