「こんな素晴らしいものがこの世に存在するなんて……」

クラリスにを清めるよう提案されて、てっきり水浴びでもするのかと思いきや。

まさか、全まるごとお湯に浸すことになるとは、思ってもいないソフィアであった。

今、ソフィアがいる部屋の裝は大理石作りで真っ白だった。

等間隔で白磁の彫刻が模されており、神話のような世界観を形作っている。

湯船からはほかほかと湯気が立っていて視界は悪いが、竜を模した彫刻の口からじょばじょばとお湯が流れ出ているのが見えた。

「お風呂、ね……」

熱めのお湯に肩まで浸かりながら、ソフィアは回想する。

──とにかくまずはお風呂で全を洗い流しましょう。

と言われてクラリスに連れられやってきたのは、お風呂という場所だった。

ソフィアも、東洋に湯浴みという習慣があるということを知識だけでは知っていた。

その時に使う広いのような場所がお風呂なのだと。

しかしソフィアが知っているお風呂は、ひと一人分のサイズの湯船にお湯を張って浸かるもので、斷じて部屋一つ分はあろうかと思うほどの広さのになみなみのお湯が注がれたものではない。

水源が富なエルメルではたいていの家にお風呂があるらしく、その中でも大きなサイズのものをクラリス曰く『大浴場』と言うらしい。

クラリスは「それではごゆっくり」と、拭くや著替えの場所をレクチャーして退室してしまった。

ひとりでじっくりと楽しんでという、彼なりの気遣いだと予想する。

回想終了。

「こんなに大量のお湯を惜しげもなく使うなんて……」

水魔法と火魔法を組み合わせれば実現できるとはいえ、この量となるとかなりの労力を必要とする。

なくとも実家では考えられなかったが、エルメルでは浴はオーソドックスな習慣らしい。

実家にいた頃を思い起こす。

を清めるとなると、濡れた布でを拭くか桶にれた冷たい水でを濡らすかが定番だった。

當然、お風呂にった経験なんてあるわけがない。

熱いお湯に全を浸すなんて、最初はおっかなびっくりだった。

しかし、ってみてその先観は霧散した。

「気持ちいい……」

それが、浴に対する想の全てだった。

生まれて初めてのお風呂というものは、想像以上に極楽だった。

に溜まった疲労とか、穢れ的がじわじわと昇華されていくじがする。

ソフィアは頭を空っぽにして、その覚を楽しんだ。

「こんなに幸せで、いいのかしら……」

來る前までは、環境に適応できるかどうか不安だった。

でも想像していた場所よりずっと良くて、逆に怖さを覚えてしまうくらいだ。

今この瞬間も全て夢で、本當は婚約の話も、実家を出た話も全部噓だったんじゃないか、なんて。

夢だとすると、とても怖かった。

溫かい湯船に浸かっているはずなのに震いしてしまう。

思わずソフィアは、自分のを抱きしめた。

その時だった。

「……あら？」

不意に、視界の端に小さなが見えた。

よくよく目を凝らすと、手のひらくらいのサイズのの子の形をしたシルエット。

きらきらとの粒子を撒きながら、背中についた小さな羽で飛んでくる。

髪は澄んだ水で、同じのドレスを著ている。

どことなくシエルに似ているような気がした。

ソフィアは直的に、彼が水の妖だと思った。

水を掬うように両掌を広げてみせると、その上に水妖ちゃんが降り立つ。

それから妖ちゃんはソフィアを見上げてにこりと微笑んでくれた。

「可い……」

思わず溢すと、妖ちゃんは照れ臭そうに笑ったあとどこかへ飛び去っていった。

「行っちゃった……」

名殘惜しそうに呟く。

同時にソフィアは、アランの言葉を思い出していた。

──霊力が高い者は言い換えると、霊に好かれやすい者でもあるし、霊に様々な恩恵を與える者でもある。いわば霊たちにされている、と言っていい。

もし自分が、こんなにも可らしい霊ちゃんたちに好かれる質なのであれば。

「なんて素晴らしいことなの」

可いものには目がないソフィアにとっては僥倖としか言いようがなかった。

それからしばらくの間、ソフィアは喜びにばしゃばしゃとを揺らすのであった。