《ウイルター 英雄列伝 英雄の座と神代巫5.迷子と闘競(バトル)観戦 ①

のぞみはハイニオス西部の、天然の闘技場エリアにやってきた。このあたりは町外れのように建なく、視界にる景は人造よりも自然の方が多い。

闘技場のステージは森、巖山、湖のように広い池、川、橋や窪地など、さまざまな地形が見られる。観覧席も、壁のようにそそり立つ天然の一枚巖や、年の細かく刻まれた神木の切り株で作った階段席などがあり、自然と人工が混じり合っている。

明らかな人造の建は、ゴルフ場やキャンプ場のサービスセンターのように、エリアの一部にまとめられている。闘技場は、心苗に自然環境下での戦闘をにつけさせるために用意された、特殊なステージだった。

「おかしいなぁ……。町から離れていってないかしら?案された道を來たはずなのに……」

のぞみは方向音癡だった。間違ったことに気づいたときにはいつも、正しい道から遠く外れたあとということもしばしばある。

イトマーラは、領地の8割が聖學園(セントフェラストアカデミー)の所有地になっているため、學園の土地と私有地の境目がはっきりしていない。迷子質ののぞみにとっては、迷わずに目的地に辿り著けというほうが無理な話だった。

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が辿り著いたところは、リゾート地によく見られる散策路のような場所だった。とはいえ、目にるものすべてが雪を被る季節。奇妙な姿をした木々には一枚の葉もなく、寒々しい枝はどれもぴったりと氷のベールに覆われている。石の歩道に沿って歩いていくと、のぞみは気づかぬうちに森に足を踏みれていた。散策路らしく整備されていた足元も、剝き出しの地面になる。

気づくとのぞみはステージの巖山の前まで來ていた。そこに登れば自分のいる位置がわかると思ったのぞみは、石と木を跳び移り、さらに高く、巖山の中腹まで跳躍すると、誰かが巖壁に殘してくれていたチェーンを摑み、登頂した。

標高500メートルの巖山の頂上に立ち上がると、視界が大きく開ける。360度、ぐるりと見回すと、町の方向を仰いだ。雪の舞う白煙が僅かに薄くなり、建群の間から大きなピラミッド狀の建が見えた。

「やっぱり、また道を間違えちゃったのね……」

目的地の方角を確認すると、巖山の上から森に向かって跳び降りる。地上に著くまで何度もバク転を繰り返すと、源を両足に集め、著地のタイミングに合わせて最後のバク転をした。著地の時、に與えるダメージを軽減させるだ。

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『鋼足』と『雲』のスキルを併用したのぞみは、山の頂上からひとっ飛びに降りてもほぼ無傷だった。そのまま真直ぐ行けば、きっと元の町に戻れる。そう思ったが、舗裝されていない自然の小徑は、堅雪が氷のようになっていて歩きづらい。そのうえ、あたり一面が雪に覆われているせいで、どこが安全な道なのかもわからない。そもそも方向音癡ののぞみは、また進路を見失いながらも、なんとか舗裝された道まで辿り著いた。しかし、森の中、曲がりくねった道では方向がわかりづらい。

遠くの樹木の元にあるがらんどうの樹から、小さな獣が顔を出した。白いに覆われた獣は、はじめ五本に分かれたもふもふの尾を見せていたが、ぐるりと全を翻すように細い首をこちらに向けると、焦った様子ののぞみを見守るようにじっとしている。

「どうしよう、このままじゃ學院手続きに遅刻しちゃう……」

のぞみの見據える先、歩道が分かれていた。分岐する方の道は元の道よりも細く、でこぼこの地面で、しかも下り坂になっている。迷っていると、のぞみは近くに複數の源の気配がすることに気づいた。そのうち、二つの気配はとくに鋭敏にじられる。戦っているような気配だ。人がいるなら、道案を頼もう。そう思った彼は、細い分岐路へと歩を進めることにした。

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小徑を先に進むと、谷底に辿り著いた。そこに、直徑およそ200メートルほどだろうか。巖で造られた大きな窪地の闘技場があった。

円形の広い窪地に、無數の土の塊が、丘のように盛りあがっている。一つひとつはおそらく3メートルほどの高さ、大人五人が手をばし、繋ぎ合わせたほどの太さの土塊だ。

ステージに立つと、それらの土塊がを隠し、敵に場所が見破られない設計になっている。高低差を利用した作戦を練るのにおあつらえ向きなステージだ。

発破をかけたような発音が聞こえ、土の塊が潰れる。地面がし震えた。

さらに、空気を薄く切るような音がしたかと思うと、土の丘にザッ、ザッ、ザッと何かが刺さる。あまりに速すぎるのか、その何かは一瞬見えたかと思うと、すぐに消えた。舞う土埃がし晴れると、何かを刺した跡が六つ、殘っているのが見えた。鈍が空を切る低い音が鳴ったかと思うと、音のした場所から遠く離れたところにトゲのついた鉄球がを打ち抜いた。鉄球が元の場所へ引かれると、巖に大きな風が空いているのが見える。

のぞみが目を凝らして見ると、サッ、サッ、サッと、細い人影が、土塊の上を飛び移っている。

ザッ、と足が止まり、アジア系の顔立ちをしたが、土塊の上に立った。茶髪のサイドポニーテールは肩までび、黒地に赤と銀の紋様のった二部式の忍び裝束を著ている。パッと見たところ、長は156センチほどだろう。丈の短い上と、ミニスカートに機元(ピュラト)の付いた太いベルトを締め、足には軽量化されたバトルブーツ。腕、腹部、首、太ももには、に照らすと金屬のように輝く、特別合金で作った下著スーツを著用しているようだ。日では黒く見えるそのスーツは、彼の細いに似合っている。まるで、文明の発達した異星人が、謎の技で作った忍びの裝のようだ。

は彼方から投げられた高速の鉄球を、タイミングを見極めて跳び避ける。空中で右手に源を集め、何か投げるような手振りをしたかと思うと、六方手裏剣が飛び出した。手裏剣は鉄球を投げている人に向けて勢いよく飛んでいく。

手裏剣の飛ぶ先にいたのは大柄の男だ。鋭く短い耳に土をした、筋骨隆々なに、肩のところがアーマーのように大きく作られた男の制服を著ている。シャツの形、い方、紋様すべてはその男の勇姿と、鍛えあげられたを強調するようなデザインであるとともに、その男が第六のガイルヌース・カレッジの生徒であることを示している。

男は武を持っていない方の手を顔に翳してを取る。全から湧き出す源で強化した筋が、鋼のように丈夫になり、六方手裏剣の攻撃はあっけなく地に落とされていく。男は挑発的なびを上げる。

「なんだ、この薄っぺらな技は!忍びなどと名乗ったわりに、大した者ではないな?」

は地面に著地し、涼しい笑みを浮かべて言った。

「まだまだ!あんたに私のきが捉えられる?」

は疾風の如く縦橫無盡に駆け回り、男の目を翻弄する。しかし、男は微だにせず、瞳のきだけでを捉えようとしていた。右手には鉄球に繋がる鎖を握り、振り出すタイミングを狙っている。スピードと集中力の打ち合い合戦が繰り広げられていた。

闘技場の周りには、地面に垂直にそびえ立つ巖壁に空いた風が観覧席として設けられている。人気の試合ならば雙方の応援者や心苗の偵察をしたい者などで観覧席は賑わうが、今は小が気安くってくるほど人の気配がない。それでも、白と朱の制服を著た男四人の心苗と、四つ腕の男が観戦していた。

一人のは小柄で、年の頃は14歳くらい。黒髪を二つの団子頭に結い上げている。そのお団子を包む布には綺麗な刺繍紋様がっており、リボンできっちりと結ばれていた。

もう一人のは顔立ちやスタイルが全的に大人っぽく、碧い瞳をした白人である。カラメルをした短いポニーテールがしく、前髪にはパールの付いたヘアピンを右側に差している。彼は17歳だったが、もう一人のと三つしか年が違わないとは思えないほど大人びている。

年の方は、一人がアジア系で、黒い瞳にブルーグレーの長髪を束ねている。

もう一人はし顎の出た白人で、灰の瞳と高い鼻が印象的だ。四人の中でもっとも年長に見えるこの年は、金の髪のをダックテイルに整えていた。

彼らは第三カレッジの心苗だった。

小柄なは席に座り、うるうるした目でもう一人のの背中を見つめ、問いかけた。

「ヒタンシリカさんは、この闘競(バトル)は誰が勝つと思いますか?」

大人びたそのの名はクリア・ヒタンシリカ。彼は両手を組んで立っている。目はバトルから離さず、背中を見せたままで答える。

「蛍(ほたる)ちゃんが勝つに決まってるわ!ただ鈍を振り回してればいいと思ってる雑魚と違って、スピードが圧倒的なんだから!」

アジア系の年の名はリンム・ライ。彼は小柄なよりも一段上、1メートルほど離れたところに座っている。誰よりも冷靜な面持ちで戦いを見ており、クリアの意見に理路整然と反論する。

「ホルス・カイムオスは第六カレッジ。2年E組に在籍。チェーンハンマー使いとしてはカレッジの二年生の中で3番目に強いと言われている。対する森島さんは、守備一點で攻めに転じるチャンスを全く與えられなかった。スピード戦法で相手をわせる作戦なんだろうけど、彼のきは妙に落ち著いているように見える。これでは力を一方的に費やすのは森島さんではないかな?」

クリアは甲高い聲で笑って言った。

「遊んでるのよ。それだけ余裕があるってことでしょう?」

「意味がわからないな。二人の源(グラム)の質量評価はどちらもDランク。森島さんが主に修行したのは、忍びの技だ。出來れば早いうちに相手を倒すのが上策のはず。とすると、戦闘時間がびればびるほど、森島さんには不利だろう」

ライの分析が気にらないクリアは、し突っかかるように問いかける。

託はもう十分だわ。それでライ、あんたどっちの味方なのよ?」

ライは冷靜に答える。

「僕はどちらの味方でもない」

「はぁ?自分と同じ所屬の仲間を応援しないって、あんたどういうつもり?」

「どういうつもりも何も、この學園にいる心苗はみんなライバルだろう?それに、今は學院でバトルしているけど、今後は実戦授業で他のカレッジの闘士(ウォーリア)や、他學院の心苗と組み合うことになる。現段階で、敵とか味方を決める必要はないと思うんだけど」

「そんなふうに理屈っぽいことばっかり言ってるから、実技平均評価がクラスで30位臺から上がらないのよ。今こそ闘爭心を持って、一つひとつのバトルで相手を確実に倒さなきゃ。勝ちを積み重ねて良い績を示していけば、別學院の心苗と組み合う時にはさらに実力がつくはずじゃない」

「私が言ったのは論ではなくて、今、このバトルで起こっていることを分析したまでだよ」

ダックテイルの男が、軽薄な口調で割り込み、クリアに話しかけた。

「クリアちゃん、あんな騎士(レッダーフラッハ)みたいに気臭い奴と議論をわしたってしょうがないじゃん?」

クリアには、自分の立場が危うくなると直ぐに周りの連中を味方に付けようとするところがある。クリアは首を傾け、五つ段階を上ったところに立っている四つ腕の男に問いかけた。

「そうね。ヌティオスはどう?」

ヌティオスは薄い蒼をしている。顔と耳はミュラーズ人に似ているが、巨人の子のような巨軀と四つ腕は、獣人ハルーオズ人の特徴だ。所屬門派の道著を著た上半からは、獣のようにくごわごわしたが覗いている。

クリアの強気な問いに、見た目には似合わず焦ったような口調でヌティオスが答えた。

「オッ、オレに聞いても、分からないぞ」

つづく

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