《ロメリア戦記~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~》第二話 魔大陸からの

第二話

家畜小屋の下に作られた薄暗い地下室は、家畜の糞のにおいが充満し、空気も淀んでいた。

エリザベートたちが不平をらしていたが、ここは我慢するしかなかった。

今この場所より安全なところは、魔大陸広しと言え存在しないのだから。

吐く息とともに不機嫌さが充満されていくが、不意に上から足音が聞こえ、空気を一瞬で張に切り替えた。

王子と呂姫が腰を浮かして刃をとる。エカテリーナが杖を持つが、私は手をばして杖を遮る。この狹い空間で魔法は危険だ。

足音が私たちの真上で止まり、足踏みを二回、一回、三回。合図の後、ゆっくりと天井にある板が取り外され、隙間から小さなの子と母親の顔がのぞいた。

「ミシェルさん。セーラ」

ほっと一息して二人を招きれる。

たちは、魔王軍に祖國を滅ぼされ、奴隷として魔大陸に連れてこられた人たちだ。

そして私たちの協力者でもある。

この大陸に潛した當初、私たちは何の報も持っていなかった。

地図どころか大陸の名前も知らず。魔王の顔も、どこにいるのかもわからなかった。

とにかく現地に行って報を集める。我ながら無謀ともいえる計畫だった。それしかなかったので仕方ないが、この無謀すぎる計畫を支えてくれたのが、奴隷として連れてこられた彼らだった。

彼らは私たちに隠れ家を提供して、食料を分けてくれた。そして魔王の報を集めてくれた。

魔王の行や、神殿に籠る報などは、すべて彼らがもたらしてくれたもの。この人たちの協力なくして魔王討伐はなかっただろう。

「遅くなってすみません。これはないですが」

Advertisement

ミシェルさんが袋を差し出してくれる。中にはパンと水が詰まった水筒がっていた。

私たちは空腹でも乾いていた。みんなが食料に飛びつき、のどを潤す。

小さなセーラがしそうに食料を食べる王子たちを見ていたが、言葉を飲み込み、口を固く閉ざす。

「あんまりお腹すいてないし、おねぇちゃんと半分こしようか」

私も空腹だったが、パンを半分に割り、セーラに差し出す。

の子は喜び、母親が謝るが、この食料はもともと二人のものだ。

二人してゆっくりと食べる。

「やはり魔導船は出ませんか?」

パンを食べ終えた後、ミシェルさんに尋ねた。この街から東に行ったところにある大きな港には、魔王が作り上げた魔導船が停泊していた。

ここ魔大陸ゴルディアと、私たちが住むアクシス大陸は信じられないほどの大海原が広がっている。

嵐も多く海流が行く手を阻み、普通の帆船では航行不可能。過去何度も旅立った船乗りはいたが、戻ってきたものはいなかった。

しかしゼルギスはどのような魔法の神を使ったのか、魔法でく船を作り上げ、嵐吹き荒れる大海原を渡り切り、私たちのアクシス大陸にまで攻めってきた。

國に帰るには魔導船に航する必要があったが、晝間の騒のせいで厳戒態勢がしかれ、魔導船の出港は延期された。もう街から出ることもできない。

「はい、船の出港は延期されました。再開がいつになるかはわかりません」

ミシェルさんの言葉に、王子が毒つく。

「くそ、こんなところで足止めを食っている暇はないというのに」

その原因は貴方たちにあるのですよと言いたかったが、私は必死にこらえた。

Advertisement

他人のしくじりを指摘しても始まらない。ここに來るまで、私もいくつかそれで失敗した。おかげで婚約破棄されてしまったが、とにかく國に戻らないと魔王を倒した意味がない。

に言い聞かせて、今後の方法を探る。問題はいつ魔導船が出るかだ。

おそらくだが、魔王の死はまだ広まってはいない。

を避けるため、魔王の死は隠されているだろう。現在の厳戒態勢は、発を起こした反分子の捜索程度の名目のはずだ。

しかしこの後どうなるかは読めない。魔王の死を隠すために、厳戒態勢を解くこともあり得るし、魔王の死を公表し、暗殺者狩りを徹底するかもしれない。

「トマスさんはいつごろ戻られますか?」

ミシェルさんの旦那さんであるトマスさんは、港での労役についている。

に忍び込み、隠れていた私たちを発見し、隠れ家に連れてきてくれたのもトマスさんだ。

もともと騎士の家柄で、労役に就く人たちを監督する立場でもあり、多くの報にれる機會がある。

「主人は日暮れには戻ると思います、それまではお待ちください」

から手が出るほど外の報がほしかったが、我慢するしかなかった。

視線を下げると、小さなセーラはパンを食べ終え、右手で左腕にれていた。指の先にはみみずばれのような傷痕があった。鞭の痕だ。

魔大陸には子供が多い。魔族はあえて労働力にはならない子供を持つ夫婦を優先して魔大陸に連れてきている。

育てて奴隷として使うことも考えているのだろうが、どちらかと言えば統治の道として利用している。

奴隷が反抗した場合、魔族は本人ではなくその子供に鞭をふるう。

Advertisement

奴隷が傷つき死ねば労働力を失うため、子供を打つことで、私たちの心を縛っているのだ。

一見するとうまい方法にも思えるが、これは悪手だ。

子供が打たれるところを見て、い立たない者たちはいない。今はまだ子供のために従っているが、奴隷として扱われながらも、彼らの心は決して折れてはいない。事実、多くの人たちが私たちに協力してくれている。

怪我が見ていられず、私はエリザベートを見た。

救世教に聖と認定された彼は、癒し手という傷を癒し治す力をもつ。その力はすさまじく、切り落とされた腕をつなげ、失われた臓すら復活させる。まさに聖と呼ぶにふさわしい驚嘆の力だ。

しかしセーラの怪我を見ても、エリザベートは腰をかすどころか、治してあげようとすら考えなかった。

王子が小さなけがをしたらすぐに癒すくせに、他の人の怪我は知らん顔だ。

命がけの戦闘の時ですら、彼は明らかに回復の比率が王子に偏り、他の仲間を無視する傾向にあった。もちろん仲間が言えば回復してくれるが、言わなければかない態度に、他の二人は快く思っていない。

それにこの態度、聖としてどうなのかと言いたい。

傷を治す癒し手は世界に數多くいるが、エリザベートの癒しの技は群を抜いている。それゆえにエリザベートは聖と認定され、この旅にもついてきたわけだが、彼はどうも自分の立ち位置というものを勘違いしている。

金持ちや有力貴族が怪我をしていた時や、病気の場合はすぐに無償で治療を申し出るが、旅先で病気の子供を連れた母親が、涙ながらに頼みこんでも治療を斷り、魔王軍に村を焼かれ、家を失くした人たちが傷ついていても、平気で前を素通りしていく。かつて貧しい人々を癒して回った救世教の教祖、癒しの子が見ればなんというか。

「傷薬つけてあげるね」

私は自前で作った傷薬を取り出し、セーラの腕の傷に塗り、他にも細かい傷を見つけては塗りたくる。

手がれ、こそばゆいのかセーラがをよじる。私は薬を塗るふりをしながらセーラのをくすぐり、わきや背中をわさわさとるとセーラはキャッキャと笑顔を見せる。

隠れている手前、あまり聲を出させるわけにもいかないのですぐにやめたが、子供の笑顔を見ていると心が安らぐ。

しかしやはりエリザベートには腹が立つ。こういうのは本來聖の役目だろう。

もちろん癒しの子のように、全ての人の傷を直し癒せとは言わない。そんな事をされてはこちらが困る。

だが聖として周囲に認知され、王子の婚約者の後釜を狙っているならこれではだめだ。

王や権力者というのは人気商売のところがある。実利を取ることも大事だが、時には損をしてでも名を取ることも必要だ。

何より、目の前の人を癒さずして何の聖か。

心でエリザベートに怒りをぶつけながら、セーラには微笑み、し遊ぶ。

花があれば花など作ってあげられるのだが、ここにそんな気の利いたものはないので、藁を編んだ冠や末な人形ぐらいしか作れない。

それでもセーラはおもちゃを喜び微笑んでくれる。改めて心が和む姿だった。

日が暮れるとトマスさんが戻ってきた。

厳しい労役でやつれているが、なお悍な顔つきのトマスさんは、戻るなり王子に確かめた。

「王子、もしや」

「ああ、魔王は討ったぞ」

切り落とした首を見せる。

「おおおおっ」

魔王の首を見てトマスさんは涙を流した。

悲願であった魔王討伐に功したのだ、これまでの艱難辛苦が晴らされる思いだったのだろう。

「魔王の死を國に戻り伝えねばならん。何とか魔導船をかせないか? あそこで働いているのだろう?」

王子が言うが、いくらなんでも無理というものだった。奴隷が扱うのは主に単純に労働。魔導船の作などわかるはずがない。

「わかっております。萬事お任せください」

しかしトマスさんは請け負った。何か手があるのか?

「トマスさん。すみませんが、塩を調達することはできますか? この首を塩漬けにしないといけないのです」

こんなことを頼むのは気が引けたが、このままでは首が腐ってしまう。塩漬けにして腐敗を防がなければいけなかった。

「わかりました、桶と一緒に都合しましょう。ほかに何か用なものはございますか?」

トマスさんが尋ねると、三人のたちが前に出た。

「ねぇ、もうし食べが手にらない? 出來れば果実とかがうれしいんだけど」

「私は湯あみがしたい。このところ満足にれてないの」

「香水がしい。使っているのがなくなって」

たちは口々に無理を言う。聞いていて恥ずかしかった。

彼らは外に出れば奴隷として鞭打たれているのだ。

奴隷が気軽に買いなどできるはずもなく、盜んでくるほかない。もちろん盜みが発覚すれば死ぬほど鞭で打たれるか、あるいは殺されるかのどちらかだ。

王子に止めろと目を向けたが、彼は止めなかった。

本來彼たちを諫め、導くのは王子の務めだ。しかし王子は自分が英雄であることに酔っている。

酔った頭に周りが見えるはずもなく、いかに格好よく敵を倒すかということだけが彼の至上命題となっていた。

魔王との決戦も正面からの決闘にこだわり、一時は死んだかと思うほどの攻撃もけた。

エリザベートの癒しが間に合いなんとか助かったが、姑息に立ち回れば、もっと確実に勝つことができたはずだ。

王族として格好をつけなければならないのもわかるが、この一戦には、個人だけではなく王國の、下手をすれば人類全の存亡がかかっていたのだ。正義や騎士道などを持ち出している時ではない。そんなものは後から付け足せばいいのだ。

それに王子はトマスさんたちを軽く、いや低く見ていた。自分は英雄であり、彼らは奴隷。滅ぼされた國の劣った者たちだという態度がにじみ出ている。それが三人にも伝わり、我儘を増長させている。

ありえない要求だが、それでもトマスさんは請け負い、本當に調達してくれた。

私が頼んだ塩と桶だけでなく、小ぶりだが柑橘系の果が二つに香水の小瓶。桶にった湯を一杯屆けてくれた。

これらを調達するのに、どれほどの苦労があったのか想像もつかなかったが、三人は酸っぱいとか香りが好みじゃないとか、湯の量がないとか不平を言っていた。

夜も更け、明日までには魔導船の方を何とかしてみせるとトマスさんは請け負った。

トマスさんの決意を固めた目と、ミシェルさんの優しげな微笑み。そしてセーラの無邪気な笑顔が私の見た三人の最後の姿だった。

互いに寢ずの番をして夜を過ごすこととなったが、明け方、眠っている私を王子の聲が起こした。

「ロメリア。大変だ」

聲に私はすぐに飛び起きた。すぐに構え周囲を見る。

私の周りでは王子と、ほかの三人が不安げな顔でいる。何かあった。

「どうしたのです?!」

「大変だ。私の武を奪われた」

「魔法を使われたのよ、それで全員眠ってしまって」

王子とエカテリーナが口々に話す。見張りの番だったエリザベートは、私は悪くないと視線を逸らす。

「今すぐここを出しよう」

當然の意見だが、私は待ったをかけた。

「ちょっとまってください、盜られたものは王子の剣と鎧だけですね」

呂姫の武やエカテリーナの杖はそのままだ。塩漬けにした魔王の首も盜まれてはいない。

「あの三人が裏切ったのよ」

「初めから信用できなかった」

確かに、裏切りを私も警戒していた。

つらく過酷な環境であれば、人間などたやすく奪い取られてしまう。ほんのわずかな見返りや今日鞭打たれないという安寧のために、裏切る人間をいくらでも見てきた。

だがこれは違う。もしかしたら。

「行するのには賛です。ですが、まずは勢を見極めてからです」

エカテリーナに無の魔法をかけてもらい、隠れ家から出る。

敵の姿はない。もし裏切られているなら、周囲はすでに魔族でひしめいているはずだ。

敵がいればすべて斬ると、刃を構えていた呂姫にしまうように促す。ここは敵地のど真ん中。一人斬れば全員がやってくる。見つからないようくしかない。

表通りでは騒がしい聲が聞こえてくる。手信號で原因を見に行くことを伝え、一塊になってく。無の魔法は、姿は見えなくなるが音までは消せない。早くくこともできないため、使用上にはいくつか條件がある。だが潛作戦には必須の魔法だ。この魔法がなければ、魔王暗殺も就しなかっただろう。

裏道を通り、大きな通りに出ると、そこでは人だかりができていた。魔族の通行人や、奴隷として荷を運ばされていた人たちも、皆が集まり騒ぎの中心を見ていた。

騒ぎの中心では、魔王軍の兵士たちが槍をふるい、解散するように促す。兵士たちの中心では、末な布の下から、倒れた人間の手足が出ているのが見えた。顔は見えないが、その男がに著けている武は、王子が使っていた鎧と剣だった。

「なんだ、どういうことだ?」

王子がわからないと呆然としている。

「トマスさんです。彼が囮となってくれたのです」

者が見つかるまで厳戒態勢は解かれず、魔導船は出発しない。言い換えれば侵者が見つかり殺されれば、厳戒態勢は解かれるのだ。

王子の派手な鎧は、あの時魔王軍によって多く目撃されている。だからトマスさんは王子から武を盜み、囮となったのだ。

魔王軍が荷臺を持ち込み、死を片付けるために荷のように載せる。

一瞬だけ布がずれ、若いの顔と小さなの子の手が見えた。

私は見ていられず、目をそらしてしまった。

魔王暗殺を企てた者の係累は當然処罰される。拷問されて殺されるぐらいならばと、三人は行を共にし、同じ最期を迎えたのだ。

なぜあの時このことを予想しなかったのか、あの決意をめたトマスさんの顔を見て、なぜ気づかなかったのかと昨日の自分を責めた。しかしどれほど責めても、三人が戻ることはない。

突然悲鳴が響き、通りに大勢の魔王軍がやってくる。彼らは次々と奴隷として扱われている人々を捕まえていく。

「なんだ、あいつらは何をしている!」

「人間が反を起こそうとしたのです、危険分子として彼らを捕まえているのです」

「この後彼らはどうなるのだ?」

「わかりません。最悪処刑されるかもしれません」

すでに労働力として組み込まれているので、皆殺しにはならないだろうが、見せしめとして何人かを処刑することはあり得る。さらにこれからの扱いも厳しくなるだろう。

「なんだと! では助けなければ」

捕らえられ、鞭を打たれるや子供を見て王子が憤る。だが私は止めた。

「いいえ、だめです!」

數人の兵士なら私たちでも倒せるだろうが、すべては倒せない。それにそんなことをすればトマスさんの犠牲も無駄になってしまう。

「原因が解消された以上、厳戒態勢を維持する理由はなくなります。これで魔導船が出航するかもしれません。今すぐ乗り込むのです」

おそらくこれを逃せば次はない。

「しかし、彼らを助けないと。殺されてしまう」

「わかっています。ですが、魔王の死を國に持ち帰ること、それは何よりも優先するのです」

ただ魔王を倒しただけではだめなのだ。魔王討伐の報を國に持ち帰り、侵略してくる魔王軍にも知らしめ、その戦意を打ち砕く。それが出來て初めて意味があるのだ。

この報は數百人の命よりも価値がある。魔王軍の進行が止まり、反撃の狼煙となる。より多くの命が救われるのだ。なんとしてでも屆けなければならない報なのだ。

それに、遅かれ早かれこうなることはわかっていたのだ。

人間が魔王を倒した事実が広まれば、當然、奴隷を危険視するきが広がり、処罰される。協力してくれた人たちも、それがわかっていてなお、私たちを助けてくれたのだ。

私が見捨てる決斷を下すと、王子たちは何と冷たいかと見下げ果てた顔をする。だがどう思われようと、私の決斷は変わらなかった。

振り返ることなく進み、私たちは魔導船の貨の中に忍び込んだ。

角笛のような間延びした音を立てて、予想通り、魔導船は出港した。

私は板の隙間から外を見つめ、遠ざかっていく魔大陸を見えなくなるまで、いや、見えなくなっても見続けていた。

必ず、必ず帰ってくる。

握り締めたこぶしには爪が食い込みが流れていたが、痛いとは思わなかった。

この拳以上に固く、彼らの救出を誓った。

最近Twitterはじめました

有山リョウ の名義でやらせてもらっております。

大したことはつぶやきませんが、更新したらつぶやこうと思いますので

よろしければどうぞ

    人が読んでいる<ロメリア戦記~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください