《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》4
型破りな育ち方をしているが、ジルも貴族の令嬢だ。急事態とはいえいつまでも寢間著姿で男の前ではいられない。
そわそわしていると、ハディスはすぐに察して船室の裝ダンスを開いて見せてくれた。「こんなこともあるかもしれないと思って」と説明された中には、ジルくらいの型のの子が著るもの――イブニングドレスからワンピース、乗馬服まで用意されていた。
絶句するジルに好きなものを著ていいと言い殘し、ハディスは出て行ったが、そういう問題じゃない。
(なんで用意されてるんだ!? まさか最初からをさらうつもりでクレイトスに訪問……考えるのやめよう、怖い)
さらわれたが自分かもしれないという事実からも、目をそらしたい。
ジルが選んだのは乗馬服に似た制服だった。軍事學校か騎士學校かのものだろう。これから何が起こるにせよ、とにかくきやすさが優先だ。革靴までひとそろえであったのでそれも拝借することにした。運のいいことにサイズはぴったりだった。
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とりあえずジェラルドから逃げ出すことには功したのだ。狀況は好転している、たぶん。
だが、このままですむかどうかについてはまた話が別だ。
ジェラルドはクレイトス王國の王太子で文武両道、真面目で責任が強く、その優秀さから既に國政にも攜わっており、評判だけなら現國王よりも高い。そんな男の求婚をしりぞけるために一番手っ取り早いのは、彼と同等かそれ以上の男に盾になってもらうことだ。
だから、ハディスとの婚約は、これ以上ない盾になる。
わかっている――とここまで考えるとやはり、行き著く問題が一周した。
(どうなんだ。趣味なのか? 変態の次にまた変態って、どれだけ男運がないんだわたしは!? というかこの大陸の最高位につく男は、実は変態しかいないのか!)
そして最大級の問題は、そんな男をせるのか、ということである。
これじゃない、あれじゃないと『次』をえり好みする気はない。
結局、ひととなりはつきあってみなければわからないものだ。つきあってもだまされたばかりである。
「だがいくらなんでも、次から次にハードル高すぎるだろう……! わたしに救いはないのか!」
「もうっていいかな」
こん、と船室の扉を叩く音がした。
慌ててジルは応じる。すると、自らティーポットとカップをそろえたハディスがってきた。
「酔い止めがっている薬湯だ。飲んでおくといい」
皇帝にお茶を用意させてしまった。その事実にひっぱたかれたかのように目がさめる。
「あの、お茶でしたらわたしが!」
「あぶないだろう」
簡潔に言われて、ジルは気づいた。
お茶を淹れるテーブルが、ちょうど自分の首元くらいの高さにあるのだ。お茶を淹れるにはちょっと苦しい勢になる。
「皇帝だなんて気を遣わなくていい。気楽にしてくれ。僕らは夫婦になるんだ」
「き、気が早い……ですね……ま、まだ正式に婚約もしていないのに」
「何事も早く自覚を持つにこしたことはない。それに、これは薬湯だよ。お茶というほど形式張ったものでもない。し苦いから、口直しにはこれを」
ハディスが手のひらを上に出した。
と思ったら、何もない空間からぽんと音を立てて、小さなケーキが出てくる。雪のように真っ白なクリームのうえにたくさんのいちごがこれでもかと敷き詰められ、寶石のようにつやつやと輝いていた。
(ケーキがってる……! こんなの見たことないぞ!?)
そういえば昨夜のパーティーから――ややこしい時間覚だが、六年後の牢の中から何も食べていなかった。思い出したように鳴りかけた腹を押さえる。
「本當はもうし軽いものを用意したかったんだが、あいにくこれしかなくてね」
「こ、これで十分です、むしろこれがいいです! い、いた、いただいても!?」
「そのために用意したんだ。さあどうぞ」
食にすべてを持っていかれたジルは、目を輝かせて切り分けられたケーキを頬張る。
クリームは上品な甘さで、いちごの酸味をまろやかにしてくれる。スポンジはふんわりと弾力があり、口に含むと香ばしさがかすかに殘っているのがわかった。
端的に言うとおいしい。
「口にあったかな? ――ならよかった」
幸福のあまり言葉を失って首を縦に振るだけのジルの斜め前に、ハディスが腰かける。
(生きててよかった……! そういえばラーヴェ帝國の料理って食べたことないなあ)
皇帝の妻になれば、ラーヴェ帝國の料理食べ放題ではないだろうか。食に負けてあっさり結婚に心が傾きかけたところに、ふと橫から影が差す。
「クリームがついている」
ハディスはジルのの端を親指でぬぐい、あろうことかそのまま親指についたクリームをなめ取った。
ぼんっとそのまま頭から湯気が出そうになったジルだが、すぐにはっとする。
(こ、子ども相手に平然と……手が早いんじゃないか!?)
ときめいている場合じゃない。ごくんと糖分をに補給して、勢いよく顔をあげる。
「恐れながら、皇帝陛下はわたしとの婚約について、どこまで本気なのでしょうか」
カップをけ皿に置いて、ハディスが何度かまばたきしたあと、首をかしげた。
「質問の意味がわからない。もっと的確に言ってくれないか」
「……わたしはまだ十歳です」
「理想的な年齢だ」
ぞわっと鳥がたった。だがハディスは満足げに語る。
「十四歳未満でそれだけの魔力を持っている。まさに僕が追い求めてきた理想のだよ」
「……」
「しかもこの僕に求婚してくる見る目の高さ。夢かと思ったくらいだ」
「……」
「あと二、三歳は下でもよかったが……まあ、贅沢は言わない。僕の完璧な幸せ家族計畫はこれくらいでゆるぎはしない」
「……こ、皇帝が趣味の変態……しかも、子どもの戯れ言を真にけて拐する分別のない馬鹿だなんて……」
思わずれ出た想に、はっと口をふさぐ。
相手は皇帝だ。子どもでも、無禮は許されない相手だ。
現にハディスは優しい面差しから一変して、若干冷ややかな顔になっていた。
「……戯れ言……?」
「い、いえ、その……こ、高貴な方々にはありがちな趣味ですよね!」
「それは、求婚が噓だったという意味なのか?」
気にするのはそこか。
だが、ハディスは、いやまさかと、自嘲気味にひとりごちる。
「ありえない。この僕が子どもにだまされたなんて、そんな馬鹿な話が……」
顎に手をあてて真面目に考えていたハディスの目がこちらに向いた。
「一応、確認する。……あるのか?」
「……え、えぇと」
「ないのか、あるのか。どっちだ。はっきりしてくれ」
「――あのっ実は事がございまして! 申し訳ございません、陛下のことはなんとも思ってません! 求婚は噓です!」
沈黙のあとで、ハディスがふらりとよろめいた。
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