《ロメリア戦記~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~》第二十二話 カレサ修道院②
第二十二話
「しかしよいコレクションですね」
私はすぐには本題を切り出さず、部屋の調度品の數々を見回した。
部屋の棚に飾られているのは、大きなガラス瓶。その中には琥珀のとともに死んだの標本がっていた。
瓶に収まるネズミやトカゲなどの小は、腹部が切り開かれ臓が出し、心臓や肺。胃や小腸などがよく見えた。
「ほめていただいて恐ですが、ご婦人には気持ち悪いだけなのでは?」
あわよくば、気味悪がって逃げ帰ってくれることを期待していたくせによく言う。
「そのようなことはありません。興味深いです。しかし人間の標本がありませんが、ないのですか?」
私の問いにノーテ司祭の眉がピクリといた。
「まさか、そのようなもの、あるわけがありません。人間の解剖は邪悪であると、救世教會ではじられております」
確かに教會は人間の解剖をじている。しかしこれはおかしなことだ。
「ですが千年前に神の祝福をけ、癒しの技で傷ついた民衆を助けた癒しの子は、死せる弟子のペルルのを切り開き、そのをよく調べ、後の治療の助けにしたと言われています」
救世教の教祖がしたことを、邪悪とするのは無理がある。
「ペルル記第十三章十五節ですね。確かに古い聖書にはそう記されています」
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ノーテ司祭は私の言い分を認めた。
「ですが癒しの子がペルルのを切り開いたという逸話を、教會は異説であるとして認めてはおりません」
「確かに教會は否定していますが、ペルル廟にはこの逸話のレリーフがありますし、各地にも同様の絵やレリーフ。伝承などが殘されています。異説とするのは無理があるのではありませんか?」
ノーテ司祭は私の問いに黙して語らず、沈黙で答えた。
人間を解剖することに対する忌避は、當然だが誰にでも存在する。
むやみに推奨するわけにはいかないのはわかるが、その行為が弊害を生んでしまっている。
「司祭様に今更言う必要もありませんが、五百年前、この地を支配していたライツベルグ帝國は大陸全土にその版図を広げ、あまりの偉業に黃金帝國と稱えられていました。帝國時代には多くの発見や発明がなされ、人類が最もかな時であったとすら言われています。しかし帝國が滅んで五百年。新たな発見や発明はなされず、技的には後退しているところすらあります」
千年前、當時はまだまだ勢力が小さかった救世教會は、帝國の躍進とともに巨大化し、現在の形となった。
帝國が滅んでも教會は生き殘り、國をまたいでその影響力を持つようになったが、教會勢力の拡大は、人類の発展の足かせとなっている。
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「これらの原因は、教會が異端として錬金をじているからです」
教會は錬金を悪魔のまじないとして否定している。だがそのせいで、新たな発見も発明もなされなくなってしまった。
私がきっぱりと言ってやると、ノーテ司祭は苦笑いを浮かべた。
「これは、なんとも大膽なお言葉ですね」
苦笑するのも當然だ。
錬金の究極の目的は黃金を生み出し、不老不死になること。これらの考えは明らかな異端であり、多くの人は到底けれられないものだ。
もし私の発言が教會側に知られれば、異端審問に即魔認定され、火あぶりにされてもおかしくないぐらい危険な行為だ。
しかし発見や発明の停滯は、明らかに教會が原因だ。
黃金帝國終焉時、救世教會は帝國で広く信じられ國教となっていた。しかし帝國は一方で宗教の自由を認め、それまで信じられていた多くの神々や異國の宗教も容認した。
當時の市民たちは自分たちの神々の解釈をめぐり、激しく議論を繰り返した。議論は神學と天文學を発展させ、それに伴い數學に錬金が隆盛した。
「黃金帝國時代、錬金は人類に多くの恩恵をもたらしました。金を生み出す過程で、様々な薬品や絵畫の顔料が発見され、接著剤に建材などが生み出されました。不老不死を目指す一派は人の解剖をよく行い、人の構造と役割を解明することに貢獻しました」
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錬金は、人類が最もかだった時代を支えた功労者と言える。
しかし帝國が滅亡して止める者がいなくなった救世教は、ほかの宗教を邪教として弾圧し、古の神々を悪魔として祭ることを許さなかった。
占星や錬金も邪悪とされ、多くの技も失われてしまった。
ペルルの逸話が削除されたのもこの時期だ。自らが異端とした錬金と同じことを、自分たちの教祖も行なっていたという矛盾に直面し、あろうことか、自分たちの都合で教祖の行を無かったことにしたのだ。
「確かに錬金が多くの発明や発見をしましたが、そので、どれだけの悲劇があったことかをご存じないのでは?」
ノーテ司祭は切り返してきた。確かに錬金は危険な思想を持つ。
「発展のために、時に人命を無視した行がとられることは知っています」
発見された薬の中には多くの毒が含まれ、多數の犠牲者を出した。當時の錬金師たちは効果を調べるために、非道な人実験を行い、村一つが壊滅した記録も殘っている。錬金が広く悪魔の技とされるゆえんだ。
「特に不老不死を目指す者たちは、死者を冒涜し、命をもてあそんできました。それをまた繰り返せと?」
「錬金には確かに邪悪な側面があり、人実験などは厳重にじるべきです。しかし人類に利する部分も大きい。特に醫學に関しては積極的に進めるべき分野です。何より、人の構造の理解は癒し手にとって必須です」
現在では人の構造を理解する癒し手はごくわずかだ。しかし數百年前は、どの癒し手も人の構造を理解し、その研究に努めていた。
「黃金帝國時代には、それこそ現代では伝説となるほどの癒し手が數多く存在していました。彼らは癒しの技だけではなく、外科手にも通じ、手と癒しの技を融合させ、多くの患者の命を救ってきたといいます」
はるか數百年も昔のことだというのに、多くの聖人たちがその名を殘している。
千年前、救世教が急長し確固たる地盤を築けたのは、彼らの功績によるところが大きい。
「しかし帝國滅亡後、一部の例外を除き、かつての聖人のような使い手は激減しました」
現在の癒し手と過去の癒し手たちの違いは、ひとえに人に対する理解度の差であると考えられる。
「伝承では彼らは解剖をよく行い、人の構造の理解に努めたとあります。當時の癒し手たちは、本人や族の合意の下、病人や死刑囚のを引き取り解剖し、最後には埋葬して弔ったと記されています」
だが錬金や解剖を悪だと斷じた教會は、それらの事実を隠蔽し、結果癒し手の質は大いに低下した。
「しかも教會は醫學を発展させるどころか、民間療法としての薬草や傷薬の製造さえも止しようとしています」
教會はかねてから、醫學の発展を抑制しようとしていた。
神が作った人間のに、手を加えるべきではないというのがその拠だ。
一見するともっともらしい意見だが、要は自分たちが獨占している癒しの力で、怪我や病気を治せという話だ。
「一方で、癒し手を生み出す治療院は門戸を狹くし、一般人には學することすら困難です。しかも育には無駄に時間をかけている」
卒業までに最低でも五年。時には十年かかる者もいると聞く。育に時間がかかりすぎていて、癒し手の數は一向に増えない。
「それは、癒し手には特別な才能を必要としますから」
ノーテ司祭は言葉を濁しつつも否定した。
「もちろん、癒し手になるには才能も必要です」
癒しの技は魔法の力と同じで、素質がないものには習得できないとされている。しかしその素質を持つものは、意外に結構いるのだ。
殘念ながら私にその才能はなかったが、魔法の才能ほど稀ではない。十人とは言わないまでも、二十人いれば一人はその才能の持ち主はいるといわれている。それぐらいには広い門戸だ。
もちろんその才能の中にも大小があり、小さな傷を治すのがいっぱいの者もいれば、失われた手足を再生するような、規格外も存在する。
「ですが、一番必要なのは裕福な家柄とコネクション。そして教會に多額の寄付をすること。でしょう?」
教會は治療院への學に対して、三つ以上の教會の推薦狀を必要としており、推薦してもらうには強力なコネと、教會への多額の寄付が必要となる。さらに學するにも高額の學金が必要で、さらに毎年學費も支払わなければならない。
教會は奨學金制度を推奨しているが、要は借金であり毎年利息が付き、晴れて癒し手となれても、十年は借金返済に追われることとなる。
「それは……癒し手の教育にはいろいろとりですからね」
教會の高僧たちは決まってそう言うが、そんなに必要だとは思えない。
「これは異なことを。癒しの子は、何もない荒野で車座に座り、弟子たちに癒しの技を伝えたとされています」
治療院にある無駄に裝飾華された校舎も、広大な中庭も、金の刺繍が施された制服も必要ない。
「子に倣えば必要なものはしの才能と熱意。後は優秀な指導者。そうではありませんか?」
ノーテ司祭はまたも沈黙で答えた。
曲がりなりにも司祭として教會に籍を置く司祭としては、私の教會批判は耳に痛いだろう。しかしそれでも激怒せず、私を魔だとののしらないのは、ひとえに司祭も同じ気持ちだからだ。
ノーテ司祭は今でこそ、こんなところで司祭をしているが、若かりし頃は王都の大聖堂で樞機卿にまで昇り詰めた立志伝中の人。
ある時教會の拝金主義に嫌気がさし、改革に臨むもライバルであったファーマイン樞機卿に失腳させられ、地方に飛ばされた上に司祭にまで降格された。
中央での改革はあきらめたものの、しでも多くの人々を救おうと活し、後進の育に努めているのはすでに見てきた通り。
「拝金主義にまみれ、醫學の発展を阻害する現在の教會のありようは、害悪と言えましょう」
「これは手厳しい」
魔裁判を恐れぬ私の言葉に、ノーテ司祭は笑って答えた。
「しかし若い方は恐れを知りませんな。私は神を信じる司祭ですよ? どうして教會の在り方を否定できましょう。今日のことは聞かなかったことにいたします。どうかお引き取りを」
ノーテ司祭は扉を閉めるように話を打ち切った。
まぁ當然だろう。いくら志を同じとしても、今日初めて會ったような娘に、異端認定間違いなしの話を持ち掛けられ、うなずくわけがない。その程度に司祭は慎重だ。
しかし今話したことは、私が思いついた思想ではない。私はある人にこの話を教えてもらい、賛同しているだけだ。そしてその人も、また別のある人に教えられたと言っていた。
「実はあなたにもう一つ、お渡しするものがあるのです」
「いったい何でしょうか?」
私は懐から、袋にれた品を取り出し見せた。
布に包まれたそれは、木で作られた小さな聖印であった。
みすぼらしく薄汚れた木彫りの聖印。
気づくか?
それが懸念であったが、聖印を見るなり、ノーテ司祭の顔が一変した。
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