《家から逃げ出したい私が、うっかり憧れの大魔法使い様を買ってしまったら》ふたり手を繋いでゆっくりと 2

「ユーインは昔からの知り合いで、同じ所に住んでた。で、俺はクソババアに呪いをかけられて追い出された。おわり」

「えええ……」

あれから5時間も晝寢し、夕食の時間になってようやく起きてきたエルは、突如そんな説明をしてくれた。正直、漠然としすぎていてよくわからない。

けれど先程の二人の會話を聞いていた限り、奴隷市場の件は怖いけれど、ユーインさんはエルのことを多なりとも考えている様子はあった。

魔法學園のことだって、エルのために戸籍を用意してくれるとも言っていた。クソババアさんのことも呪いのことも、わたしにはよくわからないけれど。果たして一方的に、そんなことをするだろうか。

「……ねえ、エル。違ったら本當に申し訳ないんだけど」

「何だよ」

「もしかして、エルって何か悪いことをした?」

「……………………知らん」

やけに長い沈黙と否定をしないあたり、かなり怪しい。エルのことは大好きだけれど、彼の口や態度の悪さならば、喧嘩やトラブルを起こしていても、おかしくない気がする。

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けれどこれ以上は話したくなさそうなので、今日はもう聞かないでおこうと思う。

「とにかく、魔法學園にいけば呪いが解けるかもしれないって、ユーインさんも言ってたよね。一緒に行かない?」

「行くわけない」

「まだ試験までは時間もあるし、考えておいてね」

一緒には行きたいけれど、無理強いはしたくない。行く気になってくれるといいなと思いながら、不機嫌そうな表を浮かべ、し寢癖のついているエルを見つめたのだった。

◇◇◇

「はぁ? お姉様が魔法を?」

「うん」

「……それは、本當なのか」

「はい」

それからあっという間に、二ヶ月が経ち。雪もちらほらと降り始めた12月のある日。

いよいよ今月、魔法學園の學試験がある。流石に親の許可は必要だと思い、ちょうど広間に居た伯爵夫妻に、わたしは自が魔法を使えることをようやく告げた。

すると、珍しく広間にわたしがいることを聞きつけたサマンサまでやってきて、口を挾んできた。義母も、今にも文句を言いたそうな顔をしている。こうなることがわかっていたから、言いたくなかったのだ。

「噓よ、絶対に噓! あり得ないわ!」

「それは試験をけたら分かることだし、とにかく今月の試験をけて、かれば通うことにします」

「……分かった、そうしなさい」

魔法使いが家から出ることは、名譽なことらしい。両親が魔法使いだからと言って、子が魔法使いに生まれてくるとは限らない。それでも貴族間ではステータスの一つとなっており、家の価値が上がるとかなんとか、聞いたことがある。

だからこそ父も、反対はしないと思っていた。とにかく許可は降りたことだしと、部屋に戻ろうとした時だった。

「待ちなさいよ! あんたの魔法、見せてみなさい! じゃなきゃ離さないから!」

「いた、っ……」

わたしの髪を思い切り摑んだ、サマンサの真っ赤に塗られた長い爪が頬をかすめて。それと同時に、ピリッとした痛みが走る。頬にれてみれば、しだけ指にが付いた。

サマンサのことだ、本當に見せてみるまで放してはくれないだろう。「わかった、わかったから放して」と言えば、なんとか髪から彼の手が離れた。頭皮がひどく痛む。

そうしてわたしは、彼や伯爵夫妻の目の前で頬を治して見せた。三人の表が、一気に驚いたようなものに変わる。

「……うそ、しかも、魔法……」

サマンサは義母と同じをした薄茶の両目を見開き、信じられないという表を浮かべていた。やがてそれは、怒りに満ちたものへと変わっていく。

「なんで、なんでアンタはいつもそうやって……!」

「サマンサ、落ち著きなさい!」

サマンサはいつもの癇癪を起こし、治したばかりのわたしの頬を思い切りばちん、と叩く。珍しく父がすぐ止めにってくれたお蔭で、わたしは逃げるように部屋へと戻った。

「……どうした、その顔」

「サマンサのいつものやつだよ。大丈夫、すぐ治すから」

部屋へと戻ると、エルは何故か窓際にいて。その手には書類らしき紙の束があった。一なんだろうと思いながら痛む頬を治していると、エルは睨むようにしてこちらを見た。

「お前、寮があるの知ってたんだろ」

「えっ?」

「學園に寮があるの、知ってたんだろって言ってんの」

どうやら先程、ユーインさんが來て彼の戸籍に関するものや、魔法學園についての書類を屆けてくれたらしい。

そして彼の言う通り、學園には無償でれる寮もある。

「俺を一人置いていくのが、とかバカなこと考えて、クソみてえなこの家に殘る気だったのか」

「…………」

寮にさえれば、この家から三年間も出られるのだ。本來ならば、迷わずそうしていただろう。

けれどこんな家に彼を一人置いていくのも、そしてわたし自、エルと離れるのは何よりも嫌だった。

「バカじゃねえの」

「……だって」

「お前のそういうとこ、本當にいらつく」

「ごめん、なさい」

それでもやっぱり、無理強いはしたくなかった。三年間という長い期間を、わたしの我儘で縛りたくはなかった。

そして初めて、エルがわたしに対して本気で怒っているような態度を見せたことで、泣きたくなっていた、けれど。

「……行く」

「え、」

「俺も、學園に行ってやるって言ってんの。何度も言わせるな。それに呪いを解くためであって、お前の為じゃない」

「…………ほんとに?」

行ってやる、なんて言いながらもお前の為じゃない、なんて言う素直じゃないエルが、わたしはやっぱり大好きで。

あまりにも嬉しくて思わずエルに抱きつけば、「離せバカ、暑苦しい」と怒られてしまった。

そして翌日、ルビーと買いに行こうとしたわたしは、玄関でばったりサマンサに出くわした。そんな彼の顔は目の周りが真っ青で、パンダのおばけみたいになっていて。

使用人に話を聞いたところ、昨夜寢ていたら突如棚からが落ちてきて顔に當たり、あんな顔になったとか。

……昨夜は間違いなく地震なんて起きていなかったし、確か彼の部屋のベッドから棚までは、かなり距離がある。そんなこと、普通ではありえないはずだ。

義母からは治せないのかなんて都合のいいことを言われたけれど、魔力切れだという適當な噓を言って、家を出た。

そしてその日わたしは、エルの大好きなクッキーやキャンディをたくさん買って帰ったのだった。

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