《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》36

夜空を飛ぶ竜の數は三頭、それらが綺麗に三角形を作りカミラ達がやってきた方角へと飛んでいく。ノイトラールの城塞都市へ向かっているのだろうか。竜の移速度なら翌朝にはつく。

立ちあがろうとしたジークを、ロレンスが目線で制した。

「靜かに。今は騒がなくてもいいです。どうせノイトラールに戻っても間に合わないんですから、明日、きちんと皆さんに報告しましょう」

「……お前、あれが何かわかってるのか」

「いいえ。でもノイトラールは大丈夫ですよ。フェイリス王がいる限り、あれがどこの何だろうとひどい攻め方はできない。だから俺は王を置いてきたんです。あまり竜妃殿下に借りを作りたくなかったので――いずれ、俺達は敵対するんでしょうから」

カミラが表を改める。ジークはなんとも言えない顔で後頭部をかいていた。

ロレンスはロレンスで、こちらの反応などどうでもいいのか、がりがりと枝の先で地面をえぐっている。

「それに飛んでいたのは分隊以下の數です。伝令か、斥候……いや、別の可能を考えたほうがいい……となるとやっぱり……ここか」

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ひとりごちて、ロレンスが地面に書き上げた地図の一點をさす。

「何かあったときの合流地點はここがベストです。ひとが近づかない竜の巣が近くにある。なくとも俺はここに逃げます」

「……マジか」

「マジですよ。囲まれる可能はありますが、竜を刺激しないために大がかりには攻めてこられない。ひとまずの逃げ場としては最適です。念のために共有しておいてください。俺が言ってもあやしまれるでしょうから」

合流地點からし東、よりルキア山脈に近い場所を、枝の先で示す。

「竜帝や竜妃が逃げてくるなら、なおさら安全かもしれません。俺はあまり神話を信じてませんが、神の加護も竜神の加護も実在するらしいので、神頼みも悪くない」

「……その言い方、この先は罠だとお前は思ってるようだが、お前自はどうなるんだ? 所詮は下っ端だろう」

切り捨てられるのも犠牲になるのもまず下っ端だと、カミラもジークもよく知っている。それこそベイルブルグでジルに出會わなければ、カミラ達は今頃、故郷を捨てていたかもしれない。

ロレンスはきょとんとしたあと苦笑いを浮かべた。

「優しいですね。でも平気ですよ。魔力の低い俺はクレイトスでは落ちこぼれです。危険な仕事をこなして果をあげなければ、出世は見込めない。だからそう警戒しないでください。あなたがたを助けるのは俺の利になると判斷したからです。俺の今後のために、ここはあなたたちに勝ってもらう」

「その言い方だと、勝ったあとが怖いわね」

「だがまず勝たなきゃならんだろう。俺達はまだ給料ももらってないんだぞ」

苦々しい顔のジークに、ロレンスは噴き出した。

「それは深刻な問題ですね。……もったいないな。彼はここだと後ろ盾がない。たとえジェラルド王子と結婚せずとも、クレイトスにいれば軍神と崇められたかもしれないのに」

その姿は容易に想像できた。でも、カミラはくまのぬいぐるみが見張る天幕を見る。

「それがジルちゃんの幸せかは、別問題でしょう」

「竜妃殿下にれ込んでらっしゃいますね」

「それはお前も同じだろうに」

「わかります? でも気になるでしょう。どうして彼がここにいるのか。あと、いったいあの皇帝のどこがそんなにいいのか」

「それ、考えずにけ止めたほうがいいやつよぉ。深みにはまるから」

心の底から忠告すると、意外とい顔になったロレンスは神妙に頷いた。

「気をつけます。考えたところで、竜妃殿下があの皇帝を見捨ててクレイトスに戻ってくるとは思えませんし……あなたたちも竜妃殿下についていくでしょうから」

「俺は隊長のこと抜きに、あの皇帝も見捨てたくないと思ってるがな」

ロレンスが意外そうにまばたいた。ジークは焚き火をじっと見つめて口をかす。

し前に、隊長を守るためなら自分を突き出せって言われたんだよ。平気な顔でな。腹が立つだろ」

さすがにカミラも顔をしかめる。ロレンスが淡々と応じた。

「竜妃殿下を守るためには有効な手ですからね。……なるほど、平気でそう言えてしまうところを放っておけないのかな、彼は……」

それきり何を言うわけでもなく、ぱきりと音を立てて燃える火を三人で囲んでいた。

やがて持っていた枝を焚き火に放り投げ、ロレンスが立ちあがる。

「順調にいけば明日の夕方、引き渡し場所に著きます。俺はもう寢ますね。あなたがたもあまり無理はなさらず」

「ありがと。おやすみなさい」

「また明日な」

ジークとカミラに見送られて、ロレンスが自分の天幕へとっていく。そろえた両膝に両肘を立てて、組んだ手の甲の上に顎をのせたカミラは、隣のジークに言った。

「いい子よねぇ。やになっちゃう。今のうちに始末しちゃいたくなる自分が」

「やめとけ。向こうもそう思ってるだろうからな」

あっさり言うジークの頭を、なんとなくという理由ではたいておく。何かぎゃんぎゃん怒鳴られたがすべて無視して、もう一度くまのぬいぐるみが鎮座する天幕を見た。

もしロレンスの言うとおり、明日合流できるとして、懸念どおり罠があるとしたら、直接的な危機に陥らなかったこれまでと狀況は一変するだろう。

だからせめて、今夜くらいはゆっくり休んでくれればいいと思った。

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