《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》11

「おかしい。何が悪かったんだ」

「お前の頭だろ」

「そんな馬鹿な話があるか。僕の策は完璧だったはずだ。なのに、まだ僕を好きになってくれないなんて……何がだめだったというんだ……」

「だからお前の頭だって。お前は黙って顔だけで勝負すりゃいいんだよ、強いんだから」

「陛下、ラーヴェ様。まともな話をする気がないのなら、出ていっていただけませんか」

テーブルの上の蛇もどきと一緒に何やら分析している皇帝に、ジルは冷たく言い放つ。もはや禮儀を取り繕う気も失せていた。

だがハディスは気を悪くした様子もなく、首をかしげた。

「僕の作ったクロワッサンを食べ盡くしておいて?」

「そ、それは……で、ですが今はそれどころではないでしょう!? 見張りを眠らせたということは、城を抜け出してまでここにきたんじゃないんですか。何かあったということでは」

「別に。君の顔を見にきただけだ」

不意打ちに、ジルは遅れて顔を赤くする。

だがハディスは気づいてないようで、足を組み替えて座り直した。三角巾にエプロン姿でも様になっている。

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「まあでも確かに、々、面倒なことにはなっているな。君はとっくに僕の命令でをとかれて、僕の看病にきているはずなんだから」

そんな皇帝命令を、ジルは聞いた覚えはない。――つまり。

「ベイル侯爵が皇帝陛下の命令を無視しているということですか?」

「表向きは従っているふりはしている。が、現に君はここにいるし、調が悪いからと僕を外に出したがらない。皇都に迎えをよこすように言ったんだが、それも屆いているかどうか」

「……まさか、反ですか?」

聲を潛めたジルに、ハディスは冷たく笑う。

「呪われた皇帝相手に、大した度だな」

「……その、呪われたというのは……?」

「クレイトスでは聞かない話なのか?」

「陛下の周りで人死にとか爭いが絶えないとかそういう、よくあるような話でしか」

ジルの言い分に、ちょっとハディスが目を丸くした。

「よくあるような話……まさかそんな解釈をされるとは思わなかった」

「作り話と言いたいわけではないんですが、クレイトスとラーヴェはお世辭にも仲がいいとは言えないでしょう? ですので、話半分でしか陛下のことは知りません。ちゃんと陛下の口から陛下のことを聞きたいです」

「自分の目と耳で聞いて僕を判斷したい、ということか。……困るな、そういうの」

「はい?」

「君を好きになっちゃうかもしれないじゃないか」

すねた口調で何を言われたのか理解したのは、自分の顔が赤くなってからだった。

「何を言っ……い、いえ、それでいいんじゃないですか!? 陛下はさっきわたしを口説こうとしてましたよね!?」

「僕は君に好きになってしいんだ。君を好きになりたいわけじゃない」

「はい!?」

「あーあー話が進まねーから、あとにしろ。時間ないんだよ、はい説明!」

さえぎるラーヴェに、ハディスがこほんと咳払いをする。

もやもやしたものは殘るが、この手の話題はさけたいので、ジルも聞く勢にった。

「僕が皇位継承権からほど遠い末端の皇子だったことは知っているか?」

それくらいの事ならジルも小耳に挾んだことがある。

「側室だったお母様の分が低く、兄のヴィッセル様とどちらかしか皇都に皇子として殘すことを許されずに……その、陛下は辺境に追いやられたと」

説明しながらふと気づく。この皇帝は、母親に選ばれなかったのだ。

そのジルの戸いを、ハディスは笑って肯定した。

「まあ、正確には捨てただけだと思うが。こいつが見える僕が不気味だったようでね。化けを生んだと言われていたよ」

ハディスに目配せされたラーヴェが、小馬鹿にしたように言う。

「先代も先々代もずーっと何代も俺が見えない皇帝だったからな」

「だが僕は見えていた。だから知っていた。いずれ、自分が皇帝になることを――いや、ならなければならないことを、だ」

異変が起こり始めたのは十一歳の誕生日からだと、ハディスは言った。

顔も知らない異母兄――皇太子が突然病死した。心臓発作だった。

だが、まだ皇太子にふさわしい分の男子は大勢いた。辺境に忘れ去られたハディスに聲などかかることもなく、次の皇太子が決まり、そしてまた死んだ。風呂場での溺死だった。

「その次の皇太子は首をつった。皇太子になってから毎晩、の聲が聞こえると言っていたそうだ。その次は朝の洗顔中に窒息死。そうやって僕より先に選ばれた皇太子が次々と死んでいった。――毎年毎年、僕の誕生日に、ひとりずつ、贈りのようにだ」

絶句した。知らず、ラーヴェを見てしまう。だがラーヴェは憤慨した。

「俺じゃねーぞ。別にそんなことしなくたって、こいつは皇帝になったっつーの」

「僕は中央に信書を出したが、相手にしてくれたのはヴィッセル皇子――兄上だけだった。だが、兄上だって末端の皇子だ。僕を呼び戻せる力があるわけじゃない。むしろ僕と連絡を取っていることで母上が気を病んで、迷をかけるだけになってしまった」

「気を病むって、実の兄弟なのに、そんな……」

「だが、さすがに五年続くと偶然とは片づけられなくなったんだろう。皇帝は兄上の言をれて僕を宮廷に呼び戻し、皇太子に據えた。そうしたらその年は、誰も死ななかった。だがそれが決定打になって、父上は譲位を決めた。……おそろしかったんだろうな、僕の上に立つことが」

逃げるように先代皇帝は隠居を決め、命乞いのように何もかもをハディスに譲った。

そして弱冠十八歳のラーヴェ帝國の若き皇帝が誕生したのだ。

「最後に僕の戴冠式の日に、母上が首をつって死んだ。化けのおさめる國になど住みたくないそうだ。これで、呪われた皇帝のできあがりだ」

言葉がない、というのはこのことだろう。

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