《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》竜帝陛下はスローライフを満喫中
剣を首元に突きつけられた指揮は、戦場に現れた十二歳のジルに驚きの表を隠さなかった。
「まさか、君が指揮なのか?」
「はい。あなたはエリンツィア・デウス・ラーヴェ皇殿下で間違いありませんか」
「……ああ、そうだ。君は?」
「ジル・サーヴェル」
「サーヴェル家のご令嬢か。確か、ジェラルド王太子の婚約者だったかな。……なるほど、そういうことか」
何かを噛みしめるように敵國の指揮がまぶたを閉じる。
抵抗する気配はなかった。だがせかされるように、ジルは話を進める。
「あなたを捕虜にします。命の保証はしますので、兵に降伏を呼びかけてください。援軍は期待しないことです」
ジェラルドがジルに託してくれた作戦は見事にうまくいった。エリンツィア皇の部隊はい出され、既に孤立している。いかに勇猛果敢で知られた第一皇の竜騎士団と言えども、対空用の魔方陣に囲まれてしまっては、ただの的になるだけだ。逃げれば全滅必至だろう。
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「ジェラルド王太子殿下は、むやみに命を奪うなと仰せです」
「……そうか。そうだろうな。ヴィッセルがそう手を回してくれたんだろう。はは、ありがたいことだ。あいつの策にのって、結局――私は」
「襲撃! 襲撃――――!!」
突然の警笛と一緒に、ラキア山脈から放たれた魔力が、十字に山をなぎ払っていった。悲鳴と怒號があがる。
(部隊が分斷された!? どこから)
考える前に、國境の向こうから伝わる巨大な魔力に、びりっとが粟立つ。答えを部下がんだ。
「ラキア山頂に、深紅の軍旗! ラーヴェ皇帝軍です!」
「ハディス・テオス・ラーヴェか! まさか、ラキア山脈を越えてきたのか!?」
噂に聞くラーヴェ皇帝の直屬軍だ。エリンツィアを助けにきたに違いない。
「ジル、エリンツィア皇だけでもつれて撤退しよう。かなう相手じゃない」
冷靜な副の言葉にジルは思わず食いつく。
「戦いもせずにか!?」
「今の一撃で対空用の魔方陣は破壊され、兵力も分斷された。指揮系統の混はさけられないだろう。……この季節にラキア山脈をこえて進軍してくるなんて、信じがたい暴挙だ。完全に裏をかかれた。こちらの手のうちも読まれていると見て間違いない」
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「まさか。ジェラルド様の策が読まれていたなんて、そんな」
「そのジェラルド王太子殿下も敗退した相手だろう、あのラーヴェ皇帝は。正気を疑いたいところだけど、味方すら欺いて準備してきたとみたほうがいい。援軍はないはずだったんだ」
笑ってみようとしたが、援軍の姿に呆然としているエリンツィアの顔が副の分析を裏付けていた。
副はついっと鋭い目をラキア山脈へと向ける。
「第一皇の竜騎士団を撃破し、捕虜にした。初陣の果としては十分だよ。ここで皇を取り戻されたうえ、退路まで斷たれたら目も當てられない」
「……わかった。撤退する! 各自伝達を」
「――私を、助けに、きたのか。ハディス」
伝令が走って行く裏で、ぽつんとエリンツィアがつぶやいたあと、笑い出した。
ジルは剣を握る手に力をこめる。
「殘念ですが、あなたはこのまま連れて行きます」
「お前の策をしりぞけ、ヴィッセルの策にのって醜態をさらした私を。――いや違うか、お前は……そうか、最初から疑っていたのか。知ってたんだな。こうなることを」
馬鹿な子だ、とエリンツィアがふらりと立ちあがった。顔には、泣き出しそうな笑みが浮かんでいる。
「捨て置けばいいものを。味方にも敵にもなれなかった、けない異母姉など」
「かないでください。抵抗するなら――ッ!」
いきなり下から衝撃がきて、剣が弾き飛ばされた。
(隠し武!?)
油斷していたわけではない。だがこの狀況で笑いやまないエリンツィアに気圧されていたのだろう。部下の弓先が、剣が、エリンツィアに向く。
「逃がすわけにはいかないのよ皇サマ! ジーク!」
「おうよ!」
「待て、カミラ、ジーク!」
ジルから距離を取ったエリンツィアは、隠し持っていた短剣をジル達ではなく、自らの元に向けた。
「何を、皇殿下!」
「せめて、お前の負擔にはならないでおこう。このまま私が囚われたら、きっとお前は助けにくるんだろうから。知っていたよ、お前は優しい子だった。それを私達は保のために呪われている、化けと……私達のほうがよっぽど、人間という呪われた化けだ」
「カミラ、ろ!」
副の命令が響くと同時に、弓矢がエリンツィア皇の肩を、足を貫く。だが皇は笑って歯を食いしばり、立っていた。
まるで命を握りしめるように、自らの首に突きつけた短剣を手放さない。
「すまなかった。不出來な姉で」
「……やめて、ください。皇殿下。わたしたちは、あなたの命を奪う気は」
「お前の味方になってやれなくて、すまなかった。せめてこれから先、お前の敵にはならないよ、ハディス。それが一杯の、私の謝罪だ」
笑ってエリンツィアが自らの首を貫く。
呆然とジルはそれを見ていた。
敵でも、無駄に命を奪わずにすむはずの戦場だった。最小限の犠牲で、終わるはずだった。
そんなものはないのだと思い知らされた初陣の記憶だ。
追撃してこなかったハディスは、助けにきた異母姉の戦死をどう思っただろう。
(たぶん、悲しんだんだろう)
そして自分のせいだと笑って、なかったことにして、突き進んだのだろう。
ばし始めた髪からのにおいが落ちなかったことまで鮮明に覚えているけれど、その問いを口にすることはできない。
それは、今から先の話。
十六歳から十歳に時間を逆行した今のジルにとって、過去ではなく未來の話だからだ。
(クレイトス王國とラーヴェ帝國の開戦をさければ、あの未來も変わるかもしれないのか)
ラーヴェ帝國の空を見あげながら不思議に思う。
どうして自分はここにいるのだろう。時間も國境すらも越えて――。
「ああ、いいキャベツだ。こんなに青々して! 今日はこれを使おう」
そう、本當に自分は何をしているのだろう。
「やっぱり野菜は取れたてが一番だ。種をまいておいてよかった。このままいい天気が続いてくれれば、きっと大きく育つぞ。楽しみだ――ぐはっ!?」
我慢できずに、ついうっかり背中を蹴飛ばしてしまった。
「なんで! 呑気にキャベツを育ててるんですか、陛下!?」
「なんでって言われても、帝都にれないんだからしょうがないじゃないか」
キャベツをかばって顔面から畑に沈んだハディスが、怒りもせずに振り返る。
ハディス・テオス・ラーヴェ――敵國の皇帝であり、最大の敵であったはずの人だ。
何の因果か今はジルの夫で、エプロンに軍手をはめて農作業中だ。なお、現在も間違いなくラーヴェ帝國の皇帝であるとつけ加えておく。
そう、皇帝だ。皇帝なのに、である。
「キャベツ作ってる場合じゃないでしょう!?」
「大丈夫だ。他の野菜もちゃんと育ってる。苺ももうそろそろ」
「そうじゃないです! そうじゃなくて、今の事態をもっと考えて」
「考えてもしかたないじゃないか。今日の晩ご飯はポトフだよ」
「えっポトフ……」
「大きな塩豚が手にったから、大きめに切って煮込もう。とろとろになるよ」
「とろとろ……」
食に弱いジルの脳裏に、湯気があがったほくほくの豚のポトフが浮かぶ。
ハディスは料理が得意だ。ごろごろした豚は脂がのってきっとおいしいにちがいない――と唾を飲みこんでからはっと気づいた。
「そうじゃなくてですね、陛下」
「じゃがいももいいじに育ったな。この地方はあったかいからね。まだ春にはちょっと早いけど、助かった」
「もう! 聞いてます、陛下!? わたしたちお尋ね者なんですよ! しかも魔力もろくに使えない狀態なのに、呑気に畑仕事してる場合じゃ――」
「おーい、陛下に隊長。帰ったぞー。見ろ、川魚が大漁大漁」
「見て見てジルちゃーん、この大きな鳥! アタシが仕留めたのよ」
壊れかけた石壁の向こうから帰ってきた部下の聲に、ハディスが笑顔で立ちあがる。
「鳥は保存がきくように加工しよう。魚のほうは新鮮なうちに塩を振って焼こうか」
「お、いいね。いやーここ川もあるし、山に獣は住んでるしで狩りのしがいがあるぜ」
「ほんと、一時はどうなるかと思ったけど、いいじよね」
うんうん頷き合っている部下にジルに拳を震わせてぶ。
「ジークとカミラまでこの生活に馴染んでどうするんですか!?」
青空に響くジルの怒聲に驚いたのか、飼っている鶏もどきのひよこがコケッコーと鳴いた。
第二部開始します、宜しくお願い致します!
5/6まで毎日朝7:00で更新する予定です(そのあとは基本3日に1度になるかと思います)
また、別作品になりますが「悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました」の現代パロディの同人誌を作りました。こちらにジルとハディスもちょこっと出ているので、興味のある方は作者Twitterで報をさがすかとらのあなさんで検索してみてください。
こちらの更新とあわせて、ジルとハディスを宜しくお願い致します!
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