《家から逃げ出したい私が、うっかり憧れの大魔法使い様を買ってしまったら》目を閉じて、耳を塞いで 1

「ジゼル、とっても綺麗です……!」

「ええ、本のお姫様みたいですよ」

「お二人が舞臺に立つだけで、優勝間違いなしだわ」

學園祭二日目。午前中の二組目に出演することになっていたわたし達は、朝から準備で慌ただしく過ごしていた。

リネを始めとしたクラスメイトのの子達に支度を整えてもらい、渡された手鏡を覗くと、本當に異國のお姫様のような姿をした自分が映っていた。

「わあ、本當にすごい……!」

「素材が良すぎるんですよ。あっ、クマが結構酷かったんですが、もしかして昨夜はあまり眠れなかったんですか?」

「う、うん。ちょっと張しちゃって……」

「そうだったんですね。ジゼル様とクライド様なら絶対に大丈夫です! 頑張ってくださいね。楽しみにしています」

「うん、ありがとう。頑張るね!」

やがて、リネ以外の子達は他の準備へと向かった。改めて手鏡に映る自分を見つめてみる。化粧で隠してくれたようだけれど、やっぱりうっすらと目の下にはクマが見えた。昨晩、全く眠れなかったせいだろう。

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改めて昨日のことを思い出すと、深い溜め息がれた。

キスをした直後にあんなことを言って逃げ出すなんて、本當に最低だ。言いくるめられたような気もするけれど、同意の上だったというのに。わたしがもしも逆の立場だったなら、間違いなく傷付いていただろう。

あの後部屋に戻ってからは、がいっぱいで夕飯も食べられず、ベッドに潛り込んでじたばたとしているうちに、いつの間にか朝になっていた。未だにあの時のことを思い出すだけで、顔に熱が集まっていく。

「ジゼル、もしかして何かあったんですか? 心配です」

「実は昨日ね、エルと、キ、キスしたの」

「…………えっ」

その瞬間、リネの手からはカランカランと小道が落ちていく。そして何故か彼は涙ぐみ、両手で口元を覆った。

「お、おめでとうございます!」

「えっ?」

「ようやく、想いが通じあったんですね……!」

「おもい……?」

「えっ?」

首を傾げるわたしを見て、リネもまた首を傾げた。そうしてお互いに「?」を浮かべながら見つめ合っていたけれど。

不意に彼の視線がわたしの背後へと向けられ、驚いたように大きな瞳が更に見開かれる。

「おい、クソバカ」

そして聞き間違えるはずもないその聲に、恐る恐る振り返れば、ひどく不機嫌そうな顔をしたエルと目が合った。やはり彼の顔を見るだけで、心臓が大きく跳ねてしまう。

リネはわたし達を見比べると「わ、私、仕事を思い出しました!」と言い、慌てて何処かへ行ってしまって。

エルは椅子に座るわたしの前まで來ると、同じ目線の高さになるようにしゃがみ込んだ。じっと寶石のようなアイスブルーの瞳に見つめられると落ち著かず、つい俯いてしまう。

「お前、あのタイミングで逃げるのはないだろ」

「ほ、本當にごめん」

「流石の俺でもへこむんだけど」

「ごめんなさい……」

エルの言う通りだ。本當にあれはあり得ないと思う。とにかく謝ろうと、わたしは口を開いた。

「あのね、嫌だったわけじゃなくて、その、恥ずかしかったし、々とパニックになっちゃって……本當にごめんね」

「…………」

「昨日も一晩中エルのこと考えて、眠れなかったくらい」

「……へえ?」

必死に素直な気持ちを伝えてみるけれど、今までエルとどう接していたのかすら、全く思い出せない。

「おい、こっち見ろ」

「う」

「ジゼル」

こういう時だけ、名前を呼ぶなんて本當にずるい。わたしが斷れないのを知った上で、わざとやっているに違いない。

それでも彼の思通りにゆっくりと顔を上げれば、何故か満足げな笑みを浮かべたエルと視線が絡んだ。理由は分からないけれど、もう怒っていないようで心ひどく安堵した。

「そんなに俺のことばっか考えてたんだ?」

「うん。でも、元々エルのことばっかり考えて生きてるよ」

「……お前のそういう突然毆り返してくるとこ、嫌だ」

「…………?」

毆り返すとは一、どういうことなんだろう。よくわからず、再び首を傾げていた時だった。

「ジゼル様、そろそろ移お願いします」

「あ、はい!」

いよいよ出番が近づいて來たらしく、クラスメイトに呼ばれたわたしは、慌てて立ち上がる。

「そろそろ行かなきゃ。終わったらまた話そう? エルも演出係、頑張ってね」

「……お前こそ、頑張れば」

「っうん! 頑張るから見ててね!」

まさかエルに、そう言ってもらえるなんて。嬉しくて思わず、口元が緩む。わたしは彼に手を振ると、軽く両頬を叩いて気合いをれ直し、舞臺裏へと向かった。

不思議と、上手くできる気しかしない。今ならリリアナ姫の気持ちもしだけ、わかるような気がした。

◇◇◇

「──永遠にしている、リリアナ」

「アレン様、私もです」

最後の臺詞を言い終えるのと同時に、ゆっくりと幕が下りていく。やがて割れんばかりの拍手が會場に響き渡った。

一度もミスをすることなく、無事に終えられて良かった。抱きしめあったまま、安堵して思わず力が抜けたわたしを、クライド様はしっかりと支えてくれた。

「すみません、力が抜けちゃって」

「いえ、大丈夫ですよ。今までで一番、良い演技でした」

「本當ですか? 嬉しいです」

見上げれば、クライド様はらかく微笑んでいた。

キスシーンも、何事もなくスムーズに終わった。エルと本當にキスをしてしまったことで、先日のドキドキが噓みたいに、自分でも驚くほど落ち著いて演技できてしまった。

次のクラスの出番があるため、そろそろ舞臺の上から捌けなければ。そう思っているとクライド様は突然、わたしを抱きしめる腕に力を込めた。

「クライド様?」

そう名前を呼んでも、反応はない。

「……すみません、行きましょうか」

それから一分ほど経った後、彼はそっと腕を解き困ったように微笑むと、わたしの手をとって舞臺袖へと歩き出した。一、今のはなんだったんだろう。落ち著いて見えたクライド様もやはり、張していたのだろうか。

そんなわたし達を見て、片付けをしようと待機していたクラスメイト達が皆、舞臺に上がって來れずにいたと知るのはそれからすぐのことだった。

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