「あら。母さんはこれでも元・マージスターよ？未な子たちが自分を見失って、強さに目が眩んで過ちを犯したり、トラブルに陥るところは何度も見てきたのよ」

ウィルターの大先輩でもある母の言葉を、のぞみはムッとした表のまま、それでもおとなしく聞いている。大事なことを教えてくれているとわかってはいても、母親の自慢話を聞かされているような気持ちにもなって、心が拗ねてしまうのだ。

部屋の扉が開き、ミナリが顔を覗かせる。手に持ったトレーにはお茶とアイスが乗っており、それをローテーブルに置いた。ミナリが近付くと、のぞみは首だけでそちらを見る。

「おばさんとテーラキントしているのかニャ？」

のぞみが使用しているテーラキントという通信技は、ミーラティス人の技をヒントにタヌーモンス人が造った技だ。魔法と科學という二つの技を両立させ、どんなに遙かな距離のある世界間でも通信することができる。空間系章紋を施された実を持たない鏡のように、映像にはノイズがまったくなく、そこに実そのものが現れたように見える。

「ミナリちゃん？」

ミナリはのぞみの肩あたりからひょっこりと顔を見せ、天に挨拶する。

「おばさん、こんばんは！」

「あら、お久しぶりね！お元気だった？いつものぞみがお世話になって、ありがとうね」

天がマジスターの大先輩であると知っているミナリは激している。

「とんでもにゃい！ミナリはいつものぞみちゃんにお世話になってますニャ！」

ミナリがのぞみと仲良くしてくれているのを見ると、天はし気持ちが楽になる。マージスター時代、若い後輩たちの面倒を見ていたときのように、天はミナリに優しく聲をかけた。

「ミナリちゃん、この前よりも長したみたいね？源気(グラムグラカ)の気配が大きくなったじゃない」

天は、取り巻くの強さからミナリの長を判斷した。

「そうですかニャ～？多分、のぞみちゃんが基礎訓練をやるとき、一緒にお付き合いしてるおかげさまだニャ」

半月前と比べて自分がどれほど長したか、ミナリは全く実がなかった。

「いいことね。二年生の前二學期を楽しんで過ごしてちょうだいね」

大先輩からの勵ましの言葉に、ミナリは顔をうっすらと赤く染めた。

「はいニャ！」

ミナリは嬉しそうな表のまま、のぞみの肩から覗かせていた顔を引っ込め、そっと後ろにを引いた。

天の言葉について考えこんでいたのぞみは、しばらく拗ねたように黙っていた。そんなのぞみに対し、天はさらに言葉を重ねる。

「のぞみ。とにかく、日月(ひつき)明神剣は人を相手に使ってはいけないという教えでしょう？他の剣技なら使ってもいいけれど、人の命を取るような真似をするのはいけません」

生家で學んだ剣は、対人では使えない。のぞみが真人(さなと)と門派について話したとき、これまで學んだことを白紙にして學んでもダメなのかと聞いたのは、そういう理由からだった。

何千回、何萬回と聞かされた言葉に、のぞみは飽き飽きとして、無気力になる。

「はい、分かっています……」

「なら、その理由を言ってごらんなさい」

「……私たち神祇代言人は、神様の代わりに世の安泰を守ることだからです。神の使い人として、災厄の種が蒔かれるのを防ぎ、神様のご加護を得た力で人々の命を守らねばなりません。人の命を斬る者は魔の心を養い、いつかその者が魔となり、災厄の種になる。私たちは神様の教えを守り、常に仁を持ち、誠の心で接し、使命を果たします」

家訓を唱えるように、のぞみはそらんじた。

「よろしい。お相手の名前は森島さんだったわね？バトルのとき、適當なところまでで攻撃の手を止めなさい。それと、そんなに門派にりたいなら、『神源諭心流』を調べてみなさい。きっとヒントになるわ」

「それは、遼介さんの家の流派では？」

「そうよ。ハイニオスの創立や発展の歴史と野(みつの)家との間には、深い関わりがあるのよ」

「えっ？そうなんですか？」

遼介に関する初耳の報を得て、のぞみはパッと目を輝かせる。

「遼介さんのことをもっと知りたいからって、わざわざハイニオスに転學院したんでしょう？きっと面白い報が手にるわよ」

野次るような言い方が恥ずかしくて、のぞみは顔が熱くなった。

「母さん！どうして私を軽いみたいに言うんですか！？」

試すような目付きで天は笑い、落ち著いて話を続けた。

「あら。のぞみがそう思っていないなら良いのよ。自分が何をしているか、自分の考えがよくわかっていれば、他人に何を言われても気にしすぎる必要がなくなるはずよ。いいわね、もし門派がなかなか決まらないときは、『神源諭心流』のことを調べてみなさい」

のぞみは決めつけるような天の言葉に腹が立った。しかし、反論するよりも先に、天が「あっ」と聲をあげた。

「のぞみ、それじゃあ母さんはお祓いの仕事の事前準備があるから。続きはまた今度ね。いつも神様が可いのぞみを見守っているわよ」

その後、向こう側の通信が切斷されたことを告げるように、映像を創りあげていた粒子が渦を巻き、霧散した。機の上にある水晶キューブに、通信切斷を知らせる文字が映っている。

恥ずかしさと怒りでのぞみはがいっぱいになっていた。だが、遼介についての報がもらえたのは大きい。ハイニオス學院と野家の『神源諭心流』には深い関わりがある。この報を一旦、頭の片隅へとそっと置いておき、のぞみは目前まで迫っている宣言闘競(ディクレイションバトル)のことを思いながら立ちあがる。

「たとえ日月明神剣が使えなくても、きっと闘競(バトル)に勝ってみせる……！」

強化訓練をしようと決めたのぞみは武服に著替え、両手で拳を作って部屋から出て行こうとする。

「の、のぞみちゃん！また庭で強化訓練するつもりニャ？しかも、こんな時間に！？」

時刻は３４時を過ぎていた。夜中まで無理な強化訓練をしようとするのぞみが心配で、ミナリはつい聲をかける。

ローテーブルに置いたお茶と、溶け始めたアイスに流し目を送り、ミナリはまた期待が外れそうなことを予期して悲しい気持ちになっていた。のぞみとのんびりお茶をしながら話ができる時間は明らかに減っている。

「うん、やるよ」

「ハイニオスで々あって大変なのはわかるけど、あんまり無理しないでほしいニャー。いつもヘトヘトで寮に戻ってくるのぞみちゃん、見ていられないニャ……」

「ごめんね、ミナリちゃんの気持ちもわかるけど、頑張らないと、いつまで教室で授業がけられるかもわからないんだ。宣言闘競も近いし。ミナリちゃん、疲れたら先に寢てね。が燃えるくらい訓練して、スタミナが完全燃焼したら、グッスリ眠れるらしいから、私のことは心配しないで」

剣法・剣基礎演習で蛍(ほたる)に宣戦布告をけてから、のぞみはずっと張していた。勝ちたい。負けたくない。蛍と仲良くなりたい。様々な思いが頭の中を駆け巡り、のぞみを急き立てていた。

のぞみは部屋を出て行く。晝夜問わず強化訓練をするのぞみを心配する一方で、ミナリは心から応援してもいた。だから、のぞみを止めることはしない。

「のぞみちゃん……」

どう対応するのが一番のぞみのためになるのかわからなくて、ミナリも悩んでいた。

つづく