《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》30

「やあ、訓練じゃなく洗濯?」

金屬のタライにもらってきたばかりのお湯をれていたジルは、石畳の洗濯場に現れた人を一瞥してからすぐ視線を戻した。

「さっき、ロレンスも訓練場にいたでしょう? 見てたんじゃないんですか」

「ばれてたか。ジークさんはこないのかな? あのひと、君の部下だろう」

特に明言したわけでもないのに、よく見ている。そう思いながら、ジルは肩をすくめる。

「ジークは訓練です。竜騎士見習いなんだから當然でしょう」

「それは君だって同じじゃないか。は洗濯でもしてろ、なんてよくある話だけどね。でもこんなの子相手に、よくやるよ」

「わたしがの子じゃなくて男だったとしてもありますよ、ああいうのは」

お前がかつてわたしと一緒に士學校でやられたように、という言葉をにしまう。

ロレンスは木の洗濯場にやってきて、新品の石鹸をジルに見せた。

「使うといい。さっき、君に洗濯を押しつけた奴がこそこそ隠しているのを見た」

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「ああ、どうりで見當たらないと。有り難うございます。助かります」

「淡々としてるね。ひどいとは思わないのかい?」

「訓練できないのはつらいです、がなまるので。でも、洗濯だって大事な仕事です」

「君は竜妃なのに」

「それは竜帝の妻だっていうだけでしょう」

ロレンスが瞠目したあと、苦笑いを浮かべ、ポケットから出した小のナイフで石鹸の端をいくつかタライに切り落とした。

「とかして使えば手間が省ける。洗濯はあの籠の中のものだけ?」

「手伝ってくれるんですか? ロレンスの訓練は?」

「俺は後方支援志だから、これも訓練だよ」

屁理屈に呆れながら、ジルはタライの中を指先でかき混ぜてみる。最近溫かいせいかなかなか溫度がさがらない。この溫度のまま洗濯するのは生地を傷めてしまうだろう。

待っている間、屈でもしているかとびをしたとき、洗濯場にかかる大きな木の幹に背を預けて、ロレンスが言った。

「俺の姉はね、フェイリス王とジェラルド王子の実父――クレイトス南國王の後宮にいるんだ」

ロレンス本人から士學校時代に聞いた話だ。

クレイトスの國王陛下は現在、執務の大半をジェラルドに丸投げし、一年の大半をクレイトス南方ですごしている。國王陛下ではなくクレイトスの南國王と揶揄されるほど傍若無人な振る舞いは、ジェラルドも手を焼いていた。その南國王が自ら建設した街には、金とにまみれた非公式の後宮がある。ロレンスの母親代わりだったしい姉は、生家から南國王の後宮へと売り飛ばされた。

ロレンスはそこから姉を救い出すために、ジェラルドの部下になったのだ。

(クレイトスの人間だってばれたからって、なんでそんな話を今、わたしに……)

警戒が眉をひそめる形で現れる。それを見て、ロレンスが笑った。

「やっぱり君は何か知ってるね」

「――えっ?」

「こう聞いた人間の反応は二種類なんだ。南國王のことを知らずとりあえず心するか、気の毒がるか。君はどちらでもなかった。何をさぐりたいのかと、俺の反応を待ち構えた」

ロレンスが木の下で、何かをさぐるように斜めに首をかたむける。

「君、やっぱり俺のことを知ってるね」

「そ、そんなことは――そ、そう。ジェラルド王子の誕生パーティーで」

「俺はあの誕生パーティーには不參加なんだ。そして、ジェラルド王子は婚約者でもない君に手駒をあかすほど無能じゃない。つまり、君がクレイトスで俺を知る機會はほぼない」

たたみかけられる言葉にだらだら汗が流れてくる。

(ほぼっていうなら可能はあるわけで……いや不用意に発言するのやめよう、うん)

言質を取られるだけだ。勝てない相手には挑むな、というのは彼の教えだが。

「なのに、なぜ俺がフェイリス王の部下ではなく、ジェラルド王子の部下だと知ってるのかな?」

顔をあげてしまってから、ロレンスの目線ではめられたことに気づく。

「だめじゃないか、そんな顔でこっちを見たら」

「お前、相変わらず格悪いな!」

「へえ、相変わらず。どういう意味か聞いても?」

「あーもう、言いたいことがあるなら率直に言え!」

「君に興味があるんだ。ジェラルド王子の求婚を蹴り、今はラーヴェ皇帝の心をつかんでいる君に」

率直に返されたあと、つい疑が顔のゆがみになった。

「……まさか、お前も趣味」

「失禮なこと言わないでくれるかな、ジェラルド王子やラーヴェ皇帝陛下じゃあるまいし」

遠回しにふたりをこき下ろしながら、にこやかにロレンスは続けた。

「どう説明すればいいかな……そう、諸侯に続いて、ヴィッセル皇太子とも連絡がとれた。數日に皇帝陛下の所在と王の所在をあかし、ゲオルグ様に投降をうながすらしい。これを君はどう思う?」

「……ヴィッセル皇太子が裏切ればすべてが水の泡です」

「義兄を疑うのかい? 皇帝陛下は実兄とは仲がいいというふうに聞いていたけど」

「わたしはヴィッセル皇太子に會ったことはありませんし、何より陛下の味方なので」

ヴィッセルが味方ならそうあってくれと願っている。だが願いどおりにいくとは思っていない。

「竜帝の味方だから、君はヴィッセル皇太子――いや、皇太子だけじゃなく、エリンツィア殿下もリステアード殿下も裏切るかもしれない可能を常に頭にれているのかい?」

「誰にどんな事があるかわかりません。だからそうならないように、わたしは陛下についてるんです」

「そう、それだ。僕は君がそうなると知ってるように見えるんだよ。そこに興味があるんだ」

ぎくりとをこわばらせると、ロレンスはにっこり笑った。

いい加減、やられっぱなしで頭にきたので、ジルもにっこり笑い返してやる。

「わたしの部下になってくれるなら、話してあげますよ」

きょとんとしたロレンスは、口元に手を當てる。

「……その返しは想定してなかったな」

「できないでしょう? ならお互い詮索はなしです。あなたはちゃんとお姉さんのためにクレイトスに帰らないといけないですからね。だからわたし、あなたのことは知りません」

瞠目したあとで、ロレンスが口元で手をかす。

「……ひょっとして、俺を見逃してくれるってことなのかな? そういうつもりはなかったんだけど……なんか、くすぐったい気分だ。君みたいな子に気遣われたと思うと」

「でも陛下に手を出したら別ですから」

牽制だけはしておくと、妙に忙しない様子だったロレンスの目がちょっと細くなった。

「……。君がジェラルド王子の婚約者だったら検討の余地があるから、君がジェラルド王子の求婚をけてくれれば俺は部下になれるよ?」

「お斷りします!」

牙を剝く勢いで否定すると、ロレンスがおかしそうに聲を立てて笑った。

「そこまで嫌われるなんて、あの王子様にしては珍しいしくじりだ。でも、君がクレイトスに戻ってくれればいいだけだから……そうだ、君が俺の人になるのはどう?」

「はあ? わたしはあなたを部下にしたいわけで、人とか冗談でも嫌です」

「……冗談なのに全力で否定されると傷つくな。あの皇帝のどこがそんなに?」

「料理がうまいです!」

力強く斷言すると、ロレンスが頬を引きつらせた。

「……え、それだけ?」

「十分じゃないですか。はい、もうおしゃべりは終わり。洗濯始めるんで、籠持ってきてください。大した量じゃないのでさっさとすませましょう」

ちょんと水面を指先でつつくと、ぬるま湯になってきた。靴をいで足になったジルが待っていると、釈然としない顔でロレンスが洗濯が詰められた籠を取り――真顔になった。

「……これ、全部下著じゃないか。男の」

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