《ファザコン中年刑事とシスコン男子高校生の愉快な非日常:5~海をまたぐ結婚詐欺師!厳島神社が結ぶ、をんな達のえにし~人ヴァイオリニストの橫顔、その翳が隠す衝撃の真実》長らくのご顧ありがとうございました
まさか、あんなところで和泉に會うなんて。
それにしても、何の用で宮島に來ていたのだろう?
し怒ったような顔をしていたが。
クールで何にもじない人かと思っていたが、意外とわかりやすい。
咲は実家である旅館へ向かって足を早めた。
大切な話があるの、と將から言われた時、咲にはだいたい予測がついていた。
おそらく閉館することが決まったのだろう。
創業は江戸中期だという伝統ある旅館であり、長く続いた柳亭の経営も、とうとう行き詰まってしまったということだ。
それはすべて父が橫領したとされている事件の影響だろうか。
もう20年も前の話なのに、未だに引きずっているのだろうか。
経営が苦しいのは、現在の経営方針に問題があるのではないか。
みんなだって薄々そうじている。でも表だって言う勇気はない。
仕事を失うかもしれないという恐怖や不安を、誰かにぶつけなければ居ても立ってもいられないのだろう。
そういう意味で咲は的として最適だった。
旅館に到著し、従業員用の出り口をくぐる。
するとタイミングの悪いことにちょうど、朋子と出くわしてしまった。
咲は咄嗟におはようございます、と言ったが相手は目を吊り上げて、
「……何しに來たの?」
と、例の金切り聲でぶ。
彼が新人や気にらない仲居を、いつもこの耳障りな聲で怒鳴りつけているのは周知の事実だ。
咲はいつも、お客様の耳にらなければいいが……と危懼していた。
「將に呼ばれて來たんです」
「ここは従業員専用なんだけど。お客様は、正面からって頂戴!」
そうか。自分はもうここの社員ではないのだ。
咲は仕方なく正面玄関に回った。
既に何人かの客がチェックアウトし、ロビーでフェリー乗り場行きの送迎バスを待っている。
いらっしゃいませ、と聲をかけられた。
「……サキちゃん!」
フロントにいたのは古くからの従業員の登里(みどり)である。
おはようございます、と聲をかけて彼に近付く。
「將は事務所に?」
ええ、そう。
咲はカウンターを越えて中にり、そのまま奧にある事務所へ向かった。
「サキちゃん!」
將である里は泣き出しそうな顔で駆け寄って來た。
「お母さん……」
「ごめんね、サキちゃん。ごめんなさい……!!」
「泣かないで、お母さん」
咲はすがりつく母の肩を抱き、顔を上げた。
壁には歴代社長の寫真が飾ってある。
伯父で最後か。
「やっぱり、閉館するしかないのね」
「……ええ」
里は目の涙をぬぐいながら、でもはっきりと肯定した。
「いろいろ頑張ったけど、やっぱりダメだったわ。このままじゃお給料もちゃんと払えない。退職金だって……」
「銀行からの融資は?」
今までの借金はすべて藤江の家が肩代わりしてくれた。
「もう無理よ」里は首を橫に振る。「今、弁護士さんをお願いしようって考えているところなの。それと従業員の再就職先を一生懸命當たってるわ」
板前達はなんとか、他の料理屋や旅館にも働き口があるだろう。
仲居達もそうだ。場所にこだわらなければなんとかなるかもしれない。
だけど家族の事で広島から離れる訳にはいかない人だっている。
「ところで、おじ……社長は?」
社長である伯父はだいたいまともに営業時間に事務所にいない。
実務はほとんど専務に任せ、自分はゴルフだったり、前の夜遅くまで飲んだくれて家で寢ているかだ。
「……たぶん、どこかのの人のところじゃないかしら。ゆうべは組合の會合があったから」
「ちょっと將!」
いつからそこにいたのか、朋子がすごい形相でこちらにやってくる。
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