《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》竜帝陛下はの仕方を學習中
「あら、陛下。今日はお菓子作りじゃないの?」
禮儀作法の勉強時間だとジルをスフィアのもとへ送っていったカミラとジークが、応接室に戻ってきた。
竜妃の騎士なのだからジルについているべきだと思うのだが、ふたりはそのジルに「頼むから陛下のそばにいてくれ」と言われているらしく、ジルの勉強が終わるまで待っているハディスのところへ、ミハリと替で顔を出してくれるのだ。
ハディスには今、護衛がいない。護衛が必要ないともいうが、こうして誰かが自分を気にかけてそばにいてくれるというのはそれだけで嬉しいものだ。それがやっと見つけたお嫁さんの意向だというなら、なおさらである。
にこにこしながら、ハディスは手元の裁とぬいぐるみを見せた。
「今日はちょっと他の用事があるから」
「くまのぬいぐるみぃ? まさか、それを隊長にわたす気なのか」
「さっきこっそり買ってきた。ジルにあげようと思って」
この間、ジルと町に出たとき、ショーウィンドウ越しにジルがじっと見ていたのだ。ジルは否定していたが、しがっていたことは間違いない。
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「プレゼントしてびっくりさせるんだ」
「隊長にくまのぬいぐるみ……? 武のほうが喜ばれるんじゃないのか」
「そんなことないわよぉ、ジルちゃんああ見えて案外可いもの好きでしょ。敵襲とか聞くといきなり合理主義者になっちゃうだけよ」
「――それはそうとして、くまに何をしようとしてるんだ、陛下」
ジークの質問に答える前に、やあねぇとカミラが聲をあげた。
「可くラッピングするのよね。プレゼントだもの」
「それもする。でもその前に、このくまを僕にするんだ」
「「は???????」」
目を丸くしたジークとカミラの前で、くまのサイズを測り終えたハディスは、用意したフェルト生地を取り出す。
「僕がよく著てる黒のマントと、王冠もつける。皇帝だから」
「それは……その、自作でか」
「もちろん。名付けてハディスぐまだ。他にも々しかけをする予定だ」
ハディスは気合いをれて裁ちバサミをれていく。
難解な政治問題を目の前にしたような顔でジークがつぶやいた。
「ハディスぐま……手い……皇帝が……」
「皇都に行けば僕が一緒にいられないことも多くなる。ジルが僕を決して忘れないように……」
「重っ! か、髪のれたりしないでね陛下!?」
「そんなことしたりしない」
ふたりはほっとしたように息を吐き出して、ハディスを囲む形で腰をおろした。
「っていうか陛下、いもできるのね……もしかして家事全般できるの?」
「今時の男はそうじゃないとだめだって、ラーヴェが」
このふたりはラーヴェが見えないが、ジルが説明してくれているので、名前を出しても変な顔をしたりしない。それもまた嬉しくて、ハディスはにこにこしてしまう。
ジルがきてから、いいことばかりだ。
「はー……なんか陛下、皇帝じゃなかったらよかったのにねェ」
「逆に皇帝じゃなかったらまともに生きていけるのかあやしいんじゃないのか」
「ああ、それもそうよねえ……」
何やらふたりに懸念されているのはわかったが、ハディスは黙々と作業を続ける。
(喜んでくれたらいい)
こんなふうに誰かの笑顔を期待して何かをできるなんて、どれだけぶりだろう。
今までは踏み潰されるのをわかっているものばかりを、笑顔を絶やさずに贈っていた。踏み潰されたあとでも、ちゃんと笑っていられるように。
こんな日々がこれから続くなんて、まだ怖くて信じられない。
「陛下って、ジルちゃんのどこを好きになったの」
――と浸っていたのに、唐突なカミラの質問に針を指につきさした。
「な、な、何を言い出すんだ、いきなり!」
「二十歳手前の男がこんな質問で揺したって可くないわよ」
「答えによっては怖くなる質問をするな。隊長は十歳の子どもだぞ」
「じゃあ質問変えましょ。ジルちゃんが同い年くらいになったらどうする?」
「ジルが……?」
想像してみると、自分でもわかるくらい、ぽっと顔が赤くなった。
「す、すごく人になってるんじゃないかな。でも今みたいに、笑うと可くて可い……ケーキをホールごとフォークで突き刺して食べてから、ちょっとしまったって顔したり。あ、可い。無理……息が、可い……」
「おい、水! 水を飲め、そして息をしろ、そう深呼吸だ。深呼吸」
「アタシさーこないだジルちゃんに訊いたのよね。陛下のどこがいいのって」
あがっていた心拍數と圧が一気にさがったので、通常に戻った。
ジークに介護されていたハディスはカミラに目を移す。カミラはテーブルに用意してあるクッキーをつまんで言った。
「でも子どもの作り方も知らなさそうな陛下には教えなーい」
もう一回同じところに針をつきさした。
「な、な、な、な……!?」
「カミラ、お前なあ……」
「子どもなんだか大人なんだかわかんない陛下にはまだ早いってことよ」
「き、君達はまさかジルにそんな話をしていないだろうな!?」
布の切れ端で止しながらハディスは真っ赤になって怒鳴る。
ジルはまだ十歳だ。中は子どもどころか男前すぎて歴戦の戦士かと思うときがあるが、それでも可いの子だ。そんな話題で彼を貶めようものなら即座に竜妃の騎士をクビに、いやむしろ首だけにしてやると思っていると、あっけらかんとカミラが言った。
「言うわけないでしょお。いくらなんでも、たとえジルちゃんが大人でも、こういう話題は男同士じゃないとしないわよぉ」
「その點、俺達は陛下より、大人としての良識があるから安心しろ」
「そうか、よかっ……え、僕はないのか良識……?」
「まあ、さっきの反応からして知ってるみたいね。安心したわぁ、いくらなんでもジルちゃんにそこまでは酷だし」
「隊長くらいの年齢の過剰反応だったがな」
からかうというよりは大人の余裕をみせる笑いぶりで、ハディスはむっとする。このふたりと年齢は変わらないはずだ。
「失禮だな。僕はひととおりラーヴェから帝王教育をけてる」
「竜神からか」
「なんか一気に不安が増すわね」
「なんでだ。そ、そりゃ口で説明しろっていわれたら僕は困るけど……」
「そうよねえ。キャベツ畑にもぎにいくなんて」
「へ!?」
衝撃的な話に瞠目すると、いやあねえとわざとらしく嘆息したカミラがジークに目配せした。
「まさか知らないわけじゃないでしょ? 人目を気にしなくちゃだめだからって。ねー?」
「……ああ、そうだな。ハチが子どもを運ぶからな、逃げてしまうかもしれん」
「……え……?」
思いがけない説明に、ハディスはおそるおそる尋ねる。
「な、なんでハチが……花じゃなくて? しかもキャベツ畑? いやキャベツには花は必要だが、ハチだけ?」
「いやいや、それがなーうん、ただのハチじゃないぞ。不思議なハチでな、普通見えないんだ」
「……そ、それは、ラーヴェと同じか。魔力がないと見えない……」
「そうそう、それ、そんなじよ陛下、不思議でしょう」
「だ……だったらラーヴェの民はほとんど見えない! 子化まっしぐらじゃないか!?」
立ちあがったハディスに、まあまあとジークが聲をかける。
「大丈夫だ、ある日突然見えるようになるんだ」
「まさか十四歳になったらとかか!? 僕は男だから知らなかった……そこまで神は我が國に侵蝕し始めているのか……!」
「違うわよ、陛下。キスをしたらね、の子には見えるようになるの! ロマンチックでしょう」
「あーあーそうだった。見えるようになったら、ハチが子どもを運んでくれるんだ、キャベツ畑に。で男がもぎにいくと」
ジークとカミラがうんうんと頷いている。
ハディスは呆然と口元を押さえる。
「し、知らなかった……まさか……」
「……。引っ込みつかなくなってきたわね」
「まあいいんじゃないか、これで隊長に対して牽制できれば」
「ひょっとしたら……もう僕とジルの間には、子どもがふたりもいる……!?」
「「!!!!!?????」」
ハディスは急いで裁道などを片づけ、立ちあがる。
「彼に聞いてくる」
「いやちょっ、ちょっと待って陛下!」
「冗談だ! 冗談だから!!」
「何を騒いでいるんですか?」
「ジル!」
ちょうど休憩時間なのか、ジルが扉をあけて顔を出した。マントやらにしがみついてくるカミラとジークの手を振り払い、ハディスは近づいてしゃがみ込む。
真っ先にすべきは謝罪だろう。
「すまない、ジル。僕は知らなかったんだ、キスで子どもができるなんて……」
「は?」
「いや言い訳だな。ひょっとしてもう産まれているのか。君ひとりで育てているのか。ち、父親の自覚がないなんて最低だ……でも僕もちゃんと育てるから! 離食作りもまかせてほしい」
「……。何言ってるんですか、陛下。キスで子どもはできませんよ」
あっさり否定されて、ハディスはまばたいた。
咳払いしたジルが、いいですかと言い聞かせる口調でハディスを見據える。
「そういうのは夫婦が堅実に日々生活してれば、木の間から見つかったり川に流れてきたり竹をわったらいたりするものです」
「そ、そうなのか? そんな……偶然落ちてるようなものか……?」
「だって授かりっていうじゃないですか」
確かにそう言われている。
だがそうなると――結局、どうなのだろうか。
はてなで頭をいっぱいにしたハディスに、ジルが有無を言わさない笑顔を向けた。
「もうちょっとわたしが大きくなったら、ふたりでさがしましょうね。――で、そっちのふたり」
そうっと部屋から逃げ出そうとしていたジークとカミラに、ジルが拳をばきばき鳴らす。
「ちょっとこい」
悲鳴も謝罪も拳で黙殺するジルの鬼軍曹姿を見つめながら、ハディスは思った。
(冗談だって言い損ねたけど、まあいいか)
ジルがちゃんとわかっていることもわかったし、このまま黙っておこう。
(でもやっぱりジルは僕に隙だらけだ。みんなも優しい。僕が信じたと思うなんて)
竜帝の自分をなんだと思っているのか。
竜神の目をもあざむくハディスに彼が気づいてくれるのはいつの日だろう。
それをハディスは期待して待っている。
どうせ見抜けやしないだろうと嘲笑する自分と、心待ちにする自分を、半分ずつ飼い慣らしながら。
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