《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》護衛の仕事(カミラ)

へいか、と青年に抱えられた小さなの子が言う。

「わたしがスフィア様に禮儀作法を習っている間、陛下はお仕事ですか?」

「うん、商會の會長と面談だ」

「では、ジークを忘れずにつれていってください」

「わかった」

「薬も飲むのを忘れちゃだめですよ」

「わかった。君も終わったら、執務室にきてくれるか? パウンドケーキがちょうどさめてる頃だと思うから」

「わかりました! じゃあ、指切りですね」

互いの小指と小指をからめて約束をしているふたりは、仲のよい兄妹のようだ。青年はこの國の皇帝、の子は既に妻だといわれて、驚かない人間はいないだろう。

(微笑ましいっちゃ微笑ましいんだけどねえ)

頬に手をあてて、カミラは嘆息する。そのカミラの橫から、の子とれ替わるようにジークが青年についていき、青年の腕からとびおりたの子がカミラの橫についた。

「お待たせしました、カミラ。行きましょう」

すっぱり陛下と別れて禮儀作法の家庭教師が待つ部屋へ向かうジルは、とても大人びている。

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聞き分けがいいどころか、こちらに的確な指示を出しわがままではなく命令を伝え、その責任をとる。ジークが呼稱にしている『隊長』がしっくりくるくらいだ。十歳のの見た目のほうが間違っている気さえしてくる。

さきほどの會話だって、どう考えても子どもっぽい青年に合わせているように聞こえた。

(……そういえばジークがおかしなこと言ってたわね)

この神と戦っていたとき、大人のに見えたとかなんとか。

魔力が弾ける夜空が見せた幻覚だろうと思っていたのだが、なんだか急に不安になってきた。このならあり得るかも、などと思ってしまうせいだ。

この子が可い『の子』ではなく『』なら――さっきのあれも、微笑ましく見ていていいものかどうか。

子どもだからと微笑ましく思えていたことが、急に不安要素になってくる。

「ねえ、ジルちゃん。陛下のどこが好きなの?」

「なんですか、いきなり?」

普通のの子ならびっくりしてうろたえそうな質問にも、ジルは大人びた反応を返した。

カミラは、回廊をジルと歩きながら続ける。

「微笑ましく眺めてたけど、ジルちゃんが勘違いしてたらってちょっと気になっちゃって」

「勘違い?」

「だって、陛下って確かに見た目超イケメンだけど、中があれでしょう」

「あれって。陛下に不敬です、カミラ」

と言われても、あれはあれである。あれだとしか表現できない。

見た目に反する無邪気さとか、素直なだけの殘酷さとか、優しい底の知れなさを含めて、すべて『あれ』だ。

「ジルちゃんが陛下に胃袋つかまれてるのはわかってるけど、それだけで結婚を判斷してたら危険じゃない? どんなにしっかりしててもジルちゃんはまだ十歳だし、心とか疎そうだから心配になって」

「……カミラのほうがわかってそうなのは否定しませんけど」

ここでお前は男だろうなどと言わないジルだからこそ、カミラは肩れしてしまう。

「だから、ね? カミラお姉さんに話してみて。本當に、ほんっっっとーにあれでいいって思ってる? どんな理由で陛下に決めたの?」

「……しょうがないって諦めました。可哀想だと思ってしまったから」

可哀想、と繰り返してから、カミラは慌てる。

「ちょっジルちゃん、同でしょそれ!? 好きって違うわよ、もっとこう、目が離せなくてどきどきするものよ!」

「どきどきしてますよ、陛下はいつ倒れるかと思うと本當に目が離せなくて」

「それも違うってば! それじゃあ見た目かっこいーってきゃあきゃあ言ってるほうが、まだに近いわよ!」

「それならどんなによかったか。だって、自分より強い男が可哀想で助けずにいられないのは、好きってことですよ」

一瞬、言葉をなくした。

カミラを意味深に見あげたジルが、いたずらっぽく笑う。

「たとえばわたしはカミラに何か危険な目にあったりつらいことがあったら、可哀想だし助けたいと思います。それを同だと言われればそうです。わたしにとってカミラは守るべき対象ですから。でも、陛下は違うじゃないですか」

「……えっちょっと待ってちょうだい。それは……違うもの、なのかしら?」

「陛下はどんな形であれ立っていられるひとです、最後まで、ひとりで。わたしはそれを嫌だと思いました。ひとりにさせたくない、助けたいって。それはでしょう、かなり厄介なほうの」

「……それは、なんとなく、わかるけど」

「いくらあれとか言ったって、陛下は強いんですよ。わたしよりも、カミラよりも、ずっと強い」

カミラは無意識でを押さえて、唸る。何か今、思いがけずぐっさりここに刺さった気がした。

「傷ついたわ。なんとなく、今……えーなんでかしら」

「わたしに聞かれても」

「あっ、わかったわ。ジルちゃんは皇帝陛下を強い男だって思ってて――」

そしてジルは、皇帝陛下よりカミラを弱い男だと思っている。

守るのも手を差しべるのも、優しさの範囲。當然のことだと。

「……考えるのやめるわ」

「え、そうなんですか?」

「世の中気づかなきゃいいことはあるのよ、大人だって現実から目をそむけたいのよ……」

「陛下みたいなこと言い出しましたね」

「まって。今、それもちょっとえぐられるから」

「そうなんですか? あ、陛下よりもずっと、カミラは大人だってわかってますよ」

小さく笑うジルの仕草は大人びているが、子どもだ。歩幅だって小さい。

(ああ、うん。なるほどね。でもこの子、間違いなくだわ)

だからちゃんと、男の気持ちがわからない。

「ええ、アタシは大人よ。なんなら抱っこしてってあげましょうか、ジルちゃん」

「カミラまで何言い出すんですか。大丈夫です」

「そうね、愚問だったわ」

自分に呆れて、カミラは苦笑いを浮かべる。

ジルはハディス以外に隙を見せない。ひょいひょい気軽にハディスは抱えているが、あれは彼だけの特権なのだろう。

そういう線引きについて、意識的にも無意識でも、は厳しいものである。

「その時點で気づくべきだったわ」

「何をですか?」

「んーん、なんでもないわよ」

まあでも、非常時に抱える権利くらいは自分にもあるだろう。

(むしろそれが護衛の仕事だし?)

「ふふーん」

「……今度はなんですか」

「アタシ気づいちゃったー。ジルちゃんってば案外皇帝陛下に抱っこされるの嬉しいんだー?」

「!!」

でもし悔しいので、せめてこの子が、自分好みのには育ちませんように。

あとは全部ジークのせいにしておこう。

そしてカミラは本日も護衛の仕事に徹することにした。

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