《ロメリア戦記~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~》第二十五話 兵士達の果
第二十五話
四日後、私はミレトの街でいくつかの調整や會合、契約を行ったあと街を出た。そして一度カルルス砦へと戻り、本隊を引き連れてギリエ渓谷へと向かった。
先遣隊からはその間に一度だけ伝令があり、當初の計畫通りに砦を築いているという報告があった。
砦建設のため工兵を増員し四十名として送り出したが、果たしてどれだけの損害が出ているのか、あまり考えたくないことだった。
覚醒したアルとレイがいるとはいえ、過去の記録を見れば楽観などできない。
これまで王國は何度となくあの地に兵を送り出してきた。だが砦や陣地の設営すらままならず、撤退を余儀なくされてきた。
一つ目の問題は地形だ。
荒涼とした荒れ地や巖場ばかりが続くギリエ渓谷は、築城には向かない場所だ。地面はく、周囲では砦を立てるのに必要な木材が手にらない。資材を輸送するだけでも一苦労だ。
二つ目は砦を設営できる場所が限られているということだ。
砦を作るときに重要なのは、攻撃をけにくく、守りやすい地形。丘や山の上が好ましいが、それ以上に重要なのが水だ。井戸や水場がなければ砦は機能しない。
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幸い渓谷にはいくつか水場が確認されているので、その周辺に砦を設営すればいいのだが、水が必要なのは魔も同じだ。水場に近づけば魔との戦闘は避けられない。
三つ目にして最大の問題點が、あの地に住む魔だ。
ギリエ渓谷にはよりにもよって竜が住み著いている。
二足歩行をする中型の竜。獣(じゅう)腳(きゃく)竜(りゅう)だ。
中型と言っても馬ほどの大きさがあり、大の大人ですら楽々と乗せることができるだろう。
もっとも、獣腳竜の背に乗るなど、屈強な魔王軍の將校にすらできないだろう。
その格は殘忍にして獰猛。常にに飢え、決して人になれることはない。
巨大で灣曲した爪を持ち、太い足から繰り出される一撃は、やすやすと盾や鎧を打ち破る。幾重にも並んだ牙は刃のように鋭く、骨さえもかみ砕く。
鱗や皮が薄く、矢や槍が通るのが救いだが、無類の力を誇り、急所に當たらない限り、數本の矢程度では倒れない。
必ず數頭の群れで行し、狼のように統率されたきで、時には自の數倍もある獲を狩る事がある。
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十分に訓練された兵士でも、三人で當たらねば危険とされ、これまで多くの兵士が食い殺された。
普通に戦うだけでも危険な相手。そんな連中が蠢く荒野で砦を立てることがいかに困難か、口にせずともわかることだった。
自分自、あそこを攻略するのは簡単なことではないとわかっている。『恩寵』の効果があってなお、功率は半分といったところだろう。気よく周囲の竜を狩り、數がなくなったころに砦の設営を地道に続ける。それしか手が浮かばなかった。
もちろん四十名しかいない先遣隊に、砦の設営など無理だ。出來て資材や木材を運び込むことぐらいだろう。
増員した工兵の中には、前回の討伐に參加した古參兵を何人かれてあるから、彼らから報を聞き出し、慎重な作戦をとっていれば被害は最小限に抑えられるはずだ。
今回の作戦は、彼らに対する試金石でもあった。
これまで彼らは初陣から連戦連勝。負けたことがない軍隊だ。魔との戦いは、私が勝てる相手だけを厳選した。魔王軍に対しては、偶然と奇跡が重なり大金星を上げることが出來た。
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だがこれからはそうはいかない。確実に勝てる相手とばかり戦えないし、偶然と奇跡を頼りにはできない。
私がいないところでもうまくやれるのか? 強敵や苦戦を前にあっさりと瓦解してしまわないか? これからやっていくうえで、今回の試練は必要なことだった。
彼らにしても、そして私にしてもだ。
慎重に行すれば、命令の完全遂行は無理でも被害を減らし、果を出すことはできるはずだ。だが覚醒したことに加え、これまでの功験で慢心し、砦の設営にこだわれば被害はその分大きくなる。
レイにはな指揮を執るようにと言っておいた。全を見ることが出來るようになったレイなら、慎重に行してくれると思うのだが……
森を抜け荒れ地に出る。視界の先には巨大な渓谷が広がり斷崖絶壁を見せている。
崖に馬を寄せれば谷底が一でき、見晴らしの良いここからなら、谷底で作業中のアルたちが見えるかもしれなかった。
手綱を握る手が固まる。
作業中のアルたちが見えればいい。だが谷を覗いて見えるのが、魔に蹴散らされ、無殘なをさらす兵たちの姿だったら?
失敗するとわかっていて送り出しておきながら、その結果を見るのが怖かった。
しっかりしろ!
手の震えを隠すために力を籠める。たとえそうであったとしても、けれなければならない。
常に損害を零にする指揮などいない。いつかは誰かが死ぬ。それを恐れてはいけない。
馬を前に進め崖に寄せると、巨大な渓谷が私の視界を飲み込む。
アルたちの姿を探すと、谷底の一點に目が吸い寄せられる。
そこにはー
「あれは!」
驚きに聲が続かなかった。同行していた兵たちも、谷底に広がる景を見て揺が走る。
私も信じられなかった。
「なぜ? どうして! なぜ砦がもうできているのです?」
灰の巖場の中、一つだけ茶い砦が、ポツンとできていた。
「え? あんな砦あったのですか? いつ作ったので?」
前回の討伐に參加した古參兵に訪ねるが、この渓谷を一番よく知っている兵士ですら、驚きに首を橫に振っていた。
そう、あんなものあるわけがない。これまで小さな砦も作ることができず、敗走していた。
だが見間違えようもない。何もないはずの荒れ地に、確かに壁に覆われた砦が出來ているのだ。
しかも砦の部にはすでに見櫓すらあり、テントが張られ、兵達がいているのが分かる。
たった數日でどうやって?
同行した兵達も驚いていた。
「とりあえず、向かいましょう」
兵と共に谷を降りて砦に向かうと、こちらの接近に見櫓の兵士が気づき手を振る。
「ロメリア様、お待ちしておりました。ロメリア様のご到著だ。開門!」
砦の正面に向かうと、見櫓の兵が手を振ってこたえ、木製の扉が開いた。
アルとレイが出迎えてくれると思いきや、砦にるとまず飛び込んできたのは連なった柵の列だった。
砦の中に柵が作られ、長い回廊のようにまっすぐ道がびている。
柵は後ろに大量の石が置かれて固定されており、すぐにどけることはできそうになかった。
門番の兵士にまっすぐ進んでくださいと言われ、柵に沿ってまっすぐ進むと、道の先は柵でふさがれてはいなかった。
ただよく見ると地面には溜まりが殘っていて、脇にはこれまで倒した獣腳竜の死骸が、幾つも積み上げられていた。
砦の設営に平行して、これだけの數の魔も討伐したなど、信じられなかった。
「お待ちしておりました。ロメリア様」
「ロメ隊長」
レイとアルが出迎え、を張って敬禮する。
「良く、この短期間で、これだけの砦を作ることが出來ましたね」
まだ十日と経っていないはずだが、ここまで果を上げるとは、とても信じられなかった。
普通では不可能、つまりどこかに仕掛けがある。
「これはですね、レイの奴が考えたことなんですが」
アルが言おうとしたが、私はそれを手で制した。
「ちょっと待ってください、自分で考えてみます」
私はし意地になり、砦を見回して頭を必死に回転させる。
近くで見て分かったが、砦の壁はそれほど厚いものではなかった。大きな柵に細い木を何本も括り付けてあるだけだ。
その柵を支えているのは、枠のように縛られた木材。その後ろには石が幾つも積まれ、強度を高めていた。壁の隙間からは魔が登ってこられないように、逆茂木(さかもぎ)代わりに木の杭を括り付けている。
「そうか、事前に作った柵や枠をここに運び込み、立て掛けたのですね」
柵などを安全な場所で作っておけば、現地では組み立てるだけですむ。
普通、砦の設営にはを掘り、杭を打ち付けて壁を作る。
だがこの辺りは巖ばかりの荒れ地、地面は固くを掘るのも一苦労だが、これならその手間をすべて省ける。
しかもこの方法なら強度は弱くなるが、速度は申し分ない。柵だけなら設置に半日とかかっていないのではないだろうか?
「はい、に考えろと言われましたので、工夫しました。その……見てくれは悪いのですが……」
とたんレイの歯切れが悪くなった。
あまりにも一般とはかけ離れた方法に、怒られるのではないかと心配している。
「いえ、良くやりましたね。お見事です」
私が満足していることを伝えると、レイの顔は花が咲いたように喜んだ。
「しかし砦の設営だけではなく、もうあれほどの魔を討伐したのですか?」
砦の隅には、倒された魔の死骸が積み重なっている。
「こちらにも何かがありますね」
「ああ、それは」
今度はレイが口を開いたが、ここでも私は答えを當てたくなった。
「待ってください、當てて見せます」
獣腳竜は魔の中でも強敵の部類。普通に戦えば損害はバカにならない。しかし砦の中を見回せば、多くの兵は怪我もなくき回っている。つまりこちらの一方的な戦いであったということ。
だがいくらロメ隊が強くなったとは言え、そこまでの強さはないはず。
そもそも、外で殺した魔の死骸を、砦まで持ち帰る意味はない。溜まりのあとを考えれば、答えは一つ。
「砦の中に魔をい込んだのですね、扉の周りを柵で覆い、中にい込んだ。柵できを止めて、そこで仕留めた」
柵の後ろから槍で突けば安全に攻撃できる。もちろん止めは難しいが、足止めで十分。きが止まったところを矢で狙えば簡単に倒せる。
「正解です。これはアルの考えなんですよ」
意外な名前に心した目でアルを見ると、俺だって頭を使うんですよと、アルが見返してきた。
「特に矢を二方向から、十字の形のように撃つと、ほとんど一斉で倒すことが出來ます」
「なるほど、砦の中を、狩り場としたのですね」
普通、敵を中にれないようにするものだが、あえて敵を中にい込み、二重の防壁で仕留める罠としたのだ。
普通ではない砦の設営に、常識とは真逆の戦。大膽だが合理的だ。そしてよく考えられている。
しかもこれは私のれ知恵ではないし、『恩寵』の効果でもない。二人が考え努力し、工夫した結果だ。
「良くやりましたね、二人とも」
私は二人を褒め湛えつつも、自を恥じた。
私がいなければ、みんなはきっと失敗する。そう思っていた。
しかしそんな風に考える自分こそ、『恩寵』の力に奢り、運命の神だとでも思いこんでいたのかも知れない。
「世界は思っている以上に広い、か」
これまで私が上手くやらなければ、私に失敗は許されない。と考えていたが、存外私なんていなくても、みんな何とかやっていくものなのかもしれない。
もちろんここでやめるつもりはない。私がその中に加われば、もっとうまくやれるはずだ。
「さて、これから忙しくなりますよ、みんな、頑張ってください」
聲をかけると、全員が敬禮して応えた。
明日から、書下ろし分が始まります
お楽しみください
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