いま、彼は確かにわたしの「大好きだね」なんて言葉に対して「そうかもな」と呟いた。騒なことを言ったり、泥に突っ込んだわたしを放置していた、あのエルが。

しばらく固まっていたわたしは、ゆっくりと顔を上げる。するといつも通り、エルは涼しげな表を浮かべていた。

「……ほ、ほんとに？」

ようやく口から出たのは、そんな言葉で。彼のしい瞳に映る、ひどく間の抜けた顔をした自分と目が合った。

「どう思う？」

「えっ？　ええと、す、好きだといいな、とは……」

「なんだよ、それ」

彼はやっぱり、小馬鹿にしたように笑った。たったそれだけで、泣きたくなるくらいに心臓が跳ねてしまう。

「で？　お前はいつ、俺のこと好きになんの」

「わたし、エルのことは大好きだよ」

「そういう好きじゃない」

エルはそう言うと、更に顔を近づけてきた。吐息がかかってしまいそうなその距離に、顔が火照る。視線を彼から逸らしたいのに、魔法のように深い青に囚われてしまっていた。

そしてきっと、今彼が言っている「好き」はの「好き」のことなのだろう。未だに、先日のわたしの発言をに持っていたらしい。

「エルは、わたしにそういう好きになってしいの？」

「ああ」

「えっ……ど、どうして？」

「どうしても」

さも當たり前のように、エルはそう言った。これもやきもちとか、獨占の一種なのだろうか。

「そもそもわたし、どこからがの好きなのかよくわかんないんだよね。エルは違い、わかるの？」

「ああ。分かったとこ」

「…………？」

なんだか不思議な言い方だ。けれどどうやら、彼はその違いを分かっているらしい。なんだか置いてけぼりにされたような気分になってしまう。

「ジゼル」

「うん？」

「早く、俺を好きになれよ」

そんな言葉に、が痛いくらいに締め付けられる。形のいいで綺麗に弧を描いたエルが、どうしてわたしにそういう「好き」になってしいのか、わからない。

けれどいつものように「返事は？」と急かされてしまい、わたしは慌てて頷いた。

……果たして今、このの中にあるエルが大好きだという気持ちは本當に全て、家族なのだろうか。一晩中考えてみたものの、やっぱりわたしにはまだ、わからなかった。

◇◇◇

「ジゼル、嬉しそうですね」

「はい、とても！　今は秋の果が乗ったタルトが、とっても味しいんですよ」

「そうなんですね。良かったら僕の分もあげましょうか？」

「えっ、いいんですか？」

「はい」

翌日の放課後、わたしはクライド様と共に學園祭での賞品をけ取りに、生徒會室へとやってきていた。

昨日、エルを無理やり連れ出して參加した後夜祭にて、わたし達のクラスは最優秀賞を貰うことができ、クラスの代表として賞品や賞狀をけ取りにきたのだ。ちなみに商品は、全員分のカフェの回數券だった。何よりも嬉しい。

「寮まで送りますよ」

「ありがとうございます」

相変わらず、クライド様は紳士だ。そうして他ない話をしながら二人で歩いていると、何やら男がめているような聲が聞こえてきて、わたしはつい足を止めた。

し先の校舎裏にいたのは、らかな桃の髪をした私服姿のの子と、この學園の制服を著た男子生徒で。

「だから、お前に文句を言われる筋合いなんてないの！　私は仕事で戻って來たんだから」

「そうだとしても、學園に通う必要なんてないだろう」

「はあ？ もしかしたらエルヴィスと會えなくなるかもしれないのよ、しでも一緒にいたいもの」

「このクソ、縁起でもないことを言うな！」

「うるさいわねクソメガネ、本當のことでしょうが」

そしてなんと、男の方はクラレンスだった。エルヴィスという名前が聞こえてきたけれど、もしや彼もエルの知人なのだろうか。

やがてクラレンスはわたし達の存在に気が付いたらしく、バツが悪そうな表を浮かべた。そしての子もまた、ふわりとこちらを振り返る。

「わあ……」

視線がばっちりと合った彼は、思わず息を呑むほどに綺麗だった。そのしい顔には、何故か既視がある。

どうやらそれは向こうも同様だったらしく、わたしを視界にれた途端、彼は長い睫に縁取られた目を見開いた。

「あの時、エルヴィスと一緒にいた……」

「えっ？」

「お前、エルヴィスの何なの？」

いきなりずかずかとわたしの目の前までやってくると、彼はそう言って、大きくしいアメジストのような瞳でわたしを睨み付けた。なんというか、人は迫力がすごい。

そしてあの時、とは一いつのことだろうか。やはり彼はクラレンスだけでなく、エルの知人でもあるらしい。

「ええと、家族、みたいなもので」

「は？　エルヴィスにはそんなものいないけど」

「う、うーん……」

わたしは、エルの何なんだろう。ずっと家族だと思っていたけれど。今はもう、を張ってそう言えなくなっていた。

彼はそんなわたしに「意味わかんない」と言うと、今度はクライド様へと視線を向けた。

「あら、今代の王子はとっても素敵なのね」

「失禮ですが、貴は？」

「このクソメガネの知人で、シャノンと申します」

名前まで綺麗だなあなんて思いつつ、二人が話している隙にわたしはクラレンスに近寄ると、こっそりと尋ねた。

「あの、あちらは……？」

「俺やエルヴィス様、ユーインの昔からの他人だ。いいか、あいつは本當にクソみたいなだから、絶対に関わるな」

昔からの他人なんて言葉、初めて聞いた。そしてクラレンスがそこまで言う彼は一、どんな人なのだろう。

「本當に気を付けろよ。あいつは昔からエルヴィス様を誰よりも好いていて、何でもするとんでもないだ」

「えっ」

「そのせいで、つい最近まで隣國に飛ばされていた」

あのとても綺麗なの子は、昔からエルを好きらしい。何故かの奧が、もやもやとしてしまう。

「シャノン嬢は何故、この學園に？」

「ふふ、明日からこの學園に編するんです。よろしくね。で、クラレンス。私のエルヴィスはどこかしら？」

そして彼はまるで同世代とは思えない、妖艶な笑みを浮かべたのだった。