《家から逃げ出したい私が、うっかり憧れの大魔法使い様を買ってしまったら》足りないものを、埋めていく 5

「……どうしよう」

王城でのガーデンパーティーから一週間が経った今日、わたしは一枚の手紙を手に、困り果てていた。

階下からはサマンサの金切り聲や、ガッシャンパリンというとんでもない音が聞こえてくるから尚更だ。

「どうするも何も、お斷りするなんてあり得ません」

「そ、そうだよね……」

「はい。國中の令嬢が羨むお話ですよ」

ルビーはそう言うと、紅茶を注いでくれた。

そう、この手紙はクライド様からのものだ。それも王城にて、二人でお茶をしないかというおいで。

だからこそサマンサは、あんなにも怒り狂っている。

「それにクライド様の婚約者の地位を得れば、ロドニー様との話も間違いなく無くなります」

「確かに……いやでも、わたしには無理では……」

元平民でマナーすら完璧ではないわたしが、王子様の婚約者など、務まるはずがない。

そもそも、わたし達がこうして勝手に話しているだけで、クライド様にはそんなつもりなど全くないのだろうけど。

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「クライド様は素敵な方だと聞いていますし、とにかく気にられておいて損はありません」

「わ、わかった」

ルビーの言う通り、クライド様とお近づきになっておいて困ることはない。気は乗らないけれど、自の未來の為だ。

「はっ、こいつにそんなもん務まるかよ」

そんなわたしの向かいに座っていたエルは、馬鹿にしたような笑みを浮かべると、カップケーキを口に運んだ。

ちなみにこの部屋の中では、エルがどんなに生意気な態度をとっても怒らないよう、ルビーに言ってある。間違ったお願いだとはわかっているけれど、彼もわたしにとってのエルの存在を理解しているのか、何も言わなかった。

「お嬢様はこんなにもおしいんです、いくらでも可能はあります。他國の王族にまれたっておかしくありません」

「いや、それは言い過ぎでは……」

は時折、わたしを過大評価しすぎるところがある。

「とにかく、後でクライド様に行くと返事をするから、レターセットの準備をお願いね」

「かしこまりました」

それと同時に、くちゅん、と可らしい小さなくしゃみをしたエルは、何故かひどく驚いたような表をしていた。

◇◇◇

それから數日が経ち、クライド様とお會いする日の朝。

「……風邪ですね」

ルビーはそう言うと、冷たいタオルをエルの額に乗せた。

ベッドに橫たわり、ぐったりしている彼の顔は林檎のように赤く、その頰にれてみれば信じられないくらいに熱い。

ルビーは氷水の替えと風邪薬を持ってきますと言い、部屋を出て行った。ここ數日、エルはやけに大人しいと思っていたけれど、どうやら合が悪かったらしい。すぐに気付いてあげられなかったことが悔やまれる。

ちなみにこっそりと治癒魔法を試してみたけれど、外傷とはまた違うらしく、わたしにはうまく出來なかった。

「エル、大丈夫? 辛いよね」

そう聲をかけると、彼はひどく辛そうに目を細めた。

「……はじめて、」

「うん?」

「はじめて、風邪ひいた」

「えっ」

合わるくなるの、はじめて」

そんなことがあり得るのだろうか。驚いたわたしの口からは、間の抜けた聲がれてしまう。

彼は今まで、健康そのものだったらしい。それならば尚更辛く不安だろうと、わたしは彼の手を握った。

とにかく今は薬を飲んで、大人しく寢ているしかない。

「……こんなの、しぬ、だろ」

「エルは普段健康だから、風邪では死なないよ。大丈夫」

それでも彼は、噓だ、こんなに辛いなんて絶対に死ぬ、と繰り返している。本當に合の悪さに慣れていないらしい。

辛そうにしている姿を見るだけで、が痛む。代われるのならば代わってあげたいとも思う。

「お嬢様、そろそろ支度を」

「……うん、わかった」

ルビーの言う通り、もう準備を始めなければ約束の時間には間に合わない。本當に、タイミングの悪さが恨めしい。

「ごめんね、エル。しだけ行ってくるから、薬をきちんと飲んで大人しく寢ていてね」

そう言って、立ち上がろうとした時だった。

ぎゅっと彼の小さな手が、繋いでいたわたしの手を摑んで離さなかったのだ。エルの顔を見れば、呼吸は荒く、目を閉じたまま苦しそうな表を浮かべていて。

「……本當に、ごめんね」

けれど流石に、王子であるクライド様との約束を土壇場でキャンセルする訳にはいかない。

わたしは斷腸の思いでそっとエルの手を離すと、らかな銀髪をそっとで、彼の部屋を後にした。

◇◇◇

「……お前、なんでいんの」

數時間後、目を覚ましたエルはわたしを見るなり、驚いたようにしだけ目を見開いて。掠れた聲で、そう呟いた。

まだ辛そうだけれど薬がし効いたのか、先程よりは顔は良くなっていて、ほっとする。

「王子のとこ、行ったんじゃないのかよ」

「行ったよ」

「だってまだ、晝じゃ」

「王城まで行って全部正直に話して、謝って帰ってきた」

「は、」

ありのままを伝えれば、やっぱりエルは信じられないという表を浮かべ、わたしを見つめていたのだった。

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