《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》24

緑竜が二巡もしないうちに火はすっかり消えて、そこからはエリンツィアとリステアードの出番だった。連れてきた竜騎士団達に指示を出し、村人の救助と狀況把握にあたる。

この焼き討ちの原因であるハディスの姿が目撃されるのはまずい。闇夜にまぎれてハディスとジルは目立たないよう、作業の邪魔にならない場所で手をつないでじっと救助活を見ていた。

ようやく落ち著いたのは夜が白み始めた頃だった。

真っ先にやってきたのは、やはりというか、リステアードである。

「――事を聞いて回った。村にやってきた軍は、深紅の軍旗を掲げていたそうだ」

ラーヴェ帝國軍だ。しかも皇帝直屬を示すものである。

本來なら、ハディスにしか使うことを許されないはずの軍だ。

無表で続きを待つハディスに、リステアードが言いにくそうに報告する。

「……お前を出せと、火をつけて回ったらしい」

「死者は?」

ハディスの短い問いにリステアードはし目を瞠ったあと、首を橫に振った。

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「けが人は多いが、お前を出せと騒ぎ立てたせいで、逃げ遅れがなく死者は出ずにすんだ。事の発端になったお前を恨むか、行した叔父上を恨むか。微妙な按配にしたんだろう」

「みんな助かったなら、まだよかった。……いや、よくないな。けが人も多いし、畑も燃えたか」

空が白み始めたせいで村の様子がはっきり見えてくる。焼け落ちた家、野ざらしのまま手當てをけている村人――死ななければいい、という話ではない。

「ひとまずノイトラール城塞都市に保護するよう、姉上がいているはずだが……」

「それこそが叔父上の狙いかもしれない」

ハディスを隠した疑のある村の住人をれる。そこをゲオルグはついてくる、とハディスは暗に言っていた。リステアードが難しい顔つきになる。

「そこまで……いや、そもそもが難癖でしかけてきているからな。それも想定してしかるべきだ。――ひとまず戻って、姉上を説得するぞ」

ハディスがつないでいたジルの手を放して、リステアードを追いかけるように前に出た。

頑張るのだとわかって、ジルは見守る。

「リステアード」

「兄上をつけろ。僕のほうが二ヶ月年上だと何度言わせる」

「竜帝は僕だ」

リステアードが振り向いた。その表は、ただ靜かだ。

「知っている。わざわざ言うな。――僕がかせるのは、僕の私設の竜騎士団だけだ。それでよければお前につく」

ハディスが出鼻をくじかれたような顔をしているのを見て、リステアードが笑う。

「なんだ、その顔は。こんなものを見て黙っていられるほど、僕は落ちぶれていない」

「……君の祖父――レールザッツ公は反対するぞ」

「馬鹿なことを。帝國を守ってこそのレールザッツ公爵家だ。それもできないのであれば、滅びたほうがよかろうよ。それに……兄上のことは、お前のせいじゃない」

ハディスは、今度こそ何を言えばいいのかわからなくなったようだった。だが、リステアードも背を向けてしまって、顔が見えない。見られないようにしているのかもしれない。

「……立派な皇太子だった。皆が呪いだと皇太子位から逃げ出す中で、兄上は逃げなかった。死を覚悟の上で、誰かがやらねばならないからと……だから僕は、お前が僕の兄上よりも、立派な皇帝にならなければ許さないし、許せない。僕個人のはそれだけだ。覚えておくといい」

「……。うん」

迷って、それしか答えが見つからなかったように、ハディスが頷き返した。出來の悪い弟を見るような目でほんのし笑ったリステアードこそ、亡くなった実兄に似ているのではないだろうか。

ぼんやりとジルは、過去でも未來でも知らないひとを想像する。

「それより、問題は姉上だ。あくまで噂だが……妙な報がっていて」

「――ハディス、リステアード」

昇り始めた日を背にして、エリンツィアがやってきた。

疲労の濃い顔をしているが、しっかりとした足取りだ。

「あとはまかせて、いったん戻ろう。話がある」

「僕なら――いや僕だけでもハディスにつきますよ、姉上。もう決めた」

宣言したリステアードに、エリンツィアが難しい顔で嘆息する。

「お前はそう言うだろうと思った。私も続きたいところだが、ハディス。條件がある」

ハディスが黙って目線でエリンツィアに先をうながす。

並んで立つ異母弟のもとへ近づたエリンツィアは、周囲を気にするように聲をひそめた。

「會ってほしい人がいる。叔父上が偽帝だなんだという騒ぐし前に、うちを頼ってきてそのまま滯在しているんだが……」

エリンツィアは言いよどんで、一瞬だけ心苦しそうにジルを見た。まばたいたジルは、あとに続く言葉でその視線の意味を知る。

「滯在しているのはフェイリス・デア・クレイトス」

「姉上! それは――」

「そう、クレイトス第一皇だ、ハディス。彼が和平の手段として――その、君に婚約を申し込みたいと言っている」

もし、心的傷害なんてものが殘っているとしたら、それ以外ないという人の名に、ジルは固まった。

(こん、やくって……陛下と?)

ハディスは顎をし持ちあげて、に弧を描いた。

「それはまた、面白い冗談だ」

決して歓迎していないハディスの答えに、エリンツィアが眉をひそめる。リステアードもどう反応していいかわからないようだった。

ジルはけなかった。ハディスが歓迎していないとわかっていても、離れてしまった手をもう一度取ることができなかった。

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