《ウイルター 英雄列伝 英雄の座と神代巫》35.ローンタウス隊
「ローンタウス隊のメンバーが來たか!?」
周りにいた心苗(コディセミット)たちにどよめきが走る。
都市のように広いこのキャンパスの中で、數千に及ぶ全ての心苗が源気(グラムグラカ)を使えるというのはある種、とても危険なことだ。団競爭、力の悪用、テロ事件、闇討ちなど、日々起こりうる全ての事件は、教諭會のみではとても管理ができない。そのため、心苗の中から選抜されたエリート集団には、さまざまな権力行使権が與えられていた。
生徒會は心苗の代表として、學院生活の環境を管理する。
心苗に関する生活面での條例の提案や票決、最低限の安全な環境や秩序を治めるのが、生徒會に屬する心苗たちの仕事だ。彼らはその活を通じて、権力と義務を學ぶ。
四つの學院ではそれぞれ生徒會の仕組みが多異なり、ハイニオス生徒會では、九つあるカレッジ全を統一して司る。その傘下として、カレッジ獨自の治安風紀隊が設けられていた。
第七カレッジの治安風紀隊員であることを示す金屬のバッジを見て、背の低い金髪がを引いた。
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「くっ……」
警察に補導される不良のように、さっきまで暴れていた連中は急にしおらしくなった。トラブルの原因を話せば分が悪いとわかっていた金髪男は目線を逸らし、小さくなって床に座っているトールを指差した。
「いえいえ、何でもありませんよ……。ちょっと彼が転んでしまって、囲碁を打っていた彼らのテーブルを倒してしまったものですから」
「ほう?」
不自然な振りや目のきから、噓であることはすぐに見破られていた。ローンタウス隊の男は、すでに片付けられたテーブルの上の囲碁セットと床にこぼれたお茶やジュースを仔細に見たが、暴力の証拠となるものはない。
「いやぁ、お騒がせして申し訳ありませんね。ローンタウス隊の方々にお出ましいただくようなことは何もありませんよ。さーって、皆さん、行きましょうか」
金髪の指示で二人の仲間がトールを両脇から抱え、支えるようにして立ちあがると、取り巻きたちを従えてそそくさと立ち去っていった。
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対応に當たった治安風紀隊の一人は三年の子心苗が溜め息をつく。
「副隊長、またテリー・K・ヘイムンスですか~? あいつ、すぐにマナーを楯に取って私を満たしたがるし、ほんっと困った暴れん坊ですよね」
「まったくだ。親がウィルターであるという威を使ってやりたい放題だな」
子心苗が頷くと、長くばした太い三つ編みが揺れる。
彼は現場に殘るライと鄧(トウ)を厳しい目で睨んだが、二人は涼しげな表のまま肩をすくめ、仕方がないという仕草をした。
のぞみは治安風紀隊の、その子心苗に反応を示す。
「あっ!あの先輩、どこかで……!」
真人(さなと)が振り向き、その心苗を目視してから応えた。
「彼はネモ・ニーミティート・パーテエヴォコヴァ。実力ではカレッジのローンタウス隊の副長の次だ」
「そんなにすごい方なんですか?」
「へえ。神崎さん、あのセンパイのこと知ってんッスか?」
のぞみは首を橫に振って答える。
「いえ。全く知りませんよ。ただ、先日、『雷豻門(らいかんもん)』の門試験をけたときに見かけました。あの先輩も生徒會の治安風紀隊のメンバーだったんですね」
悠之助はのぞみの社の高さに服して笑った。
「ははっ、さすがッスね」
「神崎さん、君は『雷豻門』の門試験をけたのか。ちなみに、いくつまで耐えたのかな?」
のぞみは正直に答えた。
「ティータモット先輩の技を四つまでしか耐えられませんでした……」
「そうか」
噓のないのぞみの返事を聞き、真人は考するように押し黙った。
「ヘーネゼンガ副隊長、そのまま行かせて良いの?」
「平気さ。どこへ逃げようと真実からは逃げられない。機元(ピュラト)カメラを調べれば罪は明らかになるだろう。証拠が足りないなら、守護聖霊に啓示を頼めばいい。罪は消えないのさ」
キャンパスのことはもちろん、國や土地など、アトランス界を見守る守護聖霊の啓示は常に真実を暴く。噓もはったりも、啓示を前にすれば屈服せざるを得ない。
ニーミが凜々しい仕草で近寄り、ライと鄧に話しかける。
「ねぇ、君たち。さっきのトラブルについて、詳しく聞かせてもらえるかな?」
「私たちはこの席を予約していて、ここで碁を打っていました。滯在して三十分が経った頃、急にやってきた彼らが席を寄越せといって手を上げてきました」
もう一人の子心苗で、ショートボブの可らしい髪型をした二年生の治安風紀隊メンバーはふむふむと頷いた。
「やはり、思ったとおりですね」
この程度の些細な喧嘩の売り買いは、闘士にとっては日常茶飯事だった。日常茶飯事だからこそ、絶できない問題であるとも言える。ニーミは偏頭痛のようなこの問題に頭を抱えた。
「はぁ……。うちのカレッジの心苗が、ごめんね。でも、君たちも手を出したんだよね?」
ライはニーミの指摘をすぐに認める。
「はい。お互いが最小限のダメージで済むよう、加減をしながら彼らのきを封じました」
「そうだったんだね。自衛追撃容認條例の行使でも、カレッジの拠點で供述してもらえると助かるんだけど」
源気の力を持つ心苗は、一般人に比べて事件が起こった場合の危険が高く、予測不能なことも起きやすい。突発的な喧嘩が起こることはもちろんだが、計畫的な暗殺、闇討ちのような事件もなくないため、誰かに狙われたり暴力をけそうになった者は、自衛追撃容認條例の行使が認められる。
この場合、治安風紀隊等が現場に辿り著くまでに命の危機を認知した場合、相手の生命反応を奪わない程度に、相手の攻撃を防いだり、打ち返したり、追撃を行って追い払ったりし、相手の戦闘意思を損なわせるような戦闘行為を行うことができる。
「ニーミ、もういいさ。この程度の豆事件、わざわざ記録する必要はない」
案件の數が増えるほど、カレッジの評価が落ちる。子どもの喧嘩程度のトラブルまでいちいち記録するのは、取り調べのための時間の浪費にもなる。貴重な人材と時間をもっと肝心な事件に注力する方が良いと判斷したヘーネゼンガは取り調べを打ち切ろうとした。
ニーミはヘーネゼンガに頷いてから、鄧に訊ねた。
「わかりました。じゃあ、君たち。これだけ聞かせてくれるかな?彼らの罪を追及しますか?」
ライと鄧は目を見合わせる。すぐに意見が一致し、お互いに軽く頷いた。
「いえ、お互いにセントフェラストに通う心苗であり、彼らの主張を尊重したいので、追及はしません」
「君は?」
ニーミがライを見て言った。
「私も追及を放棄します。むしろこんな些細なことにわざわざ駆けつけていただいて申し訳ない。謝します」
「二人ともありがとう。じゃあ、殘った仕事は私たちローンタウス隊に任せてね」
「よろしくお願いします」
三人の治安風紀隊はライと鄧の返答を聞くと、長居は無用とばかり立ち去っていった。
ライたちはまだ時間にある予約席にもう一度座ると、何事もなかったかのように碁を再開した。
つづく
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