《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》41

「竜の、卵……?」

つぶやいたジルはよろよろと藁を敷き詰められた巖の中へとる。

不思議な卵だった。黒い殻に覆われているのに、中から金っているので、明るく見えるのだ。

おずおずさわってみると溫かかった。生きている。

――どうして、卵が孵らない。

黒竜のびを思い出した。

「……まさかこれ、金目の、黒竜だったり……」

「そうだ」

「うわっ」

突然巖に顔をつっこんできた黒竜に、ジルは聲をあげる。振り返ると、紫目の黒竜は眉間にこぶをつくっていた。ジルが毆ったあとだ。

「竜帝が生まれるときに必ず現れる金目の黒竜の卵だ。竜帝の心を栄養分にして育ち、竜帝の長にあわせて孵るのだが……見てのとおりだ」

黒竜からもう敵意はじない。だからそのまま話を続けた。

「ラーヴェ様はこのことは?」

「もちろん存じておられる。だが竜帝は興味がないようだ。我はそれが許せぬ」

「……ずっと孵らないって、大変なことですか」

「十年、二十年など我ら竜にとっては誤差の範囲。だが、萬が一にも孵らぬまま竜帝が死ねば、死んだ心を栄養分にすることになり、化けが生まれてしまう。……案外、竜帝はそれを狙っているのかもしれんがな。自分が死んだあとも、世界を呪うために」

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ふと、六年後のハディスの姿が思い浮かんだ。何もかも呪って、恨んで、破壊をむあの破滅的な姿。

「……大丈夫ですよ、陛下はまだ生きてますし、元気です」

「だが……」

「あなたの心配はわかりました。要はまだ陛下は、心を閉ざしてるってことですよね」

嘆息して、ジルは卵をゆっくりなでる。大丈夫だ、まだ、溫かい。

「助けにいきますね、陛下。待っててください」

心なしか、手のひらにちゃんと鼓も伝わる気がする。

「あと、あなたも早く生まれてきてください。わたし、金目の黒竜、乗りたいんです。陛下と同じだから」

どくん、とはっきり振が返ってきた。びっくりしたジルに、黒竜が興した様子で鼻先を寄せる。

いたか!? 今、いたな!?」

「は、はい。たぶん、ですけど……」

「いや、いた。絶対いた。……よかった、生きているのだな、そうか……」

心底ほっとしている黒竜に、ジルは疑問を投げかける。

「あなたが親竜ですか? だからずっと守っていた?」

「いや、我はつがいだ」

「……。この卵の……奧さんってことですか」

「そうだ。黒竜だけは黒竜がつがうと決まっている」

「失禮ですが、おいくつですか」

「まだ三百歳にもならぬ」

まだか、そうなのか。その時間覚では、確かに十年、二十年は誤差の範囲だ。

「でも――なら、さみしかったですね」

驚いたのだろう。ちょっと目を開きかけた黒竜が、眉間をかしてしまい顔をしかめる。痛いらしい。

「あ、すみません、の子なのに顔を毆っちゃって」

「何を言うか。雌雄で差別はいかん。それに孵らぬ卵に苛立ち、冷靜さを欠いた発言をしたのは我のほうだ。すまぬ。目がさめた。確かに、我は何もしておらなんだ。ただここでかぬ卵を見て、気鬱になるばかり……」

「それ、だめですよ。あなたが先にだめになっちゃいます」

待つというのは疲弊させる。振り返ったジルは、思い切っていかけた。

「一緒に陛下、助けに行きましょう。あなたも外に出るんです」

「だが卵が……」

「ここにいれば安全でしょう。あっためる必要がないなら、たまに様子見にくるだけで十分ですよ」

びくんと卵がいた気がしたが、背中を向けたまま無視をした。

「これ、陛下と一心同なんですよね? べったりくっついて甘やかしちゃだめです」

「そ、そうか……? なんかさっきから卵がちかちかってるのだが……」

「周囲がちゃんとわかってるってことですよ。それでも出てこないの、あなたがここにいてくれるからじゃないですか。甘えてるんですよ」

「ものすごく抗議をするようにり始めているのだが、いいのか?」

「元気で何よりです! 陛下を助けるのが先ですね、さあ、出発しましょう」

「卵が飛び跳ね始めてるぞ!?」

「置いていかれたくなかったら出てくればいいんです」

振り返るとびくっとしたように卵がるのもくのもやめた。

黒竜の頭に寄り添う形で、ジルは言う。

「ということで、彼と一緒に陛下を助けてきます。――いいですよね?」

問いかけると、近くの紫の目が靜かにジルを見て、一度だけ伏せられた。

「……よかろう、我は出かけるぞ! いい加減、待つのは飽きた!」

「その意気です!」

「嫌だと言うなら追いかけてくるがよいわ、お前は金目の黒竜! 竜神ラーヴェ様に次ぐ我のつがいなのだから」

ジルが拍手をすると、晴れ晴れしたように黒竜が鼻を鳴らした。だが、卵に向いているその目は優しい。

「では行ってくるぞ、我が夫よ。――背に乗るがよい、竜妃」

思いがけない言葉に、ジルは一瞬息を呑んだあと、目を輝かせる。

「いっ……い、いいんですか、乗せてくれる!? わたしひとりで!?」

「我が背に乗れる人間は、竜妃か竜帝のみよ」

不敵な笑みにジルは急いで巖を出て、首のあたりから背中へとよじ登る。そして天井を見て気づいた。

「でも、どうやってここから?」

「何、しっかりつかまっておれば一瞬」

から顔を出し、姿勢を整えた黒竜が翼をかす。そして一気に頭から水の天井に向かって突っこんでいった。

思わず息を止めたジルは、水圧をじないことに気づいて目を開く。息ができる。周囲が見える。きらきら夕日を反する水の輝き、群れをなして泳ぐ鮮やかな魚たち。巖にはえた珊瑚に、緑の絨毯を敷き詰めたような藻。

派手な音と水しぶきを立てて、水底から一気に地上へと躍り出た。空から見おろして、今までいたのは滝が流れ込む崖上の大きな湖底だったと知る。

「ど……どうなってるんですか、あれ……水、溢れちゃわないんですか」

「滝の一部は地下に流れこんでいる。竜の巣はそのあたりの地形を変させるからな。で、どこへゆく、竜妃よ」

旋回して勢をととのえた黒竜に尋ねられ、ジルは顔をあげた。風圧も高度もそれなりにあるのに、息苦しくないし勢を保てている。ハディスやエリンツィアと一緒に竜に乗っていたときと同じだ。これが竜の加護か。

「仲間と落ち合うと決めていた場所があります。そこへ。ここの近くのはずです」

「あいわかった」

「それと、わたしのことはジルと呼んでください。わたしもあなたを名前で呼びますから」

「我に名前はない」

「ならわたしがつけますよ。ステーキとか!」

一拍おいて夕日に染まった空を旋回する黒竜は景気よく笑ったあと、冷靜に答える。

「卻下だ」

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