《ロメリア戦記~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~》第十七話 赤と蒼の覚醒
第十七話
翼を広げた怪鳥のごとく、巨大な蠻刀を掲げる魔族を見て、私は自分の失策と敗北を悟った。
魔王軍は強大で強く、その練度も計り知れない。だが一番に警戒すべきは、彼らの経験値だった。
彼らは自分たちの優位を過信せず、數であることを自覚し、私の策よりさらに大膽かつ苛烈な戦を選択した。
背後の斜面は、ほぼ垂直と言っても過言ではない切り立った崖だ。ここを駆け降りるなど、できるわけがない。だが、だからこそやる。発想の大膽さで上を行かれてしまった。
後ろを取るつもりがとられた。
そしてこの狀況はもうどうしようもない。
たった一人とはいえ、円陣の中にり込まれては、陣形を崩されて終わる。
オットー達別隊も間に合わない。敗北と死が見えてしまった。
分隊を率いる隊長が爬蟲類の瞳で私を見ると、踴るようにとびかかり刃をふるった。
そりゃそうだ、最初に狙うのは、指揮でありながら最弱のこの私だ。
とっさに剣を掲げ、攻撃を防ごうとするが、筋力の差からあっさりと敗北。細の剣がへし折られ、破片が宙を舞い、そのまま刃がに振り下ろされる。
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巖が當たったかのような衝撃。激痛とともに後ろに吹き飛ばされる。
痛みはあるが出はほとんどない。だがけない。
恐るべき一撃で、剣もろとも鎧までもが斷ち割られている。出がないのが救いだが、それは死ぬのがほんのし遅くなっただけだ、激痛により息をすることさえできない。
けない私に、即座にとどめの二刀目が放たれる。
死んだ。こんなところで終わりか。
まるで盤上遊戯で負けたかのように、私は自分の敗北をけれた。
運が悪かったわけではない、最初に遭遇した時死んでいてもおかしくはなかった。
兵たちも悪くはない。このぼろぼろの狀況で、ついてきてくれる者たちなどふつういない。
ただひとえに私の予想と策が甘かった。すべては自分の無能としくじりがこの敗北の原因だった。
けれるしかない。
「「まだだ!」」
指揮である私は、敗北をけれすべてをあきらめた。
だがこのどうしようもない狀況にあって、あきらめていたのは、私一人だけだった。
死の刃が目の前まで迫った時、二人の兵士が立ちふさがり、二本の剣が死の刃を寸前で押しとめた。
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「させるか!」
「やらせはしない」
刃を止めたのは、敵の襲來にいち早く反応したレイと重傷のため、私のすぐそばにいたアルだった。
レイ、アル
聲を上げることもできない私は、ただ二人の姿を見ていることしかできなかった。
二人が私の前で剣を抜き、偵察部隊隊長の前に立ちはだかる。
「ロメリア様を守れ」
「陣形を組みなおすんだ!」
アルとレイが聲を張り上げる。だがそれは無理というものだ。陣形の中にり込まれ、今から陣形を組みなおすなど、できるわけがない。しかも指揮である私が倒されたこの狀況で、統率などとれるわけがなかった。
混濁した意識の中で、私は無理だと思ったが、ここでも驚くべきことが起きた。
レイに言われるまでもなく、兵士たちがそれぞれにき陣形を小し、倒れる私を中心に円陣を組みなおしたのだ。
「ミーチャ、ベン。ブライ、セイ、左翼を固めろ、グレン、レット、シュロー、メリル、右翼。二人一組で補い合え、ゼゼとハンスはそれぞれの組の間にって、両方をサポートするんだ。正面は僕とアルがけ持つ」
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レイが素早く指示を出し、それぞれに役割を割り振っていく。
この狀況にあって、レイは指示を出した。それが的確なのかどうかはさておき、指示を出されれば兵士は従い、統率がとれる。
しかも兵たちは誰も逃げない、指揮の私がけないというのに一斉に槍を繰り出し、敵の反撃にも恐れることなく前へ前へと前進していく。
追い詰めた兵士たちの思わぬ反撃に、魔王軍の偵察部隊がわずかに後ろに下がる。そこに別隊として配置していたオットー達が襲い掛かった。
タイミングとしては申し分ない時ではあったが、いかんせん態勢が悪すぎた。
本來なら相手を二分し、その背後をつくという作戦。しかし倒れた私を中心に陣形を小し、円陣を組みなおしたおかげで、急斜面を背に集し、敵に包囲されている。今度こそ相手の後ろをとれたが、相手も分散していた戦力が集中したため、たった四人の別隊では効果が薄い。
後ろを取られても、魔王軍は慌てることなく二人が後ろに下がり、それぞれがオットー達を相手にする。
もうろうとする意識の中、前に立つレイとアルを見た。
二人は私を狙う隊長を前に立ちはだかり、剣を手に気を吐いている。
ここだ、この勝負が全を左右する。ここで勝った方が戦いの流れをつかみ勝利する。
だがアルとレイに勝ち目はない。相手は手練れの魔王軍の隊長級。鎧はなく、鱗のような皮をさらしているが、そのは力にあふれ研ぎ澄まされている。
魔王軍は歴戦の軍隊。実力主義で強いものほど上の階級に著くという。
その隊長級にアルとレイでは格が違う。それにアルは瀕死の重傷を負っている。そんなことは二人ともわかっているはずなのに、二人は恐れることなく剣をふるう。
舞うように剣撃を繰り出す隊長に対して、レイは基本に忠実なけを必死で繰り返し、なんとかけきる。
そしてレイが生み出した隙を、瀕死のアルが重傷をじさせない打ち込みで攻撃する。
二人とも、訓練の時よりもきのキレがいい。
覚醒した?
瀕死の重傷を負い、神的に追い詰められた結果、二人は覚醒の兆しを見せ、そのきは鋭さを増していっている。
しかしそれでも敵の優位は変わらない。左右それぞれの刃で相手にして、なお余裕がある。
せめてアルに怪我がなく、もうし二人に訓練の時間があれば、あるいはなんとかなったかもしれない。だが、覚醒したとはいえ、羽化したての今では勝ち目が薄かった。
何とか指示を出そうと口を開くが、まともに聲が出せない。一言、伝えられるのは一言だけだ。
全力を振り絞り、ただ一言を伝える。
「勝って」
「「了解!」」
私の聲が屆き、二人は剣を握り締める。
対する魔族は翼のように刃を掲げ、演舞のごとき攻撃を縦橫無盡に繰り出す。
あらゆる角度から降りかかる刃を、レイが必死に防ぐ。だがどこから飛んでくるかもわからない攻撃の嵐に、のあちこちが切り刻まれ、全がまみれとなる。
ほんの數分の戦いで、二人とも満創痍。だがそれでもなお二人の目からは闘志が消えておらず、ただ敵だけを見據えている。
その時、二人の周囲に変化が起きた。
レイのの周辺に気流が生まれ、アルのからは熱が放出される。
気流は徐々に大きくなりつむじ風となり、アルの剣からは炎がほとばしった。
魔法!
間違いなく魔法の効果だった。二人に素質があることはわかっていたが、ここでその才能が開花した。
「うぉぉおおお」
雄たけびを上げながら、風をまとったレイが渾の一撃を放つ。
魔王軍の隊長は蠻刀を翻しけようとしたが、一刀とともに放たれた突風が防の刀をわずかにそらす。そして風に乗り放たれた一撃は、太い左腕を両斷した。
しぶきとともに宙に舞う腕と刀が落ちるより先に、アルが炎をまとった剣をふるう。
だが腕を切り落とされてなお、魔王軍の兵士は戦意を失わず、殘った右の刃でアルの攻撃を迎撃する。
互いの刃が錯し、せめぎあう。
片腕を切られた魔族は、大量のを流しながらも萬力のように力を籠める。右腕から管が浮き上がり、筋が瘤のように膨張する。
片腕だというのに信じられない剛力に、両腕のアルが押される。
押し切られそうになった瞬間、雄びと共にアルから炎が激しく噴き出る。
吹き出た炎が刃に収束し、刀が赤く灼熱する。
「おおおおおおっつ」
「!」
高熱に蠻刀が融解し、魔族が鍛えた鋼鉄をバターのように両斷。そのままわき腹を深く切り裂く。
短い悲鳴を上げるも、それでも魔王軍の隊長は倒れない。倒れそうになったを両足で支え踏みとどまる。
左腕からは出、わき腹は高熱により炭化し、赤黒くり未だに熱を持っている。それでも耐えた魔王軍の隊長が、竜の形相で最後に狙うのは、倒れて伏した私だった。
ただでは死ねぬとばかりに、まっすぐに私に迫り、右腕をばす。
円陣を組んでいた兵士が槍で防ぐも、三本の槍に貫かれ、なお止まらない。その姿、まさに先祖がえりを起こした竜のごとき猛々しさ。
槍を払い首をばし、首だけになってもかみ殺そうとする。
いくつもの並んだ牙が目の前にまで迫り、視界が口に覆われた瞬間、アルが切り裂いたわき腹から、炎が噴き出し全を覆いつくした。
「ぎゃぁぁっぁああ」
炎に包まれ、斷末魔の悲鳴を上げて魔族の隊長がついに倒れた。
隊長が倒されたのを見て、それまで余裕で戦っていた魔王軍の偵察部隊に揺が走った。
勢いづく兵士たちに本気でかかり、多の危険を無視して倒そうとするが、その時、來た道から勇ましい聲を上げて殺到する一団の姿が見えた。
武裝した四人の兵士たち。
のために、別の道を進ませた兵たちだった。
囮として移した後、迂回して戻ってきてくれたのだ。
彼らが戻ってきてくれるとは、正直思っていなかった。
囮作戦は危険な賭けだった。本隊である私たちを追撃してくると読んだが、例外もありえた。その場合數に分けた彼らは、間違いなく死ぬ運命にある。
逆にそうでなければ、彼らには生き延びるチャンスが生まれ、そのまま逃げれば助かるかもしれなかった。
だから私は彼らに、迂回して戻るようにとは指示しなかった。
せっかく逃げ延びることができたのに、また戦場に戻れなどと言っても、戻ってくるわけがないと思ったからだ。
しかし彼らは獨自の判斷で戻ってきた。
怪我をしたを引きずりながらも槍を持ち、雪崩のように突撃してきた四人の兵士に、オットー達が加わり、後ろを固めていた魔王軍の兵士の一人が打ち取られる。
そして戦局がき、魔王軍の兵士が次々に打ち取られていく。
勝った?
特等席で見ていてなお、自分が見たものが信じられなかった。
王子と旅をして、これまでも何度も奇跡のような景を目にしてきたが、これこそ本當に本の奇跡だった。
彼らは王子でも英雄でもなく、ついこの間までただの村人だった。それなのにだれよりも雄々しく戦い、ありえないほどの劣勢を覆した。まさに勇者だ。
戦場の中央。この戦いの一番の功労者を見ると、アルとレイの二人は、私より早く意識を失っていた。
重傷を負い全力を盡くし、初めて魔法を駆使したのだから、當然だろう。
その顔はやり切った男の寢顔だった。
あどけない顔にし笑みがこぼれると、私もそのまま意識を失った。
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