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まだ未読の方はそちらからお読みください。

「そのフェンリルは、君の霊か？」

その問いに、ソフィアは今度こそ心臓が止まるかと思った。

「え……えと……」

フェンリル。

霊。

目の前の男の口から出たワードから連想するに、ハナコの事を言っているのだろうか？

（でもハナコは、ここにいないはず……）

『きゅいっ』

「えっ……！？」

もふもふそうな並み、可らしい鳴き聲。

どこからともなく、フェンリルのハナコが出現してソフィアの肩にぴょんっと乗った。

驚きわたわたするソフィアに、男は合點がいったように頷く。

「聞くまでもない、か」

「ハナコが……見えるのですか？」

「……ハナコ？」

男が訝しげに眉を寄せる。

何言ってんだこいつ、とでも言いたげな表だ。

（な、何か、変なことを言ってしまったかしら……？）

困するソフィアに構わず、続けて男が尋ねる。

「君、名前は？」

「ソフィア……ソフィア・エドモンドと申します」

そう告げて、淑の禮をするソフィア。

「そうか、君が……」

男が意味深げに呟き、隣にいたの目に憐憫のが浮かんだのに、ソフィアは気づかなかった。

「アランだ。霊王國の竜神であり、軍務大臣を務めている」

さらりとアランが言った途端、場がどよめいた。

「お、おい……さっき竜神って言ったか？」

「霊王國の守り神って噂の……実在していたのか……？」

何やらとんでもない人を目の前にしているらしい。

ソフィアの背中にピンと張り詰めたような張が走った。

「家名はない。強いて補足するならば……」

瞬間、男──アランのが淡いに包まれた。

おお、と周りからどよめきが起き、収まったかと思えば──。

ひいっと、どこからか悲鳴が聞こえた。

の大きさは変わっていないが、ビジュアルが完全に人間から遠く離れていた。

顔の骨格は狐のようにスマートで、黃い雙眸がぎろりとっている。

全を覆う白い鱗はゴツゴツしておりるとそうだ。

背中には大きな翼、腰からは大きな尾がにょろりとびている。

この風貌の生を、ソフィアは知っていた。

「見ての通り、竜人だ」

アランが言う。

対して、ソフィアは目の前の景にぽかんとしていた。

「……っと、すまない。急に変化を解いてしまって、驚かせてしまったか」

「か……かっこいい……」

「は？」

ソフィアが思わず呟いた想に、アランは素っ頓狂な聲をらす。

「とても、かっこいい、ですっ……」

「……変わっているな、君は」

驚くことも怯えることも無く、キラキラと瞳を輝かせるソフィアにアランは居心地悪げに呟いた。

もはや隠すまでもないが、ソフィアは大の生き好きである。

犬や貓といったもふもふはもちろんの事、蟲や甲殻類、大型、ドラゴンやケルベロスといった希種に至るまで守備範囲は広い。

子供の頃はよく、たくさんのを記した図鑑をよく読んでいたものだ。

なんなら今も時間がある時に眺めている。

……現実世界で人間に冷たくされっぱなしだったから、人並み以上にが好きになったというのが正しいかもしれないが。

そんな一連の流れを、ソフィアの肩に乗ったハナコはどこか楽しげに眺めていた。

「こら、アラン。人間の國にいる時は人型でいなさいと言ったでしょう」

がアランを嗜めるように言う。

「申し訳ございません、シエル様。百聞は一見にしかず、と思いまして」

「確かに、判斷としては間違ってはいないわ。ただ、次からは時と場所を選んでね」

「かしこまりました」

アランが頭を下げる。

すると再びアランのがに包まれ、たちまちのうちに元の人型に戻った。

「ごめんなさいね。私もアランもこの國に來たばかりで、まだ何かと不自由な部分があるの。無禮を許してくれると嬉しいわ」

「い、いえ、とんでもございません。えっと……」

「自己紹介がまだだったわね」

はそう言うと、に片手を當てて言った。

「霊王國エルメルの王、シエルと申します。よろしくね、ソフィアちゃん」

「お、王様……！？」

ソフィアの驚聲は、場のざわめきによってかき消された。

霊王國はこの何百年、ずっと鎖國狀態だった。

よって誰も、その長を知らない。

今この瞬間、ソフィアの目の前にいる人が霊王國の長と明かされて、會場は大騒ぎとなった。

アランの軍務大臣という立場も衝撃を與えたが、王となると段違いだった。

「シエル陛下！」

ざわめきの中からすかさずマリンがやってきて、ソフィアの前に遮るように立つ。

普通だと位の高い者が先陣を切る場面だろうが、シエルが話している相手がの姉だったのもあってこれはチャンスと抜け駆けて來たのだろう。

「あら、貴方は？」

「はい！　わたくし、マリン・エドモンドと申しまして、こちらのソフィア姉様の妹でございます」

「まあ、そうなのですね。確かに、可らしい目鼻立ちがそっくりです」

シエルの言葉に、マリンの表がピシリと止まる。

自分が見下している姉と目鼻立ちがそっくりと言われたことが、マリン的にムッと來た。

當然、シエルに悪意は無い。

マリンの高すぎるプライドが原因である。

しかし相手は國の王様。

そんなを出すわけにはいかないと堪える。

「そ、そんなことより、シエル様！　私とお話し致しませんか？　お姉様のような落ちこぼれとお話しするより、よっぽど有益かと思いますの！」

「落ちこぼれ？　この子がか？」

マリンの発言に、アランが反応する。

「ええ！　お姉様は我が魔法國家にて、魔力ゼロを出した落ちこぼれですの。高明な魔法師を數多く排出して來た我がエドモンド家の面汚しとして、國中から笑いにされましたわ」

マリンの言葉に、ソフィアは俯く。

全て事実だ、なんの反論もできない。

「それと比べて私は、魔法學校を主席で卒業しました。この先のフェルミを背負っていく逸材ですの！」

堂々とを張って自己アピールをするマリン。

マリンとしては、事実無能と言われている姉を下げることによって自分を大きく見せたつもりなのだろう。

実際、この國の貴族社會においては魔法の才の有無がそのまま評価に直結する。

才があれば褒め稱えられ、持ち上げられ、無ければ蔑まれ、罵倒され続ける。

そんな風が普通だったため、自分の姉をここまで下げた風に言うのはなんら違和をじていないマリンだった。

しかし他國からやって來たシエルとアランには、違和でしか無かった。

ふたりとも『何を言っているのだろう、この子は』とでも言う風な顔をしている。

実の姉をナチュラルに蔑む點もそうだし、何よりも……。

「ねえアラン、ちょっと」

「はい」

不意にシエルが、アランに何かを耳打ちした。

「……はい、自分もそう思います」

「やっぱり、貴方もそう思うわよね。そこで、提案なんだけど……」

シエルの追加の耳打ちに、アランが目を見開いた。

「シエル様、本気で言ってます？」

「私が冗談を言うとでも？」

にっこりと和な笑みを浮かべるシエルに、アランは言葉を返せない。

しばし無言のち、アランはため息をついてマリンに言う。

「マリン嬢、すまないが、お姉さんとしお話をさせてくれないか？」

「な、なぜですの？　お姉様よりも、私と……」

「大事な話があるんだ」

有無を言わせない聲。

國は違えどアランの地位は軍務大臣という、いち伯爵家からすると雲の上のような地位の者だ。

ここでごねたら下手したら國際問題沙汰。

それは避けなければいけないと、流石のマリンでもわかった。

「………………わかりました」

たっぷりと時間をかけて、すごすごと引き下がるマリン。

その表は悔しさに歪んでいる。

自分よりも出來損ないの姉を優先されたことに、高いプライドが傷つけられたのだろう。

良い気味だ、などと思えるほどソフィアは曲がっていない。

（大事な話とは……？）とただ困するばかりであった。

「時にソフィア嬢……つかぬことをお聞きするが」

「は、はい」

「貴に婚約者はいるか？」

「婚約者ですか？　おりませんけど……」

「そうか、なら……」

一歩踏み出して、跪き。

ソフィアを見上げて、アランは言った。

「俺と、婚約してしい」

瞬間、発魔法が弾けたように會場が騒然となったのは言うまでもない。