《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》27

「ではハディスさまは、これからどうなさるおつもりですか?」

フェイリスが靜かに問いかけたが、ハディスは無視してひょいっとジルを抱きあげ、さっさと執務室を出ようとする。カミラとジークがどうするのだとジルに目線で問いかけているのだが、ジルもすぐさま判斷がつかない。

(フェイリス様を信頼できるかどうかはともかく、悪い話じゃない)

十四歳になれば神に喰われるというのが本當ならば、同はできる。それでも神と同一視して目にもれないハディスはし、過剰反応ではないだろうか。きちんと判斷できていない気がする。

(それとも、目にれたら何か変わるから、怖いのか)

ひっそりとこびりつく影のような考えを、ぶるぶる首を振って追い払う。

出て行こうとするハディスの腕から背後を見ると、腰をあげかけたエリンツィアをフェイリスは目で制していた。神の加護をける王は、ただ花のように微笑んでいるだけだ。

逃げるハディスすら許すと言わんばかりに――それがひどく、勘に障った。

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「陛下」

引き止めようとジルが聲をあげた直後、ハディスが開く前に扉があいた。

カミラとジークが反で武をかまえたが、扉をあけた相手は目を丸くして両手をあげる。

「申し訳ありません、ノックすべきでした。時間なのでお迎えにあがりましたよ、フェイリス王

「……ロレンス」

つぶやいたジルを見て、ロレンスが目を細めて笑う。

「やあ。やっぱり俺の勘は當たっていたみたいだね、ジル・サーヴェル」

「何者だ」

「先ほど話に出た、わたくしをここまで連れてきてくれた従者です、リステアード殿下。もうそんな時間なの、ロレンス」

ソファから立ちあがったリステアードがフェイリスに制止される。だがリステアードは厳しい顔を崩さなかった。

「だがその格好、竜騎士団の見習いだろう。それが、クレイトスの王の従者とはどういうことだ?」

「エリンツィア殿下のご厚意で、こういう形で竜について學ばさせてもらってます」

ロレンスがしらっと笑顔で答え、フェイリスの車椅子のうしろに回る。リステアードはあからさまに顔をしかめたが、間諜という言葉を使うべきではないとわかっているのだろう。ただエリンツィアを橫目でにらんで批難する。

「僕でこりたと思っていましたよ、姉上」

「そう言うな。クレイトスも當然、フェイリス王の居場所をさぐっている。まずは竜騎士団へ出りするだろうから、彼に偵をさぐってもらいやすくしたんだ」

「王様との話はもうすみましたか?」

ロレンスの確認に、エリンツィアが頷く。

「十分だと思う。時間をかけて申し訳なかった」

「では部屋にお連れします。――ああそうそう、帝國軍からの問い合わせがこちらに屆いたみたいですよ。偽帝をかばっていないか否か。そして、今後の焼き討ち順についても聲明が出たそうです」

エリンツィアが立ちあがり、リステアードもはっきり顔を変えた。フェイリスが顔をくもらせて尋ねる。

「それは確かなの、ロレンス。焼き討ちなんて続ければ批判されるでしょうに」

「面白いものでなぜかこういうとき、出てこない竜帝陛下のほうに批判が向くんです。我がさに、というやつですね。しかも自分の領土が対象になっている諸侯は必死になって捜索を始める。なかなか悪くない案ですよ。時間がたてばたつほど向こうが有利になる」

ロレンスはフェイリスの質問に答えるで、あきらかにこちらを煽っている。

(だが、ただでさえ後手に回っているのは本當だ。これ以上手をこまねいていれば、陛下が勝ってもそのあとにひびく)

婚約者を奪われた。それがなんだ、そんなもの過去の話だ。

で嫌悪と拒絶を示しているハディスを説得できるとしたら、自分しかいない。それだけでも十分じゃないか。

「そう言えば僕が頷くとでも――」

「陛下、フェイリス王のお話、お引きけしましょう」

ハディスが愕然とした顔でジルを見た。

ジルはその腕から飛び降りて、エリンツィアを見つめる。

「そうすればエリンツィア殿下は竜騎士団をかしてくださるのですよね?」

「あ、ああ……それは、もちろんだ」

「では決まりです。早急にこの事態を打破するにはそれしかありません」

エリンツィアとリステアードが意味ありげに視線を投げているのは、おそらく沈黙しているハディスに向けてだろう。

だがジルはフェイリスのほうを向いたまま、言い切った。

「宜しくお願い致します、フェイリス王殿下」

「こちらこそ、英斷に謝致しますわ、ジルさま。では、ロレンス。わたくしたちも本國に連絡し、至急婚約についての契約書を整え――」

「――ジル?」

優しげな語りかけ方だった。だが、ずっと穏やかだったフェイリスが口をつぐむほど、ハディスの聲は怒気と嘲笑に満ちている。

びりびりと背中に伝わる威圧をけたままジルは前を向く。

「君は僕をこのに売る気か。こんな程度の劣勢に怖じ気づいて?」

「婚約を了承したと陛下が言わなければすむだけの話です」

恐ろしいほどだった圧が、戸うように鎮まった。

「陛下を口説くくらい、フェイリス王の自由にさせてあげてはいかがですか」

フェイリスはぱちぱちと大きな目をまばたく。周囲が整えた椅子に座るのが當然の王様には、ぴんとこない単語らしい。

唯一、ジルの考えを見抜いたらしいロレンスがに薄い笑みを浮かべた。

「フェイリス王の名前だけを使って終わらせる気か」

「現狀をそのまま説明するだけです。フェイリス王は両國の関係改善を求め、エリンツィアさまを頼った。そこでこの偽帝騒ぎが発。たまたまノイトラール地方に潛伏していた陛下と出會い、爭いを憂えて協力を申し出てくださったのです。婚約話のひとつやふたつ、噂話が持ちあがるのは當然のことです」

フェイリスは、冷靜にジルを見ていた。八歳のしっかりした天使のような可憐な。庇護されるのが、されるのが當然の、神の末裔。

それだけのではないことを、ジルは知っているではないか。六年後、ジルのあの処刑の早さは、長年の手回しがあってこそだった。きっと彼が十四歳になる前からの。

語の定番だと、陛下とフェイリス王が惹かれ合って婚約に至るんでしょうね」

好きなようにさせてなるものかと、ジルはハディスの前に立って、笑った。

「でもわたしはあなたに陛下を渡しませんよ、フェイリス王殿下」

ジルを見つめるフェイリスが、の端を持ちあげた。

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