《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》25

フェイリス・デア・クレイトス。ジルがジェラルドの婚約者であったとき、顔を合わせたのはほんの數度だけだった。それもフェイリスが生活のほぼ大半をベッドから起き上がれない、病弱なだったからだ。

それでも一目見れば皆が魅了される天使のようなは、城中から――いや、國中からされていた。ジルも初めて會ったときはその可憐さにをうたれたし「ジルお義姉さま」と呼ばれて庇護をかき立てられたものだった。妹最優先のジェラルドにさみしさは覚えても、妹を守りたいという方針は當然だろうな、と思っていた。

結果は斷の兄妹だったが。

(それがどうして陛下に、婚約なんて……わたしのときと同じ、カモフラージュか?)

ぎゅっと拳をにぎった。ジェラルドが許したと思えないが、それ以上にジルだってそんなこと許さない。

ノイトラールの城塞都市に戻ったジルたちは、仮眠をとり支度をととのえて、日が一番高くなる時間に竜騎士団の兵舎にあるエリンツィアの執務室に集まった。

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橫長の応接ソファに座ったハディスは、さすがにエプロンをいでもらった。テーブルの向こうにあるソファに座る人を相手にするのに、さすがにエプロンはない。

その相手を、今、エリンツィアが呼びに行っている。

「どうする気だ」

ジルの橫に腰をおろしたリステアードが尋ねた。対するハディスは素っ気ない。

「どうもこうもない。僕のお嫁さんはジルだ。ジル以上にふさわしい竜妃はいない」

「後宮はあいているだろう。クレイトスの皇が降嫁してくるのに、このが竜妃というのは無理がある。だがクレイトスの皇が我が帝國の竜妃というのもあり得ん。クレイトスの魔の中の魔、言ってしまえば大魔ではないか」

そこまで言ってリステアードはちらとジルを見た。ふたりの間に挾まれる形になっているジルは、まばたき返す。

「それはこのも同じだが……待て、いくつだ、君は?」

「十歳です。フェイリス皇殿下はわたしよりふたつ下です」

両腕を組んで、リステアードがソファの背もたれに背中を預けた。

「政略結婚では珍しくもない年齢差だが……そもそもハディス、お前、本気でこのと結婚するつもりなのか」

「つもりじゃない。結婚してる。ラーヴェの祝福だってけてる」

「……待て、初耳だぞ。そんなものあるのか」

「今までろくに僕の話なんて聞かなかったじゃないか」

「お前が話さなかったんだろうが。……今、言い合ってもしかたないか……」

リステアードが諦めがちに嘆息していると、こんと扉を叩く音がした。

部屋の出り口をかためているジークとカミラが、ジルに目配せする。ジルが頷くと、扉が開かれた。

「待たせてすまない」

エリンツィアが車椅子を押してってくる。車椅子に乗っているのは、ジルよりもだ。リステアードが息を呑むのがわかった。

ちらりと、ジルもその姿を見てみる。

まっすぐ切りそろえられたらかそうな髪は、淡い亜麻。長い睫がまばたくたびに、蝶の羽ばたきを思わせた。のある白いが、しさを際立たせている。

スペースの関係上、自然と車椅子が上座に鎮座することになる。気負った様子もなく、両手を膝掛けの上に置いたは、可憐に微笑んだ。

「無理はしないほうがいいというお言葉に甘えて、車椅子を貸して頂いただけですので、心配はなさらないでください。みなさま、はじめまして。わたくし、フェイリス・デア・クレイトスと申します」

いが鈴のように可憐な聲が、桃のふっくらしたから紡がれた。ぱっちりとした蒼天の瞳が、皆を順に見ていく。

「エリンツィアさま、リステアードさま、ハディスさま。――そしてジルさまですね」

最後に呼ばれたジルは、ついフェイリスの顔を見てしまう。フェイリスはにこっと無邪気な笑みを返して、ジルの疑問を先取りした。

「存じております。兄が、あなたと婚約すると言っておりました。逃げられてしまったようですが」

くすくすとフェイリスが笑う。おとなびた仕草だが、小鳥のように笑い聲もらしい。ジルは顔をしかめてしまった。

「……お怒りではないんですか?」

「兄にはいい薬です。お兄さまったら、自分はなんでもできると思っておられるところがあるんだもの」

「フェイリスさまはわたしとの婚約に反対ではなかったのですか」

ついついさぐりをれてしまう。フェイリスはあでやかに微笑み返した。

「反対だなんて。年齢も近いと聞いて、わたくしは楽しみにしてました。お義姉さまができると思っていたのに、殘念です」

確かに、ジェラルドの婚約者だったジルに、フェイリスがつらく當たったことは一度としてない。むしろなついてくれていたと思っている。可くて優しい、賢い子だった。

今だってジルに対する悪意などみじんもじない。とても八歳のとは思えないたたずまいと理解力、振る舞い。できた皇だと持ちあげる人間が出るのは致し方ないだろう。

だからこそ、神が実在すると知った今のジルはわかる。

神のの適合者。いちばん可能が高いのは、クレイトス王族に決まってる)

ハディスはが弱い。竜神の膨大な魔力が人間のに負擔をかけるせいだ。同じように、フェイリスもが弱い。この符號の一致が、偶然のわけがない。

「わたくしがハディス様に嫁いだら、お姉さまとお呼びしてもいい?」

のまれてなるものかと、ジルはぎゅっと膝の上で拳を握る。

「わたしは」

「結論から言う。君が僕に嫁ぐことは絶対にあり得ない」

橫でハディスが吐き捨てるように言った。嫌悪を隠さないその顔に、フェイリスよりエリンツィアが焦る。

「ハディス、ひとまず話を聞いてからでも」

「なぜかなんて、その子がいちばんわかってる。神クレイトスの末裔、神のになる可能がもっとも高いと結婚なんて」

「――やはり、そうなのですね」

目を伏せたフェイリスに、ハディスが口をつぐむ。リステアードが顔をしかめた。

「なんの話だ?」

「わたくしが神クレイトスのである、ということです。竜神が見えるハディスさまと同じように」

淡々と告げるフェイリスの話を遮ってはいけないとリステアードは考えたようだった。黙っているエリンツィアは知っているのかもしれない。

「わたくしの周囲は何も教えてくれないので、確信が持てなかったのです。ですが、今、わかりました。わたくしは神のとして、十四歳になったときに自我を喰われる運命にあるのでしょう」

ひたすら警戒していたジルは、拍子抜けのような衝撃を味わっていた。だがじわじわと納得が側から溢れてくる。

(そうか、ラーヴェ様と陛下が別人格なように、神とは別人格だから……フェイリス様が神のだったとしても、神と同一の考えとは限らない……)

十四歳になれば神になる。ラーヴェとハディスを見ているせいで、神に喰われるという発想に思い至らなかった。

周囲に蝶よ花よと大事に育てられてきたのも、が弱いからというだけではなく、神のになるだったからだとしたら納得がいく。あのジェラルドの過保護ぶりも、妹とのだと思っていた。

だが、フェイリスの言い方だと、ジェラルドは妹が神のであることを知って隠しているということになる。

(わたしが知ったのは、フェイリス様が十四歳の誕生日を迎えたあとだった)

妹と神、どちらが相手だったのか。

まさかとを鳴らしたジルの目に、儚げなフェイリスの顔が映る。

「ですので、わたくしに殘された時間はあと六年。――その間に、長年にわたるクレイトスとラーヴェの因縁に決著をつけたいのです」

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