《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》32
ノイトラールから北西、森を抜けた竜の巣近くの川上が、ヴィッセルが派遣した援軍の引き渡し場所だ。ハディスを捜索するための兵という名目で用意した兵らしく、頭數が厳しく管理されている竜やそれに騎乗する竜騎士は用意できなかったという話だった。
そして引き渡しをけるジルたちもその兵に紛れこむのが安全だということで、こちらの移も竜を使わないでほしい、と要請が付け加えられた。
だがこの場合、こちらの機力の問題が出てくる。
ヴィッセルの兵の派遣をゲオルグに察知され、伝令に竜を使われたらひとたまりもないという會議での懸念に、あっさりハディスが言った。
「僕が行けばいい」
真っ先に反対したのは、ハディスに関して打てば響くリステアードだ。
「皇帝の自覚を持てと何度も言っている! まだ魔力もろくに使えないくせに」
「でも、僕ならこの狀態でも竜を押さえこめる。適任だと思うけど」
「それならラーヴェ皇族である僕が行けばいい! お前ほどではないが、それなりに竜との意思の疎通は取れる、決まりだ」
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傲慢にリステアードが決めてしまう。だがハディスは首を橫に振った。
「だめだ、あてにならな――」
「なんて言おうとしたお前、今!」
「陛下。リステアード殿下は陛下が心配なんですよ」
會議室でハディスの隣に座ったジルが袖を引くと、ハディスがびっくりした顔のあとでもじもじし出した。
「そ、そうか――なら、ええと、護衛はどうかな!?」
「どうかなってなんだその言い方は! 命じるか頼むかにせんか!」
「會議中だ、ふたりとも。いいか、私はここを離れられない。叔父上はこちらを疑っているとヴィッセルに警告されたから、なおさらだ。だが、リステアードがここいる表向きの理由は合同演習だ。部下をつれてどこぞで見つかっても、言い訳はたつ。いざとなればハディスより顔もきくだろう。ふたり一緒に行くのはいい案だ」
ハディスがリステアードを怒らせて、その間をエリンツィアが苦笑い気味に取り持ち、折衷案を出す。だんだん見慣れてきたやり取りで會議は進み、合流地點に向かう人數の隊が編制された。
馬での移を主眼とした、両手で足りるほどの數だ。
「合流地點まで馬で二日程度の距離がある。焦って無理はしないこと。各自最低限の食糧と路銀は常に持ち歩く。わかったな、特にハディスにリステアード」
「ハディスだけならともかくなぜ僕まで名指しするんだ、姉上」
「お前達が一番世慣れてなさそうだからだ。いいか、ハディス。リステアードを怒らせるようなまねはしないように」
こくりと頷いたハディスの頭を、手をばしてエリンツィアはなでる。そして、そのままリステアードの頭を軽く小突いた。
「お前はハディスをいじめない。わかったな」
「僕がいつどこでこいつをいじめたんだ、失敬な」
「二ヶ月兄だと主張するならそう行しろ、と言ってる。いいかふたりとも、何があったとしても仲良くやるんだ、わかったな! ――ちゃんと帰ってこい」
細腕を目一杯ひろげてハディスとリステアードを抱いたエリンツィアは、弟を送り出す姉の顔をしていた。それをわかっているのかハディスもリステアードも、黙ってされるがままになっている。その景に、なんだかジルは笑ってしまった。
「陛下もお姉さんの言うことにはさからえないんですね」
「そういうわけじゃ……」
「ジル」
ちょっとすねた顔のハディスの背を叩いて、最後にエリンツィアはジルに向き直った。
「まだ子どもの君にこういうのもあれだが……頼んだよ、弟達を」
「わかりました」
最後に握手をかわして、こっそり夜明け前にノイトラールの城塞都市から出立した。
決して贅沢も楽もできないが、旅は順調だった――たったひとつの問題をのぞいて。
「ねえねえロレンス君、こっちみぎー? ひだりー?」
「左です」
馬上で道案をまかされたロレンスが、地図を見ながら端的に答える。
「し遠回りになりますが、古い街道があります。人目につかず安全に、というのならばこちらを使うのが最適なので。念のためにジークさんに今、先行してもらって……」
「おい、こっちには全然ひとがいなかったぞ」
「――って言ってるそばからなんで右から戻ってくるんです、ジークさん。俺は左の道の先を様子見するよう頼んだはずですが……」
「あぁ悪い、途中でどっちかよくわかんなくなって」
あっけらかんとするジークに、ロレンスが笑顔のまま黙りこむ。あれはたぶん、言っても無駄だということを呑みこむための時間だ。カミラが悩ましげに嘆息した。
「ごめんねえ、ロレンス君。言われたとおり偵察すらできない馬鹿で」
「うるさい。でも左のほうがごったがえしてたのは本當だ。なんか珍しい天商がきてるみたいでな。ってことで右行くぞ、右。とりあえず方角だけあってれば辿り著くだろ」
「そんな大雑把な……野営の場所もあるんですよ」
「でも大勢の人間にまぎれるのも手じゃなぁい? 元のルートのままでいいんじゃないの、その珍しい天商、気になるし」
「はは、いいですね楽しそうで。……そんな理由で決めませんからね?」
「おい大丈夫か、あの先頭の三人。特にあの、クレイトスの従者」
リステアードの呆れた聲に、ハディスと一緒に馬に乗っているジルは振り返る。
「大丈夫ですよ。あれでも仲良くやってると思います」
ジルにとってはしだけ懐かしい景だ。道筋を立てるロレンスと、それを意に介さないジークと、引っかき回すカミラだ。
「道も大事だが、今夜休む場所ってどこだ?」
「……野営する場所、俺、何度も何度も説明しましたよね?」
「そうだったか? でもそれって地図上だろ」
「そうねぇ。先行して見に行きなさいよ」
「はあ? お前がいけよ」
「待ってください。ジークさんにまかせるとさっきと同じ展開になりますよね。ここは――」
「アタシ嫌よ?」
「ったく役に立たねぇな。しょうがない、おい行くぞ」
「え。は? まさか俺ですか、って待ってください、ちょっと!」
ばしんとジークにを叩かれたロレンスの馬が駆け出す。それに続いたジークが言った。
「なんだお前、幹いいな。意外と腕も立つんだろ、手ぇ抜いてんじゃねえぞこの貍」
「は、はは……貍、ですか……貍……」
「いってらっしゃーい、貍坊やと熊男」
ひらひら手を振ってカミラがふたりを見送る。ぎゅっとジルは格好だけで持っている馬の手綱をにぎった。
(貍か。なんだか不思議だな。昔に戻った……いや、未來に戻ったみたいな)
「あっという間に仲よくなったよね、あの三人」
ハディスの聲に、ジルははっとした。
傷にひたって背後――今回の旅路のいちばんの問題を、忘れてしまっていた。
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