《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》2
手を振るスフィアが、城門から敬禮を返す近衛兵のミハリたちが、一ヶ月ほどすごしたベイルブルグの城が、小さくなっていく。
ベイルブルグの海が、きらきら青く輝いて見えた。方向転換のために旋回すると、街から歓聲と花吹雪が舞いあがる。軍港の城壁からは隊長に任命されたヒューゴたち北方師団が、雑な敬禮をしていた。
皆、神の襲撃からベイルブルグを守ったジルとハディスを見送ってくれているのだ。
「守れてよかったですね、陛下」
「うん」
同じものを見ているハディスの答えは短い。でも、その目がジルがくすぐったくなるほど優しく細められていた。ハディスの肩にいるラーヴェも誇らしげだ。
だが照れくさいのか、すぐにふんとそっぽを向いた。
「これからだろ。さあ、我らが帝都、天空都市ラーエルムへご帰還だ!」
ハディスが手綱をとると、ぐん、と高度が増した。きゃあっとジルが歓聲をあげる背後で、ぎゃあああとカミラとジークの悲鳴があがる。
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「何!? まだ高くなるの、いやあああああ死ぬ、いやー!」
「ぶな暴れるな、うるせー!」
「あの、カミラとジークは……」
「大丈夫だ、ちゃんと竜は僕の言うことを聞く。鞍にくくりつけといたし、落ちても竜が拾いにいくよ」
「竜って賢いんですね!」
するジルのうしろから「落ちるってなんだ!?」とか「気絶したいぃ」とか々聞こえるが、ハディスも竜も無視だ。竜の調子が出てきたのか機嫌がよくなったのか、どんどん速度があがり、山も川もあっという間に越えていく。
「すごいすごい、陛下! 速いです、すぐ著いちゃうんじゃないですか!?」
「さすがにそれは無理だよ。竜だって何時間も飛べるわけじゃない。ベイルブルグからラーエルムまで、ラーヴェ帝國を東西に橫斷するようなものだから、慣れていても二日はかかる。うしろのふたりのこともあるし、休憩をれて三日ってところかな」
「三日も乗れるなんて嬉しいです!」
「だって。じゃあサービスしないとな?」
いたずらっぽく笑ったハディスの意をくんだのか、突然雲の中をつっきった竜がぐるんと一回転した。夢みたいだ。歓聲をあげて、ジルははしゃぐ。
「楽しい?」
「すごく! それに竜に乗ってる陛下、すごくかっこいいです!」
間近にいるハディスは、かつて敵として相見えたどの竜騎士よりも、見事な綱さばきで竜をっている。興のまま素直に告げたジルに、ハディスのほうが顔を赤くして視線を泳がせる。
「そ、そう?」
「はい! ずっとこうしてたいくらい! ――あ、でも陛下、無理しちゃだめですよ」
竜神ラーヴェの生まれ変わり、だというハディスは、そのに宿す魔力が強すぎてが弱い。ついでに心も弱い。
ちょっとしたことで悸息切れを起こすし、油斷するとすぐ倒れるのだ。それを知っているジルは、ハディスの顔を確かめるように上を見る。
するとジルの髪に顔を埋めるようにして、ハディスが背後から抱きついてきた。
「大丈夫。喜んでる君を見ると、元気をもらえるから」
「そ、そうですか?」
「うん」
風も何もかも心地いいはずなのに、居心地が悪くなってジルはじろぎする。
なお、うしろから悲鳴は聞こえなくなっていたので、気絶したのだろう。実際、休憩で地上におりたったとき、ジークとカミラはふたりそろって鞍の上でのびていた。
きゃあきゃあジルを喜ばせながら、竜での空の旅は一日目も二日目も、穏やかに続いた。
「へえ、君は七人きょうだいの真ん中なのか」
「はい、上に姉がふたり、兄がひとり。下に雙子の弟がふたり、妹がひとりいます」
憧れの竜に乗れたのは嬉しいが、何よりも楽しかったのは、ハディスとふたりきりで話す時間がたくさんあることだった。
ベイルブルグでも時間はあったが、就寢時以外はまず誰かがいたし、ラーヴェもいた。だがラーヴェはジークとカミラをのせた竜を気にかけていて、飛行中は離れる時間がある。ひょっとしたら、ふたりきりになれるよう気遣われているのかもしれないが。
「陛下は?」
空の上という環境が開放をもたらすのだろう。聞いてしまってから、我に返る。
ハディスは兄弟にもれず、家族仲がよくない――というか、権力爭いをしているはずだ。だがハディスは気にした様子はなく、竜を飛ばしながら答える。
「今は、上は異母姉がひとり、ヴィッセル兄上と同い年生まれの異母兄のふたり。あとは下に異母妹がふたり、異母弟がひとり。昔はもっといたけど」
「……神のせいで、大勢亡くなったんですよね」
「そう、七人か、それ以上だったかな。全員、僕の呪いで死んだってことになってる」
あっけらかんと言うハディスに、ジルはを引き結ぶ。
(大半は、神の嫌がらせだろうが――ひょっとしたら、中には呪いをいいことに陛下のせいにした謀もあるんだろうな)
國の中樞とはそういうところである。
神に時間を巻き戻される前、クレイトス王國の王太子の婚約者だったジルは、その手の話はいやというほど見聞きしてきた。クレイトスだとて紛はあったのだ。ただ、クレイトス王國は兄妹の仲はよかっただけで――よすぎてジルは婚約破棄から冤罪の処刑にまで至ったわけだが。
(思い出すのやめよう。それより、陛下だ)
ジルが知る未來では、ハディスはこれから異母兄弟や実兄ヴィッセルを含むラーヴェ皇族を反やで次々処刑してまわる。信頼する実兄と通じたクレイトス王國と開戦し、度重なる裏切りに疲れ果てて、非道の殘帝にり果てるのだ。
今、ジルのを支えてくれるこの手も腕も背中も、こんなに優しくて溫かいのに。
「僕は嫌われているから、君にも嫌がらせが向かうかもしれないけど――」
「わたしが守ってあげますからね、陛下!」
気合いをれ直したジルに、ハディスがぱちくりとまばたいた。
ジルがハディスに求婚したのは、破綻するとわかっているジェラルド王太子との婚約から逃げるためだった。だが人生をやり直すにあたって、強いくせに可哀想で優しい男を救うと決めた。クレイトスとの開戦も回避して、今度こそを就させるのだ。
十歳と十九歳という年の差だとか、実はハディスが神クレイトスに付け狙われていてハディスの花嫁になるということはすなわち神を斃すことだとか、々問題は山積みだが。
「全部折りますので!」
「う、うん? 折るって――うん、そうだな、君、神、ばきって折ったな……」
「まかせてください! また折りますから!」
「お、折るのは神だけにしておいたほうがよくないかな? 確かに僕は周囲から嫌われてるけど、ほら、ヴィッセル兄上とか優しいし。君とのことを応援してくれるかは、わからないけど……」
ハディスは実兄であるヴィッセルがいちばんの裏切り者だと知らない。
だから、ジルはにっこり笑う。
「陛下の味方は折りません」
敵なら折るが、という言葉を隠しておいた。
(それに確か、陛下に真っ先に刃向かうのは、陛下のきょうだいじゃなくて――)
「おい、もうそろそろラーエルムが見えるぞ」
橫に追いついてきたラーヴェの聲に、ジルは正面に目を凝らした。
【お試し版】ウルフマンの刀使い〜オレ流サムライ道〜
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